農水省に39年。国内外の水産の現場から見た日本の課題と今後(Part 1)

農水省に39年。国内外の水産の現場から見た日本の課題と今後(Part 1)

一般社団法人 大日本水産会
専務理事
高瀨美和子

1984年に農林水産省に入省し、30年ほど主にカツオ漁やマグロ漁など遠洋漁業の管理に関する仕事を担当した高瀨美和子さん。その後、水産庁増殖推進部の室長・課長を歴任し、資源管理部審議官として中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)や北太平洋漁業委員会(NPFC)などの国際会議で日本代表として交渉の席に着いてきました。

サステナブルシーフード・サミット2025にも登壇いただく高瀨さんに、前編では農水省でのお仕事や、その中で感じた日本の水産の強みと課題、国際社会の中で果たすべき役割などについて伺いました。

 

高瀨 美和子(たかせ みわこ)
広島大生物生産学部を卒業後、1984年農林水産省に入省。2017年水産庁増殖推進部漁場資源課長、2019年同部研究指導課長を経て、2021年資源管理部審議官に就任。中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)や北太平洋漁業委員会(NPFC)などで日本代表を務めた。2023年農林水産省を退職し、一般社団法人 大日本水産会の専務理事に就任。大日本水産会初の女性の専務理事・常勤役員就任となった。

高度経済成長の一方で進んだ海洋汚染を肌で感じ、水産の世界へ

——広島大学の生物生産学部を卒業された高瀨さん。水産に興味を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか。

私は愛媛県生まれなのですが、育ったのは広島市の瀬戸内海沿岸です。子どもの頃はちょうど日本の高度経済成長期で、瀬戸内海工業地域も発展していきました。その一方で海の汚染が広がり、地元の海水浴場が次々に閉鎖されたり、養殖場で魚の大量死が起きたりしていたのです。

そして、1972年にはいわゆる「ストックホルム宣言」が採択されたり、ローマクラブから『成長の限界』が出されたりして、環境問題で人類が滅びるという社会的な不安が生まれていました。そんな中、私は海洋汚染の問題に関心を持ち、大学で水産を学びました。

※ストックホルム宣言・・・1972年にストックホルムで開催した国連人間環境会議で採択された「人間環境宣言」のこと。国際会議で初めての環境保全に関する宣言で、環境問題が人類共通の課題であることを認識し、環境の保全と改善を世界の人々が協力して行うことを促す内容になっている。
※成長の限界・・・1970年に設立されたスイスを拠点とする民間のシンクタンク「ローマクラブ」が、1972年に発表した研究報告書。人口増加や経済成長がこのまま続けば、100年以内に地球上の成長が限界に達するという警告を発した。

国際社会での水産資源管理の歴史とともに歩んだ農水省時代

——農林水産省ではどのような仕事をされていたのでしょうか。

入省してから30年以上さまざまな仕事を経験しましたが、カツオ漁やマグロ漁など遠洋漁業の管理を長く担当していました。その中で私がまだ20代の頃、1992年に京都でワシントン条約の締約国会議があり、私も係官として参加しました。そこでスウェーデンから、条約の付属書に大西洋マグロも記載しようという提案があり、日本とスウェーデン等の間でさまざまな交渉がなされました。

※ワシントン条約・・・正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」。野生動植物の国際取引を規制することで、種の絶滅を防ぐことを目的とした条約。

2016年に南アフリカのヨハネスブルグで開催されたワシントン条約第17回締約国会議(CITES COP17)にも参加

2016年に南アフリカのヨハネスブルグで開催されたワシントン条約第17回締約国会議(CITES COP17)にも参加

ワシントン条約の議場では提案は撤回されたのですが、これを機に大西洋マグロ類保存国際委員会(ICCAT)で「統計証明制度」がつくられました。漁獲証明制度の前身のようなもので、IUU(違法・無報告・無規制)漁業の漁獲物の輸入を止めることまではできませんでしたが、漁業管理機関で資源管理のために貿易を活用しようという最初の取り組みとなり、その後あらゆる漁業管理機関でこのような制度が採用されていきました。当時の私はまだ国際会議で交渉に参加できる立場ではありませんでしたが、統計証明制度の創設に関与できたことは私にとっても大きなターニングポイントになりました。

※統計証明制度・・・漁獲国が輸出に際し、魚種や船名を確認した証明書を発給し、輸入国が回収することで貿易データから、漁業の状況をモニタリングする制度。
※漁獲証明制度・・・水産物が適法な漁獲によるものであることを証明する制度。主IUU漁業による水産物の流通を防ぐことを目的としている。

——その後、増殖推進部の漁場資源課長と研究指導課長、資源管理部の審議官を歴任されたのですね。

漁場資源課では、日本の沿岸資源や国際資源の調査・評価を行っていました。そのほか、赤潮の調査・対策や、希少な海洋生物の保護、混獲対策、海洋汚染対策なども行っていました。

研究指導課では、水産研究所と連携して数年単位の大きな研究の戦略や方針を決めるほか、バイオテクノロジーのような先端技術やスマート水産の推進、漁船や漁業機器の技術開発なども行っていました。その後、資源管理部の審議官に就任してからは、国際会議に出席し他国との交渉を行っていました。

 

制度を利用して「ちゃんとやっている」ことを国内に、世界にアピールする

——農水省での経験を通して、日本の資源管理やIUU漁業への取り組みにはどのような強みや課題があると感じていますか?

組合や団体などの協力関係の中で問題に取り組んでいくのが日本流なのだと思います。自分たちで決めたことは必ず守らなければならないという共通理解のもと、法制度で罰則が定められなくてもコミュニティ内の相互監視でルールを徹底できるのが日本の強みだと言えるでしょう。

ですが、そこに至るまでに時間がかかることが課題です。他方、国などの法制度は、何事も完璧でなければならないというこだわりがあり、少しでも抜けがある決め事や制度は採用されにくいように思います。それゆえに、ヨーロッパやアメリカのようにスピーディにIUU漁業を止めることができないのも歯がゆいところです。

漁獲証明制度についても、日本のものは精密ですが、制度が完成し実施するために多くの時間と手間、お金がかかります。本来なら全ての魚種を対象にすべきだという一方で、大きなコストがかかるため逡巡してしまっているのが現状なのではないでしょうか。

——高瀨さんは多くの国際会議にも出席されていますが、日本が水産の問題に対して果たしていくべき国際的な役割は何だと思われますか?

ICCATで統計証明制度を導入した時点から、国際会議での合意形成に向けた日本の貢献は大きくなっていったと感じています。日本は漁業先進国として自国のエゴばかりを押し付けようとせず、国際社会の中で資源管理に協力しようという姿勢を見せてきました。そのことは他国にも理解されているのではないでしょうか。近年は特に、日本は科学的根拠を重要視するようになり、国際会議の場でもそのような主張をしています。その姿勢はこれからも期待されるでしょう。

一方で課題もたくさんあります。例えば、日本の人口全体が高齢化していることもあり、新しいことをなかなか取り入れられない一面もあるのではないでしょうか。オブザーバーの代わりに監視カメラを漁船に入れたり、船上から直接データを送ったりなど、先進的な技術を活用して監視を強化しようという国際的な動きがありますが、日本はそこに追いつけていないように感じます。

漁業者にしてみれば「自分たちは悪いことをしていないのだから、そんな必要はない」という思いもあるかもしれません。ですがこれからの国際社会では「自分たちはちゃんとやっている」ということをアピールしていかなければなりません。自分たちがやっていることを積極的にアピールすることで他の国にも続いてもらうということが、日本の役割の一つではないでしょうか。

 


39年間の農水省での勤務を通して高瀨さんが感じた日本の水産の強みと課題や、国際社会で果たすべき役割などについてお話しいただきました。Part2では、大日本水産会でのお仕事や、その中で新たに感じた課題、サステナブル・シーフードを主流にするために必要だと思われることなどについてお話しいただきます。

 

TSSS2025

 

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌のほか、飲食、医療、住宅など、あらゆる分野で執筆を行う。

 

 

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