グリーバンス・メカニズム
グリーバンス・メカニズムは、企業活動によって生じた人権侵害に関する苦情(grievance)を申し立て、救済を求めることのできる制度や機関(mechanism)です。2011年に「国連ビジネスと人権指導原則」が国連人権理事会で採択され、被害者の「救済へのアクセス」が一つの柱と位置付けられたことを契機として、この概念が世に普及しました。
もともと代表的な救済機関としては裁判所があります。しかし、グリーバンス・メカニズムには、国内人権機関やナショナル・コンタクト・ポイント(NCP)など、公的な第三者機関が提供する裁判外の紛争処理手続きも含まれます。国内人権機関は、政府や議会に対して人権に関する助言や提案、勧告を行う独立機関ですが、日本にはまだ設置されていません。NCPは、OECD多国籍企業行動指針を採択した日本を含む各国に設けられた連絡窓口であり、指針の推進や問題の解決にあたるよう定められています。 さらに、企業や業界団体などが設置する通報受付窓口など、当事者間の合意による解決を目指す民間の制度もあります。
これらのメカニズムは、以下の図に示したとおり、その性質に応じて一長一短があります。期待される救済の内容に応じて被害者がメカニズムを選択できる環境を整えることが、「救済のブーケ」といわれ、近年国連が推奨しています。
グリーバンス・メカニズムの種類(植田氏作成)
非司法的なグリーバンス・メカニズム
グリーバンス・メカニズムの中でも、当事者間の合意による解決を目指す非司法的な取組みは、比較的歴史は新しいものの、司法的な制度を補完し、グリーバンス・メカニズム全体の実効性を向上させるものとして今後の展開が注目されています。ただし、そうした非司法的なメカニズムは、濫用を防止し、信頼性を高めるための工夫として、国連ビジネスと人権指導原則では、
①メカニズムが当事者にとって信頼できること(正当性)
②被害者がメカニズムにアクセスできること
③各段階の所要時間などが明確で予測可能であること
④企業と通報者が公平に扱われること
⑤関連情報が開示され透明性があること
⑥救済内容などが人権の観点から妥当であること(権利に矛盾しない)
⑦メカニズムが継続的に改善され、教訓を得られること(学習の源となること)
⑧当事者間のエンゲージメントと対話に基づくこと、
という8つの実効性要件を挙げています。なお、8つ目の条件は非国家基盤型のメカニズム(企業や業界団体が提供するメカニズム)にのみ適用されます。
こうした非司法的なメカニズムの中で、個社が提供するメカニズムとしては、不二製油グループやアディダスが提供しているものが先駆的な試みとして有名です。水産分野では、ツナ缶世界シェア第一位のタイ・ユニオンが、スピーク・アウト制度などの苦情処理メカニズムを備えています。また、共同のメカニズムとしては、持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)やインターナショナル・アコード、ボンスクロなどがよく知られており、日本でもビジネスと人権対話救済機構(JaCER)が2022年からプラットフォーム型のメカニズムを提供しています。
グリーバンス・メカニズムは、被害者の生の声を聞くことができるため、人権デュー・ディリジェンスの観点からも重要な取り組みです。今後、一層の発展が期待されます。
(2023年11月現在)
執筆:一般社団法人 ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)ステークホルダーエンゲージメント・マネージャー
植田 晃博