ASC(Aquaculture Stewardship Council – 水産養殖管理協議会)は、責任ある水産養殖の普及を通じて、環境保全と社会的責任の実現に取り組んでいます。2022年には、養殖水産物が世界の水産物生産量の約57%を占め、初めて天然水産物を上回りました。
この養殖業の急速な成長は、業界全体の改善を促すとともに、責任あるビジネスの重要性を改めて浮き彫りにしています。私たちASCは、養殖業が持続可能な形で成長し、未来の食糧供給や地域社会に貢献できるよう、認証基準を策定し、その普及活動を行っています。
2023年も、ASC認証は環境保全社会的インパクト、消費者認知度の向上に向けた活動で大きな成果を上げました。本コラムでは、2023年度版年次報告書をもとに、具体的な取り組みと、その活動がもたらすインパクトについてご紹介します。
ASC認証は、環境負荷を最小限に抑えた養殖場の運営を促進し、地域社会への責任を果たすことを使命としています。世界では養殖業がますます拡大し、水産資源の消費も増加していますが、その一方で水質汚染や生態系への影響、労働者の権利問題などの課題も生じています。ASCは、こうした課題に対処するため、環境と社会に与える影響を測定し、養殖場が責任ある事業を行えるよう支援しています。
さらにASCは、水産物のサステナビリティをより高め、認証水産物の付加価値を生み出すなどステークホルダーのニーズを最優先に考え、プログラムの改善を継続的に進めながら、養殖現場の変革をサポートし、認証水産物の増加と消費者がサステナブル・シーフードへの理解を深めることを目指として長期戦略の遂行と進捗を随時測定しています。
この戦略は、幅広いステークホルダーからの様々なフィードバックを元に、既存のプロジェクトや新たな取り組みを通じて構築され、常に高い目標達成を目指しています。具体的には、基準や認証、サプライチェーン保証の強化を支援する革新的なプロジェクトとツールの開発、成長市場での認知度向上と需要促進を目的としたキャンペーン、ASC市場の需要に応える養殖場支援、影響力の拡大と維持、顧客向けの新しい付加価値サービス(デジタルトレーサビリティやGHG算出など)の提供、そして組織自体としても成長を促進する取り組みを行なってきました。
ASCは、養殖業に関わるすべての人々の権利が守られるよう、厳格な基準を設けています。私たちの認証基準には、強制労働や児童労働の禁止、差別の防止、団体交渉の自由といった基本的な労働者の権利が盛り込まれています。これにより、ASC認証養殖場ではすべての労働者が公正な待遇を受け、健康で安全な環境で働けることが保障されています。また、ASC認証養殖場で働く従業員数は40,000人以上に達しており、多くの労働者に安全で安心な労働環境が提供されています。
さらに、ASCはGlobal Living Wage Coalition*1と連携し、生活賃金の確保にも力を入れています。生活賃金は、労働者がその家族とともに健康で快適な生活を送るために必要な収入であり、単なる最低賃金以上の水準を意味します。ASC認証養殖場では、この生活賃金基準が導入され、労働者の生活の質の向上が図られています。
また、地域社会との関係性の構築も私たちASCの活動において重要な要素です。特に、「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意」(FPIC*2)を尊重し、養殖場が先住民族や地域住民に与える影響について、事前に話し合い、合意を得るプロセスを導入しています。このアプローチにより、地域社会との共生が実現され、持続可能な養殖の普及が進んでいます。例えば、先住民族が生活する土地での養殖活動では、地域住民が十分な情報に基づいて意思決定を行う権利が守られ、持続的な資源管理と地域経済への貢献が実現しています。
また、2023年には労働者の権利保護をさらに強化するため、ステークホルダーとの対話を通じてASCは基準を見直し、労働時間をより厳格に管理することなどを新たに設定しました。これにより、透明性と信頼性が向上し、養殖業の持続可能な発展が進んでいます。
ASC認証は、世界中の市場で急速に拡大し、消費者にとって信頼できる選択肢として広がっています。2023年には、ASC認証を取得している養殖場は52か国、2,062養殖場で生産され、58種類の魚種が認証されています。この中で、ASC認証サーモンは養殖全体の約30%を占め、サーモン養殖の分野でも責任ある生産の拡大が進んでいます。また、ASCラベル付き製品が116か国で販売されており、前年比で17%増加しました。こうした国際的な広がりは、責任ある養殖業の基準が世界的に評価され、消費者にとってますます身近になっていることを示しています。
さらに、消費者の間でASCラベルの認知度も高まっています。14か国15,000人以上の消費者を対象に調査を実施したところ、養殖水産物認証の中でASCが最も認知された養殖水産物ラベルであることが明らかになりました。消費者は、ASCのような独立した認証制度を信頼し、ASCラベル付き製品を選ぶことで、環境と社会に貢献できると感じています。
また、ASCでは認知度向上のため、主要な市場で積極的にキャンペーンを展開しています。2023年には、11か国でのキャンペーンを通じて推定5億4,000万人にリーチし、責任ある水産物を選択できることを消費者に広めました。日本では、MSC(海洋管理協議会)と共同で「サステナブル・シーフード・ウィーク」を実施し、ASCおよびMSCラベルが持つ意義を伝え、消費者がSDGs14「海の豊かさを守ろう」に貢献できることを啓発しました。この取り組みは、日本国内でのASCラベルの認知度向上にもつながり、消費者が持続可能な選択をすることで、海と環境を守る機会につながります。
ASCは、主要ステークホルダーやサプライチェーン全体に対するプログラムと保証の提供方法の大幅な改善に取り組んでいます。今後、ASC認証養殖場のサプライチェーン確保を目指し、多くの飼料工場がASC飼料基準に基づく認証を受けると予測されています。新しい養殖場基準では、ASC準拠の飼料を責任持って調達・生産することが求められます。
また、改善プログラムはパイロットフェーズを経て運用しており、業界のサステナビリティ向上に貢献するため、養殖業の改善を推進しています。さらに、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を通じて、パートナー企業が制度をより利用しやすくなることを目指しています。ASCの養殖場基準の見直しにより、責任ある水産養殖の原則全体での改善が進み、認証対象範囲とアクセス性が向上することが期待されています。
ASCは、戦略とSDGs目標との整合性を保ちながら、業界、審査機関、NGOなど多様なステークホルダーの洞察を反映させた理事会および技術諮問グループの指導を受け、積極的に活動を推進しています。今後も、透明性を持って年次報告書を発表し、私たちの活動を皆様と共有していくことが非常に重要だと考えています。これにより、私たちの取り組みがどのように進展しているかを明確に伝え、さらなる信頼を築いていきたいと考えています。
皆様の支援があってこそ、私たちの活動は成り立っています。ASC認証養殖場、加工流通業者、そしてASCプログラムへの貴重な意見を寄せてくださったすべての関係者、さらにASCラベル付き水産物を選んでいただいた消費者の皆様に心より感謝申し上げます。
ASCの2023年度版年次報告書はASCのウェブサイトで公開されています。
文/ASCジャパン コミュニケーションマネージャー・川田直美