世界最大のサーモン養殖企業の挑戦 地球表面の7割を占める海で、未来を育てる (後編)

世界最大のサーモン養殖企業の挑戦 地球表面の7割を占める海で、未来を育てる (後編)

世界最大のサーモン養殖企業モウイは「リーディング・ザ・ブルー・レボリューション」を企業ビジョンとして掲げ、サステナビリティにおいて世界トップクラスの実績を評価されてきました。CSO(最高サステナビリティ責任者)とCTO(最高技術責任者)を兼任するカタリナ・マーティンス氏は、モウイの取り組みの特徴として、サステナビリティ部門がCEO直下にあり、かつCSRではなく技術開発とつながっていること、そして実行主体が社内全体のネットワークであることを挙げます。(前編を読む

後編ではCTO(最高技術責任者)として取り組む、データ分析を含むイノベーションの推進体制、サステナビリティと利益について、そして水産養殖にかける自身の想いを語っていただきます。

 

技術とイノベーション推進のまとめ役を兼任

──カタリナさんは技術面を統括するCTO(最高技術責任者)も兼任されていますが、そちらの役割と体制についてもお聞かせください。

全社の技術面を担当するのが「グローバルR&D・テクニカル」グループ、そのトップがCTOです。グループのメンバーは16人いて、魚の健康、海水養殖、淡水養殖、品質と安全性、データ分析など、専門分野に分かれています。

グループの役目は大きく3つあります。ひとつがR&Dとイノベーション。2つ目がテクニカルサポート、現場に対する技術面のサポートです。事故や脱走の対応、養殖網の大規模な新規購入のアドバイスなど、多方面にわたって現場を支えます。

最近ますます重要になっているのが3つ目、データ分析です。世界中の現場から上がってくる膨大なデータをつなぎ、俯瞰して読み取る仕事です。たとえば照明や水温の違いによる成長や品質への影響分析を依頼されて、過去10年のデータを解析することもあります。

私が10年前にモウイに入社して、最初に入ったのがこのグループでした。その後、会社がさらにサステナビリティに力を入れることになってCSOのポストを新設し、私が就任しました。現在の投資家対応などを見ると、先見の明があったと思います。

 

交配と品種改良の現場。魚の健康とウェルフェアもテクニカルグループの大きなテーマ(Photo by Jørn-Arne Tomasgard)

 

──イノベーションの取り組みとしては、Googleグループと取り組まれている「スマートファーミング」なども話題になっていますね。

AIとセンシングデバイスを使った、養殖の自動化技術ですね。モウイでイノベーションのマネジメントに使っているのが「イノベーション・ファネル」です。イノベーションの分野で昔からある考え方ですが、自分たちに合わせて少し改変しています。

 

MOWIでテクノロジーイノベーションのマネジメントに使っている「イノベーション・ファネル」を説明するカタリナさん

 

ここではR&Dのプロジェクトは、提案フェーズ、開発・実験フェーズ、検証フェーズの3段階を経て、実施フェーズに至ります。途中で脱落するものも多く、最後まで残るのは1割程度です。

プロジェクトは最初から、将来生み出すであろう収益で評価されます。収益がなるべく「大きい」ものにフォーカスしますが、「小さい」ものでも成功確度の高いものは生かします。ここでも課題にプライオリティをつけるのがポイントです。ただしその評価は収益の大小だけでなく、外部からの高い評価につながるものも優先されます。

 

アルファベット(Google)グループのXと共同で開発した「Tidal」テクノロジーで、AIやセンシングデバイスを使って海洋環境や魚の行動をデータ化し、養殖の自動化を進める(Photo by Tidal)

 

水産養殖では、収益とサステナビリティが一体

――サステナビリティの話題に戻りますが、モウイがこれほどサステナビリティに力を入れる理由はどこにあるのでしょう?

大きな理由は2つあります。ひとつはこの業種がそもそも自然に依存していることです。食料生産はどれもそうかもしれませんが、特に養殖は海がなくては成り立ちません。自然がビジネスの存続と収益に直結しているのです。「海で育てる」仕事として、自然を大事にすること、持続可能にすることは根本的です。

もうひとつが、ステークホルダーからの期待です。投資家、取引先、働く人材、そして地域コミュニティからも、サステナビリティへの取り組みを求められています。ESGファンドや気候ファンドの成長は著しく、グリーンファイナンスも関心が高まっています。特にヨーロッパでは全体として、連鎖的にサステナビリティが求められているのです。

――ある意味、追い風が吹いているのですね。取り組まれる上での困難もありますか?

それはもう、たくさん。環境課題の中には、投資に対して成果が出るまで時間がかかるものがあります。ビジネスは必ず四半期ごとの収益結果報告があり、収益がなくてはサステナビリティの取り組みも継続できません。特に時間のかかる、気候変動への対応などは難しい場合があります。

――投資家の時間軸とサステナビリティの時間軸との、すりあわせがいるのですね。

投資家たちも、サステナビリティに時間がかかることは理解してくれています。ただし、計画は求められます。計画と、計画に沿った実践、それと収益を上げることです。

――モウイは2022年には過去最大の収益を上げたとうかがいました。サステナビリティでも収益でも高い成果を上げられているのはなぜでしょう?

最大は、サステナビリティに寄与することが養殖業というビジネスの成功に直結するからです。自然環境、水質、魚のウェルフェア、養殖密度、すべてが生産性につながっています。

それと、サステナビリティのイニシアティブが直接、コスト削減などの形で利益につながっていることです。特に昨今のようにエネルギーコストがはねあがると、その効果は絶大です。

 

世界の養殖拠点、一次加工・二次加工拠点、販売拠点を通じて、1日およそ800万食分のサーモンを送り出す

 

海洋生物学から水産養殖へ

――ご自身としては、もともと何に関心をお持ちで、どんな経緯で現在のお仕事に就かれたのでしょう?

私はポルトガルで生まれ育ちました。海辺も近く、昔から海が身近にあって、ごく自然に海洋生物学の道に進みました。

リスボン大学で海洋生物学の修士課程に進んだ頃、自分が純粋な研究よりも、応用に関心があると気づきました。それで専門分野として水産養殖を選びました。オランダのワーニンゲン大学で動物科学の博士号をとり、その後10年間オランダに住んで、さらにポルトガル、オーストリアでも研究生活を送りましたが、ずっと水産養殖を専門に、スズキ、タイ、ティラピア、アフリカナマズ、トラウト、サーモンと、さまざまな魚種を扱いました。

その後さらに、続けて専門的な研究に進むか、専門知識を企業で活かすかの岐路にぶつかりました。「マリンハーベスト」という会社の求人があり、それが現在のモウイだったのです(2019年社名変更)。求められていたのはグローバルR&D・テクニカルの部門で、環境課題とサステナビリティに取り組む、幅広い知識を持つ人材──まさに私のやってきたことでした。

モウイで仕事を始めてからも、ビジネスを学びたくてノルウェーでグローバル・シーフードのMBAコースを取りました。他にもハーバードのプログラムでコーポレートサステナビリティを学んだり。いろいろ手を出すのが大好きですが、芯にはいつも水産養殖があります。

 

「海で育てる」未来にひかれ続けて

――なぜそれほどまで、ずっと養殖に興味を持ち続けられたのでしょう?

養殖は未来だと思っているからです。子どもの頃にテレビで、伝説的な海洋探検家で海洋学者のジャック・クストーが「海は未来の牧場になる」と言っていたのを今も覚えています。人間の文明が、陸で狩猟から農業へ進んだように、海で食べものを育てるようになる、と。

海は地球表面の7割を占めるのに、私たちが海から得ている食料はカロリーベースで2~4%にすぎません。すごいポテンシャルが残っているのです。「海で食べものを育てる」、これこそ未来だ! と思いました。これが私の動機の中心です。

しかも魚はすばらしい食品で、栄養豊富で、人間の健康にもよく、地球への負荷も少ない。だから私はこの分野で、品質のよいものをつくり、もっと生産量を伸ばし、それをサステナブルなやり方で進めていきたいと思っています。

そしてノルウェーは、それに最高の場所なんです。すべての環境が揃っています。研究開発も、サプライヤーも、支える企業がたくさんあります。R&Dへの出資システムが充実していて、企業と研究機関、大学との交流も活発です。

カタリナさんは水産養殖の研究者として、スズキ、タイ、ティラピア他、さまざまな魚種を手がけてきた。サーモンも、MOWIに入る以前から取り組んだ魚種のひとつ

 

――では、カタリナさんがノルウェーにたどりついたことは必然なのですね。

そうですね。研究職だった時代にも、何度もノルウェーへ来ていました。水産養殖の研究開発に関わっていれば、どんなテーマでもほぼ必ずノルウェーに関係者がいます。だからベルゲンに住む前にも、何度もベルゲンは訪れていました。

今も私を動かしているのは、この産業をよりサステナブルにしたいという思いです。海洋生物学の視点から、産業と環境保護の両立を達成することが、私にとっていちばんの核心です。

――現在のお立場や所属以前に、それがご自身の中心にあるのですね。

水産養殖が私の中心にあって、それはサステナビリティと一体です。そして、それを実現するのに、モウイはすばらしい会社です。国際企業なので、いろいろな国に暮らしてきた経験も活かせます。加えて、とてもプラグマティックな風土のある会社です。むやみに手間を増やさない、官僚的な形式主義とは無縁です。成果主義で、判断はシンプルで率直です。

 

食生活の変革を後押ししたい

――ノルウェーの水産業の生産性は、日本の8倍と言われます。* 日本とノルウェーでは条件が異なりますが、生産性を上げる上で、日本にとってのヒントはありますか?

私たちが生産性を上げられている理由のひとつは、フォーカスしていることだと思います。少ない魚種を大規模に養殖することが有利に働いています。漁業でも、魚種を少し絞ることでフォーカスは可能です。日本では多様な魚種を食べる文化がありますが、少しだけ絞ることはできるかもしれません。

もうひとつ私たちの生産性の源は、テクノロジーです。この点は、日本でもっと進んでいないのが不思議に感じます。日本はテクノロジーの国だと思っていましたが、漁業や水産養殖にはあまりテクノロジーを取り入れていないように見えます。

*農林水産省「漁業センサス2013」によると、漁業者1人あたりの年間生産量は、日本が27.6トン/人、ノルウェーは214.5トン/人と日本の8倍弱となる。

 

――モウイの製品は今後、日本でどのように受け入れられて欲しいと思いますか?

日本では魚種それぞれへのこだわりが強いと聞きますが、一方ここ数年で、日本でも従来獲れていた魚種が獲れなくなったり、海の状況は大きく変化していますね。そんな中で、量的にも安定した品質の高く安全な魚を、サステナブルな方法で供給できるのは、私たちの強みです。

私たちの製品が、日本が水産品を好んで食べ続ける国であることに貢献できたら、こんなに嬉しいことはありません。願わくはさらに、今は逆転している肉と魚の消費量が、もういちど逆転できたら。日本でも若い世代は、サステナブルであることを気にすると聞くので、そこで選択肢を提供できたらと思います。

 

健康的なグルメ食材として世界的に人気の高まるサーモン。モウイの提供するサーモンのうち99%(重量ベース)が、ASC、BAP、Global GAPなどの国際サステナビリティ認証を受けている

 

――今後の抱負をお聞かせください。

個人的には、今取り組んでいることを続けて、今あるR&Dのプロジェクトを実現させていくことです。それと水産養殖のサステナビリティについて、もっと多くの人に知ってもらい、印象を変えていけたらと思います。一般の人たちの意識を変えたい。最終的には、みんなの食行動を変えなければ変化は起きませんから。

魚は人の健康にもいいし、地球にとっても負荷の低いタンパク源です。身体にいいということはかなり広く知られてきましたが、サステナビリティについてはまだ十分知られていません。モウイとしては、この動きの先駆者であり続けたいし、そのために、もっと大きなイノベーションを実現していきたいと思っています。

 

カタリナ・マーティンス
モウイのサステナビリティ戦略「Leading the Blue Revolution Plan」の実践調整役を担い、魚の健康と福祉、品質、加工、海水・淡水の養殖技術、データ分析等に関するイノベーション活動を主導。ポルトガルのリスボン大学で海洋生物学の修士号、オランダのワーゲニンゲン大学で水産養殖の博士号、ノルウェー経済高等学院でMBAを取得、ハーバード大学にてコーポレートサステナビリティのプログラムを受講。ワーゲニンゲン大学、ポルトガルの海洋科学センター (CCMAR)、オーストリアのウィーン獣医大学で研究員としての役職を歴任した後、2013年にモウイ入社。

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。