
資源の減少や気候変動による海水温上昇の他、世界的な需要の高まりや為替の影響などにより日本の水産物の調達は年々困難になっている。安定供給を継続するため、持続的に水産物の国内生産を増やすにはどうすればよいか。
水産専門紙「みなと新聞」は2024年12月6日に東京都内でマルハニチロの池見賢社長、ニッスイの浜田晋吾社長と森健水産庁長官の3氏による座談会「サステナ水産会議」を開いた。水産大手2社と水産行政のリーダーに国内水産業をより持続可能にする方策について、10年後を見据えて話し合ってもらった。民間から政府への要望も聞いた。
(文中は敬称略、司会・浮田晶可みなと山口合同新聞社取締役みなと新聞本部長)
*本特集は、みなと新聞2025年1月30日号より転載させていただいております。
マルハニチロの池見氏、ニッスイの浜田氏、水産庁長官の森氏が、日本の水産業が直面する資源管理の課題と今後の展望を語る。TACの拡大や資源評価の精度向上、予算増加の必要性を議論し、持続可能な水産業の発展に向けた方策を探る。
1つ目のテーマとして「資源管理」で意見を交わした。
Q: 海外で水産物需要が高まり、日本はかつてのように輸入水産物を調達できない。
池見:日本は長くデフレが続き、高いものが買えなくなった。例えばかつて日本が大量に買い付けていたメロは米国や中国に流れ、日本にまったく入ってこなくなった。インバウンド(訪日外国人観光客)は「日本は安い」と話すが、確かに海外で日本と同じものを食べると3倍以上する。
今の日本の経済状況だとますます海外の水産物を買えなくなる。国産の天然魚、養殖魚の生産量確保が求められる。
浜田:円安も大きく影響しているが、何と言っても世界的な水産物の需要の高まりが背景にある。魚は畜肉よりも健康的と認識され、世界の人々が魚を食べ始めた。かつて日本主導で買い付けていたアフリカのタコは現在、ほとんど南欧に持っていかれる。お金を出せば買えないこともないが、高い価格で持ってきても日本では売れない。日本のデフレの影響も大きい。それをカバーするには、日本の水産物の安定供給のために国内の養殖業と漁業による増産が必要と私も考える。ただ、日本の水産業はまだまだ旧来の制度を引きずっており、抜本的に変えていく必要がある。漁業者を含めて官民がもっと対話すべきだ。
Q: 政府は2018年12月に成立した改正漁業法を契機として、水産資源管理についてTAC(漁獲可能量=漁獲枠)を基本とする管理にかじを切った。20年には資源管理推進に向けたロードマップ(行程表)を策定し、漁獲量の8割をTAC管理にする方針を掲げたが、TAC対象魚種の拡大は必ずしも当初想定通りに進んでいない。「科学的知見が十分でない」「日本は漁業の実態が複雑」などさまざまな理由が指摘されるが、日本の漁業生産を増やすためにTACに基づく資源管理は必要だと思うか。
池見・浜田 :もちろんだ。さらにTACの対象を広げるべきと考える。
Q: 改正漁業法に基づいて水産庁はどのような施策を講じてきたか。
森 :政府は20年に策定した「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」(以下、資源管理ロードマップ)に沿ってTAC管理の対象資源の拡大を進めてきた。具体的には資源評価の対象魚種を23年度末までに50種から192種へ、対象資源を8種18資源から27種47資源に拡大し、さらに25年1月からはマダイ1系統、カタクチイワシ2系統、4月からはブリの追加を予定する。個別漁獲割当(IQ)についても、大臣管理漁業の11漁法・資源に導入した。
資源管理は漁獲量を制限するアウトプットコントロールだけでなく、操業日数などを制限するインプットコントロールや漁具の種類などを制限するテクニカルコントロールを組み合わせていく必要がある。
ただし、船の性能や漁獲技術の向上により、従来のインプットコントロールやテクニカルコントロールだけでは不十分ではないかとの視点から、改正漁業法ではTACに基づく数量管理を基本としている。
24年の中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)年次会合で太平洋クロマグロの大幅増枠を勝ち取ることができたが、これはわが国の漁業関係者が一体となって厳格な資源管理に取り組んできた成果だ。こうした成功事例が他の魚種にも広がり日本全体でしっかり取り組むことが肝要だ。
環境変化によって資源に変化が起きる今こそ、持続的利用の確保のために資源管理が必要だ。
池見:水産庁の資源管理ロードマップはよくできていると思う。要望させていただくとすれば、TACや資源管理協定の根拠となる資源評価の精度をもっと上げてほしい。資源評価やそのための人員の増加、機器導入などにもっと予算を充て、より正確なデータの取得を進めていただきたい。
資源が減少した原因は科学的に分析する必要がある。きちんとしたデータに基づいた科学的評価に従うのが一番良い。日本の沿岸漁業は多様な魚種を漁獲し、個人の事業者が多いため、(TACに基づく)資源管理を導入しにくい点はあるだろう。だが現代はAI(人工知能)などスマート化の技術が進み、画像だけで魚種やサイズなどを判別することも可能だと思う。
漁業関係者が正確なデータを提供し、政府に資源管理調査を付託する流れになればと願う。
浜田:資源管理・調査の精度向上は喫緊の課題だ。水産庁の方針や取り組みは前進しているが、資源評価の精度向上はもっとやりようがあるのではないか。現状のTAC算定には2年くらい前の調査データを使っており、精度が悪く、調査自体も十分ではない。民間の魚探データを使って調査精度を上げる方法もあるはずだ。まずは資源調査に関わる予算を増やしてほしい。
日本の水産業の成長産業化のために水産予算の組み替えが必要だ。漁港整備なども重要だと思うが、もう少し資源の調査や研究に予算を振り向けてほしい。海外に比べ明らかに少ない。
また、中小型巻網船に個別に漁獲枠(IQ)を割り当ててオブザーバー(監視員)を乗船させるとか、大中型巻網船に搭載しているVMS(衛星船位測定送信機)を沿岸の小型船にも付けさせるとか、資源管理のための監視を強化する必要がある。
それから現在、国際的な資源評価のデータベースである「Fish Source(フィッシュソース)」に日本沿岸の各種資源のデータが掲載されていない。日本の資源状況をもっと英語で海外に公表してアピールすることで、日本産水産物の持続可能性に対する国際的な信用度を上げ、国産水産物の輸出増加にもつなげられるのではないか。
森:大変厳しいご指摘をいただいた。まさに資源評価の精度の向上は取り組むべき課題。資源評価の精度を向上させ、資源評価に対する信頼度を高めていくためには、漁業者の協力も得たデータ収集の拡大や、最新データの活用、資源評価モデルの高度化、ICT(情報通信技術)やAI活用などによる資源評価レベルの向上に、水産庁や研究機関が一層汗をかくことが必要だ。
浜田:水産庁のステークホルダー会合(資源管理方針に関する検討会)などでは漁業者の理解を得られるわかりやすい説明が必要だ。水産庁、水研機構と漁業者の信頼関係が十分構築されていない印象を受けた。漁業者の自主管理も大切にしながら、漁業者とともに日本版の資源管理制度を作れないか。
森:ステークホルダー会合などで科学的な資源評価結果と漁業者の感覚のギャップが大きいという意見が挙げられていた。データを十分に集めきれていない側面もあり、漁業者の研究機関への信頼度がまだ低いものと認識する。
24年3月に公表した「資源管理の推進のための新たなロードマップ」では重要な生物情報や海洋環境データなどの収集を重点的に実施する方針を示した。なるべく直近のデータを評価や管理につなげるべく進めており、水研機構の資源評価手法に対して海外の研究機関の有識者によるピアレビュー(査読)も実施している。
ギャップ解消に向けて漁業者と研究機関の連携のため、両社傘下の水産会社と研究機関が連携した計量魚探データの資源評価への活用も検討している。今後さまざまなデータの活用などでご協力をいただければありがたい。
池見:法律的に難しいのかもしれないが、全漁業者に魚種別魚体サイズ別の漁獲量などのデータ提出の義務化はできないのか。成熟前の小型魚を獲る「成長乱獲」は資源の枯渇につながる。漁獲データの精度をもっと高められないのか。
森:制度上、漁獲成績報告書は提出すべきとなっている。漁業者や流通関係者の負担の問題もあり魚種魚体サイズ別の漁獲量報告の義務化はすぐには難しいだろうが、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める中で、水産資源などの実態を的確に把握できるデータを増やす方法を考える必要はある。
浜田:ニッスイグループの場合、漁業者の方が漁業データの提供に積極的だ。一部の魚種で「漁場に魚がいるのに漁獲枠が少ない」という状況が起きており、解消するために漁業者から「魚探データを資源管理に使ってほしい」という声が上がっている。漁業者にメリットがあることが理解されれば行政や研究者との溝は早く埋まると思う。
森:水産庁は米国の海洋資源教育プログラム(MREP)という勉強会をモデルにして、24年7月に漁業者、研究者と行政担当者による資源管理についての勉強会を初開催した。こうしたステークホルダー間の認識の溝を埋める取り組みはますます重要になる。24年には水産庁の資源管理担当者を米国に派遣したところ、米国でも漁業者と研究者の認識ギャップを埋めるのに何十年も時間を要したという。わが国においてはスピード感をもって対応していく。
浜田:例えばITQ(譲渡可能個別漁獲割当)を導入して枠を取引できるようになれば、枠の足りない漁業者は枠の余った漁業者から融通してもらえる。このような柔軟な仕組みがあれば、漁業現場の不満を解消しながらより効率的な操業ができるのでは。
マルハニチロ株式会社 代表取締役社長 池見 賢社長
池見 賢(いけみ・まさる)氏 1981年3月京都大農学部水産学科卒、同4月大洋漁業(現マルハニチロ)入社、グループのキングフィッシャーホールディングス社長などを経て2014年4月執行役員経営企画部長、17年6月取締役常務執行役員、19年4月取締役専務執行役員、20年4月から現職。1957年12月22日生まれの67歳。兵庫県出身。趣味はゴルフ。
株式会社ニッスイ 代表取締役 社長執行役員 浜田 晋吾社長
浜田 晋吾(はまだ・しんご)氏 1983年3月東京大大学院農学系研究科水産学専門課程修士課程修了、同4月日本水産(現ニッスイ)入社、生産推進室長、八王子総合工場長、山東山孚日水有限公司総経理などを経て2014年6月執行役員、17年6月取締役執行役員、19年6月代表取締役専務執行役員、21年6月から現職。1959年1月7日生まれの66歳。東京都出身。趣味は映画鑑賞。
水産庁 森 健長官
森 健(もり・たけし)氏 1987年3月東京大法学部卒、同4月農水省入省。生産局総務課長、大臣官房文書課長、水産庁漁政部長などを歴任。漁業法改正に携わった後、2020年8月大臣官房総括審議官(国際)、21年7月畜産局長、22年6月消費・安全局長、23年7月から現職。1964年6月4日生まれの60歳。愛知県出身。趣味はテニス。