日本の漁業の可能性を引き出すー生産から消費、そして科学との連携ー

日本の漁業の可能性を引き出すー生産から消費、そして科学との連携ー

改正漁業法が施行されて5年。水産庁は2030年までに漁獲生産量を2010年と同程度(444万トン)まで回復させると宣言しています*1が、現状は減少傾向にあります。これには、市場の縮小や漁業就業者数の減少、海洋環境の変化など、複合的な要因が考えられます。

*1 2018年12月に改正が決定され、2020年12月1日に施行された漁業法。改正前の漁業法は資源管理は念頭に置かれていなかった。日本の漁業生産量は1984年にピークを迎え、その後減少に歯止めがかからず、2018年時点でピーク時の約1/3程度まで落ち込んでいる。こうした傾向を受けて法律が改正された。

東京サステナブルシーフード・サミット2024(TSSS2024)では、「日本の水産業はどこに向かうのか」と題し、各界で活躍中の5名の方をお招きしてパネルディスカッションを行いました。

5年後に迫る2030年。日本の水産業はどうあるべきでしょうか。現状と課題、今後の展望について、資源管理、漁業・漁村の持続可能性、海洋環境をキーワードに、多角的に意見を交わして頂きました。そのエッセンスをご紹介します。

・一般社団法人大日本水産会 会長 枝元 真徹さん
・全国漁業協同組合連合会 代表理事会長 坂本 雅信さん
・東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 八木 信行さん
・株式会社臼福本店 代表取締役社長 臼井 壯太朗さん
一般社団法人MEL協議会 会長 垣添 直也さん

セクターが連携し、変化に対応する
(一般社団法人 大日本水産会 会長 枝元真徹さん)

「各セクターの連携が重要」と語る枝元さん(一番左)

漁獲生産量の持続的な向上には大きく2つの問題があります。
1つ目は日本の人口減少です。需要が減ると漁場や伝統技術、多様な魚食文化の存続が危ぶまれます。漁業就業者数もさらに減少します。若者に魅力ある漁業にしていくと同時に、作業の効率化を進めることが重要です。技術の開発は、同じように人口減少が進む近隣諸国へも活用でき、日本の強みにもなります。一方で、世界人口は3割のペースで増加しています。今後は、食品ロスの低減や世界の人々の食料安全保障も考えていくことが大切でしょう。

2つ目は海洋環境の変化です。日本近海の平均水温は100年で約1.2度上昇しています(世界平均の約2倍)。一方で、農林水産業は温室効果ガスを排出しながら吸収することもできる唯一の産業です。藻場を活用して温室効果ガスの吸収を増やしたり、カーボンクレジットとして温室効果ガスを排出している企業から資本を導入していくことも可能です。

不確実性の中で生産力の向上を目指すには、漁場・資機材、生産、加工・流通、消費の連携がかかせません。大日本水産会には各セクターに関わる約600の団体が所属しています。今後も各団体と協力して、持続可能な水産業に貢献していきます

日本の漁業のポテンシャルを活かす
(全国漁業協同組合連合会 代表理事会長 坂本雅信さん)

日本の漁業のポテンシャルを示す坂本さん

近年、漁獲量の減少に最も大きく影響しているのが海洋環境の変化です。96.4%の全国漁業協同組合連合会(略称JF)の組合員が海洋環境の変化を感じると答え、漁業の継続を懸念しています。サケ類、サンマ、スルメイカの漁獲の減少は劇的で、このままでは水産加工業や流通、小売も含めた地域社会全体の崩壊にも繋がりかねません。JFでは藻場や干潟の保全など、資源と環境を同時回復させる「回復型の漁業・養殖業」を推進し、「豊かな海」づくりに貢献しています。

一方で、日本は世界の三大漁場の一つであり、様々な漁法によって多種多様な水産物を水揚げしています。活締め・神経締めなどの技術も日本ならではのものです。また、外国人観光客の多くが日本食を求めて来日していることが分かっています。

水産業は地方創成の核となり得ます。日本の漁業が持つポテンシャルや「浜プラン」*2を活かして水産物の付加価値を高めれば、漁業者の収入向上にも繋がります。そして、世界の人々が日本産の水産物を従来以上に求めるようにしていくことが今後の日本の漁業が進むべき道だと考えます。

*2 2014年に始まった「浜の活力再生プラン」。地域の現状に合わせて水産業・漁業を振興させることを目指し、漁業者や市町村を中心に組織された地域水産業再生委員会が「漁業所得10%アップ計画」などを立案する。

漁業問題を社会問題として捉える
(東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 八木信行さん)

「漁業問題は社会問題」と説く八木さん

改正漁業法成立から5年が経ちますが、実施のスピードは遅いと感じます。

要因の1つは、この法律が当事者との合意を規定しているためです。背景には、当事者参加型の管理を重視する国連食糧農業機関(FAO)の小規模漁業自主的ガイドライン*3があります。また学術的にも政府の不適切な介入が地域の制度資本を崩壊させることが示されています(エリノア・オストロム教授*4)。

*3 国連食糧農業機関(FAO)が定めた「食料保障と貧困削減に向けたサステナブルな小規模漁業の保障に向けた自主的ガイドライン」。国際的に合意された最初の政策文書で、地域社会や伝統と価値観に深く根付く傾向がある小規模漁業セクターに貢献することを目的としている。
*4 水産資源をはじめとするコモンズの管理は国家あるいは市場で行うべきという議論があるが、エリノア・オストロムはゲーム理論を用いて自主的な管理が有効な方法の一つであることを示し、コモンズの悲劇と呼ばれた、過度に抽象化されたモデルにより政策を決定することの危険性も指摘した。

もう1つの要因は、漁業問題が少子高齢化、都市への人口集中といった社会問題と複雑に絡み合っていることです。沿岸域では伝統的なコミュニティーによる資源管理とIQ(個別割当方式)による資源管理がせめぎ合っています。

生産者が抱えるこれらのジレンマは、消費者を含めて考えていく必要があります。政府やNGOは食関連のツーリズムや社会面のイノベーションなどで持続可能な生業を支援することが可能です。並行して、研究者が提供する科学的データが有効な知見になると考えます。

漁業を魅力的な産業にし、不公正な取引を改善する
(株式会社臼福本店 代表取締役社長 臼井壯太朗さん)

IUU(違法・無報告・無規制)マーケットの撲滅を強調する臼井さん

現在、私たちは3つの取り組みを行っています。
1 漁業を魅力的な産業へ変える
2 資源管理の徹底とエコラベルの取得
3 食の大切さを伝える

漁業者にとって船は生活空間でもあります。そこで、居住性を高め、インターネット・WiFiを完備した「若者が乗ってみたくなるような漁船」を造りました。

また、全てのマグロに電子タグを装着して報告、水産庁立ち合いのもと水揚げ検査も行っています。2020年にクロマグロで初のMSC認証を、2022年にはMEL認証を取得しました。

並行して、2012年から小学校で生産者による食育授業を行っています。マグロの漁獲量が世界一であるインドネシア共和国では、小学生や水産系の学校に通う高校生を招いて漁船見学会も行っています。

私たちの取り組みに加えて、日本の水産業の再成長に重要なのがIUU(違法・無報告・無規制)マーケットの撲滅です。IUU漁業の水産物を買い支えているのは日本です。流通に問題ありきなのです。一刻も早く不公正な取引を改正して生産者が水産業を継続していかれるようにしなくてはなりません。欧米など、成長している国の仕組みを参考にしたり、問題点を国民や世界に発信していくことが有効だと思います。

国にとって食料の安定は最重要課題です。今後、何をどうやって食べていくのか、国民も含めて真剣に考えていかなければなりません。世界を見れば、どこの国も地方の基幹産業は食料産業です。今後の日本の地方の活性化には一次産業の復興が不可欠と考えます。

各セクターの拘り・倫理観・使命感・真摯さ・共感を呼び起こす
(一般社団法人MEL協議会 会長 垣添直也さん)

MEL認証の変遷を語る垣添さん(一番右)

2016年に船出したMEL認証は認証ラベルの中でもMSC認証やASC認証などに比べ、明らかに後発でした。当初は難航しましたが、2017年水産基本計画に水産エコラベルの推進が盛り込まれたことで流れが変わりました。2019年に世界水産物持続可能性イニシアチブであるGSSIに承認され、その後4年間の取り組みでMELの国際標準化と存在感が大きく向上。MELのスキーム運営と日本の多様性の価値が世界に浸透し始めています。

2024年10月現在、認証件数が250件以上となり、日本の総生産の12%を超えています。また、MELに賛同、支援してくれる会員は50社・団体を超え、MELの輪が広がりつつあります。その一方で、底引き網漁や外食、取得がない県など、今後の伸びしろは大きいと言えます。

水産物は、その半分を自然から獲ってくる、類のない食料です。だからこそ日本の食料安全保障と明日への魅力を作っていくために、次の「5つの力」がポイントになると考えます。
1 政治・行政の水産業への拘り
2 事業者の水産業への情熱と倫理観
3 認証制度の関係者の使命感
4 水産・海洋に関する研究者、研究機関の真摯さと世界的存在感
5 国民・消費者の共感

2030年、日本の水産業へのビジョンと展望

最後に、「2030年の日本の水産業へのビジョンと展望」について、それぞれのお立場から一言ずつ頂きました。

2030年の理想像として、日本の水産業の川上から川下までを束ねる大日本水産会の枝元さんは、生産者と行政だけでなく、流通や加工、消費者が連携するシステムが構築されていることを挙げました。また、水産業問題を広く社会的に研究している東京大学大学院の八木さんは、Well-beingの観点から、女性を含めた若い人の参画に期待を示しました。

生産・流通面に関して、全国の漁業者をまとめる全国漁業協同組合連合会の坂本さんは、特定の魚種を狙うのではなく、日本に来た魚をどのように流通させていくかを課題に挙げ、MEL協議会の垣添さんは、幅広く多様性を活かした水産業になっていることが重要と述べました。

そして、代々クロマグロ漁に従事してきた臼井さんは、漁業が地方創成の核となり、外国人を含めて、漁師や田舎をリスペクトできる人が増えていて欲しいと熱く語りました。

皆様の豊富な実績と多角的な意見、水産業への思いが折り重なり、持続可能な水産業を社会全体に普及してくことの重要性が共有されるセッションとなりました。

 

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◾️日本・アジア圏のサステナブル・シーフードのムーブメントに関する、その他のセッションはこちら

【軌跡】日本・アジア圏のムーブメント:これまでの軌跡を辿り2030年への道筋を描く – 第1章

【軌跡】日本・アジア圏のムーブメント:これまでの軌跡を辿り2030年への道筋を描く – 第2章

 

 

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