水産流通を規制する日本初の法律、所管官庁の担当課長が語る新制度の舞台裏(前編)

水産流通を規制する日本初の法律、所管官庁の担当課長が語る新制度の舞台裏(前編)

「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(以下:水産流通適正化法)」が2020年12月に公布され、2022年12月に施行されました。

この法律は、密漁を含むIUU(違法・無報告・無規制)漁業に由来する水産物の流通を防止するために、業者間での情報の伝達・記録や、輸出入の際に適法に採捕された旨の証明書の添付を義務づけるものです。日本の水産流通に初めて規制をかける法律と言えます。

水産流通適正化法の成立後、施行に向けて、政省令の策定をはじめ、諸々の調整を担当したのが水産庁加工流通課長の五十嵐麻衣子さん。施行までの苦労や始まったばかりの新制度の運用状況を語っていただきました。

 

五十嵐 麻衣子(いがらし まいこ)
1975年東京都生まれ。1997年早稲田大学法学部卒業、同年農林水産省入省。畜産局、食品流通局勤務後、2000年米国留学。2001年にハーバード大学法科大学院修士(LL.M.)を取得、ニューヨーク州弁護士登録。留学後、国連環境計画(UNEP)への出向、大臣官房国際部等を経て、2017年7月より食料産業局食文化・市場開拓課和食室長。2019年8月より消費者庁食品表示企画課長。2021年7月より現職。

 

70年ぶりの漁業法改正と水産流通適正化法の制定

――2018年に漁業法が70年ぶりに改正されました。まず、漁業法改正と水産流通適正化法の関係を改めて教えてください。

元々、我が国の漁業生産量が長期的な減少傾向にある中で、国は水産資源の適切な管理と水産業の成長産業化を目的として、漁業法改正を含め水産政策改革を実施しています。

水産政策改革というパッケージの中で、密漁品などの違法水産物を規制するためには、獲るところだけではなく、流通もちゃんと視野に入れなければいけないという概念的な話は元々されていて、最終的に法律の形になるまで、いろいろな検討が行われてきました。国内では漁業者でない人たちによる密漁が増えていることへの対策が必要であり、一方、世界的にIUU漁業撲滅への要請が高まっていることへの対応も必要でした。

 

漁業関係法令に関する検挙件数の推移 (資料提供:水産庁)

 

そうした流れの中で、国内で違法に採捕された水産物の流通を適正化することと、国外からのIUU漁業に由来する水産物などの輸入を防止することを目的として、水産流通適正化法が2020年12月に制定されました。

――水産流通適正化法について、「いい法案だけれども実際に機能するようにするのは大変そう」と思っておられたそうですね。そうしたら想定外の担当課長になられたと。

そうなんです。水産流通適正化法制定当時は消費者庁に出向中で、食品表示法を所管する課長として法案について意見交換をする機会はあったのですが、まさかその後、施行までのプロセスを自分が担当することになるとは想定していませんでした(笑)。

 

立場を超えた共通のゴールを目指して意見調整

――2021年夏に加工流通課長に就任されてから、怒涛のような日々だったのでしょうね。

すごく大変でした。法律で大枠は決まっていましたが、詳細は決まっておらず、対象魚種をどうするか、また、この法律には漁獲番号で伝達していくというルールなどもありますが、実際に何をどうするのか、といった制度内容について、いろいろなステークホルダーに入っていただいた形で検討会議を4回ほど開催しました。その中で漁獲番号の付番ルールなどが決まり、対象魚種についてはさらに水産政策審議会に諮問しました。

その答申を経て、2022年4月に制度の詳細を定めた省令を制定し、2022年12月、法律の施行を迎えたという流れです。

――施行までの検討会議で重視されたのはどのようなことでしたか?

多様なステークホルダーの方に入っていただくことですね。学識経験者もいらっしゃいますし、漁業者、流通業者などの関係事業者や、NGOの方々にも入っていただきました。

――多様な方々の意見を調整するために、担当課長として会議をオーガナイズする際にどのようなことを心がけておられましたか?

それぞれのお立場によって、大切にしていることやお困りのことなど、事情が違うので、ご意見を丁寧に聴くことが重要だと思います。それは、検討会議の場でもそうですし、それ以外のところでもお話をよく伺うことには努めてきたところです。ここに参加していた方々のゴールはある意味共通で、最終的には、水産資源が持続的に利用できて、それがなくならないようにしようという思いは共通だったので、そこを大切にしながらやってきました。

農林水産業の振興は規制措置だけでは成り立ちませんが、今回は密漁防止やIUU漁業撲滅の観点から、きちんとした規制措置を入れるのが、関係者みなさん共通のゴールに向かって、一つ大切なことでした。その規制内容が現場で実行可能性がないものだと、みなさん守らなくなって、法律をつくる意味もなくなってしまいます。

――現場で実行できそうにない無理な規制は控えて、実行できそうなところを図りながら決めていったと。

そうですね。ほとんどの方が、それぞれの立場で正当にビジネスをしているのに、そこが不当に制限されるのは本末転倒ですので、現場の実情を踏まえた上で、きちんとした規制を設けることが重要だという視点を持って調整してきました。水産物自体の流通に本格的な規制を導入するのは初めてなので、実際にどのようになるかというイメージがない中での議論のやり取りでしたし、まさに規制がかかるという話だったので、やはりそれぞれ真剣勝負だったという印象はあります。

――みなさんの合意に持っていくために、どのように努力されたのでしょうか?

なかなか難しくて、抽象的な言い方になりますが、それぞれがなぜそういう発言をしているのか?その背景は何か?ということをよく理解をした上で、共通のゴールに向かって、どこをどう調整できるのかを考えながら進めていったということに尽きますね。

 

対象魚種は少ないのか?

――水産流通適正化法の対象魚種は、特定第一種がアワビとナマコ、そして2025年12月からシラスウナギもということで3種類、特定第二種は、サンマ、イカ、サバ、マイワシの4種類です。少ないのではないかという声も聞かれますが、対象魚種について、検討会議ではどのような議論があったのでしょうか?

検討会議では、規制の必要性と現場の実行可能性の両方の観点から対象魚種を指定すべきであるという議論になって、それを踏まえて、指定の透明性を担保するために基準が設けられ、その指定基準に該当する魚種を指定するという方針でした。どれぐらいの数にするかというよりは、指定基準に当てはまるものを対象魚種にするということです。

 

水産流通適正化法の施行で規制対象となった魚種(作図:シーフードレガシー)

 

検討会議では、実行可能性が特に重要だという意見が複数出され、該当しているもののうち優先度の高いものから指定していこうということになって、今の魚種にが対象となりました。一方で、検討会議の委員だったNGOの方からは、拡大を検討しないといけないのではないかというご意見が出たことはありました。

――たとえば、アサリの産地偽装やクロマグロの漁獲未報告など、いろいろな問題があるので、そのもっと対象になるものを国内でも増やした方がよいのではないかという意見がSeafood Legacy Timesにも見られます。

アサリの産地偽装は、実は食品表示法の問題で、水産流通適正化法は食品表示を規制するものではありません。クロマグロについても、まず、漁業法に基づき定められた漁獲量をどのようにきっちり守らせるかということがあって、そのあと流通でどうケアしていくかという話になります。そうしたご意見は、ちょっと議論が錯綜している感はあるかなと思っています。

正当にビジネスをしている方々の商行為は基本的に「自由」であって、そこに規制をかけるというのは大変なことです。そこはやっぱり実情を踏まえながら慎重にやるべきです。対象魚種が少ないというご意見もあるかもしれませんが、今回、日本の水産流通で初めて規制ができて、まだ施行されてから半年も経っていないですから、まずは新しく決めたルールをしっかりワーク(機能)させることが重要です。

法律が施行される前から、そして、施行されて数か月で「見直し、見直し」とおっしゃっている人もいますが、なかなかそれは時期尚早かなというのが正直なところです。

――確かに、日本では流通している魚の種類が欧米とは比べものにならないほど多いので、対象魚種を急拡大したら大変なことになるのは想像できますが、将来に向けて、どのように対象魚種を増やしていくのが良いと考えておられますか?

対象魚種の指定が恣意的であってはいけないので、繰り返しになりますが、指定基準があって、それに当てはまる魚種が対象ということです。いずれにしても、対象魚種については2年程度ごとに、検証、見直しをすることになっています。まずは今始まった制度の運用状況を見て、それを踏まえることが重要だと思います。そのうえで、多様なステークホルダーの方々のご意見も踏まえつつ、そもそも今の指定基準が妥当なのか、みなさんのご意見をしっかり聞きながら検討するというように、初回でやったような検討のやり方が望ましいと考えます。

 

法律施行から4か月、現場も奮闘

――新しい制度の導入のためには関係者への周知も大変だったのではありませんか?

2022年の1月以降、都道府県はもちろん、漁業関係団体や取り扱い事業者など、それから輸入規制に関しては在日の大使館や諸外国の政府関係者にも丁寧に説明を行ってきました。

 

水産流通適正化法による新制度の周知のために説明会に臨む五十嵐さん(写真提供:水産庁)

 

そういった周知を約200回おこなって、この制度の意義や仕組みなどをみなさんによくご理解いただき、ご協力いただいているので、大きな混乱もなく、まずまず良いスタートを切れたかなと思っています。

――まだ始まったばかりですが、現場では順調に普及しつつあるのでしょうか?

特定第一種の水産物を日本から輸出するときに、日本政府が証明する適法漁獲等証明書をつけることが義務付けられましたが、1ヶ月で約500件というすごい量の発行申請が来ています。証明書の発行が滞ると、輸出ができなくなったり、食べ物なので場合によっては腐ってしまったりします。そこで、担当職員を大幅に増やすといった苦労はあります。

――特定第一種について、国内での流通のために漁獲番号の付与と伝達が導入されました。伝達システムのデジタル化も進んでいるのでしょうか?

法律上はデジタルによる伝達ということは書いてありませんし、実際、零細の仲卸さんなど、おじいちゃん、おばあちゃんでやっておられるところもあり、その方々にはデジタルによる伝達を求めることは現実的ではないと思います。

もちろん、今後のことを考えるとデジタル化を進めることは必要ですので、強制ではありませんが、使いたい方が簡単に利用できるように、デジタル化された伝達システムをつくったり、漁協さんのほうですでに入れておられるシステムをちょっと改修した形でデジタルで伝達できるようにしたり、その支援などを行っています。

――第一種のシラスウナギの適用が2年後に予定されていますね。

はい。シラスウナギについては普通の流通形態とはだいぶ違うので、それに応じた形にする必要があります。また、シラスウナギを養殖して大きくしてからのウナギの流通についてはまた違う法律でケアされているというように、他の魚種とはちょっと事情が違うので、これから詳細を詰めていくことになります。(後編につづく)

 

>>> 後編では、特定第二種に関する諸外国との協議や連携について伺うとともに、五十嵐さんご自身の来し方や今後の抱負を語っていただきます。

 

取材・執筆:井内 千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。