モウイはノルウェーに本社を置き、世界最大の生産量を誇るサーモン養殖企業。企業ビジョンとして「リーディング・ザ・ブルー・レボリューション」を掲げ、海の可能性を引き出す持続可能な食料生産をめざし、Coller FAIRRによる世界の畜産・養殖企業のサステナビリティ・ランキングでは、5年連続で首位を獲得しています。同社のCSO(最高サステナビリティ責任者)とCTO(最高技術責任者)を兼任するカタリナ・マーティンス氏に聞きました。
カタリナ・マーティンス
モウイのサステナビリティ戦略「Leading the Blue Revolution Plan」の実践調整役を担い、魚の健康と福祉、品質、加工、海水・淡水の養殖技術、データ分析等に関するイノベーション活動を主導。ポルトガルのリスボン大学で海洋生物学の修士号、オランダのワーゲニンゲン大学で水産養殖の博士号、ノルウェー経済高等学院でMBAを取得、ハーバード大学にてコーポレートサステナビリティのプログラムを受講。ワーゲニンゲン大学、ポルトガルの海洋科学センター (CCMAR)、オーストリアのウィーン獣医大学で研究員としての役職を歴任した後、2013年にモウイ入社。
――なぜモウイは、サステナビリティでこれほど高い実績を上げることができるのでしょう?
大きな理由は2つあります。ひとつは他社にないビジネスの垂直統合、もうひとつは明確な戦略です。
垂直統合では、飼料の生産、交配と品種改良、淡水と海水の養殖、加工、二次加工、マーケティング、ブランディングといった、重要な事業活動を一貫して自社で行っています。多くの企業では、どこかで分断されている場合が多いのではないでしょうか。
養殖の拠点はノルウェー、スコットランド、アイルランド、フェロー諸島、アイスランド、チリ、カナダにありますが、チリとカナダを除き、ヨーロッパで使っている飼料はすべて自社生産です。飼料の調達はもちろん、品種改良においても、成長のパフォーマンスや病気への抵抗力など、何を重視するか、社内で判断して行っています。また可食部以外のヒレや尾などは自社で加工し、魚油、他の魚の餌、ペットフードなどに活用しています。
サステナビリティ戦略としては、サステナビリティを広報や渉外、CSRではなく、R&D、イノベーションとつなげているのがユニークだと思います。つまりスローガンや発信よりも、成果中心、実質的な取り組みを中心に活動しています。
サステナビリティのチームがCEO直下にあることも特徴です。これは養殖企業としてはモウイだけだと思います。特にここ3、4年、金融機関や投資家がサステナビリティを重視し、専門家を抱えることも増えていて、気候変動、生物多様性、淡水、海水など項目ごとに詳細かつ具体的な説明を求められることも多く、私がCSOとして対応にあたっています。
社内に対しても、サステナビリティの目標、KPI、体制をすべて明確に説明し、実質的に機能するよう構造化しています。できるだけシンプルに、社内のどこからでも理解してもらえるようにしています。
──サステナビリティの取り組み体制について、もう少しうかがえますか?
サステナビリティを担当しているチームはごく少人数で、現地での具体的な仕事を実施しているのは社内ネットワークです。社内ネットワークとしては、戦略ネットワークと、現場に密着した運営ネットワークがあります。
戦略ネットワークは半年に1回委員会を開き、企業理念にも掲げる「ブルー・レボリューション」の実行プランを見直しています。実施ネットワークは飼料、養殖、環境など分野ごとに実施計画を立てて実施、四半期ごとに戦略ネットワークとミーティングし、報告します。
運営ネットワークの実体は、世界に散らばった全プラントから選ばれた担当者です。たとえば飼料プラントでは、運営マネージャーや調達担当、養殖場では、品質マネージャー、環境コーディネーター、淡水養殖の担当者。職種はエンジニアだったりマネージャーだったり、ばらばらです。
世界の全プラントが現場同士で情報を交換し、知恵を共有してサステナビリティに取り組んでいます。たとえば排水ホースひとつの選択や使い方でも、よりよいものを勧め合うなど、現場の知恵やノウハウが共有されています。中央からの指示ではなく、現場が自分ごととして取り組めるようにすることが成功のカギです。でないとやらされごとになってしまい、実質につながらないからです。
──サステナビリティ担当チームが少人数というのは、実際には何人ですか?
私を含めて3人です。
──3人! 本当に少ないですね。どうしたらその人数で全社を見られるのですか?
大事なのは、フォーカスすることです。全体像を理解して、真っ先に取り組むべき「ホットスポット」に集中するのです。大事なことがたくさんあっても、ホットスポット以外はいったん脇へ置きます。そして1つのホットスポットが解決したら、次に行きます。
それと、私たち3人は実行部隊ではありません。データから全体を概観し、戦略的に方針を決め、現場同士の連携をつなぐ役割です。実行は運営ネットワークが行います。その上で、四半期に一度の内部監査と、年1回の外部監査を行います。
活動は組織の中に埋め込まれているのです。サステナビリティの担当者が20人いて走り回るよりも、この方が効率的です。人数が増えると情報共有の手間もかかるし、スピードも落ちます。
――効率的な体制を構築しているとは言え、社員主体で取り組みを機能させるには、かなり密なコミュニケーションがいりそうです。
そのとおり、コミュニケーションがキーです。モウイ全体としては非常に大きな組織なので、かなり労力が必要です。第一、みんな自分の仕事がある中で、ネットワークに寄与してもらうのは簡単ではありません。
社内の運営ネットワークのメンバーは、私たちとはサステナビリティに向けた協力関係にありますが、組織上は、実線ではなく点線でつながる関係なんです。だから、彼ら自身が私たちと同じものを信じ、同じ想いを持って動かないと、機能しないのです。
――しかし、サステナビリティ自体は、現場にいる彼らのKPIではないのですよね。彼らがサステナビリティに取り組むモチベーションを保てるのはなぜでしょう?
サステナビリティに取り組み、成果を上げることが、彼ら自身の助けになることです。彼らにはそれぞれの仕事があり、KPIがあります。私たちサステナビリティのチームとともに取り組むソリューションが、自分たちのKPI達成に役立ち、自分たちの成功につながります。
サステナビリティの取り組みと本務とが、ウィンウィンになっているのです。たとえば省エネはコストダウンにもなります。資源の効率的な利用もそうです。取り組みによって削減できたコストをマネジメントに報告すれば、マネジメントもサステナビリティが負荷ではないとわかります。これも大事なことです。
だからこそ、サステナビリティの目標・計測・報告のプロセスとKPIを、社内で明確に共有し、透明性を高くすることが必須なのです。こうした体制をつくるには時間がかかりますから、他社にはなかなかまねできないことだと思います。
>>> 後編ではCTO(最高技術責任者)として取り組む、データ分析を含むイノベーションの推進体制、サステナビリティと利益について、そして水産養殖にかける自身の想いを語っていただきます。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。