
2017年に国際環境NGO団体から突然、水産物の原材料調達の調査要請を受けたセブン-イレブン・ジャパンの八木田耕平さん。そして、シーフードレガシー CEOの花岡や漁業現場で強制労働を経験した僧侶との出会いを通じて、サステナブル・シーフードへの取り組みの大切さを実感しました。
以来、2022年にアラスカシーフードラベルのおにぎりを発売したほか、環境に配慮した容器を開発・展開するなど、水産物に限らず環境問題解決のための幅広い取り組みを行っています。
東京サステナブルシーフード・サミット2024にも登壇いただいた八木田さんに、後編では消費者への思いや環境への思い、サステナブル・シーフードを主流にするためのヒントなどを伺います。
——TSSS2024に登壇いただいた際には、「お客さまのニーズを汲みながらサステナブルな商品の選択肢を増やすには、お客さまの意識醸成を行うことも大切だ」とお話しされていました。実際の取り組みの中でご苦労は感じていらっしゃいますか?
とあるお客さまから「企業価値を上げるために商品に認証ラベルを貼って、その費用を消費者に転嫁しないでほしい」というお声をいただいたことがあります。私たちは、自分たちを含めた皆さんの未来のためにサステナブルの取り組みをしているのですが、企業の自己満足に見えている方もいるのだという気づきになりました。
前編でお話ししたアラスカシーフードラベルのおにぎりは紅しゃけのおにぎりで、販売数が非常に高い商品です。日本中にこのラベルが流布していることにはなるのですが、それがただの柄、ただの風景になっているのではないか、「このラベルがあるから買っている」という方がどれだけいるだろうかと悩むこともあります。
現在(2025年1月時点)、アラスカシーフードラベルの紅しゃけのおにぎりは、原材料価格の高騰もあり、185円(税込)で販売しています。一方で、低価格でお腹を満たせるというニーズに応える商品として2024年7月から138円(税込)の「手巻おにぎり しゃけ」も販売し、そちらのほうが売上げが伸びている状況があります。
先日、アラスカの生産者の皆さんを前にお話しする機会があり、日本のこの現状をお伝えしました。そして、これを何とか打開するために、セブン-イレブン・ジャパンのアプリでラベル付きおにぎりを何個買ったかカウントし、上位何人かの方にアラスカのサステナブルシーフードの詰め合わせを送るのはどうかという案もお話ししてきました。そうすれば、詰め合わせを受け取った方がSNSで発信してくださるかもしれません。
サステナブルな活動は企業側が発信すると押し付けがましく受け取られる傾向がある中で、消費者から消費者に向けて口コミとして発信していただく取り組みができれば、インパクトになるかもしれません。
——八木田さんの今後の目標をお聞かせください。
まず短期的な目標は選択肢をつくることで、中長期的な目標は選択肢をなくすことだと思っています。今はアラスカシーフードラベルのおにぎりがあってラベルの無いおにぎりもある、という選択肢をつくって、どなたもサステナブルな取り組みに参加できる窓口があるということが重要だと思います。ですが、ゆくゆくは全てがサステナブルな商品になって、非サステナブルの商品は無い状態にするのが最終的な目標です。
私には子供が二人いまして、小学校1年生の下の子に脳の障害があり、体は元気なのですが言葉が理解できません。この子は自分で食品を選べませんから、やがて私が死んでからは誰かに食べ物を与えてもらうことになるでしょう。その時に本人も気づかないまま不明瞭なルートのものを食べないといけないのは嫌だと思っています。その時までには全ての食品が正しく取り扱われている状態であってほしいと思っています。
——環境問題や社会問題は課題が多く簡単に解決できるものではありませんが、こうした難題を乗り越えるためにすべきことは何だと思われますか?
なるべく多くの人が現状を見て、知ることだと思います。私も取引先の担当者と一緒にバンコクのシーフードサミットに参加し、盲目の僧侶の方の話を聞いて意識が変わりました。日本で映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』が公開された時も、何人もの取引先に声をかけて皆で観に行き、その方たちの意識も変わりました。
単に商品に認証ラベルを貼るだけでは、消費者には届かないと感じています。いかに現状を知ってもらうかが大切です。
——TSSS2024では「2030年までにサステナブル・シーフードを主流にする」というゴールが掲げられました。達成するためには何が必要だと思われますか?
セブン-イレブン・ジャパンの商品の中でも魚は重要で、おにぎりの不動の売り上げベスト5は紅鮭、明太子、昆布、ツナマヨ、梅。5つのうち4つが水産物なのです。ですから、私たちの仕事でも水産物が潤沢にあることが大切です。ですが、サステナブル・シーフードを主流にするのはまだまだ難しい問題ですね。
ただ、常々思っていることがあるのです。というのは、私はダン・バーバーさんの『サードプレート』という本を愛読していまして、その中で語られている「ファームトゥーテーブル※」の考え方に共感しました。その上で私は、自然にとれる野菜や魚の割合に合わせて人間が食べ、川上の生産が優先になるという形が理想だと思っているのです。ですが、現在は消費者が優先で「これをもっと食べたい、これはいらない」という需要から生産が決まっています。
川上にある生産が優先になるという理想の形は、実現がなかなか難しい。その中で小売業が果たすべき役割は大きいと感じています。たくさん獲れているものをいかに上手に供給していくか、希少なものを希少なりにいかに大切に届けていくか。それは消費者に最終的に接している小売業が考えるべきことでもあります。
——川上の生産を優先する理想の形。その実現に向けて八木田さんご自身が心かげていらっしゃること、また、水産業界に求めることは何でしょうか。
私はとにかくいろいろなところへ足を運んでお話を伺うことを大切にしてきました。ある取り組みをしたい時は、必ずそれと真逆の立場の方にも話を伺うようにしています。私たちが知らないことはたくさんありますし、消費者に伝えきれていないこともたくさんあるはずです。
そして、科学や漁業に携わっている方が小売業界に伝えたいこと、伝えきれていないこともあると思います。アラスカに行った時も実感したのですが、立場の違う者同士が一度会って話すことで、今まで扱っていなかった食材の活用法が見つかることもあります。水産業界でもさまざまな垣根を超えて、お互いが知ること、話し合うことが必要だと思います。
八木田 耕平(やぎた こうへい)
2005年セブン-イレブン・ジャパン入社。店舗経営コンサルタントを経て2013年より商品部所属。水産原材料調達、商品本部内の環境対策を担当し、2021年よりセブン&アイ・ホールディングスの環境部会プラスチック対策サブリーダーに就任。現在は主力商品群である米飯・麺類力テゴリーのチーフマーチャンダイザーを務める。
取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。