日本の水産企業の国際的評価と今後の課題 〜SeaBOSの貢献とは?〜

日本の水産企業の国際的評価と今後の課題 〜SeaBOSの貢献とは?〜

SeaBOS―その起源と理念

SeaBOS(Seafood Business for Ocean Stewardship: 持続的な水産ビジネスを目指すイニシアティブ)は、2016年に設立された科学と産業の協同プロジェクトであり、世界の水産物シェア上位企業8社と、このプロジェクトと経済的に独立した関係を保った科学者チームが参画しています。日本からはマルハニチロ、ニッスイ、極洋*1、Cermaq(三菱商事の子会社)がこれまでSeaBOSのメンバーになりました。SeaBOSチームの科学者やメンバー企業の幹部は、サステナブルシーフード・サミットにも定期的に参加しています。

このプロジェクトの背景には、「キーストーン・アクター」と呼ばれる、広範なサプライチェーンにまたがって活動し、市場を資本化し独占する独自の能力を発揮している少数の多国籍大企業グループが、そのリーダーシップを活かして持続可能な海洋利用に向けた変革を推進し得るのではないか。また、そうすることで、水産物業界全体に連鎖的な変化を引き起こすことができるのではないか、と言う仮説があります。

SeaBOSの構想は綿密に研究され、その形成と進化を追った複数の論文が発表されている一方で、水産業全体に及ぼす連鎖的変化の可能性が科学的に検証されたことはありませんでした。そこで、今回の分析では、SeaBOSが日本の水産業全体にどのような影響を与えたのかを初めて検証し、連鎖的な変化が実際に起きているかどうかを評価しました。

この記事は、SeaBOSに賛同し、関与している科学者チームがMarine Policyに出版した論文に基づいています。SeaBOSについてはこちらのウェブサイトを、出版された論文はこちらをご覧ください(論文は英語ですが、どなたでも閲覧可能です)。

図1. キーストーン種という概念から、キーストーン・アクターという理論への拡張。この図は、SeaBOSの事務局からの出典で、Azoteというデザイン会社がデザインしたものです。

 

国際的な観点から見た日本の水産業の立ち位置

日本の水産業は、国際的な観点からすると、以下のような特徴があります。1つ目は、国民一人当たりの水産物の消費量が最も多い国の1つとして、世界の水産市場に対して大きな影響力を持っていること*2。2つ目は、北米やヨーロッパ各国と異なり、日本では、持続可能な水産業を推進するのが、消費者ではなく企業であること*3。これは、日本における消費者の意識が比較的低いことと、規模の大きな企業が多いことに起因すると考えられます。そして3つ目は、2022年の報告書によると、水産関連売上の上位100社に含まれる日本企業の数が、世界で最も多い(17社)ことです*4

しかし、上記のような水産業における影響の大きさにもかかわらず、日本の水産業は、サステナビリティという観点において遅れをとっていると批判されてきました。例えば、World Benchmark Allianceが行った格付け、シーフード・スチュワードシップ・インデックス(SSI)において、SSIの評価対象になった日本企業7社(ニッスイ、丸紅、マルハニチロ、三菱商事、極洋、横浜冷凍、OUGホールディングス)は、全体として2019年以降、ランキングの下位半分にとどまっていると報告されています(この記事を参照)。特に、日本企業は全体的にトレーサビリティの項目で欧米に遅れをとっていると言われてきました。

 

過去10年間における日本の水産関連企業のサステナビリティ報告の変化と課題

論文では、水産関連売上の上位100社に含まれる日本企業17社を対象に、10年間に渡って分析を行いました。対象とした17社は、設立年こそ全て70年を超える歴史を持つという共通性があったものの、売上高や従業員数にはかなりのばらつきがあり、さらに主要事業が水産業の会社もあれば、商社のように幅広い事業展開を行なっている企業もありました。そのため、「日本の水産企業」と言ってひとまとめにして扱うのではなく、表1のように17企業を4つのグループに分類して分析を進めることとなりました。その上で、分析は、大きく分けて(1)サステナビリティ報告の透明性とトレーサビリティと、(2)SeaBOSが取り組んでいる持続可能な水産業に関わる6つの優先課題という、2項目に沿って行いました。

 

表1. 日本の水産大手17企業を分類した4つのグループとその説明

表1で示した4グループをもとに、サステナビリティ報告の透明性とトレーサビリティに関する比較をした結果が、図2に示されています。この論文では、透明性とトレーサビリティを、(1)出版形態、 (2) マテリアリティ評価、(3) トレーサビリティ評価、(4) GRIスタンダード等のガイドラインの参照、という4つの観点で評価しました。

表を見てわかるように、大規模商社は、多くの項目で早い段階から透明性とトレーサビリティの高いサステナビリティ報告をしてきたことがわかります。これは、国際的な事業展開をする商社が、海外の投資家や取引先からの高い要求を受けてきたからだと考えられます。他方で、SeaBOSメンバー3社は、SeaBOSが設立され、メンバー企業間の共同コミットメントを発表した2016年以降、サステナビリティ報告を急速に強化したことがわかります。その後を追うように、大手食品会社も2020年ごろからサステナビリティ報告を強化し始めました。国内水産企業は、サステナビリティ報告に関しては未だ初期段階にあります。しかし近年、環境基本方針の設定やMSC-CoC認証の取得を進める企業が増えており、サステナビリティへの取り組みが少しずつ進められていることがわかります。

 

 


グラフの凡例

図2.4つの企業集団間におけるサステナビリティ報告の透明性とトレーサビリティに関する比較:(A)SeaBOSメンバー3社、(B)大規模商社、(C)大手食品会社、(D)国内水産企業。横軸は、それぞれの年における出版形態、マテリアリティ、トレーサビリティ、ガイドラインに関する各企業のパフォーマンスを、グラフの凡例に合わせて示している。縦軸は、該当する企業の数を示す。

 

さらに、この論文では、持続可能な水産業に関わる6つの課題:(1)IUU(違法・無報告・無規制)漁業、(2) 強制労働の排除と人権の尊重、(3)生物多様性と絶滅危惧種の保護、(4)抗生物質の使用削減、(5) 海洋プラスチック対策、(6) 気候変動対策に基づいて、各企業の取り組みを分析しました。

それぞれの項目で異なる傾向が見られましたが、全体的な特徴として、大規模商社が、人権、気候変動対策に対する取り組みの面で他の企業よりも早くから取り組んでいる一方、IUU漁業の排除や海洋プラスチック対策はSeaBOSメンバー3社の方が評価できるという結果になりました(図3参照)。他方で、生物多様性と絶滅危惧種の保護や、抗生物質の使用削減についての項目は、全体的に初期段階にあるということがわかりました。その中で、ニッスイやマルハニチロが近年実施している、『グループ取り扱い水産物の資源状態調査』は、漁業資源管理や絶滅危惧種の保護という観点から非常に価値のある取り組みです(ニッスイの報告書はこちらを、マルハニチロの報告書はこちらを参照)。多くの企業に参考にしていただけたらと思っています。

図3. IUU漁業の排除(左)と、強制労働の排除と人権の尊重(右)に関する各企業の取り組みの変化

 

SeaBOSが日本の水産業の持続可能性に及ぼした連鎖的影響についての考察

分析結果は、サステナビリティ関連の取り組みにおいて遅れをとっていると言われてきた日本企業が、短期間でサステナビリティ経営を大きく推進してきたことを示しました。その要因の1つとして、SeaBOSがメンバー企業に与えた影響は大きいと考えられます。SeaBOSの設立以降、メンバー企業は日本におけるサステナビリティ経営の先駆者となっており、他の企業も、この3社に追従する形で少しずつサステナビリティ経営を進めてきました。このように、SeaBOSが産業界全体に連鎖的な影響を与えた可能性が示唆されています。

しかし、この分析だけでは、SeaBOSの影響が、どの範囲にどれほど作用したのかを特定することは困難です。図4に示すように、MSC、ASCなどの認証制度や、サステナブルシーフード・サミットに代表されるシンポジウムなど、持続可能な水産業を推進する枠組みは非常に多様であり、複雑に重なり合って産業界に影響を及ぼしています。さらに、法制度の進展も大きな影響を及ぼします。したがって、この論文では、SeaBOSが日本の水産業全体に有意な影響を及ぼしたと結論づけることはせず、SeaBOSが与えた連鎖的な変化の手がかりを示しました。関連して、SeaBOSメンバー企業の代表者の1人は、これまでライバル企業だったメンバー企業(マルハニチロ、ニッスイ、極洋)が、サステナビリティ関連の取り組みに関して協働することの効果を過去のサステナブルシーフード・サミットで述べています。

今後、他の方法での評価(インタビュー等による質的調査や、シミュレーションモデルによる理論分析など)や、より長い期間での継続したモニタリングを行うことで、SeaBOSの影響を調査するとともに、サステナビリティ経営を推進していく上でのより効果的な方法を考えていくことが重要です。また、そのためには、企業からのより透明性の高い情報開示も必要になります。

図4. 各企業による、持続可能な水産業の推進に関する国際的イニシアティブへの重複した参画。サステナブルシーフード・サミット(TSSS)の線上の点は、各企業の代表者の当該年のイベントでの発言参加を示す。

 

日本の水産企業が、今後サステナビリティ経営を進めて行く上での示唆

この分析の結果を受けて、日本の水産企業が、今後サステナビリティ経営を推進して行く上で大切にすべきと考えられる点を、以下に示します。

1.共通項の多い他社の取り組みを参考にすること
「日本の水産企業」と言っても、非常に多様でそれぞれが抱える資源や事業内容には大きな違いがあります。そのため、1つの枠組みで括ってしまうと、その中の多様性を見落としてしまい、誰を参考にして、誰と協働していけばいいのかという判断を誤ってしまう恐れがあります。実際、今回の分析では、SeaBOSメンバー3社、大規模商社、大手食品企業、国内水産企業という4つのグループに分けて、サステナビリティに関する取り組みを比較しました。それぞれの特徴をもとに、共通項が多い企業の取り組みを参考にすることで、より自分たちに合ったサステナブル経営を推進していけるかもしれません。

2.より広い視野を持って取り組みを行なっていくこと
例えば、大規模商社は、人権、気候変動対策に対する取り組みの面に非常に力を入れていますが、IUU漁業の排除や海洋プラスチック対策はSeaBOSメンバー3社の方がより良い取り組みをしています。サステナビリティは、単に気候変動対策というだけでなく、非常に幅広い観点を内包する概念です。したがって、多様な観点からサステナビリティ経営を実施し、評価していくことが重要です。

3.科学者との繋がりや、国境を超えたパートナーシップ、同業者との議論の場
企業のサステナビリティ経営に影響を及ぼしうる要素は非常に多様です。図4にも示した通り、様々な団体や活動からの取り組みや、投資家や法律からの働きかけ、企業間での競争や協同もあるでしょう。このような複雑な状況の中では、SeaBOSのように、科学的見地に基づいて、ライバル関係にある企業間での協力を強化することや、サステナブルシーフード・サミットのように、水産業にかかわる幅広いステークホルダーが集まって好事例を共有したり、共通の問題を議論したりすることが、産業全体でのシナジー(好循環)を生み出していくために効果的だと考えられます。

4.サステナビリティ情報を開示する重要性と、情報を受け取る側の責任
企業の非財務情報開示は、その企業にとっても、産業全体にとっても、非常に重要な財産となります。サステナビリティに関する情報が開示されていなければ、評価することさえできず、具体的な取り組みの議論に至りません。長期的な視点に立ち、情報を蓄積し、開示していくことが、サステナビリティ経営を進めていく上での第一歩になります。
他方で、情報を受け取り、評価する側は、企業が非財務情報を様々な媒体を通して開示していて、その情報は必ずしも英語ではないことを考慮する必要があります。この分析では、6つの異なる媒体から、英語と日本語の両方の情報を収集しました。企業側は、より公共性と包括性の高い情報開示を進めていくべきですが、その一方で、評価する側は、企業の取り組みを多様な観点から分析し、社会文化的、言語的な障壁を取り払う努力をする責任があることを忘れてはいけません。

 

執筆者プロフィール

影山舜
沖縄科学技術大学院大学(OIST)リサーチユニットテクニシャン
1998年生まれ。埼玉県出身。東京大学を卒業後、2022年8月から2024年6月までスウェーデンのストックホルムレジリエンスセンター修士課程に在籍。在学中の2023年5月から卒業後の2024年11月まで、SeaBOSのプロジェクトアシスタントとして研究分析に従事し、論文を執筆した。2023年5月には、SeaBOSの実務者会議にも出席。2025年1月から現職。専門はサステナビリティ、海洋ガバナンス。

 


*1極洋は、2024年は4月にSeaBOSを脱退しました。しかし、本分析の期間中(2013年~2022年)はSeaBOSのメンバーであったため、ここでは極洋のことをこれまでのSeaBOSへの参加企業と紹介しています。論文の4.2章では、同社の脱退に関する考察を述べたので、興味のある方はアクセスしてみてください。
*2 この論文を参照してください
*3こちらの特徴に関しては、この論文を参考にしています。
*4この報告書を参照してください。

 

 

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