水産を「資源」から「資本」へ。投資から描く未来社会と水産サステナビリティ(後編)

水産を「資源」から「資本」へ。投資から描く未来社会と水産サステナビリティ(後編)

誰もが思い描く、「ありたい社会」(望ましい社会)に向けた取り組みを進める責任投資。気候変動や生物多様性の損失の不安が高まる中、水産分野を含め国内外で責任投資の動きが活発化してきています。ですが、日本の企業のサステナビリティへの取り組みは、果たして進んでいると言えるのでしょうか。

33年間、信託運用の仕事を続け、現在はりそなアセットマネジメント株式会社の常務執行役員を務める松原稔さんに、投資家としての視点から日本の水産の課題をお話しいただきます。

後編では、投資をする側と受ける側のエンゲージメントにおける注意点、水産の未来のために日本の企業・金融機関・政府が取り組むべきことなどについて伺いました。

 

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水産を、使うだけの「水産資源」から増やす「水産資本」へ

——国内外で責任投資が活発化している一方で、Seafood Stewardship Index※での日本の水産企業の評価は高くありません。日本の水産企業、金融機関はこれから何をすべきなのでしょうか。

私は、「資源」は使うもの、それに対して「資本」は増やすことが大事だと思っています。これからは「水産資源」を「水産資本」に変えていかなければなりません。企業は水産資源を水産資本に変え、増やすことが自らの発展に繋がるという理解を進め、私たち金融機関はそのための支援をしていく必要があります。

具体的にまずできることは、認証を取得する、生態系の変化に適応して対象魚種を柔軟に変更したり、調達先を見直すなど、できることはいろいろあります。そして、サステナビリティへの関心が高い消費者に対して選択肢の幅を広げる努力も必要でしょう。

 

※Seafood Stewardship Index・・・World Benchmarking Allianceが発表する、世界で最も影響力のある水産会社30社のサステナビリティへの取り組みをランク付けしたもの。

長期的な成長を目指すなら、時間を味方にできる長期投資家を

——東京サステナブルシーフード・サミット 2023のパネルディスカッションで、投資をする側と受ける側のエンゲージメントではお互いの目線にギャップがないか確認することが大切だというお話がありました。

資本市場は、株を買いたい人もいれば売りたい人もいて、短期投資家もいれば長期投資家もいるという多様性のある世界です。その中で、投資を受ける企業はどんな投資家を選ぶかということも重要です。

例えば、短期投資家が投資先に期待することは、5年後の事業よりも短期利益です。それに対して長期投資家は、10年後、30年後も続く事業と長期の利益を考えることを要求しますので、投資先に求めることが異なるのです。

時間を味方にできる長期投資家は、企業を発展させ水産資本も増やす「and」を目指しますが、時間が敵の短期投資家はどちらかを取捨選択する「or」を求めます。ビジネスを長期的に成功させていきたいと考える企業であれば、それに合った投資家を選ぶことも重要ではないでしょうか。ただし、「and」と言っても両立させることは並大抵のことではないですし、長期の利益も積み重ねが重要なのでどちらを目指すのも大変なことは間違いありません。

 


TSSS2023で、パネルセッション「水産ブルーファイナンス:投資家による水産分野におけるエンゲージメント」に登壇した松原さん

 

自益から共益へ。自分のための夢ではなく、相手のための志が求められている

——世界のトップ水産企業があり水産物の消費も多い日本が、責任投資推進のリーダーシップを発揮するためにはどうしたらいいのでしょうか。

まず、世界の水産のルール形成に日本もしっかりと参加し、その上で資本としての水産をどうやって高めていくかという責任を果たしていく必要があると思います。ですが、社会課題の中でも気候変動と水産資本の活用は一得一失になってしまうことが多々あり、どう向き合うかが難しい問題です。

例えば、太陽光発電に必要な希少資源のリチウムは再生可能エネルギーを促進する上ではなくてはならない資源ですが、そのリチウムは海底にも大量に眠っていると言われています。海底のリチウムを採掘し活用しようとすれば、海の生態系を大きく歪めることになってしまうかもしれません。そのリスクとメリットをどう判断するかというバランス感覚が求められます。

さまざまな社会課題がある中で水産資本を活用するには、世界が掲げる「ジャスト トランジション(公正な移行)」を考えなければなりません。公正とは何かを考え抜くことが次の活動へのヒントにつながっていきます。世界は日本に対して何を懸念しているのか、日本は世界の懸念や期待に対してどう応えていくのか。国益も大事ですが、これからは外の声を取り込んでいく姿勢が求められると思います。

——松原さんは各省庁の委員会にも多数参画されています。金融機関や政府が水産の未来のためにこれからするべきことは何だと思われますか。

金融機関は、これからはお金が与えるパワーでだけはなく、グローバルな情報の価値を伝えていくことが大切です。社会課題を前にすると1つの企業ができることは限られているので、これからは各国・各地域の企業が連携していかなければなりません。そのために求められるのが情報感度です。世界が自益から共益、公益へと向かっていく中で、日本もその動きを捉えて共に歩む。そうすることによって真の利益が得られる社会づくりを、金融機関は情報の力で支援していく必要があると思います。

そして政府は、「どんな社会が望ましいか」という未来志向を、1年、2年先ではなく、20年、30年先という視野で捉えて責任と義務を果たしていく必要があります。将来の幸せのために今、何を我慢して何を次へ託すべきなのか。各ステークホルダーが同じ方向を向くことができるよう、政府は北極星を示すべきだと思います。

孫正義氏の言葉に「“夢”というのは漠然とした個人の願望。その個々人の願望を遥かに超えて、多くの人々の夢、多くの人々の願望をかなえてやろうじゃないかという気概が“志”である」というものがあります。今、日本に求められているのは孫氏の言う「志」なのだと思います。

 

松原 稔(まつばら みのる)
1991年4月にりそな銀行入行、年金信託運用部配属。以降、投資開発室及び公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部等で運用管理、企画、責任投資を担当し、2023年4月より現職。2000年 年金資金運用研究センター客員研究員、2005年 年金総合研究センター客員研究員。21世紀金融行動原則運用・証券・投資銀行業務ワーキンググループ共同座長・運営委員。その他、経済産業省・環境省・農林水産省・内閣府の検討会等の委員を務める。

 

取材・執筆:河﨑志乃
企業広告の企画・編集などを手掛けた後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター、フードコーディネーター。食、医療、住宅、ファッションなど、あらゆる分野の執筆を行う。