日本の水産業界のトレーサビリティーの遅れは重大なリスクー「FAIRR 水産物の透明性に関するエンゲージメント(Seafood Traceability Engagement)」の結果から

日本の水産業界のトレーサビリティーの遅れは重大なリスクー「FAIRR 水産物の透明性に関するエンゲージメント(Seafood Traceability Engagement)」の結果から

IUU(違法・無報告・無規制)漁業の撲滅や乱獲による資源枯渇、また海洋の生態系破壊や人権侵害などの問題が深刻です。こうした課題解決に向け水産サプライチェーン全体の透明性の強化を求める声が高まっています。

こうした動向を受け、2024年、「FAIRR 水産物の透明性に関するエンゲージメント(Seafood Traceability Engagement)」が実施されました。これは、35の機関投資家が世界の主要水産関連企業7社に対してトレーサビリティの強化を求める、共同イニシアチブです。これらの投資家による投資総額は6.5兆米ドル、約1000兆円にものぼります。

FAIRRのシニアESGアナリスト、ラウレ・ボワサさんは「日本の水産業界は水産物のトレーサビリティーに関して他国に遅れをとった結果、大きなリスクに直面している」と指摘します。

何がどう遅れているのか、どうすれば国際レベルに追いつけるのか。エンゲージメントの結果についてラウレ・ボワサさんに執筆いただきました。

執筆:FAIRRのシニアESGアナリスト ラウレ・ボワサ

 

また本記事を踏まえて、3月に日本の水産企業のトレーサビリティーについて議論するセミナーを開催します。

グループ全体でのトレーサビリティーに関するコミットメントはゼロ

透明性がもはや特別なことではなく、必要不可欠な時代となり、日本の水産業界は重大な岐路に立たされています。水産物セクターの急激な成長が自然や人々に大きな影響を与えており、その結果、同業界は風評、規制、および経営上のリスクに直面しています。

世界はかつてないほど多くの水産物を消費するようになりました。2022年における世界の漁獲量と生産量は2億2,300万トンに達し、1990年以来123%の増加となりました*1。しかし、水産業界はいまだに、複数の利害関係者が関与する複雑で分断された不透明なサプライチェーンに依存しており、そのことが漁獲から消費に至るまでの追跡を困難にしています。

企業は、違法・無報告・無規制(IUU)漁業、乱獲、サプライチェーン内での人権侵害からもたらされる極めて現実的なリスクを抱えています。それにもかかわらず、「FAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメント」に参加する日本の水産物企業の中で、すべての水産物のトレーサビリティーに対しグループ全体でのコミットメントを有しているところはありませんでした。

35の機関投資家が世界の主要水産7社とエンゲージメント

今回のエンゲージメントは、400人以上の会員で構成され、食品セクターにおける重要課題のリスクと機会について認識を高めることを使命とする投資家ネットワーク、FAIRRとPlanet Tracker、UNEP FI、World Benchmarking Alliance、WWF-USとの協力により立ち上げられました。有害な慣行の排除に向けた第一歩として、サプライチェーンの透明性向上を目的としています。透明性の向上は、規制違反に対する罰金や、持続可能な魚製品を求める消費者の怒り、投資家の信頼喪失といったリスクの軽減に役立つでしょう。

3年間にわたるこのエンゲージメントの第一段階は、合計6.5兆米ドルもの資産を運用する35の機関投資家の支援を受けて実施されました。この過程で私たちは、日本の丸紅株式会社、マルハニチロ株式会社、三菱商事株式会社、株式会社ニッスイを含む、世界最大級の水産企業7社と接触しました。タイのCharoen Pokphand Foods Pcl(CP Foods)とThai Union Pcl、英国のNomad Foods Ltdもこのプログラムに参加しました。

私たちは、世界の水産投資家との協力関係強化を通して、電子的かつ相互運用可能なフルチェーン・トレーサビリティの導入を推進することを高い目標に掲げています。これは、違法な漁業や乱獲、生息地破壊、および人権侵害の根絶に向けた第一歩です。現在、世界中の遠隔海域で操業する漁船で、約12万8,000人が強制労働に従事しています*2。つまり、人権問題を解決する上でもフルチェーン・トレーサビリティーの導入は必要不可欠なのです。

フルチェーン・トレーサビリティとは、企業は特定の漁船や養殖場、さらには一部の養殖飼料原料を栽培する農園に至るまで、サプライチェーン全体に関する情報を持っているべきであるということを意味します。このデータは、ヒューマンエラーを減らし、データセキュリティを向上させるため、電子的にアクセス可能でなければなりません。 最後に、トレーサビリティシステムは相互運用可能である必要があります。つまり、データは一貫した方法で読み取られ、解釈され、伝達されるように、さまざまなサプライチェーン関係者によって普遍的な方法で保管され、示される必要があります。

日本企業の遅れを引き起こす二つの原因

このエンゲージメントプログラムで私たちがコンタクトした7社すべてが、正式な書面による回答をするか、もしくは投資家やFAIRRと直接対話しました。そのすべての企業がサプライチェーンのトレーサビリティ欠如に伴うリスクを認識していましたが、日本企業各社はグループ全体でのトレーサビリティに対するコミットメントやその達成計画の整備などの分野において、タイ企業に遅れをとっていました。日本では投資家からの圧力が弱く、取締役の間でトレーサビリティの必要性に関する理解が不足していることが、その理由かもしれません。

日本の水産セクターは、そのサプライチェーンの複雑さからも、大きな課題に直面しています。たとえばニッスイは300種類以上の多様な魚を調達しているため、そのすべての漁獲物を追跡するのは膨大な作業です。また、一部の日本企業は大規模な水産養殖事業を行っており、そのための飼料原料として使用される魚粉や魚油を天然魚に依存している一方で、それらの原料の出所情報を持っていないことを認める企業もあります。

このサプライチェーンの複雑さが原因で、水産物は世界で最も違法に生産される商品の1つになっており、世界の天然水産物の20%がIUU漁業に関連しています*3。そのため、世界経済は未払の税金、関税、ライセンス料、および違法な利益といった形で、年間150億米ドルから360億米ドルの損失しています*4。この金額の中には、魚種資源の減少に伴う長期的な損失は含まれていません。

高まる環境、人権規制

海洋の健全性に対するもう1つの大きな脅威は、水産資源を再生可能なスピード以上の速さで獲る「乱獲」です。乱獲された水産資源の割合は、1970年代にはわずか10%でしたが、2021年には38%と世界全体で3倍以上に増加しています*5。そしてさらに50%が、持続可能な最大漁獲量まで漁獲されていると考えられています。

1980年代以降、増え続ける水産物生産量を支えてきたのが、水産養殖でした。2022年には、人が消費する水産物のうち、57%を養殖が占めるようになりました*6。しかし、養殖事業は主要な飼料原料として一部を天然魚に依存しているため、天然魚の需要増加にも寄与しています。

こうした問題の高まりの結果として、水産業界は世界中でより厳しい規制や監視プログラムに直面しています。たとえば、欧州連合の「企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(CSRD)」は、環境と人権への影響という観点から、各企業に対し自社の事業を可視化することを求めています。米国では、「水産物輸入監視プログラム」がトレーサビリティと記録保持を定めています。

日本もIUU漁業を食い止めるため、2022年に水産流通適正化法を施行し、魚類の漁獲および流通に関する記録を日本政府に提出することを義務付けました。規制当局の圧力に加え、消費者と株主の圧力も、今後10年にわたり予想されている水産物の需要増加と共に強まることが予想されます。いくつかの予測では、水産物の消費量は2032年までにさらに10%増加することが示唆されています。

トレーサビリティー欠如リスクの認識、コミットメント、実行計画の有無

完全なトレーサビリティに向けて第一歩を踏み出す企業を支援するため、私たちは3つの主要分野について企業を評価しました。まず、企業がトレーサビリティの欠如に伴うリスクを認識しているかどうか、そしてトレーサビリティに対するコミットメントがあるかどうか。次に、トレーサビリティへのコミットメントの強固さと、そのコミットメントが実施計画によって裏付けられているかどうか評価しました。3つ目は、各企業がトレーサビリティへのコミットメントの実施状況をモニタリングし、報告しているかどうか、また第三者に検証を求めているかどうかをチェックしました。

このエンゲージメントに参加した7社はすべて、トレーサビリティがサプライチェーンリスクの特定・軽減において重要であることを認識しています。しかし、グループレベルで比較的強力なトレーサビリティへのコミットメントがあり、すべての水産物と養殖飼料原料をカバーしているのは、タイ企業(Thai UnionおよびCP Foods)のみでした。他の企業は、子会社や関連会社レベルなど、限定的なコミットメントしか有しておらず、特定の場所や魚種のみしかカバーしていなかったり、デジタルで相互運用可能なフルチェーン・トレーサビリティではなく、認証水産物にしか焦点を当てていなかったりしました。

特に、三菱商事はグループレベルでのコミットメントがあるものの、クロマグロに限定されています。同社の子会社である東洋冷蔵とCermaqも、前者はマグロ、後者はサケとマスの飼料サプライヤーに焦点が当てられています。丸紅の子会社Eastern Fishは、自社で使用する飼料は完全に追跡可能であると主張する一方、(丸紅が少数株主の)Danish Salmonは、追跡可能な水産物と飼料原料に対するコミットを有しています。マルハニチロとニッスイにはトレーサビリティへのコミットメントがありませんでした。ニッスイは、絶滅危惧種や保護種すら原料として調達していることを開示しています。最後に、Nomad Foodsには直接的なトレーサビリティへのコミットメントはありませんが、すべての天然漁獲物または養殖物について認証を受けることをコミットメントしています。

トレーサビリティ目標を掲げているだけではなく、トレーサビリティへのコミットメントを達成するための詳細な計画や主要なマイルストーンを開示している企業(目標があることが前提)は、1つもありませんでした。たとえばThai Unionは「SeaChange 2030」戦略の中でコミットメントの概要を示してはいますが、2030年までの主要なマイルストーンは一切開示していません。

コミットメントの実施状況をモニタリングし、進捗状況を報告することは極めて重要です。グループレベルで持続可能性へのコミットメントがある2社(Thai UnionおよびCP Foods)だけが、定期的に進捗状況の報告も行っていました。また、Thai UnionとCermaqだけが、業務上のトレーサビリティシステムについて第三者機関に保証を求めていました。

水産企業の中には、海洋管理協議会(Marine Stewardship Council)や水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council)が提供しているようなサステナビリティ認証に頼っているところもあります。これらの認証はある程度トレーサビリティに対応しているものの、明確にトレーサビリティを規定する「水産物トレーサビリティの国際対話(GDST)」の基準とは明確な違いがあります。特にGDSTの基準は、データの可視性を保証するデジタルで相互運用可能なフルチェーン・トレーサビリティを可能にする点が違います。

GDST基準と一致したフルチェーン・トレーサビリティーの導入を

規制当局、投資家、消費者からの圧力により、水産企業が生産、加工、流通に関する情報を含め、販売地点から原産地まで自社製品をトレースする能力は、ますます重要になっています。

しかし、各企業は今後、現状のデータ不足や、デジタル化されたデータではなく紙ベースのデータへの依存、労働力の高齢化、技術的能力の不足、業界全体での協力の必要性など、変革を起こすための課題を克服する必要があるでしょう。

ベストプラクティスは、デジタルで相互運用可能なフルチェーン・トレーサビリティシステムを導入し、GDST基準と一致させることです。FAIRRの投資家エンゲージメントプログラムは、環境と社会へのリスクを評価・軽減し、高まる規制上の要求に対応するために欠かせない、包括的なトレーサビリティに向けた第一歩です。トレーサビリティの向上は、持続可能な水産物に対する需要を満たすことから、株主の期待に応えることまで、さまざまなチャンスを開く可能性もあります。

完全なトレーサビリティの導入にはまだしばらく時間がかかるでしょう。しかし、このエンゲージメントプログラムに参加した企業各社は、まだ道のりは長いものの、この問題についてオープンに議論しようとする姿勢があり、すでに行動も起こしています。将来にとって良い兆しです。私たちは、この3年間のエンゲージメントプログラムを進め、水産市場の大手7社と生産的な話し合いを続けていく中で、この状況がどのように発展していくのか、とても楽しみにしています。

「FAIRR 水産物の透明性に関するエンゲージメント(Seafood Traceability Engagement)」詳細レポートのダウンロードはこちら

*1,5,6 The State of World Fisheries and Aquaculture 2024, FAO, 2024
*2 Global Estimates of Modern Slavery Forced Labour and Forced Marriage, ILO, 2022
*3 FAQ: Illegal, Unreported, and Unregulated Fishing, Pew, 2013
*4 Countering IUU Fishing: Partnership for Sustainably Managed Fisheries, NOAA,

 

 

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