
環境NGOの青島マリーン・コンサベーション・ソサエティ(QMCS)を設立し、会長を務める王松林(ワン・ソンリン)さん。前編では、様々な国際NGOの中国オフィスでの経験や、QMCSの創設と主な取り組みを振り返っていただきました。(<前編を読む)
後編では、これまで東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)にも度々登壇したソンリンさんが考えるアジア地域における協力や連携のビジョンと、困難な状況でも楽観的に、というソンリンさんの思考スタイルを語っていただきます。
――ソンリンさんは、NGOであるQMCSのほかに、タオラン(TaoRan)という会社も経営していると聞きました。QMCSとタオランとはどのような関係にあるのですか?
タオランは民間企業で、QMSCとは別の役割があります。タオランを使うのは、海洋保全やサステナブルシーフードを推進する中国側のプレーヤーと国外のプレーヤーをつなぐためです。タオランは営利目的の環境コンサルティング会社なので、水産業界と協力するのはずっと簡単です。サプライチェーンの調査など様々な業務を引き受けることができ、企業はタオランを、より信頼できるクライアントだと感じてくれています。
タオランは社会的企業に近いものです。なぜなら、私たちは志を同じくするNGOにもコンサルティングや専門サービスを提供しているからです。
――たとえば、NGOのオーシャン・アウトカムズ(O2)との関係では、タオランをカウンターパートにするのですね。
はい。中国の法律の下では、NGOであるQMCSは海外から資金調達ができないので、タオランを窓口に使っています。たとえば、FIPの実施に必要なアメリカの企業からの資金調達のために、タオランを使って事前協議をしたり、資金提供を受け入れたりしています。また、タオランでの業務が、追加の収益にもなっています。つまり、QMCSとタオランはダブルエンジンのようなものだと考えています。
最近、私はタオランの拠点を香港に移しました。
――香港でビジネスを拡大しているのですか?
はい。大きな理由の一つは、アジア地域における協力や連携の促進です。シーフードレガシーと共通の関心事だと思います。
香港はアジア地域の良い拠点になると思います。もちろん東京も素晴らしい拠点ですが、香港は中国と世界の残りの部分をつなぐ玄関口ですから、サステナブルシーフードのムーブメントのための、もう一つの有力なハブになる可能性があります。
来年初めに香港でサステナブル・シーフードに関する国際会議を開催するため、今、関係者で議論しているところです。
――来年ですか?!
まだ計画の初期段階ですので、決定ではなく期待です。シーフードレガシーも共同申請者の一つです。将来的にはサステナブルシーフード・サミットを香港と東京が交代で開催することができるかもしれません。
――青島での開催も考えていますか。
長期的な目標ですね。いつか青島を責任ある水産物のムーブメントと海洋保全のための国際会議の開催地として再活性化したいとは思います。ホスト役を務められたら望外の喜びです。
コロナ禍前は、中国国際漁業博覧会(青島シーフードエキスポ)が毎年開催されており、規模的にはバルセロナの世界水産物エキスポ(Seafood Expo Global)とボストンの北米水産物エキスポ(Seafood Expo North America; SENA)に匹敵する大きな水産見本市でした。しかしコロナ禍で大きな打撃を受け、2021年に規模縮小、2022年は中止となりました。さらに、2022年からのロシアとウクライナの戦争、最近の貿易摩擦や関税上昇などの影響も受け、青島のエキスポは以前の規模にまで回復していません。
――非常に漠然とした質問ですが、一般的に言って、中国の人々はサステナブルシーフードについて知っていますか? 水産資源の持続可能性に関心がありますか?
率直に言って、中国のほとんどの消費者は、品質と価格を重視していると思います。おそらく日本の消費者と変わらないでしょう。もちろん、味も重視していますが、中国の消費者の魚介類の好みは欧米の消費者とはずいぶん違います。食文化が違いますからね。例えば、欧米の消費者は、骨のない引き締まった白身や赤身の魚肉を求めますが、中国の消費者は柔らかい魚肉を好み、小骨の多い柔らかい白身の魚が高く評価されています。
現在の中国では、日本料理店は別として、マグロはあまり人気がありません。サーモンも1980年代後半にノルウェーの企業が養殖大西洋サーモンの宣伝を始めるまで、中国の消費者にはほとんど知られていませんでした。今ではサーモン(サンウェンユー「三文鱼」という商業名で、海洋養殖のマスを含む)の人気が高まっていますが、中国の消費者の大多数はサーモンを食べる適切な方法は日本式の刺身や寿司だけだと考えています。
水産資源の持続可能性の問題について、若い世代の意識は高まっているように感じます。彼らは海洋生態系を危惧しています。QMCSでは中国の海産物の持続可能性を評価するプロジェクトを実施しており、シーフードや漁業・養殖業に関する科学記事を発行しています。中国の人口からすると少ないですが、QMCSのソーシャルメディアには約4,000人のフォロワーがいます。今は中国語だけですが、これまでに10本以上、科学的根拠にもとづいた評価レポートを英訳し、ウェブサイトに掲載しました。今後もっと情報発信に取り組んでいく予定です。
――直近の東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS2024)では、「2030年までにサステナブルシーフードを主流に」という目標を掲げました。この目標を達成するために何が必要だと思いますか?
それはいつも私の心の中にある「問い」です。私たちはサステナブルシーフードのムーブメントを推進してきましたが、いまだに赤ん坊のような段階です。成長が遅すぎます。
その理由の一つは、東アジア地域全体のサステナブルシーフードのムーブメントが、欧米のソリューションに頼りすぎていることだと思います。サステナブルシーフードと言えば、MSCやASCの認証を受けたシーフードについて語られます。しかし、中国のほとんどの消費者は、エコラベルを、天然のマグロやタラ、養殖サーモンなどの輸入品と関連付け、原産地や品質保証の一種としてとらえています。国内の水産物に関するものだとは思っていません。
中国にもMSC認証を受けた少数の漁業と、ASC認証を受けた20の養殖場がありますが、主に輸出向けです。たとえば、東京オリンピックのコミットメントは、中国のいくつかの養殖業者のASC認証取得につながりました。それ自体は素晴らしいことですが、欧米のエコラベルや認証スキームだけに頼るのは不公平で非現実的だと思います。もちろん、そういうエコラベルも必要ですが、それだけに頼ることはできないと思うのです。
つまり、サステナブルシーフードの取り組みは、まず国内のローカルレベルで解決策を見つけ、次に地域全体で成果を上げ、最終的には世界的な連携や影響力を持つべきであり、そのためのツールを構築する必要があると思います。
どのようなツールがあり得るか、まだ明確にはわかりません。例えば、東アジア地域向けに環境的側面と社会的側面の両方をカバーする互換性のある評価システムを構築することが考えられます。これによって、東アジア地域の膨大な数の小規模生産者、中規模生産者、さらには個々の漁業者や養殖業者を支援することができるでしょう。
東アジア地域、つまり、日本、中国、韓国を合わせると、世界のシーフードの40%以上を生産・消費しているということを認識する必要があります。それはおそらく500種以上の在来種になります。さらに、数百種類の輸入種も私たちの市場で見られます。
だからこそ、アジア地域で機能するツールを自分たちが共同で構築することを考える時が来たと感じているのです。東アジア地域の一般の人々も、そういう新しいツールやスキームに当事者意識を持つ必要があります。そうすることで本物のムーブメントを生み出すことができると思います。欧米からアジア地域に輸入されたムーブメントではなく、むしろ東アジア地域からのインセンティブやイノベーションを、グローバルな責任あるシーフードのムーブメントと連携させるものです。
――その意味で、日本の水産業界に何を期待しますか?
新しい枠組みをつくるプロセスに参画するのは素晴らしいことですが、そのためにはシーフードレガシーのような組織が先導していく必要があるでしょう。私の理解では、ほとんどの大企業は、シンプルで準備の整ったものにコミットしたいと考えています。彼らはMSC、ASC、そしてある程度BAPへのコミットメントは持っていますが、新しいスキームの創造にコミットしたいという人を私はまだ見たことがありません。
1990年代には企業とNGOが協力してMSCやASCを立ち上げましたが、現在のビジネスリーダーたちはそういった既存のツールに頼りたがっています。私の望みは、中国と日本の漁業や養殖のコミュニティ、そして産業界のリーダーたちが連携することです。たとえ小さなグループであっても、長続きする変化と何かクリエイティブで効果的なものをつくり出したいと考える革新者たちが連携することを願っています。
―― サステナブルシーフード・サミット(以前は東京サステナブルシーフード・サミット;TSSS)に何度も登壇され、アジアでの協力の重要性に言及されましたね。
はい。様々な問題の影響を受けてはいますが、東アジア地域の貿易は非常に重要です。
中国と日本はお互いに、水産物取引における最も重要な相手国の一つです。地域の円卓会議を設置して、産業界と漁業コミュニティ、研究者、NGOが集まり、例えばマグロやイカ、ウナギ、ナマコや貝類など、二国間貿易で最も活発な商品に関するデリケートな問題について議論することはできないでしょうか。また、水産物貿易の流通過程に、より高い持続可能性とトレーサビリティの基準を「組み込む」ことができるでしょうか。さらに、私たちの地域の水産業界と漁業・養殖コミュニティが、CSO(Civil Society Organization; 市民社会組織)と協力して、地域が持つ技術的ソリューションと現場の知恵を活用しながら、世界的な水産物食料安全保障、気候変動や生物多様性のアジェンダにどのように貢献できるかについて、議論するのはいかがでしょうか。
欧米のリーダーたちが私たちを勧誘してくれるのを待っているだけではなく、なぜアジア人の円卓会議を持ち、欧米のカウンターパートと協力しないのでしょうか。これはグローバルな課題に対処するための、より多国間のアプローチですが、まだ夢の段階です。
――複雑で難しい課題に直面した時、ソンリンさんはどのように対処しますか。
少なくとも楽観的でいることです。困難な時期には、生きていくために楽観的にふるまう必要があります。NGOもコンサルティング会社も、常に資金調達の課題があり、不安でないはずはありません。確保できる大部分の資金は1年から2年分、最大でも3年分なのですから。幸運なことに、私は素晴らしい同僚と多くの協力的な資金提供者に恵まれています。おそらく彼らは、私たちの将来について、私よりも心配していると思いますが、私を力づけるために楽観的にふるまってくれます。私もそうしています。
そして、組織を成長させるには、適切な人材が必要です。それは、日本の漫画『ONE PIECE』(ワンピース)の物語のようなものです。多様な才能を持つ仲間を見つけてチームに加えることが成功への鍵です。
ほかには…常に最悪の事態に備える必要があると思います。例えば、関税の上昇が最終的に私たちのFIPの息の根を止めてしまったらどうなるのか。米国のバイヤーからの資金提供やコミットメントがなくなった場合、活動を継続するための資金をどこから調達できるのか。あるいは、いくつかのプロジェクトをしばらくの間、休止させることはできるのか。常に何らかのバックアップ策を持つよう努めています。
何より重要なのは、良いパートナーを見つけることです。そうすれば、孤立していると感じることはないでしょう。シーフードレガシーが日本における私たちの最も重要なパートナーであることはいくら強調しても足りないぐらいです。
――ソンリンさんのモチベーションを支えているのは何でしょう?
支援している漁業・養殖のコミュニティや、守りたいと思っている生物多様性に改善が見られると、とてもやりがいを感じます。自分の努力が貢献している場合にはとくにそうですね。
サステナブルシーフードと海洋生物多様性の分野で仕事をしていると、新しいスキルや知識を学び続け、異なる文化を持つ場所を訪ね、魅力的な人々と出会い、興味深い会話をする機会があります。それは、自分のスープに異なるソースや調味料を加えるようなものだと思っています。そして、よりサステナブルなシーフードをひと口いただくチャンスもあります。環境保全活動家の中で、自分の保全対象を食べて味わえる人はそんなに多くはないでしょう。それはとても楽しいことです。
王松林(ワン・ソンリン;Wang Songlin)
中国の海洋保全とサステナブルシーフード運動において、20年におよぶ研究と実務を経験。ザ・ネイチャー・コンサーヴァンシー、世界自然保護基金(WWF中国およびWWFインターナショナル)、ポールソン・インスティテュート、オーシャン・アウトカムズでキャリアを築いてきた。2017年に青島マリーン・コンサベーション・ソサエティ(QMCS)を設立し、以来同協会の会長を務める。中国海洋大学で海洋生態学を専攻。イェール大学の森林・環境学大学院で環境管理の修士号を取得。
取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2024年、法政大学大学院公共政策研究科サステイナビリティ学修士課程修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。