エサから変革!養殖業界を牽引するグローバル飼料会社の新たな挑戦(前編)

エサから変革!養殖業界を牽引するグローバル飼料会社の新たな挑戦(前編)

養殖飼料の製造・供給における世界的なリーディングカンパニーであり、SeaBOSに参加する9社の一つであるスクレッティングは、サステナビリティの取り組みにおいても養殖業界をリードしています。

スクレッティングへの転職をきっかけに水産業界に飛び込み、現在は本社でサステナビリティ・マネージャーとして敏腕をふるうホルヘ・ディアス・サリナスさんに、養殖飼料が直面する課題と、世界にインパクトを与える同社の取り組みについて、お話を伺いました。

 

ホルヘ・ディアス・サリナス (Jorge Díaz Salinas)
1983年チリ・サンティアゴ生まれ。チリ・カトリック大学でコミュニケーションを専攻、キングス・カレッジ・ロンドンにて国際マーケティング、ニューヨーク大学にてコーポレートサステナビリティを学ぶ。2009年~2014年、チリ外務省の機関であるProChileに勤務。2015年スクレッティング入社。2018年よりノルウェー・スタヴァンゲルの本社勤務。2021年9月より現職。

 

南半球の祖国チリから北欧のノルウェーへ

―― チリでは外務省の機関で勤務していたこともあるそうですね。

スクレッティングに入社する前、チリ外務省のコミュニケーション機関で、輸出や海外からの投資、観光など、チリのプロモーションをおこなっていました。海外向けに自国を広報する仕事は、とてもやりがいがあり、当時はこれほど面白い仕事はないと思っていました。

しかし、2015年にスクレッティングへの転職のチャンスがあり、養殖業界のことを調べていて、興味をかきたてられたのです。特に、“Feeding the Future”というスクレッティングのパーパスや業界にもたらしているイノベーションやインパクトについて読んだ時、これはやりがいのある仕事だ!と思いました。

―― なぜ、水産業やサステナビリティに興味を持ったのですか?

水産業は、とてもやりがいのある刺激的な業界だと思います。なにしろ、養殖と漁業を合わせると世界人口の10%の雇用と生活を支えていますから。この業界で行われることは何であれ、世界に大きなインパクトを与えるのです。

食品産業の一角を占めるということ自体、今日の世界で最も大きな課題に貢献する機会を与えてくれます。世界の食料を2050年までに60%も増産する必要があり、しかも、その食料を持続可能な方法で生産しなければなりません。

養殖についてほとんど知りませんでしたが、ちょうど何か新しいことを学びたいと思っていたので、個人的な関心と、世界が直面する課題がぴったり一致したという気がします。

 

スクレッティング本社があるノルウェーのサーモン養殖現場(写真提供:スクレッティング)

 

―― チリでスクレッティングに転職した後、ノルウェーの本社に異動されました。南半球から北半球へ、大きな決断だったのではありませんか?

それこそ入社時に求めていたことです。私はインターナショナルな企業で働きたいと思っていました。様々な国の人々と交流し、彼らから学び、世界中を飛び回って新しい発見ができるような、そんな企業を求めていたのです。
ですから、異動のチャンスが巡ってきたとき喜んで受けました。チリでは主にサーモン業界を担当していましたが、本社ではグローバルな立場で、他の魚種やエビなどの養殖をおこなっている国々の状況についても学んでいます。

 

三本柱でサステナビリティに取り組む

―― 現在のお仕事について教えてください。

グローバル企業の本社で幅広く全体を見渡して、社内外の人たちとやり取りする業務はとても面白く、気に入っています。社内では、各国の同僚から世界の様々な現実と彼らが直面するサステナビリティの課題を学んでいます。
また、私は社外のステークホルダーとも直接やり取りする立場にあり、サプライヤー、NGO、認証機関、業界団体などから、業界の動きを知り、業界の取り組みに対応しています。

―― スクレッティングは、サステナビリティに取り組む三本柱を策定しましたね。

はい。「サステナビリティ・ロードマップ2025」に、「健康と福祉」「気候と循環」そして「良き市民」の三本柱を掲げています。

「サステナビリティ・ロードマップ2025」に掲げられた3つの柱と重点項目(資料提供:スクレッティング)

 

まず、「健康と福祉」では、飼料に使用する抗生物質の削減に取り組んでいます。また、2025年までにWHOで規定された薬剤(Critically Important Antimicrobials =CIA)の使用をやめるのが目標です。ここで強調したいのは、私たちが抗生物質を使うのは、獣医師の処方に基づき、魚やエビの病気の治療に必要な場合に限られることです。成長の促進や病気の予防などには使いません。

2022年には、全世界で販売されるスクレッティングの飼料の1.3%にしか抗生物質は含まれておらず、これは2021年に記録された1.6%に比べて進歩しています。一部の地域、特にアジアでは規制が異なるため、飼料への薬剤の添加が法律上禁止されているところもあります。しかし、魚やエビの養殖中に抗生物質を使っているケースもあります。

問題は、抗生物質の正しい使い方を必ずしも知っているとは限らないことです。適切に使用されなければ、問題を起こし、最終的には薬剤耐性を生み出すことになりかねません。ですから、養殖生産者やバリューチェーン全般に関与して、抗生物質をいつ、どのように使うべきなのか、正しい理解を促したいと考えています。

―― 三本柱の2番目は「気候と循環」ですね。

主な取り組みは、温室効果ガスの削減です。地球全体の温室効果ガスの約3分の1は食品産業に由来すると言われています。温暖化や気候変動についてここまでわかってきているからには、我々には解決に向けて役割を果たす責任があると思います。

この問題の重要性についての認識レベルが様々であることは承知しています。欧州や北米、南米のチリやオーストラリアのサーモン市場では理解が進んでいますし、エクアドルなどでもこの問題を理解しつつあります。しかし、アジアとアフリカの国々では危機感が薄いように感じます。我々がやっていることは、業界として十分ではないと言わざるを得ません。我々はさらなる取り組みを進め、ペースを加速させる必要があります。

―― そして、3番目の柱が「良き市民」です。

これは、地域社会への貢献です。この点については、各国の事業会社がそれぞれの国の地域社会で取り組んでいる活動に期待しています。また、取り組みの一環として、もっと多様な人材による事業運営を求めています。なぜなら、より広い視点から物事を見て、より良い意思決定を行うためには、様々なバックグラウンドを持った人たちが組織内にいることが極めて重要だからです。

 

サステナビリティは白か黒かではない

―― サステナビリティ三本柱を含めて「サステナビリティ・ロードマップ2025」は先進的な内容ですね。ホルヘさんも関わられたのですか?

はい、私もロードマップの作成に関わりました。お客様、NGO、サプライヤー、学術関係者など、社内外のステークホルダーとの対話プロセスを経て、ロードマップの作成を進めていきました。自社とステークホルダーにとって何が最も重要な課題であるかを考え、様々な目標を含む三本柱を策定したのです。

―― 世界の業界に先駆けて、このようなロードマップをつくられたのはなぜですか?

そうすることが正しいと考えるからです。我々にとって、サステナビリティは選択するものではありません。サステナビリティに取り組む、それも、きちんと取り組む必要があります。さもなければ廃業に追い込まれるでしょう。サステナビリティは、企業戦略のカギを握る重要な要素なのです。

「先進的」と言ってくださいましたが、我々が何でもわかっているということではありません。同じく良い方向を目指している他の飼料原料サプライヤーを含むステークホルダーからもっと学ぶ必要があります。これは誰がより多くの、あるいはより大胆な目標をもっているかという競争ではなく、継続的な学びと交流、そして何よりも協働のプロセスなのです。自分たちで何もかもできるわけではありません。サステナビリティに取り組むための唯一の方法は、透明性を高めること、そして、ステークホルダーと連携することです。

―― 本社への異動直後に新しいロードマップの作成に加わり、どう感じましたか?

それはもうエキサイティングでした。と同時に、責任の大きさも感じました。我々のアクションが最終的には世界中の人々が食べるシーフードに行き着くのです。スクレッティングの飼料は、世界全体で1日あたり2200万食以上のシーフードの生産に貢献していますから。

スクレッティングの飼料は、世界全体で1日あたり2200万食以上のシーフードの生産に貢献している。(写真提供:スクレッティング)

 

―― それは巨大なインパクトですね!

大きな責任です。サステナビリティ・ロードマップに掲げた目標に沿った取り組みによって、世界の人々が確実に、安全でヘルシーでサステナブルなシーフードを食べられるようにしたいと思います。

―― ロードマップの作成で最も難しかったのはどんなことでしょう?

サステナビリティは白か黒かではないと理解することです。誰もが同じようにやらねばならないと言うことのほうが簡単だと思いますが、地域によって違った課題があるということを理解する必要があります。

 

スクレッティングの飼料を使っているエクアドルのエビ養殖現場(写真提供:スクレッティング)

 

様々に異なる課題をグローバルなポリシーにどう組み込むかは、簡単なことではありません。しかし、それは我々がそれぞれの地域にどうやってインパクトをもたらせるか、本当の意味で理解することに役立つのです。

 

気候変動が原料に与える影響

――スクレッティングでの仕事で一番大変だったことは何ですか?

一つを選ぶのは難しいですね。たくさんありますし、それが私の仕事をより面白く有意義なものにしています。たとえば、養殖飼料のための海洋水産資源由来の原料(以下、海産原料)が手に入るかどうかが一つあります。エルニーニョ現象のためペルー沖で何が起きているか(※)、ご存じの方も多いでしょう。

使える海産原料が減ると、認証を取得した海産原料も減り、逆に価格は上がり、認証原料をやめようかという誘惑に駆られます。というのも、そうなれば生産者は飼料代を支払うのが難しくなるからです。しかし、困難な時にこそ、我々が提供する飼料は、サプライチェーンに潜むリスクを軽減するものでなければならないのです。

※)沿海の海面温度が上がるエルニーニョ現象などの影響により、例年よりイワシ類の資源量が減っているため、ペルーでカタクチイワシ(アンチョビ)が一時禁漁となり、アンチョビ価格が高騰している。アンチョビは大部分が養殖魚の飼料用に加工されるため、飼料価格の高騰も懸念される。

―― ペルー沖の話が出ましたように、気候変動の影響により、魚粉の原料になるカタクチイワシなどの不漁が報じられています。業界としてどう対応していくべきだとお考えですか?

 

カタクチイワシの大部分は養殖魚の飼料用に加工される。

 

気候変動は疑いようもなく、養殖だけでなく食に関わる産業全体に大きな影響を与えています。だからこそ、妥協することなく、我々のサステナビリティ基準を満たす海産原料を調達することが、一層重要だと思います。養殖生産者にも、このサステナビリティ基準に忠実であるように勧めることが極めて重要です。海産原料は持続的に管理すれば、素晴らしい資源ですから。

しかし、養殖業界の成長は今の原料だけでは難しく、代替原料が必要です。これまで養殖にあまり使われていなかった「新規原料」と呼ばれるものも次々に出てきていますが、商業生産レベルに達するまでは、我々が今使っている代替原料より高価格になるのが普通です。バリューチェーンの中で連携を進め、新規原料のコストを分散する方法も考えられます。自社だけではコストを吸収できませんから。

そのため、サプライヤーや養殖業者、小売業者が私たちと協力し、これらの原料を市場に投入し、原料の選択肢を増やす必要があります。そうすることで、最終的に飼料配合の柔軟性が増し、水産養殖が持続的に成長できるようになるのです。

―― 代替原料の中で、たとえば大豆などはアマゾンの森林破壊といった別の問題を招く恐れもありますね。2021年東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS2021)でホルヘさんの講演に出てきた「低炭素地域からの原料調達」について教えてください。

それは温室効果ガス排出削減のための方策で、単純化すると、我々のカーボンフットプリントを減らすということです。大豆で言えば、ブラジル産大豆のカーボンフットプリントは平均して世界で最も高いのですが、それは森林を伐採して耕作地に変更したことが主な要因なのです。

我々がもう一つ学んだのは、サプライヤーによっては、独自のライフサイクル分析を行っていることが多く、ほとんどの場合、カーボンフットプリントはその国の平均値より低くなっているということでした。ブラジルの大豆業者とも取引がありますが、その業者の土地のカーボンフットプリントは、ブラジルの全国平均よりはるかに低いのです。

 

2021年東京サステナブルシーフード・サミットにオンライン参加で講演するホルヘさん

 

―― ブラジルでも場所によってカーボンフットプリントが異なるのですか。そうすると、詳細な調査やサプライヤーとのコミュニケーションが重要になりますね。

はい。サプライヤーから直接得られる一次情報を見ることです。一般的なデータベースによる二次情報の数字は、特定のバリューチェーンや養殖生産者の生産技術を反映していません。だからこそ、サプライヤーと緊密に協力し、その真の影響を理解することが重要なのです。そして、我々のカーボンフットプリントを公開する際に、透明性をもって算出根拠を示すことも重要です。肝心なのは単なる数字ではなく、数字の背景にあるものですから。その結果、サプライヤーと生産者と協力して、飼料を配合する時点で適切な決定を下すことができるのです。

 

>>> 後編では、サステナビリティ推進のためのステークホルダーとの連携について、日本の養殖業界との協働も含めて語っていただきます。

 

取材・執筆:井内千穂

中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。