アジア地域の水産資源と海洋を守るために、 隣国同士で手を取り合いたい(後編)

アジア地域の水産資源と海洋を守るために、 隣国同士で手を取り合いたい(後編)

海軍で出会った違法漁業の現場、その後は行政の立場で、さまざまな経験とともに海洋保全への思いが高まり、NGOへと転身したウージン・チャンさん。前編ではその経緯と、特に行政での経験と人脈を生かしたEJFでの活動について語っていただきました。EUから受けたイエローカードの撤回へ向けて政府とNGOの協力関係を育てていったお話も。(<前編を読む

後編では、IUU(違法・無報告・無規制)漁業対策と韓国での水産業界の変化、そして2025年に釜山で予定されているアワ・オーシャン・カンファレンス(Our Ocean Conference)などの国際会議への抱負、そして日韓での協力への期待についても語っていただきました。

見えないIUUと戦うには、一般の認知と透明性がカギ

――IUU漁業対策にずっと取り組まれてきて、カギになるのは何だと思われますか?

行政側で6年、NGOに移って3年、この問題と接してきて感じるのは、一般の人の意識、問題の認知度の向上が必要だということです。私の夫ですら、私以外の人からIUU漁業について聞いたことがないと言うのです。

それと、そもそもIUU漁業は隠れて行われるので見えにくいのです。刺身用のマグロはえ縄漁船でモニタリングされているのは、RFMO(地域漁業管理機関)*によれば、ほんの5%です。電子報告システムがあっても「獲らなかった」と入力されたらそれで終わりです。

IUU漁業の問題は、つまるところモニタリングがないことです。だから漁獲報告の電子化だけではダメで、二重三重の監視が必要なのです。
 

*RFMO(地域漁業管理機関)は、主に公海の水産資源を管理する国際機関。大西洋、中西部太平洋、インド洋など地域別の5つのRFMOが、全世界の海洋を管理する

漁獲証明書の電子化に加え、漁船上のカメラ設置、衛星トラッキングなど、二重三重のモニタリングが求められる(写真は船上カメラ映像、EJFによる動画より。全編はこちら・英語

サステナブル認証から、人権デューディリジェンスへ

――韓国の水産業界の動きはいかがですか?

韓国企業の間では、サステナビリティを商品の付加価値にすることが関心の中心です。具体的にはMSC、ASCなどの国際認証への投資です。でもEJFとしては、人権デューディリジェンスへの取り組みが必要だと考えています。世界的には欧米をはじめ、人権問題を重視する方向へのシフトが起きていますが、韓国ではまだ対応できる法律がありません。

ただ、政府も水産企業も、私たちNGOの意見や提案を、オープンな姿勢で前向きに受け入れ始めている点には、希望を持っています。そして韓国内の水産物サプライチェーンに関わる、幅広い企業とNGOとのコミュニケーションを活性化することは、私が自分の仕事として、今後国内でもっと注力しなければならない部分だと思っています。

たとえば韓国最大の水産企業のひとつ、東遠(ドンウォン)産業はSeaBOSにも参加しています。企業の間では国際認証とAIなどのテクノロジーが関心の中心ですが、私たちNGOとしては透明性を重視しています。もちろんそこにテクノロジーは不可欠なので、組み合わせた解決策を考えていかなければなりません。

韓国の市場に並ぶ水産物。中には遠洋漁業によって獲られたものも多い。写真提供:EJF

アワ・オーシャン・カンファレンス開催へ向けて

――韓国では2025年に釜山で「アワ・オーシャン・カンファレンス(Our Ocean Conference、以下OOC)*が予定されていますね。そこで韓国政府がめざしていることは何でしょう?

大きく2つあると思います。ひとつが、サステナブルな水産関係のイニシアティブで、韓国のリーダーシップを発信すること。もうひとつは、RFMOでのルールメーカーとしての立場の確立です。IUU対策では韓国は長らく欧米の後を追ってきましたが、ルールを守るだけでなくリードする側に立ちたいという考えがあると思います。
 

*アワ・オーシャン・カンファレンスは海洋保護強化と持続可能な発展のための国際会議で、2014年から開催されている。2024年にはギリシャのアテネで開催され、10回目を迎える2025年は4月28日-30日に、韓国の釜山で開催される予定。韓国開催のOOC公式サイトはこちら

――そしてEJFとしては、OOCでどんな役割を?

OOCの主旨として、政府だけでなく、研究者やNGOを加えた場とすることが目標です。その中でも、私はNGOの参加がカギになると思っています。各国政府が主役の国連海洋会議とも、産業界の会合とも違い、OOCではNGOの存在感が大きい。それで韓国政府も、開催にあたって主催パートナーとしてEJFにアプローチしたのです。

個人的には、OOCは単に参加者を集めて成功を演出するだけでなく、せっかく初の東アジア開催なので、東アジア地域のすべての国と地域を集めて、コミットメントを立ててほしいと思っています。そのために韓国政府も、一段高い視点で、海洋保護の今後に向けた第一歩を考えることができたら。

――2024年10月に行われた東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)にも二度目の登壇をいただいたばかりですが、TSSSについてはどう思われましたか?

TSSSには2つのキーベネフィットがあると思います。ひとつはネットワーキングです。特にアジア地域で、同じ問題に取り組み、意識を共有している人、また自分とは違った視点から取り組む人に学ぶことができる。

もうひとつは、市場ベースのアプローチについていろいろな意見を聞けることです。行政と、水産企業、小売や流通、NGO、水産に関わるあらゆる立場の人が一同に会する場というのは貴重です。韓国でもこのような場を持てたら本当によいと思います。

水産資源の管理は国境を越えて行う必要がある。上はEJFのウェブサイトより、強制労働が行われている疑いのある漁船の、操業と入港を衛星トラッキングしたデータ

日韓の協力で、アジア地域のサステナブルを前進させたい

――サステナブルシーフードはまだ先の長い課題です。韓国と日本が協力して取り組んでいけることはあるでしょうか?

日本ではすでにEU、アメリカ、タイなどいくつかの国や地域と、IUUについて双方向の議論が始まっていると知りました。韓国と日本の間でも、IUU対策やサステナブルな水産業へ向けた規制の整備などについて、議論を始められたらと思います。

日本と韓国はそれぞれ、世界最大規模の水産貿易国でもあり、アジア地域最大級の漁業国でもあります。この2国の対話は、大きなインパクトを持つでしょう。

――具体的な取り組みも考えられますか?

まず、気候変動による水産資源の変化のアセスメントです。海面温度の上昇で、漁場が大きく変化しています。その全貌をとらえるには、複数国の協力が有効なはずです。

2つ目に、トレーサビリティ規制の共通化。日本では水産流通適正化法で、輸入4魚種が対象となりました。韓国では21魚種が対象ですが、どちらの国でも漁獲証明書の提出は義務付けられても、結果は公表されません。

理想論かもしれませんが、日本と韓国の両国間で、漁獲からサプライチェーンまで、双方向の流通をトレーサビリティでつなぐことができたら、と思います。

そして3つ目が労働条件の改善です。韓国でも日本でも、漁業従事者は減り、高齢化しています。漁業労働者の福祉について定めたILOの漁業労働条約(C188)に照らして漁船上の労働条件を検討したり、国際合意の一部を国内法に取り入れるなどの方法で、漁業を働きやすく、若者にとって魅力のある仕事にしていけるのではないでしょうか。

4つ目が、国際会議などの場での協力です。たとえば2025年に韓国で開催されるAPECで、日本と韓国が緊密な連携を取れたら、踏み込んだ共同声明にもつながるでしょう。それにはNGOレベルでふだんからの情報共有や交流も大事です。だから今回、シーフードレガシーのみなさんとコミュニケーションできたのは、とてもうれしいことです。

東京サステナブルシーフード・サミットでパネルセッションに登壇するウージンさん。サプライチェーンを貫く透明性を実現する方法について議論した

日本の水産業関係者に向けたメッセージ

――たくさんの刺激的な、そして前向きな話題をいただきましたが、最後に読者へのメッセージをご用意くださったそうですね。

はい、日本で水産業に関わっているすべての人へのメッセージです。

まず、世界に食料を供給し、経済に貢献しているみなさんのお仕事に、深い敬意と感謝をお伝えしたいです。同時に、限りない恵みを与えてくれる海に、ともに感謝していきたいと思います。

日本の水産企業のみなさん、水産業に直接・間接的に関わる方々にも、お願いがあります。海を「次の世代に引き継ぐ資産」と考えてほしい。生物多様性に支えられた豊かな資源として、また地球最大の炭素吸収力をもった気候変動のバッファーとしても、次世代の子どもたちがこの貴重な資産を享受できるかどうかは、私たちにかかっています。

そしてサステナビリティと透明性の確保は、水産業の未来を支えるカギです。責任ある倫理的な調達を担保することで、長期的に海を健康に保つだけでなく、水産業に従事するみなさんの生活を長く維持することにもつながります。

 

ウージン・チャン
エンヴァイロメンタル・ジャスティス・ファウンデーション(EJF)韓国オフィス、シニアキャンペーナー。以前は韓国海洋水産部で水産物の貿易・関税交渉、その後は港湾開発援助プログラムマネージャーを担当。それ以前には海軍士官として、韓国・米国海軍間の機密情報連携に従事した経験をもつ。

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

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