Seafood Legacy Timesでは、北米、ヨーロッパを中心とする大手水産メディア「Seafood Source(シーフードソース)」と連携し、日本の政府、企業、漁業者の優れた取り組みを海外へ発信する「Japan: How Sustainability and Changing Markets are Impacting Seafood Production」シリーズを配信しています。
第3回は日本を代表する冷凍食品および低温物流会社、株式会社ニチレイです。ニチレイグループは、食の調達、生産、物流、販売に至る広い領域で事業を展開しています。
前編では、会社の歴史、サステナビリティ戦略から具体的な取り組みまでおうかがいいたしましたが、後編ではサステナビリティに取り組む動機や新たに挑戦をしはじめた人権デューディリジェンスについて、さらには今後の展望を株式会社ニチレイの取締役上席執行役員、田邉 弥氏にお話をうかがいします。(<<<前編を読む)
こちらの記事の英文はSeafood Sourceにも掲載されています
(Seafood Sourceは欧米の読者向けに編集されているため、一部日本語版と違う部分がございます)
プロフィール: 田邉 弥 (たなべ わたる)
1992年に株式会社ニチレイへ入社、2021年水産・畜産品を取り扱う株式会社ニチレイフレッシュの代表取締役、同年に株式会社ニチレイの取締役執行役員に就任。
──御社では持続可能性への投資だけでなく、コミットメントやESG活動に関する広範な品質保証や管理、透明性、報告にも投資していますが、こうした活動に投資する動機は何ですか?
ニチレイグループでは、長期経営目標「2030年の姿」の実現に向け、2020年に5つのグループの重要事項(マテリアリティ)を特定し、それぞれについてのありたい姿を設定しました。2022年からは具体的にマテリアリティを遂行し、社会課題の解決を通じた社会的価値と事業成長につながる経済的価値の両立を、私たちが目指すサステナビリティ経営の姿と位置づけ、推進しています。
この5つのうちの1つに「持続可能な食の調達と循環型社会の実現」とあります。これを決めた理由は、事業の基盤であるサプライチェーンに関わるさまざまな社会課題を解決し、持続可能な食の調達と循環型社会の実現に貢献できなければ、社会から存在意義を認められず、企業として持続可能でなくなってしまうからです。
そのために私たちは、役員から一般社員までを対象に、階層ごとのサステナビリティ教育に力を入れています。たとえば役員層には、最新のサステナビリティに関する情報や潮流を知り、経営への影響度を測り、財務・非財務両軸での経営戦略に活かすことを目的とした勉強会を実施。またニチレイグループの全役職者(約1,300名)に向けて、独自のSDGsマテリアリティ研修プログラム「One for Future」を構築しました。このプログラムは、ニチレイが目指すサステナビリティ経営を理解し、社会課題の解決を通じた社会的価値と経済的価値の両立を実現する疑似体験を通して、サステナビリティのマインドセット獲得と行動変容を促すことを目的とした研修を実施しています。
従業員の一人ひとりがニチレイグループのサステナビリティ経営の方向性やマテリアリティを理解し、自分の業務遂行が、ひいてはSDGsターゲットの達成や持続可能な社会の実現に向けた力となっていることを、意識しながら活動できる人財育成を目指しています。
──今回、シーフードレガシーと連携して、人権デューディリジェンスに取り組まれているそうですが、そのきっかけや取り組みの内容を教えてください。
水産物は、ニチレイグループの事業活動を支える重要な資源の一つです。ところが近年、気候変動、乱獲や混獲による生態系への影響、人工的な養殖場開発のための森林破壊など生息域の破壊、また漁業関係者への人権侵害など、数々の問題が指摘されています。
ニチレイグループでは、サプライチェーンにおける持続可能な水産物の課題解決に取り組み、サプライヤーやステークホルダーとともに持続可能な社会の実現を目指すため、2023年4月「ニチレイグループ持続可能な水産物調達ガイドライン」を制定し、またグループマテリアリティの目標として新たにKPIを設定しました。そのガイドラインで挙げた取り組みの1つに「7. 漁業に関わるサプライチェーンにおいて人権が尊重されているかどうかを確認するため、適切にデューディリジェンスを実施します」と定めています。
シーフードレガシー様には、このガイドラインの作成時よりアドバイスをいただき、当初から私たちの抱く課題認識についてご理解、共感をいただいておりました。このたび、両者の「持続可能な水産品のサプライチェーンを構築していきたい」という想いが一致して、水産品のサプライチェーンにおける「人権」に特化したデューディリジェンスのあり方に向けた、協働プロジェクトを立ち上げることになりました。
このプロジェクトは、2023年から2024年の2か年計画で、水産業界のサプライヤーに特化した人権デューディリジェンスプログラムの構築と、人権監査手法の確立をアウトプットとします。包括的な枠組みとして「モントレー・フレームワーク¹」の「人権の原則」を活用し、対象としては天然水産品、養殖水産品、水産加工品の3パターンのサプライヤーを想定しています。
2023年度は養殖水産品と水産加工品のサプライヤーを対象に、人権監査のトライアルとパイロットモデルの構築を行いました。2024年度には、天然水産品サプライヤーへの人権監査のトライアルとパイロットモデルの構築を予定しています。
──御社の調達先は、畜産と水産で30か国にのぼるそうですが、サステナビリティの観点から、サプライチェーンマネジメントを行う上で力を入れていることは何ですか。
特に力を入れているのは、双方にとってのよりよいパートナーシップの構築です。お互いの信頼関係を重視しています。
ニチレイフレッシュが調達しているサプライヤー様のうち、私たちのミッションや「こだわり素材」の6つのコンセプト、サステナビリティへの想いや活動などに共感し、長くお取引してくださるサプライヤー様がほぼ7割を占めます。平均約20年以上のお付き合いが続いており、最もお取引の長いサプライヤー様とは40年以上にわたり関係が続いています。
信頼関係を深めるために、ニチレイフレッシュでは、社員が何度も現地に訪れサプライヤー様との対話を重ねています。両者の課題を1つずつ共同で解決する経験を重ねながら、パートナーシップを強固なものにしています。
──水産物において、サステナビリティと供給の確保、社会的によい取り組みとリスク低減は密接に関連しています。御社はサステナビリティを事業の主軸として捉えているのでしょうか。もしくは製品の拡大の一環として捉えているのでしょうか?
サステナビリティは事業の根幹と捉えています。
私たちは2022年からスタートした中期経営計画「Compass Rose 2024」において、ニチレイグループのサステナビリティ基本方針に基づく事業活動を展開しています。豊かな食生活と健康を支える企業としての社会的責任を果たしつつ、サステナビリティ経営の加速と資本効率の追求により、社会的価値と経済的価値の向上を目指しています。
またグループマテリアリティの目標(KPI)として、2023年4月1日より、持続可能な水産物調達ガイドラインに準じた調達率を2030年度には100%とし、うちMSC・ASC認証品などのグローバル水産物認証品の比率を50%と決め、取り組みを進めています。
──サステナビリティにおいて、日本の水産業の強みは何でしょう。また今後の課題は何だと思われますか。
水産業は、世界的には成長産業です。当社の「こだわり素材」のようなブランディングの力によって、素材の価値を生活者に伝えることが、私たちの存在意義でもあり、また日本の水産業を持続可能な産業にする活動になると思っています。
──今後、御社として特に重点的に取り組まれるサステナビリティの課題は何でしょうか。またその課題にどう取り組んでいくのか、ご紹介ください。
今後は水産資源の枯渇と、水温の温暖化による漁場や漁獲枠の規制がさらに厳しくなっていくことが予想されます。その中で私たちは、持続可能なサプライチェーンの構築をめざして、環境や人権および地域社会との共生に注力していきます。
──読者(特に欧米の水産業界関係者)に向けて、メッセージがありましたらお願いします。
私たちは、「持続可能性」と「食と健康」をコンセプトとして活動を続けていきます。それによって、次の二つを実現していきたいと考えています。
1. 素材や「冷力」の可能性を見出し、食を通じて「地球の未来」と「人々の”こころ”と”からだ”の健康」に貢献する。
2.良質な動物性たんぱくを供与することで、生活者の健康寿命の延伸に寄与し、また「環境配慮型のこだわり素材」を提供することによって、持続可能な社会の形成に貢献する。
この実現のために、ステークホルダーの皆様と共に協力しながら事業を展開していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。