【前編】なぜマグロ漁の背景で人権侵害が起きるのか ーサプライチェーンのブラックボックス化(韓国漁船の事例から)

【前編】なぜマグロ漁の背景で人権侵害が起きるのか ーサプライチェーンのブラックボックス化(韓国漁船の事例から)

2023年12月に、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウとAPIL(Advocates for Public Interest Law)が調査レポート『BLACK BOX:私たちの食卓の刺身マグロはどこから来たのか?』を発表しました。今回から2回にわたって韓国の遠洋漁船から日本市場までの不透明なマグロサプライチェーンに潜む人権リスクについて、ヒューマンライツ・ナウのビジネスと人権プロジェクト職員の川崎可奈さんに寄稿いただきます。

 

刺身マグロサプライチェーンに潜む深刻な人権侵害

「船に乗るとすぐに仕事が始まりました。夜9時まで働いていましたが、休憩も休日も残業代もありませんでした…誰かが疲れて(壁に)一瞬寄りかかったとしたら、 船長は彼らの頭を殴るでしょう。」

「2年契約だったのですが、それ以上の勤務を強いられました。2年以上、一度も入港せず船に留まりました」。

この二つはいずれも、2019年から2021年まで韓国のマグロ延縄船D号に従事したインドネシア人労働者の証言です。

私たちが口にする刺身マグロが、誰かの人権侵害によって成り立っているものだとしたらどう感じ、考え、行動するでしょうか。

漁業は典型的な3D(Dirty(汚い)Dangerous(危険な)Difficult(過酷な))と国際労働機関(ILO)に分類されている業種です。特に遠洋漁業は、IUU漁業や強制労働のリスクが極めて高いとされています。陸地から遠く離れて物理的に孤立しているだけでなく、公海や排他的経済水域内で複数国の管轄区域を横断するため、規制が極めて難しく、監視が行き届かないためです。

 

日本は世界のクロマグロ漁獲量の8割を消費、韓国の刺身マグロ4割が日本へ

遠洋漁業を行っているのは、世界で一握りの国です。韓国の遠洋漁業は世界第4位の規模を誇り、主に南太平洋で行われています。韓国の遠洋漁業で用いられる漁船の半数以上はマグロ延縄漁船で、長い釣り糸につけた釣り針を水面に垂らしてマグロを漁獲します(参照:図1)。

 

 

延縄漁船は主にキハダ、メバチ、クロマグロを漁獲し、主に「刺身マグロ」として市場に供給されます。マグロは韓国の遠洋漁業で最も多く漁獲、輸出されており、4つの韓国の大企業が韓国のマグロ延縄船団の72%を所有しているのですが、そのほとんど、特に刺身用の高級マグロが日本に輸出されています。

日本は、1961年以来、世界トップ5の水産物消費国であり、日本で寿司や刺身として消費されているクロマグロにおいては、なんと世界の漁獲量の80%以上を日本が消費しています。最新のデータによると、韓国漁船が漁獲する刺身用マグロの41%が日本に輸出され、刺身用マグロの輸出総額の87%が日本市場から生み出されています。加えて、日本の輸入水産物への依存度は、労働力人口の減少や若年労働者の漁業離れによる漁船の労働者数の減少によって、着実に高まってきています。

 

 

人権侵害が発生する要因

海上で孤立する遠洋漁業における人権リスクは前に述べた通りですが、韓国漁船から日本市場までのマグロサプライチェーンにおける人権リスクが高い要因は他にもあります。

● 移民労働者の脆弱性

韓国の遠洋漁船の労働者の約80%は母国での貧困、教育不足、失業に苦しんでいる移民労働者であるということは非常に重要な点です。 出身国の貧困によりすでに脆弱な立場にある移民は、不合理な労働条件を受け入れざるを得ず、強制労働と人身取引にも相当する過酷な労働環境のもと搾取されています。移民手続き中に、ブローカーによって、仕事を見つけるという名目で、さまざまな研修費用や取引手数料のほか、契約期間内の離職を防ぐ制約ともなる退職保証金を徴収されたり、 遠洋漁船には労働時間に関する規制がないため、韓国人漁業者よりもはるかに低い差別的な最低賃金で、多くの場合1日12時間を超える長時間労働で搾取されたりします。公海で物理的に孤立し、助けを求めることが非常に困難な状況下で、暴力等危険な生活環境と労働環境に頻繁にさらされるのです。

 

 

● 海上積み替えの慣行化と不透明性

海上での積み替えは、漁船の長期間の海上滞留を助長する他、異なる船からの漁獲物が運搬船内で混在し、漁獲量の報告漏れや虚偽の報告につながるため、人権侵害や違法漁業のリスクを高めます。こうした問題に対応するため、韓国が加盟しているマグロ類の地域漁業管理機関は、海上での積み替えを原則禁止し、港での積み替えを義務付けていますが、マグロ延縄漁船は、海上での積み替えが最も容認されています。特に鮮度が重要視される刺身用マグロについては、韓国の港に持ち込まれることなく、輸送船に積み替えられ、そのまま日本に輸出されるのが一般的です。
地域漁業管理機関は、積み替えに関する情報を収集し管理することになっていますが、公開されている情報自体の不確実性が指摘されているうえ、開示している情報は限定的で、極めて不十分です。

韓国政府もまた、地域漁業管理機関に提出した関連情報に関する、市民社会からの開示請求を拒否しているほか、刺身用マグロは、直接公海から輸出される場合、港湾管理や検査は行われず、輸出の事実が確認されて初めてソウルの税関局に申告されるため、検証が困難となっています。

 

 

● 日本のサプライチェーンの複雑性と不透明性

マグロは、日本市場に至るまでのサプライチェーンのみならず、その後のサプライチェーンも不透明で複雑になっています。日本におけるマグロの輸入・流通においては、商社がますます重要な役割を担っていますが、商社は、自社の運搬船や国内外の加工施設を使ってマグロの加工・輸送・流通を行っており、「企業秘密」という理由で公に開示しないため、関連情報へのアクセスが制限され、労働安全衛生が確保された環境で漁獲されたマグロと労働リスクの高い環境で漁獲されたマグロとを判別することは困難です。

日本では、地域漁業管理機関の保存管理措置の実施に関する法律に基づき、マグロの輸入業者は、漁獲中にIUU漁業が行われていないことを保証する証明書の提出が求められていますが、その保証の対象には強制労働や人身取引などの人権侵害に関する点は含まれておらず、結果として人権侵害に関与する産品が市場に流通する状況を生み出しています。

 

調査レポート『BLACK BOX:私たちの食卓の刺身マグロはどこから来たのか?』ダウンロードはこちら(日本語/英語/韓国語

 

>>>後編を読む

 

執筆:ヒューマンライツ・ナウ ビジネスと人権プロジェクト職員 川崎可奈