海の危機は地球の危機、 10年後の未来を犠牲にしない選択と行動を(前編)

海の危機は地球の危機、 10年後の未来を犠牲にしない選択と行動を(前編)

海洋の状況への強い危機感を抱き、2010年にフィジーの国連大使となってから現在まで一貫して、海の健全化に向けた施策を推進してきたピーター・トムソン大使。現在は国際連合事務総長海洋特使として、海洋資源の保全と持続可能な形での利用をめざすSDGs目標14を推進する大使に、海洋の保全に対する使命感の源泉について、また現状に対する問題意識、水産業への期待とメッセージをうかがいました。

 

ピーター・トムソン
2010年より2016年までフィジーの国連常駐代表を務め、任期中には国連開発計画(UNDP)、国連人口基金(UNFPA)、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)の各執行理事会で議長を務める。2016年より2017年まで国連総会議長。2013年にはG77プラス中国の議長国となったフィジーの外交団を指揮。2011年に国際海底機構(ISA)総会議長、2015年に同機構の理事会議長に選出。また、世界経済フォーラムのフレンズ・オブ・オーシャン・アクションの創設共同議長として、持続可能な海洋経済の構築に向けたパネルのサポートメンバーを務める。

太平洋の島に育って

――大使はこれまでも、SGDsの目標14(海の豊かさを守ろう)策定の後押しをはじめ、世界の海洋環境の保全に関して強いリーダーシップを発揮されてきました。海に関わる課題に取り組まれるようになったのは、ご自身としてどんな背景や経緯があったのでしょうか?

私は南太平洋の島国フィジーに生まれて、子どもの頃から40代まで、たぶん毎日の半分以上を海で過ごしていたように思います。昔、家族で散らしていた家はフィジー北部の島にあり、家族でよく小さな船で旅をしました。当時はまだ航空便も少なく、外国へも船で行ったものです。海は昔から私にとって身近な存在で、海に現れるクジラやイルカ、魚たち、波や島影に見とれて時を過ごす喜びは、昔も今も変わりません。

2010年に私が国連でフィジー代表を務めるようになった頃、フィジーのような島嶼国は2つの大きな問題に直面していました。気候変動と、海洋の変化です。サンゴはどんどん死んでいき、さまざまな魚種が消えていきました。海水温の上昇による生態系の変化が、まさに私たちの目の前で起きていたのです。

フィジーは小さな島国として、その最前線にありました。だからこそ私たちが、海で起きている問題に世界の注目を集めて、事態を変えなければならない。私たちはこの現状に注意を喚起しようと、全世界に呼びかけました。

この活動が後にSDGsの目標14をつくることへ、そして国連海洋会議の定例開催へとつながりました。私が海洋特使に任命されたのは、その後のことです。

国際連合海洋会議(UN Ocean Conference)の第1回は2017年、スウェーデンとフィジー両国政府の共催によってニューヨークで開催され、当時の国連総会議長でもあったトムソン氏もここで海洋の健全化の緊急性を強く訴えた。第2回は2020年に計画されたがコロナ禍で延期となり、2022年にケニアとポルトガルの共催により、ポルトガルのリスボンで開催された。第3回となる2025年国連海洋会議は、フランスとコスタリカの共催により、2025年6月9日から13日までフランスのニースで開催。
フィジー共和国はオーストラリアの東、ニュージーランドの北にあり、およそ300もの島々と環礁からなる海洋国家で、太平洋の島嶼国の
リーダー国のひとつ

外交官の仕事から、海洋問題へ

――日本に赴任されていたこともあるとうかがいました。

1981年に、フィジー大使館を開設するために東京に赴任しました。当時私は一等書記官で、何ヵ月か後に大使が到着しました。東京の大使館は今も、当時開設された同じ場所にあるのではないでしょうか。

――その後、外交官としてお仕事をされる中で、海洋のことは常に念頭にあったのでしょうか。

ちょっと違います。仕事を始めて間もない若い頃の仕事は、フィジーの地方振興でした。タヴユニ、ナブア、ランバサといった場所で地方行政官を務めましたが、フィジーの地方では、お話ししたように移動も船が主で、海は日々の仕事の一部でした。

でも1980年代に日本へ赴任した時の仕事は、主に両国間の貿易や観光の振興、そして投資関係の支援でした。ちなみに嬉しいことに、それはとてもうまくいきました。

――それではSDGsで海を取り上げたり、海洋会議などの動きにとり組まれるようになったのは、当初の課題意識に戻ってこられたということですか?

と言うよりむしろ、さまざまな面でひどく悪化してしまった海の状態を見るに見かねて、という方が正しいです。

私が2010年に国連の大使になった頃には、孫が生まれていました。そして孫たちが生きていく時代に、サンゴ礁がなくなり、汚染が進んで泳ぐ気も起きないような海を残すのは何としても避けたい、と思ったのです。いかに大きなものが失われつつあるかということに気づいて愕然としたことから、私の後半生の仕事が始まりました。

海洋は地球表面の7割を占め、温暖化熱の9割を吸収し、近年ではかつてないスピードで海水温が上昇している。図は1981-2010年に対する、2023年の海水温上昇。ユネスコが2024年6月に発表した「海洋現状報告書2024」よりState of the Ocean Report 2024 より、The annual OHC anomaly in 2023 relative to a 1981–2010 baseline for IAP/CAS data; units: 109 J m−2. Source: Cheng et al. (2024b)。引用元はこちら

健全な地球には健全な海が、そのためにはサンゴ礁が不可欠

――2021年の東京サステナブルシーフード・サミットに登壇くださった時には、健康な海が必要だ、という強いメッセージを発信してくださいました。

はい、「健康な地球のためには健康な海が不可欠である」と申し上げました。そして海の健康が今まさに悪化していることは、数値にもありありと現れています。これはアクションが必要な緊急事態であり、私たちはなすべきことをしなければなりません。

――2021年からは4年経ちますが、改善はまだ見られませんか?

状況は改善しているとは言えませんね。海水温の上昇は、当時の科学的予測をはるかに越えるスピードで進んでいます。

そして、私のいつもの言い方「健康な地球のためには、健康な海が不可欠」の延長で言うなら、「健康な海のためには、サンゴが不可欠」なのです。なぜなら全魚種の実に25%がサンゴに依存して生きているからです。


豊かな生態系を支えるサンゴ礁。サンゴ礁をつくる温かい海のサンゴは水温変化に敏感で、高温化によって死滅する白化現象が進んでいる

地球温暖化が海洋にも及ぶことは、科学者たちも予測していたことです。海水温度が産業革命以前から2度上昇すると、温かい海に棲息してサンゴ礁を形成しているサンゴは、ほぼ100%死滅すると言われています。科学者たちの予測が今まさに現実となり、海水温上昇は1.5度を越えて2度に迫っています。

健康な地球には、健康な海が不可欠。そのためにはサンゴ礁の保全が不可欠。だからこそ、温暖化にストップをかけなければならないのです。


海洋の水温上昇とともに海洋水に蓄積した熱量も、1990年代半ば以降は加速度的に上昇している。図は地球全体での海面から深さ700mまで(水色部)と、700mから2,000mまで(紺色部)、それぞれの貯熱量の増加(上図は気象庁ウェブサイトより、こちら

 

外交官としてのキャリアの中で一度は海から離れたが、国連大使となった頃から強い危機感に迫られ、以来一貫して海洋環境の保全に向けた活動を推進してきたトムソン氏。後編では、その実現へ向けた方策や計画、水産業界への呼びかけなどを具体的に語ります。

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

 

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