TNFD開示のパイオニア、ニッスイがいち早く報告書を発行できた理由(Part 2)

TNFD開示のパイオニア、ニッスイがいち早く報告書を発行できた理由(Part 2)

2023年12月、「ニッスイグループTNFDレポート2023」の発行を担当した株式会社ニッスイ サステナビリティ推進部部長の西昭彦さん。前編では、他の水産企業に先駆けてTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に取り組んだきっかけや、プロジェクトを通じて発見したことなどを伺いました。(Part 1を読む)

Part 2では、パイオニアとしての苦労やステークホルダーからの反響、サステナビリティに向けた課題、今後の展望などを語って頂きました。

多様なステークホルダーから寄せられた想定外の反響

―誰もまだ制作したことのないTNFDレポートをつくるにはご苦労もあったことと思います。

TNFDの最終提言や付属資料をドラフトの段階で読んでいたのですが、当然すべて英語でしたので理解するのが難しく、相当に時間がかかりました。提言が最終化される段階で変更があることを想定して、仮で準備を進めた上で、最終提言の公開後に見直しを行いました。公開の準備はしていたものの、当初は「本当に求められているものは何か」をきちんと理解してからの方がよいと考えていたので、開示の決断はしていませんでした。開示の決断をしたのは、前編でお話した通り、TSSS2023の2日目のプログラムに登壇された方々の発言がきっかけで、全てを見直してレポートを発行したのは2023年の12月です。

―レポートを読んだ方からの反響はいかがでしたか?

投資家や金融機関の方、NGOやアカデミア、行政機関など分野を問わず多方面のステークホルダーからご連絡をいただき、面談や講演依頼を多く受けました。海外からも複数のアプローチがあったことは驚きでした。来日して面談するなど、1本のレポートで一気に世界が広がった感じがしました。

また、発行の翌月に投資家対象の説明会を開催したところ、約40名の国内投資家の参加がありました。質疑応答では証券アナリストの方から「TNFDのようなネイチャーポジティブな取り組みがどのように経済価値につながるのか」といった質問がありました。

現時点で定量的な説明ができないことにもどかしさを感じましたが、当社だけでなく、世界中どの企業でも、TNFDと経済価値との関係を明確に示すことはまだできていないと思います。

説明会での厳しい質問は、ある意味でよいトレーニングになりますし、各方面からの期待を再認識する機会にもなります。事後アンケートでは、機関投資家と言われる長期目線の投資家の方々から応援メッセージをいただき、今後のモチベーションにつながりました。


海外の有識者との面談 西氏(左3番目)、英 ランカスター大学 Jan Bebbington教授(右3番目)、Neytullah Ciftci博士(中央)
(画像提供:西氏)

―TNFDレポートを発行して具体的な手ごたえはありましたか?

2025年3月に、三井住友信託銀行様が提供する「ネイチャー・インパクトファイナンス」*6という自然をテーマにした金融商品の第一号案件として、融資契約を締結しました。TNFDで報告している内容に基づいて設定された「持続可能な調達比率」や「絶滅危惧種の調達量」などの目標に対してモニタリングを受けることが融資の条件となります。企業と金融機関が連携して持続可能な社会の発展に貢献していくことを目指す事例として画期的なことだと思います。

*6 企業などの事業活動が自然に与えるインパクトを評価し、TNFD等に基づく情報開示の充実を促す。企業の自然に対する取り組みを支援し、持続可能な社会の発展に貢献する。

TNFDから見えてきたサステナブルシーフードの課題

―「2030年までに、サステナブルシーフードを主流化する」というゴールが掲げられました。必要と思われることは何ですか?

大きく3つあると思います。

1つ目は「認識」です。企業が海洋へ依存していることを認識し、自然の課題を経営に組み込むことが必要です。

2つ目は「協働」です。海は世界中の国々とつながり、川ともつながっています。TNFDにはランドスケープアプローチという考え方があります。海洋の場合はシースケープアプローチと呼ぶと思うのですが、これは、生態系、社会、経済の複数の目標を同時に考慮しながら、地域全体を統合的に管理・計画する手法です。課題解決のためには、個社だけでなく地域におけるステークホルダーの協働がカギとなるでしょう。ただし言うは易しで、複雑な利害関係がある中での合意形成はとても難しいと思います。


ニッスイはSeaBOS(Seafood Business for Ocean Stewardship:持続的な水産ビジネスを目指すイニシアティブ)に参画している 写真は2023年10月に釜山で開催された第8回SeaBOS会議(画像提供:西氏)

3つ目は「規制」です。「自然に配慮しましょう」と言っても、個人の意識に任せるだけでは大きく進展しないでしょう。人の行動を大きく変えるには何らかの規制がある方がいい。つまり、社会・環境への負荷に対する価格づけ「外部不経済の内部化」が必要と考えています。

例えば、レジ袋が有料化したことで7~8割の人がレジ袋を辞退するようになりました。無料だった時は3割程度でしたから、わずか3円が50%ぐらいの人を動かしたわけです。同様にサステナブルシーフードも小さなお金の力で何か解決が図れないかと考えています。併せて「自然はただじゃない」と認識することがとても大切だと思います。

TNFDは対話のためのツール

―TNFDレポートをどう発展させていこうとお考えですか?

TNFDは、世界的に自然に対する金融の流れをマイナスの結果からプラスの結果へシフトさせることを目的としたものです。言い換えれば、お金の力で自然の状態をネガティブからポジティブに変えていくということです。

当社は2022年からTCFDの開示も行っていますが、これまでTCFDの内容を基に投資家やステークホルダーと面談を行う場面はそれほどありませんでした。一方で、TNFDは投資家との対話のツールになっている実感があります。

今後は、TNFDを通して多くのステークホルダーに当社に対する理解を深めていただき、投融資につなげていくことが重要です。足りない点を経営や事業部にフィードバックし、ネイチャーポジティブな戦略を立案・実行していくことが当社のあるべき姿だと思っています。

今できることから一歩一歩

―最後に、次に続く海洋リーダーへアドバイスをお願いします。

完璧を目指そうとせずに、できるところから一歩ずつ進むぐらいの気持ちでいいと思います。完璧を求めようとすると、できないことばかり浮かんできて止まってしまいます。

ゴールのないマラソンを走れと言われたら誰でも嫌ですよね。でも、今できることから一歩一歩、昨日に比べて今日の一歩なら前に進めると思います。

今後もニッスイの1つ1つの取り組みを確実に前に進めていくことが大事だと思っています。先ずは自社が業界の第一歩を踏み出すことで、その足跡をたどる企業が増え、やがて大きなうねりとなって業界全体を動かすことができたら嬉しいですね。

 

西 昭彦(にしあきひこ)
1993年日本水産株式会社(現・株式会社ニッスイ)入社。入社以来、主に食品部門で冷凍食品事業に従事。2020年CSR部(現サステナビリティ推進部)に異動、自社のミッション策定やリブランディングなどに携わる。2023年「ニッスイグループTNFDレポート2023」を発行。現在TNFDの他、人権関係を担当しながら、ニッスイのサステナビリティ全般を統括している。

 

執筆:中川僚子
大学で市民向け環境学習講座の実践・研究補佐を務めた後、2023年よりフリーランス。地域がつながるさかなの協同販売所「サカナヤマルカマ」スタッフ。科学読物研究会会報編集部。理科教育、環境教育に関わりながら執筆活動を行う。

 

 

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