複雑だが解決法はある水産サステナビリティ 魚に国境はない、国を越えて連携を【後編】

複雑だが解決法はある水産サステナビリティ 魚に国境はない、国を越えて連携を【後編】

NGOなどの団体を支援する財団として、多様な立場を横断する視点から、サステナブルな漁業管理の推進と海洋の健全化へ向けて活動してきたイッシュ氏。

前編ではその原点となった体験から、財団での今の仕事、日本との関わりとその理由、具体的な支援相手との関わり方について語っていただきました。後編では続けて、NGOと財団の視点の違い、大きな変化の兆し、そして10月の東京サステナブルシーフード・サミット2024(TSSS2024)への期待をお聞きします。

 

個別のNGOの活動を、横断的につないで支援する財団

――以前にお仕事をされていたNGOのような組織と財団とは、どんな違いがあって、それぞれどのような役割を持っているのでしょうか?

私はもともと自然科学が専門で、資源評価で学位を取りました。つまり、漁業管理の土台を支える科学です。しかし大学在学中のあるとき、科学者は意思決定の場から切り離され、実際的な判断には関われずにいる、ということに気づいてしまったのです。

そして、海で実際に起きていることに大きな影響力を持つのは、よくも悪くもビジネスだということが徐々に見えてきました。では科学を現実世界で機能させて、漁業改善につなげるには? そこで私が選んだのが、研究を企業につなぐNGOでした。

サステナビリティや人権問題が、ビジネス、ブランド、経済的成功に対するリスクになりうることを、はっきり意識している企業はまだ少数です。以前はリスクの存在すら認識されていませんでした。NGOの役割はこれらの課題に光を当て、企業や行政が向かうべき目標を明示して、前進を確実にすることです。

ただしNGOにも得意不得意があって、単独で何もかもはできないし、やる必要もない。だから連携が大事なのです。大きなビジョンを共有しながら、少しずつ視点や専門性が違うから、互いに補い合える。これで初めて、巨大で複雑な問題を扱うことが可能になります。

私たち財団は、NGOを、そして彼らが協働するコミュニティを支援する中で、さまざまな視点を組み合わせ、全体としての効果につなげることを考えます。

財団で支援している団体には、行政や企業に働きかけるものもあれば、小規模の地域に密着した漁師を含めた漁業の現場に入っていく団体もある(写真はインドネシアのマグロはえなわ漁)

 

ビジネスを変える、強力な手段としての金融

――さかのぼると、そもそも水産業の現場を左右しているビジネスに科学を取り込むことが目標だったのですね。

そうです。今度のTSSS2024でお話ししたいと思っていることにもつながりますが、現在、水産物のサステナビリティに向けて積極的に活動するリーダー企業が生まれています。しかし一方で、多くの企業はまだ動いていません。

先導者が進んでも最後尾は動かず、距離があく一方というのはまずい。これではリーダーも前進を続けられなくなります。これを解決するには、底上げの方策が必要です。それはたとえば輸入規制など、強制力を持つ手段かもしれません。

もうひとつ私たちが注目しているのが、金融市場です。サステナブルと証明されなくては企業活動に融資を受けられないとなれば、強いインセンティブになります。

それには、サステナビリティの欠如は財務上のリスクだとはっきり伝えるアプローチが必要です。過剰漁業の現場から調達するビジネスは長続きせず、純粋に経済的視点からもリスクです。そこに客観的な基準があり、信頼できる情報が共有されることで、金融業界がサステナビリティにかかわるリスクを認識し、これをふまえて意思決定が行われることをめざしています。

この目的に向けて私たちが支援しているのが、World Benchmarking Allianceや、Science Based Targets Networkなどのパートナーです。彼らはリスク回避のために達成すべき目標を示し、その目標に対する各社の達成度を公開しています。

海洋にフォーカスした「変化」へ向けた戦略では、人類にとって大きなタンパク源であり、陸と比べて生産時の環境負荷を抑えられる水産物の力に着目、地球環境を支える海洋の健全化と、その前提となる生態系の保全へ向けて活動している。適切に管理されたサステナブルな漁業をめざして、当事者である現場の漁業者と、水産サプライテェーンとの両方からのアプローチに注力、日米欧の三大市場へも働きかけている。上はその全体図、詳しくはこちら

 

大きな変化は始まっている

――なるほど、問題解決へ向けて多面的に活動されている様子が見えてきました。

なにしろ課題の全体が複雑で巨大なので、まずプレイヤーに誰がいて、誰が何をしているのか、インセンティブは、障害は何なのかを知ることからです。私たちがすべての資金を出せるわけでもないので、他の財団とも密接に連携しています。

そして財団ならではの俯瞰的な視点の一方で、現場に関わっているパートナーとの情報交換も重要です。具体的にどの漁業でどんな問題が起きているかは、助成対象のパートナーから知ることが多いのです。

加えて近年では、多くの企業が率先して変わろうと行動を起こしています。彼らは私たちのとうてい及ばない知見と情報を持っているし、本業のリスクを抱えているので真剣です。

少し前に発表された、国連のSOFIAレポート(「世界の漁業・養殖業の現状」、The State of World Fisheries and Aquaculture)で、興味深いことがありました。過剰漁業の魚種は過去最多で、全体としては全く楽観できない結果でしたが、その中で「大規模漁業」の約4分の3が過剰漁業状態を脱していたのです。これはサステナブルな調達を求める水産企業が起こした変化です。行政による規制も効果を発揮し始めています。

SOFIAレポート(The State of World Fisheries and Aquaculture、「世界漁業・水産養殖白書」)は、国連食糧農業機関(FAO)が隔年で発表する調査報告書で、水産にかかわる取り組みの基本情報として広く活用されている。2024年の最新版はこちら

国連食糧農業機関(FAO)2024年版「世界漁業・水産養殖白書」より、世界の主な海域での漁業に占める、サステナブルな漁業(青色)と過剰漁業(オレンジ色)の比率。2021年の実績では、カツオ、マサバ、キハダマグロなどをはじめ、水揚げ量の多かった10魚種で、平均約79%が持続可能な範囲で漁獲されていた。これは他の魚種を含めた平均値62%を大幅に上回り、大きな資源の方がより適切な管理が始まっていることを示す

 

10年間を振り返って:後進から肩を並べ、先導者へ

――今年10月に東京で第10回のTSSS2024を予定していますが、イッシュさんは初回から登壇くださっています。TSSSについての思い、お考えを聞かせていただけますか?

TSSSは、日本の重要なプレイヤーが一同に会して多様な視点や新しいアイデアの土壌となる、唯一無二の集まりで、国際的にも注目されています。その背景のひとつは、日本市場の重要性が理解されていること。そして日本には世界最大級の水産企業が複数あり、彼らの影響力は計り知れないことです。彼らと組みたければ、ホームグラウンドに来るのがベストなのは自明です。

さらに、日本市場が持つ独特の文化性もあります。水産物は単なる海の生きものではなく、食べものであり、文化であると言いました(前編)。日本の魚食文化は世界に知られています。水産物について日本で議論することには必然性があります。そこには、日本がサステナブル・シーフードにおけるリーダーとなってくれることへの期待もあります。

――最初のTSSSから10年、何が変わったでしょうか?

たくさんの変化がありました。2015年当時は、そもそも日本で水産物のサステナビリティという課題を認知してもらうところからの始まりでした。

当時の日本は、水産企業も小売企業も、サステナビリティへの意識や取り組みにおいて欧米に大きな遅れを取っていました。しかし今では日本でも水産企業や小売企業がサステナビリティ方針を策定し、国際認証も浸透し、日米欧の足並みが揃ってきました。

日本企業は今後も、人権や環境デューデリジェンスを取り入れ、サプライチェーンにおける強制労働や違法漁業に対応する必要があります。欧米ではサプライチェーンに強制労働などの問題を抱えた企業が多数、調査報道によって名指しで糾弾されています。日本企業もいつ同じ事態に直面するかわかりません。問題を見ないふりをしていても何ひとついいことはありません。

これはアメリカ企業が二の足を踏んでいる分野でもあり、日本が先頭に立つチャンスでもあると思います。10年前の後発から、現在は世界と肩を並べ、今後は日本がリーダーとなって進んでくれたらと期待しています。

2018年TSSSでの「水産業界で始まった持続可能性のコミットメント」のパネルディスカッションで、大手水産企業の連携を後押しする立場で発言するイッシュ氏(右端)

今ならまだ、崩壊へ向かう流れを変えられる

――そんな中、日本の漁業や水産企業が取り組むべき重点は何だと思われますか?

調達先の漁業の現場に踏み込んで、共に漁業改善に取り組むことには、すべてではありませんが、日本企業は今まであまり積極的でなかった印象があります。FIPへの参画や漁業改善のサポート、漁獲から販売までをつなぐトレーサビリティへの関与などです。ここには大きな成長の余地があるのではないでしょうか。

今、日本に限らず世界の水産業が大きな転換点にあると思います。適切な漁業管理によって海洋を健全化し、水産物の増産を実現する。これが気候変動の抑制にもつながる。……こうした転換を実現する、今が最後のチャンスだからです。

そのためには行政にも困難な政治的判断が求められています。違法漁業を完全にストップさせるための判断です。そして、その根拠となる現場のデータ、科学的、客観的な情報が必要です。

これまで私たちはいくつもの大きな漁業が破綻し、それに依存するコミュニティが崩壊するのを目の当たりにしてきました。いったん崩壊した漁業を再建するには、長い時間がかかります。崩壊を食い止める方がはるかに簡単ですが、それには企業も行政も、今、行動を起こす必要があります。今後、気候変動によって困難が上乗せされ、解決はさらに難しくなる一方です。

これは本当に最後のチャンスなのです。今ならまだ修復できる、そして修復する手だてを私たちは持っているのです。

 

「解決可能な環境問題」としての水産サステナビリティ

――その大きな課題を念頭に置いて、今度のTSSSでやるべきこと、そこへの期待を教えてください。

TSSSは2つの意味で大きな場になると思います。ひとつは達成できた成果を共有し、祝福することです。成果を振り返らないまま走り続けるのでは、消耗してしまいます。このためにTSSSは重要な場です。

そしてもうひとつがもちろん、課題への認識を共有し、前進へ向けて取り組む決意の場としてです。幅広いステークホルダーが集まり、多彩なアイデアが共有されるTSSSは、重要なプラットフォームになります。

――ありがとうございます。そして、ご自身がどんなメッセージを発信したいとお考えか、ちょっとだけ教えていただけますか?

はい。まず、今回もお招きいただいてとても光栄ですし、感謝しています。
繰り返しますが、これは解決可能な問題なのです。現に過剰漁業を終わらせて漁業崩壊を回避した例を、私たちはいくつも見てきました。

他の多くの環境問題が、あまりに困難で解決不可能と思われる中、水産のサステナビリティは「未来に希望のある環境問題」であることを知ってもらいたいと思います。巨大で複雑ではあるけれど、認識を共有して道具をちゃんと使えば、解決できる問題なのです。

――このメッセージを今、特に聞いてもらいたいと思う相手は、どんな立場の人でしょう?

まず、漁業管理にかかわる行政担当者ですね。そしてもうひとつ、これは通商、経済、健康、食料確保、労働者の安全、すべてに関わる問題なのです。こうした分野に責任を持つ大臣たちが、サステナブルな漁業の重要性に気づいてTSSSに参加してくれたなら、それは本当に記念すべき日になるでしょう。

 

テレサ・イッシュ
ウォルトンファミリー財団にて、サステナブルな漁業によって水産物と海の生態系を守る、オーシャンズ・イニシアチブのリーダーを務める。以前は環境防衛基金(Environmental Defense Fund)で企業パートナーシップ・プログラムの水産物プロジェクトマネージャーとして調達方針の策定などを手がけ、また初期のサステナブル・シーフード・ムーブメントを主導したフィッシュワイズ(FisWise)を共同設立。カリフォルニア大学サンタクルーズ校で海洋科学修士、および海洋生物学合同学士取得。ハーバード大学エクステンションスクールにて、コーポレート・ファイナンス資格取得。

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

 

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