TSSS第10回記念企画:キーパーソンと共に振り返る日本の水産の10年と、歩むべき未来(前編)

TSSS第10回記念企画:キーパーソンと共に振り返る日本の水産の10年と、歩むべき未来(前編)

シーフードレガシーが創業した2015年から、日経ESGと共同で毎年開催してきたTSSS(東京サステナブルシーフード・サミット)。開催から10年を迎えるにあたり、過去にTSSSにご登壇いただいた皆さまにお集まりいただき、これまでの軌跡や成果を振り返ると同時に、2030年に向けた未来を描きます。

参加者はTSSSの共同主催者である日経ESGの藤田香さん、日本水産(ニッスイ)の元社長で現在はマリン・エコラベル・ジャパン協議会 会長の垣添直也さん、海洋環境NGO セイラーズフォーザシー 日本支局理事長の井植 美奈子さん、大西洋クロマグロで世界初のMSC認証を取得した臼福本店 代表取締役社長の臼井壯太朗さん、フィッシャーマン・ジャパン事務局長でシーフードレガシータイムズの立ち上げにもご協力いただいた長谷川琢也さん。シーフードレガシー 代表取締役社長 花岡和佳男がファシリテーターを務めます。

 

今回はスペシャル企画として、動画と記事でお伝えします。ページ一番下には30分の長編バージョンもありますのでぜひご覧ください。ダイジェスト版(3分)はこちら↓

 

2015年に産声をあげたTSSS。登壇者と共に歩んだ10年

花岡:
シーフードレガシーは2015年11月に第1回のTSSS(東京サステナブルシーフード・シンポジウム、現 東京サステナブルシーフード・サミット)を開催し、今年で10回を迎えます。これを期にこの10年を振り返り、日本、アジア、世界で起きたサステナブル・シーフードのムーブメントについて、そして、今後それをどのように発展させていくことができるか、皆さんとお話ししたいと思います。まず、今回お集まりいただいた皆さんはこれまでのTSSSにご登壇くださっていますが、印象深いエピソードなどはありますか?

 第1回東京サステナブルシーフード・シンポジウムの様子

 


藤田:

私は花岡さんと一緒にTSSSを立ち上げ、共同主催者として毎年登壇しています。きっかけは2015年4月、「サステナブルシーフードのシンポジウム」をやりたいと、花岡さんがたったお1人で私が勤める日経エコロジー(現 日経ESG)のオフィスを訪れたことでした。花岡さんはまだシーフードレガシーを設立する前でしたし、日経は「自然」というテーマに積極的ではなかった。それでも花岡さんの熱意に共感して、「やろう!」ということになったのです。

最初の頃は登壇者のほとんどがNGOや小売りの方でしたが、2018年頃から金融の方が登壇し、金融に関するセッションが増えたことが印象的です。2020年は新型コロナの影響でオンライン開催になり、国連をはじめ海外の機関から登壇する方が増え、TSSSの活動が世界に広がったことを実感しました。そして、KDDIやIHIジェットサービス、NTTドコモ、NECの方なども登壇し、IoT関連のセッションが増えてきたことも大きな変化ですね。

 

藤田 香さん

 

臼井:
私は2019年、2021年、2022年にTSSSに登壇しました。2019年に初めて登壇した時、トレーサビリティの確立について海外の方々が「こういうふうにしたらどうだ」と提案していましたが、我々日本の遠洋マグロ業界では10年以上前からそれに取り組んでいました。それなのに「なぜこんなに衰退しているのだろう」と疑問を感じたのを覚えています。

それから世界の流れは変わり、特にノルウェーなどはしっかりと資源管理をして、それを守っている漁業が世界で認められ、サステナブルな産業になっていると感じます。もはや日本の漁業は、そういった海外のムーブメントから大きく遅れていると思います。

垣添:
私は2017年、2020年、2022年にTSSSに登壇しました。2017年に登壇したときは、2016年12月に設立したMEL(マリン・エコラベル・ジャパン協議会)の会長に就任したばかり。まだ周りの目は冷たかったように思います。

ですが、2019年にMEL V2がGSSIの承認を受けた後、2020年のTSSSではGSSIの当時の事務局長 ハーマン・ヴィッセ氏が登壇し、注目度が変わったと感じました。そして2022年には私が社長を務めていたニッスイやマルハニチロもTSSSに登壇し、スポンサーもしていました。社会にサステナブルの重要性が浸透していくのをTSSSを通して見ることができたと感じています。

 

TSSS2022でのセッション。左から東京大学、グローバル・コモンズの石井菜穂子氏、日本水産(現ニッスイ)の屋葺利也氏、
極洋の秋山邦雄氏、右下がマルハニチロの佐藤寛之氏、右端がシーフードレガシーの山内愛子。

 

井植:
私が花岡さんと初めてお会いしたのは2013年、アメリカのモントレーベイ水族館でした。あの時夢を語り合った花岡さんが、TSSSを実現させてもう10年。感慨深いですね。私は2018年、2020年、2023年のTSSSに登壇しましたが、最初のセッションはテーマがまだ漠然としたものだったように思います。日本でムーブメントをつくるプラットフォーム自体が漠然とした時期だったのでしょう。

2020年のセッションは改正漁業法が施行されて、水産流通適正化法が成立するという大きな節目の年でした。セッションではIUU漁業(違法・無報告・無規制)をテーマに、水産庁の方も発信をしてくださったことに大きな意義があったと思います。2023年のTSSSでは私はファシリテーターとして、アメリカ、イギリス、韓国のNGOの方と日本の笹川平和財団の角南篤さんとでセッションを行いました。今やTSSSは各国の最新情報をまとめて提言を起こせる世界唯一のプラットフォームだと思っています。

長谷川:
東日本大震災を機に設立したフィッシャーマン・ジャパンも今年の7月で10周年を迎え、TSSSと共にこの10年を歩んできたと思っています。まだ日本でどこもやっていなかったことをやっていて、「すごい」と背中を見てきたTSSSに2017年に初めて登壇したときは、地方や漁業の現場、漁師に光を当て、ムーブメントに巻き込もうとされていることを嬉しく思いました。

2020年に登壇した時は、フィッシャーマン・ジャパン理事の鈴木真悟が常務を務めるマルキンがASC認証を取得した頃でした。私たちのステップアップを取り上げ、発言の機会をいただいたことがありがたかったです。また、TSSSは出会いの場でもあります。北海道からTSSSを見に来ていた漁師さんが、今では地元の漁協の部会長として活躍しているのも感慨深いです。

 

長谷川琢也さん

花岡:
2015年に開催した最初のTSSSでは、たくさんの日本の企業の方にご登壇のお声がけしましたが、応えてくださったのはイオンの1社だけ。その他の登壇者はNGOや海外の方ばかりでした。あれから10年が経ち、最近は日本の登壇者が過半数を占める状態が続いています。国内で力強いイニシアチブがたくさん起きていて、大きく変わりましたね。

 

「サステナブル」を知らなかった10年前の日本の水産。現在は……

花岡:
次の質問です。この10年で、日本の水産業界はどのように変わったと思われますか?

藤田:
大きな変化はまず、「サステナブル・シーフード」という言葉がポピュラーになったこと。コンビニでもサステナブル・シーフードのおにぎりが発売されるなど、消費者にとっても身近になりました。そして、改正漁業法や水産流通適正化法の成立など法律が変わったこと。ここにいらっしゃるような皆さんが活動し提言して、数十年も変わらなかった法律がガラリと変わりました。

そして、サステナブル・シーフードの分野に金融が入ってきたこと。ESG投融資は最初は気候変動を対象にしていましたが、最近は自然や生態系、そして海も対象になりました。これほど重要視されるとは、10年前は想像できませんでした。

臼井:
私から見ると、水産業界の中でも末端に行けばいくほど、むしろ変化していないと感じます。金融機関や大企業など川上ではサステナビリティを考えていても、川下はサステナビリティよりも「安くて利益が得られるもの」を求める傾向があるのが現実です。ですから私たちがMELやMSC認証を取得しても、国内からはオーダーがないのです。

漁業者の立場としては、この10年は変化したというより衰退が進んだと感じています。国際潮流と国内状況のギャップを埋めない限り、社会は小さくなり疲弊していく一方です。今起きているムーブメントを業界の川下や消費者にいかに伝えていくかが課題だと感じています。

垣添:
10年よりもっと前になりますが、ニッスイの社長時代、2001年にニュージーランドの水産会社に出資した時、現地の出資者であるマオリ族の団体に「ここで獲れるホキという魚がまもなくMSCの認証を取る。だから株式の評価をもっと高くしろ」と要求されました。その時がおそらく世界で初めてMSC認証の価値をいかにお金に換えられるか議論した場ではないかと思います。

その後、2007年に社内の年度方針説明会で「時代を見通すキーワード、トレーサブルとサステナブルを考える」という方針を掲げましたが、「そんなことを言っていたら売るものがなくなる」と大反対を受けました。しかしその後、ニッスイはSeaBOSに加盟し、2019年からTSSSのスポンサーになっています。私の周りだけでも、大きく変わったと思います。

 

垣添 直也さん

 

井植:
私は2013年に『ブルーシーフードガイド※』を立ち上げて活動を始めました。当時はまだサステナブルという言葉自体が浸透しておらず、「早くに教えてくれてありがとう」と周りからお礼を言われることもある一方で、「持続可能性など関係ない。迷惑をかけるな」とお叱りを受けることもありました。「マグロは獲り放題にしたい、私は10年後には定年で引退するから獲り過ぎても構わない」と言われたこともあります。

それが今では、私たちに賛同してくださる「ブルーシーフードパートナー」が80社を超え、大手企業から水産には直接関係のない学校まで、さまざまな方々が協力してくださっています。この時代の進化をありがたく思っています。

 

※ブルーシーフードガイド・・・持続可能性を証明するための原則、1資源状態、2生態系への影響、3管理体制を科学に基づき厳正に審査を行い、サステナブルだと評価したシーフードのリスト

長谷川:
私はLINEヤフー株式会社の社員でもありますが、そこでもサステナビリティに関する私の活動について「いいね」と言ってくれる仲間がこの10年で増えました。漁協や漁師たちの中でも理解が広まり、サステナブルな活動をする人に光が当たって「ヒーロー」が生まれていると感じています。三陸で10人の仲間たちと設立したフィッシャーマン・ジャパンも、現在はデザイナーや元商社マン、雑誌の元編集者などあらゆるメンバーが加入し、日本各地にフィッシャーマン(広義での水産従事者)のプラットフォームが立ち上がっています。

そして、SDGsの浸透と同時に教育の場へサステナビリティが浸透したことも大きな変化だと思います。フィッシャーマン・ジャパンが作った絵本も好評で、教材にしたいとうお話もいただいています。最近は子どもたちのほうが海の現状をよく知っていますし、その子どもたちが大人になる10年、20年後の日本の水産は、さらに変わっていくのではないでしょうか。

花岡:
長谷川さんのフィッシャーマンジャパンや井植さんのセイラーズフォーザシージャパンのご発展もそうですし、ASC日本支部やGSA日本支部、またシェフズフォーザブルーなど多くの組織が日本で立ち上がったのも、この10年のハイライトだと思います。

また業界では、今や水産物を扱う大手企業で、経営方針や調達方針にサステナビリティの言及がないところを探す方が難しいほどに、このコンセプトはこの10年間で業界に浸透しました。実際のオペレーションにはまだまだ伸び代があるとはいえ、日本のこの力強いムーブメントはいま、日本市場に多くの水産物を供給するアジア諸国の関心を集めており、アジア圏からのTSSS参加者が少しずつ増えてきていることも印象的です。

 

2015年当時は水産に「サステナビリティ」という言葉が浸透しておらず、周りの理解をなかなか得られなかったという参加者の皆さん。それから10年が経ち、水産にもだんだんとその考え方が浸透していることを実感されています。その一方で、「現場は衰退している」という臼井さんの訴えもありました。後編では、2030年に向けて日本の水産業界がチャレンジすべきこと、今後のTSSSに望むことを語り合います

 

座談会参加者

井植 美奈子(いうえ みなこ)
米国ロックフェラー家当主が設立した海洋環境NGO「セイラーズフォーザシー」のアフィリエートとして日本法人を設立。持続可能な水産資源の消費を促進する『ブルーシーフードガイド』、海洋スポーツの環境基準『クリーンレガッタ』、海洋教育ツール『KELP』等のプログラムを運営。海洋環境改善と持続可能な社会の実現を目指す。京都大学博士(地球環境学)、東京大学大気海洋研究所 特任研究員、総合地球環境学研究所 特任准教授。

臼井 壯太朗(うすい そうたろう)
宮城県気仙沼市生まれ。専修大学法学部法律学科卒業後、日本鰹鮪漁業協同組合連合会(現 日本かつお・まぐろ漁業協同組合)スペイン カナリア諸島ラスパルマス駐在員などを経て、1997年に家業である遠洋マグロ漁業会社、(株)臼福本店に入社。2012年(株)臼福本店5代目社長に就任。2020年 同社にて大西洋クロマグロで世界初のMSC認証を取得、2022年4月にはMEL認証も取得。水産庁お魚かたりべ。気仙沼の魚を学校給食に普及させる会会長。

垣添 直也(かきぞえ なおや)
1961年東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。日本水産(株)入社、1999年~2012年代表取締役社長。この間、大日本水産会副会長、日本冷凍食品協会会長、日本冷蔵倉庫協会会長、日本輸入食品安全推進協会会長、食品産業中央協議会会長を歴任、2016年より「(一社)マリン・エコラベル・ジャパン協議会」会長。

長谷川 琢也(はせがわ たくや)
自身の誕生日に東日本大震災が起こり、思うところあって石巻に移り住む。日本の漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変えるべく2014年に地域や職種を超えた漁師集団「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げ、その活動は北海道から福岡まで日本全国に波及。その他、民間企業を巻き込んで漁業のイメージを変えるプロジェクトや、国際認証取得を目指す試み、生産者と消費者を繋ぐための飲食店事業などを展開し、未来の漁業を創るべく奮闘中。

藤田 香(ふじた かおり)
富山県魚津市生まれ。東京大学理学部物理学科卒。日経BPに入社し、『ナショナルジオグラフィック日本版』副編集長、「日経ESG経営フォーラム」プロデューサーなどを経て、『日経ESG』シニアエディター。生物多様性や自然資本、持続可能な調達、ビジネスと人権、ESG投資、SDGs、地方創生などを追っている。現在は東北大学グリーン未来創造機構・東北大学院生命科学研究科教授を兼任。環境省中央環境審議会委員。富山市、佐渡市の委員や富山大学客員教授も務める。

花岡 和佳男(はなおか わかお)
海洋環境保全事業や国際環境NGO等を経て、2015年にシーフードレガシーを設立。国内外の水産業界・金融機関・行政・市民セクターを中心に多様なステークホルダーをつなぎ、環境持続性及び社会的責任が追求された水産物をアジア圏における水産流通の主流にすべく、システム・シフトに取り組んでいる。水産庁 太平洋広域漁業調整委員会 委員(2018〜)、IUU漁業対策フォーラム メンバー(2017〜)、世界経済フォーラム Friends of Ocean Action メンバー(2021〜)、Global Fisheries Transparency Coalition 運営理事(2022〜)。

 

 

インタビューの様子を詳しく知りたい方はこちら(30分)

 

 

 

取材・執筆:河﨑志乃
企業広告の企画・編集などを手掛けた後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター、フードコーディネーター。食、医療、住宅、ファッションなど、あらゆる分野の執筆を行う。

 

 

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