TSSS第10回記念企画:キーパーソンと共に振り返る日本の水産の10年と、歩むべき未来(後編)

TSSS第10回記念企画:キーパーソンと共に振り返る日本の水産の10年と、歩むべき未来(後編)

シーフードレガシーが日経ESGと共同で開催するTSSS(東京サステナブルシーフード・サミット)が10年を迎えるにあたり、過去にTSSSにご登壇いただいた皆さまにお集まりいただき開催した座談会。前編ではこれまでの10年を振り返り、日本の水産にサステナビリティが浸透していった軌跡や、漁業者が感じる課題などを確認しました。

後編では未来に目を向け、SDGsの目標達成期限でもある2030年までに日本の水産業界がチャレンジすべきこと、今後のTSSSに望むことを語り合います。前編に引き続き、シーフードレガシー 代表取締役社長 花岡和佳男がファシリテーターを務めます。

前編はこちら

 

今回はスペシャル企画として、動画と記事でお伝えします。ページ一番下に20分の長編バージョンもありますのでぜひご覧ください。ダイジェスト版(5分)はこちら↓

 

資源と担い手を失い続ける漁業。存続のためにすべきことは

花岡:
前半に引き続き、後半も皆さんにお話を伺います。サステナビリティーの観点から、2030年までに日本の水産業界がチャレンジすべきことは何だと思われますか?

長谷川:
現在、私が漁師たちに伝えているのはトランスフォーメーション、変化していかなければならないということです。自分たちだけでなく、その先にある漁船や港、流通、マーケットが良くなり水産がサステナブルにならなければ海洋環境は良くなりません。これからは漁師たちがより広い視野を持って変わり、周りを引っ張っていく必要があります。

たとえば、DX(デジタルトランスフォーメーション)についてはさまざまな意見がありますが、水産業のサステナビリティをすすめるためには不可欠です。しかし、日本の水産業はDXの導入がかなり遅れていると思います。伝統を重んじるのも大切なことですが、未来のことを考えて、新しいことも取り入れ、次の世代へバトンを渡していくという意識を持つべきです。

 

井植美奈子さん

 

井植:
2030年というと、もう6年しかありません。その中で私たちができることのひとつは、水産流通適正化法の対象魚種を拡大し、きっちりと効果を生む社会をつくっていくことだと思います。日本では400種類前後の魚種が食べられていますが、水産流通適正化法の対象魚種は現状で国内3魚種、輸入4魚種のみです。EU諸国は輸入全魚種、アメリカは主要17種を対象魚種としているのに対し、日本は少な過ぎます。セブン&アイ ホールディングスの代表取締役最高サステナビリティ責任者である伊藤順郎さんは全魚種を対象にすることを求めていますし、大手流通会社をはじめ水産関連企業が行動を起こしていかなければなりません。

垣添:
水産業の存続と海の生態系のシステムの保全を共存させられるかどうかが、この6年にかかってきました。水産業は魚を獲る産業から、魚の価値を生み出す産業に変わりました。これからは「地球の明日を守ることに貢献できる産業」として定義づけていかなければなりません。魚を獲る人がいて、加工し、販売し、流通する人がいて、そのことが社会への貢献になるのです。海の法律や資源を守るのと同じように、産業とそれに関わる人を守ることも大切です。

臼井:
地方の基幹産業は第一次産業です。第一次産業が衰退することで地方経済が衰退し、地方経済が衰退することで日本全体が衰退します。ですから私は、第一次産業の復興に日本復興の鍵があると考えています。

2030年までの6年間は、水産流通適正化法が確実に履行されることを望みます。世界中から安い魚が入ることで、日本の魚の相場が下がっています。先日、台湾政府から依頼を受けて現地の人権フォーラムに参加した時も、漁師たちから「日本にIUU漁業由来の安い魚が流れていて、そのために日本の魚の買取価格が低過ぎて私たちは採算が取れない。日本はIUU漁業由来の魚を買わないでほしい」と切実に訴えられました。日本の漁業者も海外の漁業者も疲弊しています。正しい漁業をしている漁業者が生き残れる社会にしてもらいたいです。

 

臼井 壯太朗さん

 

藤田:
そもそも水産業が成長産業でなくなったことが課題で、そこが変わらなければいくらサステナブルな取り組みをしても問題は解決できないと思います。私も漁業の町の生まれですが、働き方や人権配慮が改善され、かつ収益も上がって相応の給料がもらえる仕事でなければ、後継者は絶えていきます。それを改善しようという取り組みに対してESG投融資がされるような社会構造の変化が求められます。

水産業が生態系に与える自然のリスクばかりが注目されますが、資源を増やして育て、自然の価値を上げる「ネイチャーポジティブ」の取り組みももっと評価すべきです。また、大都市に利益を吸収されるばかりではなく自然が立脚する地方が豊かになる構造を考えなければなりません。

そして、先ほど長谷川さんからDXのお話がありましたが、これから2030年に向けて大事になってくるのがDXとサイエンスです。科学的データに基づいて自然の価値を見える化しなければTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)でも情報を正しく開示できませんし、ウォッシュ※になりかねません。

※ウォッシュ・・・取り組んでいるように見えて、実態が伴っていない表示こと。

そのほかにもいくつか重要だと思うことはあるのですが、もう一つ挙げるとすれば、日本の地方のプライドを世界から評価されるプライドにすることです。欧米のサステナビリティの基準や認証が大切で、これまでは「日本は遅れている」というスタンスでした。ですが、日本は数百もの種類の魚を上手に使いこなしてきた歴史や文化があります。これからは日本の水産業に関わる皆さんの知恵と技術を地方の価値やネイチャーポジティブにつなげる社会をつくっていきたいですね。

花岡:
「地球の明日を守る産業」や「ネイチャーポジティブ」は、まさにこの先を描く上でのキーワードですね。シ―フードレガシーは2030年目標として、「サステナブルシーフードを水産流通の主流に」というフレーズを掲げています。日本の水産市場が国内外の生産現場に対して持つ強大なバイイングパワーを、人権問題やIUU漁業や乱獲などの問題を解決するためのインセンティブとして機能させたいですし、生産・加工・流通における「日本モデル」をつくって、サステナビリティを追求する世界の市場に参入する道筋をつけたいですね。

 

日本から新しいルールの発信を。TSSSをアジア、世界のリーダーに

花岡:
最後に、今後TSSSに期待することは何か、お聞かせください。

長谷川:
花岡さんはどうしたいと思われますか? シーフードレガシーの活動やTSSSは花岡さんのやりたいことや夢から始まっていて、それに皆がついていっているのだと思います。ですから、花岡さんが今、何を課題に感じているか、それに対してどうしたいかが大切だと思います。

花岡:
ありがとうございます。TSSS(東京サステナブルシーフード・サミット)の「サミット」は「頂上」という意味です。私はTSSSを、同じ志のもと頂点を目指す多様なステークホルダーが集まり、解決策や解決に向かうためのエネルギーを持っている人と出会って、新たなイニシアチブが生まれる場として、今後もますます強化していきたいと思っています。

また、これまでの10年はサステナビリティを国内に浸透させることにフォーカスしてきましたが、これからはそれと並行して、アジアや世界に向けていかに日本のイニシアチブがポジティブな影響を与えていけるかということにも焦点を当てていきたいです。かつては日本の水産のビジネスモデルが世界の水産のビジネスモデルの基礎になっていました。これからはサステナビリティやレスポンシビリティの分野で、日本から世界の水産に新しいルール、新しいシステムを発信していきたいです。

 

花岡 和佳男

 

長谷川:
私が期待するのは、そのまま突き進んでいただくことです。私や周りの漁師たちは、当初からTSSSに憧れ、引っ張られて共に走ってきました。TSSSには常にそのような存在であってほしいと思います。

そして、浮き彫りになった課題に対して実際のアクションが生まれる分科会のようなものがTSSSから生まれて、皆が行動を起こせるようになるともっと素晴らしいと思います。

井植:
花岡さんご自身がおっしゃったとおり、アジアのリーダーシップをとる、ということは絶対的に期待したいところです。未来の水産の世界地図をどういう色にしていくのかは、TSSS次第ではないでしょうか。また、世界中の人が「水産にまつわる最大の国際舞台の一つ」としてTSSSを認識し、世界の水産のトップランナーが続々と「ここに出させてくれ」と言う場になってほしいと思います。

また、ここからはやや大きな望みですが、TSSSにはこれだけの知識と人材が集まっているので、シンクタンクやインスティテュート(研究所)を立ち上げてもいいと思います。また、より広く一般の方にも興味を持っていただけるように、エンターテイメント性を持たせてもいいと思います。音楽やパフォーマンスなどを取り入れて、TSSSの新たな顔をつくってみてはいかがでしょうか。

垣添:
これまでの皆さんのご意見には全て同意した上で、私は今回1つだけ抜けていたことがあるのではないかと思っています。世界のごく一部を除いてほとんどの国の人口が減っていく中で、「適正規模の追求」はいつか考えなければなりません。サステナブルという言葉がそもそもそうではないでしょうか。臼井さんや藤田さんのおっしゃる地方の疲弊も深刻ですが、適正規模の追求の問題は避けて通ることはできません。TSSSでもいつか取り上げていただきたいと思います。

 

 

臼井:
私はそれでも、なんとか地方を盛り上げ、よくしたいと思います。私たちは2020年に「人が集まる魅力ある産業になるように」と新しい設備の漁船をつくりました。人が集まる産業、魅力ある地方にしたいという思いは、垣添さんのご指摘からすると時代に逆らっているかもしれませんが、それでも私たちはムーブメントを起こしたい。そうすることで私たちは勇気をもらい、頑張れるんです。

ですからTSSSにはこれからも、私たち皆や行政を引っ張っていってほしいと思います。

藤田:
私からはテーマに関する細かい希望ですが、これからは陸上養殖をもっと取り上げてもらいたいと思います。陸上養殖は食料問題解決に役立つ一方で、抗生剤や排水や餌やエネルギーなどの問題もあります。陸上養殖の環境配慮の基準をどうするか、地方の自然に対して陸上養殖がどうあるべきかを考えるセッションをやっていただきたいです。

そして、今後はアカデミアにもどんどん登壇していただき、漁業の現場と科学、投資家の3者を結ぶ場にしてほしいです。CO2の分野にSBT※があるように、水産でも科学に基づいた指標を掲げ、金融機関もそれを見て投融資が行われるような議論があるといいと思います。

 

※SBT・・・Science Based Targets(科学的根拠に基づく目標)。企業が設定する「温室効果ガス排出削減目標」の指標のひとつとなる国際的なイニシアチブ。パリ協定の「2℃(1.5℃)目標」(気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つともに、1.5℃に抑える努力をする)を達成するため、企業に対し科学的根拠に基づいた5年~15年の中長期での温室効果ガス削減目標と、目標達成のための行動を求めている。

 

また、TSSSのひとつひとつのセッションのテーマは素晴らしいですが、これからは、水産を含むネイチャーポジティブな産業が評価され、資金が流れて人材も集まり、地域の評価も高まるという大きなストーリーの中に、TSSSもあると美しいと思っています。

花岡:
TSSS10周年の節目にこれまでを振り返り、この10年間に大きな進歩があったのだということを改めて感じました。それと同時に、まだまだこれからチャレンジし、取り組まなければならないことがたくさんあるということが、今回の座談会で浮き彫りになりました。2030年の目標達成に向けてさらに多くのステークホルダーの皆さんと共に、TSSSをこのムーブメントのフラッグシップとしてますます発展させていきたいと思います。

 

 

座談会参加者

井植 美奈子(いうえ みなこ)
米国ロックフェラー家当主が設立した海洋環境NGO「セイラーズフォーザシー」のアフィリエートとして日本法人を設立。持続可能な水産資源の消費を促進する『ブルーシーフードガイド』、海洋スポーツの環境基準『クリーンレガッタ』、海洋教育ツール『KELP』等のプログラムを運営。海洋環境改善と持続可能な社会の実現を目指す。京都大学博士(地球環境学)、東京大学大気海洋研究所 特任研究員、総合地球環境学研究所 特任准教授。

臼井 壯太朗(うすい そうたろう)
宮城県気仙沼市生まれ。専修大学法学部法律学科卒業後、日本鰹鮪漁業協同組合連合会(現 日本かつお・まぐろ漁業協同組合)スペイン カナリア諸島ラスパルマス駐在員などを経て、1997年に家業である遠洋マグロ漁業会社、(株)臼福本店に入社。2012年(株)臼福本店5代目社長に就任。2020年 同社にて大西洋クロマグロで世界初のMSC認証を取得、2022年4月にはMEL認証も取得。水産庁お魚かたりべ。気仙沼の魚を学校給食に普及させる会会長。

垣添 直也(かきぞえ なおや)
1961年東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。日本水産(株)入社、1999年~2012年代表取締役社長。この間、大日本水産会副会長、日本冷凍食品協会会長、日本冷蔵倉庫協会会長、日本輸入食品安全推進協会会長、食品産業中央協議会会長を歴任、2016年より「(一社)マリン・エコラベル・ジャパン協議会」会長。

長谷川 琢也(はせがわ たくや)
自身の誕生日に東日本大震災が起こり、思うところあって石巻に移り住む。日本の漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変えるべく2014年に地域や職種を超えた漁師集団「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げ、その活動は北海道から福岡まで日本全国に波及。その他、民間企業を巻き込んで漁業のイメージを変えるプロジェクトや、国際認証取得を目指す試み、生産者と消費者を繋ぐための飲食店事業などを展開し、未来の漁業を創るべく奮闘中。

藤田 香(ふじた かおり)
富山県魚津市生まれ。東京大学理学部物理学科卒。日経BPに入社し、『ナショナルジオグラフィック日本版』副編集長、「日経ESG経営フォーラム」プロデューサーなどを経て、『日経ESG』シニアエディター。生物多様性や自然資本、持続可能な調達、ビジネスと人権、ESG投資、SDGs、地方創生などを追っている。現在は東北大学グリーン未来創造機構・東北大学院生命科学研究科教授を兼任。環境省中央環境審議会委員。富山市、佐渡市の委員や富山大学客員教授も務める。

花岡 和佳男(はなおか わかお)
海洋環境保全事業や国際環境NGO等を経て、2015年にシーフードレガシーを設立。国内外の水産業界・金融機関・行政・市民セクターを中心に多様なステークホルダーをつなぎ、環境持続性及び社会的責任が追求された水産物をアジア圏における水産流通の主流にすべく、システム・シフトに取り組んでいる。水産庁 太平洋広域漁業調整委員会 委員(2018〜)、IUU漁業対策フォーラム メンバー(2017〜)、世界経済フォーラム Friends of Ocean Action メンバー(2021〜)、Global Fisheries Transparency Coalition 運営理事(2022〜)。

 

インタビューの様子を詳しく知りたい方はこちら(20分)

 

 

取材・執筆:河﨑志乃
企業広告の企画・編集などを手掛けた後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター、フードコーディネーター。食、医療、住宅、ファッションなど、あらゆる分野の執筆を行う。