
【シリーズ これからの日本の水産資源管理を考える】第1回は、UMINEKOサステナビリティ研究所 代表の粂井真さんが、日本の水産資源減少の理由と必要な4つの施策と題し、日本の水産資源の現状、日本の水産資源の減少の理由、日本の水産資源管理政策の課題、日本の水産資源管理はどうあるべきかについて解説します。
日本の総漁獲量(養殖含む)は1984年の1,282万トンをピークに、現在では3分の1程度にまで減少。その後も減少の一途をたどっています。
こうした背景を踏まえ、2018年に漁業法が改正され、「水産資源の持続的な利用」が明記されました。また、水産資源を確保していくために、科学的な根拠に基づいて漁獲量を規制していくことも掲げられました。
気候変動による海水温の上昇や漁業従事者の減少、さらにはIUU(違法・無報告・無規制)漁業なども追い討ちをかける中、今後、日本はどう資源管理を行っていけば魚が再び海に戻ってくるのか。
学識者、現場の漁師、NGOの方々のご意見をうかがい、今後あるべき資源管理の姿を描きます。
第1回はUMINEKOサステナビリティ研究所(USI)代表の粂井真さんに寄稿いただきました。
【連載】第1回:日本の水産資源減少の理由と必要な4つの施策
1. 日本の水産資源の現状
2. 日本の水産資源の減少の理由
3. 日本の水産資源管理政策の課題
4. 日本の水産資源管理はどうあるべきか?
日本の漁業生産量が、1984年のピーク時と比べて3分の1に減少していることは、多くの場で取り上げられていますので、すでにご存知の方が多いと思います(図1)。
この漁業生産量がピーク時から減少した大きな要因として、第一に遠洋漁業の縮小、第二に沖合漁業におけるマイワシの漁獲量の減少が挙げられます。遠洋漁業は各国が排他的経済水域を設定したことによって撤退を余儀なくされたものであり、マイワシの資源は定期的に大きく自然変動することが知られています。
図1 漁業生産量はピーク時から3分の1に減少[1]
しかしながら、これら二つの影響が落ち着き、近年はマイワシの漁獲量が増えているにもかかわらず、全体の漁獲量の減少傾向は続いています。また、沿岸漁業の生産量だけを見ても、ピーク時と比べて半分以下に減少しています(図2)。
図2 沿岸漁業の生産量はピーク時から半分以下に減少[2]
さらに、食卓に上ることの多いサンマ、スルメイカ、サケの漁獲量の合計は2014〜2022年に約75%減少しました(図3)。
図3 サンマ、スルメイカ、サケの漁獲量の合計は2014年から約75%減少[3]
なお、遠洋漁業の例のように、必ずしも漁獲量=資源量とは限りませんが、沖合漁業と沿岸漁業で漁獲量が減っている主要な理由として、水産資源の減少が挙げられます。
令和5年度の資源評価では、最大漁獲生産量(MSY)を算出している38資源のうち、23資源の資源状態がMSY水準を下回っています(図4)。また、MSYを算出していないその他の50資源のうち、31資源の資源状態が低位とみなされています(図5)。
図4 MSYを算出している38資源の状態(親魚量の比1以下がMSY水準を下回る)[4]
図5 MSYを算出していない50資源のうち31資源が低位の評価[5]
主要魚種の資源状況を見てみると、我が国で漁獲量の最も多いマイワシの資源状態は現在比較的よいものの、近年はマイワシの加入量(成魚まで成長して資源と見なされる量)が減少しており、今後の資源減少の可能性も指摘されています。
二番目に漁獲量の多いサバ類では、最新の資源評価において親魚量が目標(MSY水準)を大きく下回ることが明らかになりました。三番目に漁獲量の多いカツオ・マグロ類では太平洋クロマグロの資源が回復傾向にあり、四番目のスケトウダラ、五番目のカタクチイワシの親魚量もMSY水準を上回っているなど、資源状態がよいものも見られます。
このように資源の状態は個々の魚種によって異なりますが、イカ類、サケ・マス類の資源状態は危機的な状態にあるなど、全体としては図4及び図5からも分かるように、資源量が低迷していると考えられます。
図6 漁獲量上位魚種の資源状態[6]
水産資源に影響を与える要因として、大きく分けて、①環境要因と、②過剰漁獲があります。
まず環境要因としては、魚の成長に影響を与える水温や水質の変化、餌の量、海流の変化、その魚を食べる捕食者の量などが挙げられます。また、魚の産卵場や稚仔魚が育つ場所となる藻場・干潟などの生息環境の有無も資源に影響を及ぼします。日本では、高度経済成長期に大規模な埋め立て・開発などが行われて沿岸域の環境が悪化したことも、水産資源に影響を与えているものと考えられます。
次に過剰漁獲による影響です。沿岸の根付資源を獲りすぎるとその資源がなくなってしまうために、適切な量を獲るという考え方は古来より続いており、日本には根付資源の自主的な資源管理の優良事例が多くあります。一方で沖合を回遊する魚を獲る漁業については、昔は資源全体に影響を与えるほどの漁獲が行われていなかったため、獲りすぎが問題となることは多くなかったものと考えます。
しかしながら、漁船の能力が向上し、魚群探知機の発達などによって狙って魚を獲る精度が向上したことによって、沖合でも、獲れるだけ魚を獲っては、資源を獲りつくしてしまう状況になりました。さらに日本だけではなく他国が魚を獲る量も増えたため、過剰漁獲による資源への影響がより高まっている中で、不十分な資源管理が水産資源に影響を及ぼしています。
なお、資源減少の要因は、個別の魚種や地域ごとに異なりますが、2022年にUMINEKOサステナビリティ研究所(USI)が実施した分析では、漁獲量が多くかつ資源量が減少している20の水産資源のうち、11の資源に環境要因が影響し、17の資源に国内の過剰漁獲が影響し、9の資源に国際要因が影響しているとの結果となりました。
また近年では、日本周辺における海洋熱波の多発など、海洋環境の影響による水産資源への影響が更に高まっています。海水温が上がることによって、魚の分布が北上するだけではなく、魚の成長にも影響を与えています。一例として、表層の海水温が熱くなりすぎることにより、海水の上下の循環が停滞し、深海からの栄養分や酸素が上層に運ばれないため、魚の餌となるプランクトンが減少します。海水温の上昇によって、海の環境収容力(現在の環境下で維持できる資源の量)が低下していることが懸念されています。
水産資源が減少している要因として、環境要因と過剰漁獲があることをこれまで述べました。多くの場合、どちらか一つが理由ではなく、複数の要因が影響をしているものと考えられます。そして資源の減少がどのような要因であれ、減少した資源の回復を図り、適切な資源量を維持するためには、資源管理を適切に行うことが不可欠です。
こうした考え方の下、2020年に施行された改正漁業法では、最新の科学的知見に基づいて資源評価と資源管理を行うことが定められ、これに基づき漁獲量の8割を占める魚種についてTAC(最大漁獲可能量)による管理を行う目標が定められました。しかしながら、改正漁業法が施行されてから4年が経つものの、まだ新たに完全にTACが導入された魚種はなく、TACの最初のステップが開始されたのが4魚種(9系群)のみです。
TACの導入が予定よりも遅れている理由としては、①TACの前提となる科学的な資源評価の結果が漁業者に信頼されていないこと、②漁獲量の制限によって漁業者の収入が減り、漁業を続けられなくなる不安があること、③漁獲枠の配分や調整の課題、定置網における混獲などの技術的な課題、などが挙げられます。②と③にも引き続き取り組んでいく必要がありますが、ここでは①の科学的な資源評価と管理を行う体制の課題について取り上げたいと思います。
科学に基づいた資源評価と資源管理を行うためには、それを担う人材の育成と予算の確保が必要です。しかしながら、それまで概ね年に2,300億円程度であった水産関係予算は改正漁業法成立後に3,000億円を超える規模に増えましたが、その大半は漁港整備などの水産公共事業や漁業者の収入安定対策などに使われています(図7)。どんなに立派な漁港をつくっても、水産資源が減少してはそれを活用することはできません。科学的根拠に基づく資源評価と資源管理を実施するために十分な人員と予算が確保されていないことが、水産資源管理を進め、持続可能な水産業の将来を築くために最も大きな課題だと筆者は考えています。
図7 漁業法改正前後の水産関係予算(前年度補正予算を含む)[7]
日本の水産資源管理を前に進めるために必要な取り組みとして、4つ取り上げたいと思います。
(1) 小さい魚を獲らないことの徹底
資源に最も悪影響を及ぼす漁獲は、未成熟の小さい魚を獲ることです。成長して産卵をする前の魚を漁獲し続ければ、その資源を増やすことはできず、急速に資源状態が悪化する危険が高まります。漁獲サイズの制限など小さい魚を獲らない工夫は、既に日本各地で多く取り組まれていますが、まだそれが徹底されていない漁業も多くあります。日本全体の方針として、小さい魚を獲らないことにより一層力を入れて取り組むことが重要と考えます。
(2) 資源量に応じた漁船数とする
資源量に対して漁船数が多すぎれば、どの船も生活のために一定の漁獲量を確保しようとし、場合によっては小さい魚でも獲ってしまうかもしれません。そして、漁船数が多すぎれば、資源への悪影響とともに、結局、皆が厳しい経営状況に陥っていくことが懸念されます。このため、資源量に対して適切な漁船数を算出し、漁船数が多すぎる場合には、減船や協業化の推進、他の魚種を狙う漁業への転換などの取り組みを進めていく必要があると考えます。
(3) 資源評価・資源管理の予算の拡充
資源評価・資源管理の予算が不足しているために現在できていないこと、逆に言うと予算を増やして取り組むべきことが多くあります。
一つは、迅速な資源評価の実施です。現在は、限られた人員で資源評価を行っているために、資源評価の実施に時間がかかり、資源の増減に合わせて適切な管理を行う上で支障が生じています。例えば、魚種・地域ごとで漁獲サンプルをとって体長組成の分析を行うことが資源評価のために必須の作業となりますが、それらを担う都道府県の水産試験場の人員が足りていない状況の改善が必要です。
また、近年の海洋環境の変化に対応するためには、ICT化の推進によって海洋環境や資源状況のモニタリングを強化することも必要です。例えば、全国の定置網に自動観測機器を設置することや、漁船からのデータの自動収集を更に進めることが必要と考えます。
その上でより精度の高い資源評価と資源管理を行うためには、「生態系ベースの資源管理」の推進が課題として挙げられます。現在の資源評価においては、環境要因(水温や餌の量、捕食者の数など)の変化が資源に影響を与える影響を十分に考慮できておらず、資源評価や将来予測についての信頼が高まらない理由の一つとなっています。
効果的な資源管理を行うためには、漁獲量やサイズの管理に加えて、魚の生活史(どこで産卵が行われ、どのような餌を食べ、どのような捕食者がいて、どのように回遊し、どのような生態系の条件で資源が増減するかなど)の調査を更に強化し、資源評価に取り入れるとともに、生態系全体の保全(例えば、産卵場となる藻場・干潟などの環境保全など)に努めることが重要です。これらは言うは易く、実際に行うのは簡単ではありませんが、既に海外ではこうした研究が盛んになってきており、日本でもこうした研究を強化するための体制づくりが必要と考えます。
(4) 研究者、行政、漁業者の信頼関係の構築
日本の資源管理を前に進めるためには、資源の状態について科学的な調査を行う研究者、調査結果を踏まえて管理措置を定める行政、管理措置を実施する漁業者の間で信頼関係が構築されていることが必要です。
しかしながら、現在はこれが十分ではなく、現場の漁業者は科学者が実施する資源評価の結果に疑問を持ち、更に行政が進めようとする管理措置にも十分に納得をしていないため、資源管理が前に進まない大きな要因となっています。
なお、科学に基づく資源管理を進めている先行事例として挙げられる米国西海岸でも、取り組みを始めた当初は同じような状況であったとのことですが、三者がともに過ごす時間を増やすことで、信頼関係を徐々に築いたとのことです。
具体的な取り組みの一つは、研究者と漁業者の協働による資源調査の実施です。これを行うことで、研究者にとっては、毎日海を見ている漁業者からの生の情報を得ることができ、漁業者にとっては、どのような目的のためにどのようなデータが必要であるかの理解が深まり、さらに自分が直接研究者とコミュニケーションをとりながら調査に関わることによって調査結果への納得感が高まることが期待されます。
もう一つは、研究者、行政、漁業者が対等の立場で参画する研修(ワークショップなど)の機会です。これによって、漁業者にとっては資源管理に必要な知識・考え方を学ぶことができるとともに、研究者や行政にとっても、漁業者と共に時間を過ごすことで、お互いがどのような価値観でどのようなことを重視しているかを理解し合い、公式な会議の場ではつくれない関係を構築することが期待できます。すでに米国の環境団体であるEDFがこのような研修を実施しており、これがより多くの地域・魚種に広まるとよいと考えます。
粂井真(くめいまこと)
UMINEKOサステナビリティ研究所(USI)代表
1975年生まれ。北海道出身。平成14年〜平成25年農林水産省勤務。民間企業にて農林水産ビジネス、環境政策等に関するコンサルティングに従事した後、令和3年にUMINEKOサステナビリティ研究所を設立。水産資源の回復に向けたフォーラムの運営等を担う。
粂井さんのその他の記事はこちら
・公海に海洋保護区を設定 国連公海条約による日本の水産業界への影響とは
・日本の水産業の発展に必要な予算のあり方 〜WTO漁業補助金協定合意を契機とした水産予算の検証〜
[1] 出所:水産庁「令和5年度水産白書」図表2-1
[2] 水産庁「令和5年度水産白書」図表2-1を基に作成
[3] 出所:水産庁「令和5年度水産白書」図表3-24
[4] 出所:水産庁「令和5年度水産白書」図表3-2
[5] 出所:水産庁「令和5年度水産白書」図表3-3
[6] 水産研究・教育機構「令和6年度魚種別資源評価」及び「国際資源の現況」を基に作成。
[7] 出所:水産庁「水産予算・決算の概要」を基に作成