TSSS第10回記念企画: 世界中の水産物をサステナブルにするために、 社会全体に広がる巨大なパズルを組み上げる(後編)

TSSS第10回記念企画: 世界中の水産物をサステナブルにするために、 社会全体に広がる巨大なパズルを組み上げる(後編)

「サステナブル・フィッシャリーズ・パートナーシップ(以下SFP)で、幅広いステイクホルダーとのコラボレーションによって、長期的かつ大スケールでの持続可能な水産資源利用へ向けた取り組みを進めるジム・キャノンさん。前編では、常に現場の声に耳を傾け、現実的に続けられるしくみづくりを大事に、複雑に入り組んだ水産サプライチェーンに入り込んでの取り組みについて、またそのために開発してきた枠組について語っていただきました。(<<<前編を読む

後編ではSFP設立に込めた思い、水産資源管理における行政と民間の役割、現実の中でできることについて、そして2024年10月の「東京サステナブルシーフード・サミット」への期待をお聞きしました。

 

硬直化した構図から脱却し、本当に対話すべき相手を選ぶ

――2006年に、サステナブル・フィッシャリーズ・パートナーシップ(Sustainable Fisheries Partnership、以下SFP)を設立された、その動機やきっかけをお聞かせください。

SFPを創立した直接のきっかけとしては、当時取り組もうとしていたプロジェクトのために別組織が必要という現実的な理由が大きかったのですが、根底にあった大きな動機は何年も前に芽生えたものでした。

最初のNGOで私の仕事のひとつが、北海に海洋保護区を設定するための会議参加でした。席に座ると、向かいに大臣がいて、大臣には背後から官僚が耳打ちし、その官僚には背後に漁業関係の代表者がいて耳打ちしていました。それを見て私は、この構造で話が進むはずがないと思ったのです。

大臣と話をしてもらちがあかないのは明らかでした。その大臣が数年後まだそこにいる可能性は低いし、第一、世界中のほとんどの水産大臣は、本心では水産よりも財務のような、もっと「重要」なアジェンダを扱いたいと思っているのではないでしょうか。

そこで私は会議後に、漁業関係者に直談判しに行きました。彼らこそが、本当にこのテーマを気にかけている人たちだからです。なぜ反対なのかを尋ねると、彼らは「あれとこれは受け入れられない」。そんなこと求めていないけど?と私が問うと「ここにこう書いてある」。そこで「こんなふうに書き換えればいいですか?」と言うと、「それなら賛同できる」。……一体なぜ、今まで誰もこの対話をしなかったんだろう、と思いました。NGOと業界が、互いに対立する構図に慣れすぎていたのです。

私の根本的な動機はそこにあります。「本当に関心を持っている人と、ちゃんと対話しよう」、そして「つながって共に取り組もう」ということです。

 

現在SFPでは、世界中の漁業のうち大きな割合を占める、小規模および伝統的な漁業者にも参画を呼びかけ、取り組みのツールを提供している。上はSFPによる小規模漁業との共同マネジメントについて(SFPの年次報告書 2022-23 annual report “The Business of Sustainable Seafood”より。全編はこちら

 

行政の限界と、民間だからできること

――あなたの活動は長い間、行政を大きな相手としてきましたね。でも近年、企業との取り組みにシフトしてきているように見えるのはなぜでしょう?

私が博士号を取るために勉強していた頃、隣にいたメキシコ人の学生が、その後帰国して国の漁業管理機関のトップに就きました。続く90年代末から2005年頃にかけて、メキシコの漁業管理は飛躍的な進展を遂げます。それを見て私は、多くの政府が現代的な漁業管理システムを確立できる可能性を持っているのだと実感したのです。

しかし2008年の金融危機以降、多くの国が負債を抱え、漁業管理へ向けられるキャパシティは細り、危機感を持った海洋学者が調査船を出そうにも燃料費もないありさまでした。しかも私たちが漁業改善に取り組んでいる場所は、政権の不安定な国が多い。大臣が半年で交代するようでは、一貫性のある判断は望めません。せっかく進んだ取り組みが後退する例も出てきました。

数年間そうしたトレンドを見てきて感じたのは、現代的な漁業管理には、しっかりした体制を持って機能を果たしてくれる政府が必要だということです。そして安定した政権の樹立は、SFPの仕事としては手に余るものでした。

でも、そんな中でもできることはあります。民間企業とのコラボレーションです。たとえば多くの水産企業は、事業の一環として大量のデータを集めます。その一部を、事業に支障のない範囲で共有してもらう。それが海洋資源のアセスメントと、漁業の客観的、科学的な把握に大いに役立ちます。

また規制を決める際の議論に、水産企業に参加してもらうこともできます。私に言わせれば、最も優れた有効な規制は、そうしたコラボレーションから生まれます。当事者の目で見て公正で、理解でき、納得できる規制なら、実行に移すこともスムーズです。

 

SFPがパートナーシップを組む重要企業のひとつ、ニッスイは、ラウンドテーブル参加の他、自社の「取り扱い水産物の資源状態調査」(上図、グループ全体での調達エリアとトン数をマップ化したもの)のデータ分析をSFPに依頼し、その情報をSFPでも活用する(「ニッスイグループ サステナビリティレポート2023」より)

 

「科学的データ・規制・実効化」3本柱それぞれの確立

――なるほど、民間企業には当事者ならではのかかわり方、支え方があるのですね。

そうです。もうひとつ挙げたいのが、監視システムへの関わりです。私が若い頃に漁業管理コンサルタントとして1991年に手がけた仕事のひとつが、スコットランドの漁業資源評価でした。

漁船や漁港での検査を行っていたのですが、実際の抑止効果は上がっていませんでした。海上の漁船に乗り込む検査はコストがかかって件数が限られる上に、民事裁判にもつれ込むことが多く、扱う治安裁判所は、政治的な理由から、漁業者の追訴をいやがります。つまりこのシステムは、複数の点で破綻していたのです。

そこである人がアイデアを出しました。魚の陸送を許可制にして、かつ法規に則って水揚げされた証明のない魚を輸送した業者からは、その許可を取り下げようと考えたのです。というのは1991年当時、スコットランドで水揚げされる魚の約半数が、違法に水揚げされてそのままトラックでロンドンへ運ばれていたからです。

これを執行する行政機関は、高速道路警察隊でした。警官がパトカーでトラックを追跡して、運転手を検挙するのです。効果抜群で、即効性もありました。これは私にとって、目をみはるイノベーションとなりました。

水産品の規制に、道路警察が実効性を持たせる。これは他の国でも使える、と私は考えました。たとえば日本に冷凍マグロを入れている輸入業者に介入できる「道路警察」は誰なのか? それは輸出国の税関かもしれない。さらに言えば、企業がこれを担うこともできるかもしれない。

たとえば「違法な活動が一切ないと証明されたサプライヤーからしか買わない」と宣言することも、企業による共同マネジメントのひとつです。要は、誰かが「道路警察」になって、取引をモニタリングできればよいのです。食べものの生産・流通をめぐるシステム全体の中には、漁業管理を後押しできうる方法がたくさんあります。

もちろんあらゆる漁業は、実質的にはそれを行う現地のものであり、その国とそこに暮らす人々のものであることは、十分に尊重する必要があります。でも現地の国内法が成立しさえすれば、それを後押しする方法はいろいろあるのです。

――規制をつくることと、それに実効性を持たせること、2つのステップが必要なんですね。

それと、規制をつくるための科学的データです。科学的データ、規制の制度設計、その執行と実効化、この3つが漁業管理を支える3本柱だと考えています。多くの国では、まずこれらの柱をひとつひとつ強化するところから始めなくてはならないのが実情です。それには研究者、業界、NGO、行政のコラボレーションが必要なのです。

 

小売店で独自のサステナブル表示を用いるところも多いが、SFPではそれに裏づけを与える公開情報、比較対象となる世界全体でのサステナビリティ水準やスケール、適切な情報公開の手だてなどを提供。さらに現在、水産業界横断で標準化された個別の魚の「ID」システムに取り組んでいる(SFPの年次報告書 2022-23 annual report “The Business of Sustainable Seafood”より。全編はこちら

 

サミットへの期待とメッセージ

――2019年以来5年ぶりに、今年のTSSS(東京サステナブルシーフード・サミット)に登壇いただけることになりました。5年前のサミットを振り返って、当時どんな印象を抱かれたか、またその後の進展について、思いをお聞かせください。

2019年のサミット*では、参加者みなさんが自分たちに何ができるかを考える、初期のステージにいると感じました。そのための有益なつながりをつくり出し、さまざまな企業や異なる立場でサステナブル・シーフードに取り組む人たちと出会える、すばらしい場になっていたと思います。新しいことを立ち上げる会話があり、いくつものパートナーシップが生まれました。

それ以来、状況はずいぶん進展しました。当時生まれたパートナーシップやプロジェクトが成熟の段階に入り、成果を生んでいます。そのひとつが大企業による、長期的な取り組みの構造化です。

次のステップは、日本の流通企業やサプライヤーたちが連帯して、より主体的に漁業改善ソリューションに参加してくれることですが、これもすでに始まっています。これはすばらしいことだと思います。参画する日本企業は今後もさらに増えてくるものと、明るい展望を感じています。

 

*「TSSS2019 東京サステナブルシーフード・シンポジウム(現 サミット)」は、2019年11月7-8日開催。ジム・キャノン氏は1日目「小売の世界動向──小売から広がるサステナブルシーフード・イニシアチブ」のセッションにスピーカーとして登壇、2日目のランチセッション「国際プラットフィームについて知る──マグロ資源の持続可能性を考える ~マグロ類サプライヤー円卓会議~」ではファシリテーターを務めた。詳しくはこちら

 

2019年の東京サステナブルシーフード・サミットでは、「小売から広がるサステナブルシーフード・イニシアチブ」のセッョンと、マグロ資源を議論するランチョンセッションに登壇した。写真はランチョンセッションで、左が本人、中央は同じくSFPで当時グローバルマーケットディレクターを務めていたキャスリン・ノバック

 

――そして、今年のサミットに期待されることは?

これまでの流れを引き継ぎながら、新しいメッセージを発信してほしいです。このサミットは、日本の企業、NGO、行政の意識を揃えることのできる場ですが、中でも企業どうしがお互いの経験から学ぶことは特に重要だと思います。

私から日本企業に対して「これをやるべきだ」と言えば、「なるほど専門家が言うならそうかもしれない」と受け取られるでしょう。でも競合他社が「これをやってうまくいった、試してみては」と言えば、それはまったく別のメッセージになります。こうした、同じ立場の他者どうしのメッセージ交換は非常に重要です。

また、さまざまな立場のステークホルダーが集まる場ができることも大事です。そこでの対話から、互いに共有できること、同意できることを探し、連帯の可能性を見つけて動きを起こせたらと思います。

 

モノだけでなく、変化を推進する人を後押ししてほしい

――最後になりますが、今度のサミットで伝えたいことは何でしょう。

結局のところ水産企業が存続するためには、安定した原材料の供給が不可欠です。そしてそのためには、安定したエコシステム、生態系が必要です。ひとつの魚種をどんなにうまく管理できたとしても、生態系が不安定になれば、漁業の存続は難しくなることがあります。

そして取り組みを生態系全体へとスケールアップすることは、大きな難題として立ちはだかるでしょう。それは水産業だけ、水産大臣だけでできることではありません。長期にわたる、経済・社会の多分野を横断した取り組みが必要になります。

消費者、小売企業、メディア、すべての人に今私が伝えたいのは、「プロダクトの問題ではない」ということです。環境団体は今までずっと、プロダクトが問題だと言ってきました。「グリーンな商品を選びましょう」と。しかし私が今言いたいのは「環境問題への変化を推進する、よい企業から買ってください」ということです。

グローバルな変化のためには、関連企業による何十年にもわたるコラボレーションが不可欠です。それを支えるのは「そうした企業から買う」ことです。このことを伝えるのはいつも苦労します。グリーンな商品を買うのは悪いことではないし、よい企業がわからなければ、もちろんよい商品を選ぶべきです。でもそれは、最善ではない。

──長期的に変化が継続できるためには、環境問題に取り組んでいる企業から購入する行動が大事なのですね。

そうです。お話ししてきたように「企業の積極的な活動、長期的な貢献、コラボレーションが大事」というところまでは、みんなが同意してくれます。でも続けて「だから、彼らから買わなくては」と言うと、多くの人が「えっ?ちょっと待って」となってしまう。

でもこれで初めて、消費者へのアドバイスと、企業や環境活動家へのメッセージが一致するのです。これは、今までの環境活動ができていなかったことです。現在ある国際認証などは、基本的にプロダクトの認証であって、企業の認証ではありません。これもよいしくみですが、私の考える最適な行動のためには、別の視点が必要だとも感じています。

 

ジム・キャノン
SFP創設者、最高経営責任者。前職のConservation International(コンサベーション・インターナショナル)では、2002年からマクドナルドの魚類調達のアドバイザー、2004年からウォルマートの水産物サステナビリティに関するアドバイザーを務めた。2005年から2008年まで、海洋管理協議会 (MSC) の技術諮問委員会メンバー。ケンブリッジ大学で生態学、インペリアル・カレッジ・ロンドンにて環境経済、水産経営を専攻。

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

 

 

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