2023年9月、自然関連財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)がフレームワークの正式提言となるv1.0を正式に公開しました。水産物という自然資本をもとにしている水産業界にとっては、非常に関連性の高いニュースとなりました。
「東京サステナブルシーフード・サミット 2023」(TSSS 2023)にも登壇いただいた秀島弘高さんは、日本銀行で32年間の勤務を経て、2021年に農林中央金庫に入庫。2022年11月にTNFDのタスクフォース・メンバーに選ばれ、最終提言の公開に貢献しました。
2024年の年初に当たり、秀島さんと、「海のレガシーを未来へ残す」ことを目指す株式会社シーフードレガシーの代表取締役社長 花岡和佳男が、金融の世界から見た水産の今後について語り合いました。前編では、秀島さんのこれまでの歩みや、TNFDの最終提言公開の舞台裏などについて伺いました。
秀島 弘高(ひでしま ひろたか)
1989年日本銀行入行。2021年4月農林中央金庫入庫。日銀ではバーゼル銀行監督委員会関連事務に通算15年間従事。バーゼル銀行監督委員会事務局への出向(2002~2005年)、自己資本定義部会共同議長、マクロプルーデンス部会共同議長、同委員会メンバー等を歴任。
花岡 和佳男(はなおか わかお)
1977年山梨県生まれ。幼少時よりシンガポールで育つ。フロリダ工科大学海洋環境学・海洋生物学部卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事。2007年より国際環境NGOグリーンピース・ジャパンで海洋生態系担当、キャンペーンマネージャーなどを経て独立。2015年7月株式会社シーフードレガシーを設立、代表取締役社長に就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーをつなぎ、日本の環境に適った国際基準の地域解決のデザインに取り組む。
花岡:秀島さんはずっと金融の世界にいらっしゃいますが、銀行で仕事をしようと思われたのはなぜですか?
秀島:幅広い業種と関わり、学ぶことができるのが金融業界ではないかと思ったからです。時代の変遷とともに産業構造は変わるもので、どの産業がその時代の花形になるかはわからないけれど、金融機関にいればその時代の花形となる産業ともつながれるだろう、と考えました。自分で花形を見つけられるとは思えなかったです。
花岡:花形の産業をキャッチするために網を張る立場をお選びになったということですね。今は世の中が不安定で、きちんとリスクヘッジしなければ業界や経済界全体が育っていかないという状況の中、「花形」の意味合いも変わってきていますね。
秀島:TNFDの中にリスクと機会に関連する開示があるのですが、「機会とはどんなものがあるのでしょうか」と聞かれることがあります。自分でそれを見つけることができればよいですが、私のようにできない場合には、特に先行きがわからない今の世の中では、あらゆる分野の産業に網を張っておくことも一案ですよね。網を張っておいて、機会になりそうなところは逃さないという姿勢もありなのではないでしょうか。
花岡:金融の世界に入られて、日本銀行で32年勤務された後、農林中央金庫に入庫されたきっかけは何だったのでしょうか。また、農林中央金庫とはどのような機関なのでしょうか。
秀島:日本銀行で勤めた中でも、バーゼル銀行監督委員会※の仕事に長く携わっていました。バーゼル銀行監督委員会では、各国の銀行に対する国際的な規制をどのようにしてつくるかという議論をしていて、農林中央金庫はその規制対象になるわけです。そのため、規制にどう対応すべきか、バーゼル銀行監督委員会にいた自分ならば、役に立てるだろうと考えたのが入庫のきっかけです。委員会での議論がどう発展していくかにも興味がありました。
農林中央金庫のメインとなる業務についてご説明しますと、漁協・農協や県単位の信用漁業協同組合連合会・信用農業協同組合連合会(信漁連・信農連)から農林中央金庫へ資金を提供していただいて、その資金を農林中央金庫が国債などの有価証券や大手企業向けの貸出で運用し、リターンを漁協や農協にお返ししています。
ですので、農林中央金庫は漁協・農協の活動に対して要請を出すのではなく、逆に要請を受ける立場なのですが、漁協・農協、信漁連・信農連、農林中央金庫の3者でJAバンクやJFマリンバンクといった金融機関組織をつくっていて、それぞれで今後の方向性について議論をしたり、業界のためのシステム構築に投資をしたりしています。
花岡:そうすると、一次産業側のサステナビリティの意識が高まれば、それに対するサポート体制も準備することができるけれども、そうでない場合はなかなか進めることができないという立場ですね。メガバンクではサステナビリティに対する取り組みが進みつつある中、ギャップを感じることはありませんか?
秀島:それはあるかもしれません。現場に近い方は、より現状を維持したいという気持ちが強いように思います。「変わらなければこの先支持されない、変わることが皆さんの利益になる」と伝えるのが私たちの役目だと考えています。
環境問題ではよく「コモンズの悲劇(tragedy of the commons)」という言葉が出てきます。牧草地は皆の物で、皆がルールを守っていれば牧草が確保され牛を飼い続けられるけれど、皆が牛を増やして利益を最大化しようとすると、牧草を失ってしまうという考え方です。水産業でも農業でも、これからも共有地を守っていくためには、JAバンクやJFマリンバンクのような協同組織がひとつの解になりうるのではないかと考えています。
花岡:健全な経済競争として資本主義を維持するためには、共有地である資本の部分を業界全体で守っていかないと、競争する土台自体がなくなってしまうということですね。一緒に守っていくべきところも競争して自分のテリトリーにしてしまっているというのが、これまでの乱獲の歴史なのかもしれないですね。
花岡:秀島さんは2022年11月にTNFDのタスクフォース・メンバーに選ばれ、日本人メンバー2名のうちのお1人になりました。メンバーに選ばれた時はどんなお気持ちでしたか? またメンバーとして、どのような役割が求められていると思われますか。
秀島:TNFDは2021年に34人のメンバーでスタートしました。2022年にメンバー拡大の発表があり、農林水産業に立脚する金融機関として枠組みの開発に貢献したいと農林中金からの候補者として立候補したのですが、希望者も大変多いと聞いていましたので望みは薄いだろうと思ってメンバーになったらどうするかについてあまり深く考えていませんでした。ですから選ばれた時は、「これは大変なことになった」というのが正直な感想でした。
というのも、私はそれまでサステナビリティに携わったことがなかったのです。TNFDのワーキンググループに参加しながら、文献を読んだり、サステナビリティに詳しい人やTNFDのもう1人の日本人メンバーであるMS&ADインシュアランスグループホールディングスの原口真さんに話を聞いたりしながら勉強していきました。
メンバーになったと同時にフレームワークの最終提言の作成がスタートしたのですが、すでにメンバーの中には自然環境の専門家がたくさんいらっしゃいますし、さまざまな研究機関と協力してプロジェクトが進んでいましたので、私はフレームワークの内容そのものというよりも、開示に向けたガイダンス、手続きやプロセスに関しての議論に貢献することを意識しました。
私は途中からメンバーとして参加しましたから、何か意見を出しても「それはすでに議論済み」ということも多々ありました。それでも、新たな目でチェックするというつもりで意見を出し続けました。私自身がサステナビリティについては素人同然でしたから、開示に向けたガイダンスに関して、初心者でもわかりやすいものにするという観点から貢献できればと思ってきました。
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>>> 後編では、秀島さんの視点から見た日本の水産業の課題や、それぞれの今後の展望について語り合います。
取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。