新春対談:日本の水産 TNFDでどう変わる? 金融スペシャリストが語る変革の可能性(後編)

新春対談:日本の水産 TNFDでどう変わる? 金融スペシャリストが語る変革の可能性(後編)

自然関連財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)とは、民間企業や金融機関が、自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築する国際的な組織です。その中でも「漁業」を重要業種のひとつとし、関連する組織が情報を開示することを推奨しています。

そのTNFDのタスクフォース・メンバーとして、正式提言の公開に貢献した農林中央金庫の秀島弘高さん。2024年の新春対談企画 後編では、秀島さんと株式会社シーフードレガシーの代表取締役社長 花岡和佳男が、TNFDメンバーとしての視点から見た日本の水産の課題や、それぞれの今後の展望などについて語り合います。

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「良いものを高く売る」が日本の一次産業を変える

花岡:秀島さんは、日本の水産業の特徴と課題は何だと思われますか?

秀島:日本は国土面積に対して接している海の面積が広く、世界有数の海洋資源国と言えますね。ですから強みもあるでしょうし、水産は日本人全体にとっても大変馴染みがあるものでしょう。

花岡:おっしゃる通り、日本は水産物の生産でも重要な役割を担っていますし、輸入でも世界で3位の規模です。水産業全体が身近にある国だと思います。

秀島:ですからTNFDが目指していることも、日本の水産業界は取り組みやすいのではないでしょうか。近年は毎年さまざまな魚種が不漁になっているニュースが報じられ、消費者も敏感に反応していますし、「サステナブルな漁業にしましょう」という呼びかけに対して共感を得やすいと思います。解決への道は険しいですが、水産に携わる人の多さや幅広さも他国に勝るところがありますから、解決策を早く見出せるかもしれません。

課題は、農業にも共通することですが、従事者の高齢化ではないでしょうか。聞くところによるとノルウェーなどは漁師の収入がとても高く、船などの設備も良くて憧れの職業になっているのだとか。日本もそういうふうに転換していくといいですね。

それに、日本は良いものを高く売ることが苦手だと感じます。良いものを安く、ではなく、良いものは高く売る。特に国内向けと海外向けでいかに差別化するか、他国を見習うべきだと思います。海外市場で良いものをいかに高く売って儲けるかを考えていくべきです。

花岡:日本の魚は処理技術が高く質が良いという評判を海外マーケットでよく聞きます。ですが、日本の魚はサスナビリティを担保できなかったり、生産現場から消費地までの流通経路が100%明らかではないということで実際には買われていないケースが多いように感じます。これはチャンスロスですよね。

 

世界の動向と日本の水産・金融の未来について語る秀島さんと花岡

 

秀島:そうですね。生産現場から消費地までの流通経路しっかりと明らかにする代わりに、かかる費用を全部上乗せして、さらに高くするくらいの強気の価格設定で「世界最高の品質なのだから、この価格でなければ売らない」というくらい、スタンスの変更が必要かもしれませんね。

 

企業の規模を問わず、情報開示できる体制が競争上の強みに

花岡:東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS2023)でも、TNFDについて秀島さんに基調講演をいただきましたが、「わからないから取り組まないのではなく、できるところから情報公開にチャレンジしてほしい」というメッセージが印象的でした。特に日本の水産業界の方々が今後、理解しておくべき点、取り組むべきことを改めて教えてください。

 

農林中央金庫 国際規制担当、 TNFDタスクフォース・メンバーとしてTSSS2023で基礎講演を行なった秀島さん

 

秀島: 世界的にトレーサビリティへの要請が高まっていますし、場合によっては大手企業はTNFDに基づいた情報開示が義務化されるかもしれません。そうなると、そのもとになるデータが必要になり、水産関連企業に要請が出されることも予想されます。自社がその対象になるのであればもちろん準備が必要ですし、バリューチェーンの川上や川下にあたる中小規模の企業も間接的ではあっても開示対象企業との取引があればデータを求められることになる可能性があります。

ですので、中小規模の水産関連企業でも、「大手企業が必要となる情報をいつでも開示できる」という状態にしておけば、それが競争上の強みにもなります。例えばこれまでに認証を取っていれば、そのために揃えた情報とTNFDとのズレさえ認識できれば、追加で必要なことをやるだけです。トレーサビリティに対する要請が高まっていることをチャンスと捉えて、情報提供できる体制を整えることで、それを強みにしていただきたいと思います。

 

ネガティブな情報開示はどの国も苦手。「開示競争」で現状打開を

花岡:情報公開はTNFDの要になると思いますが、先日、World Benchmarking Allianceが公表した調査「Seafood Stewardship Index」でも、持続可能性に関する日本の透明性の低さが指摘されました。日本企業は水産に限らず、ネガティブな情報の開示は苦手なのでしょうか。

秀島:海外がポジティブな情報を公開するのが得意だというだけで、日本に限らずどの国もネガティブな情報の開示は苦手だと思います。ですから、開示していないほうが後ろめたい、自信があればどんどん開示ですべきというような「開示競争」になっていけばいいと思います。TNFDがそのきっかけになってくれるといいですね。

TNFDは、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)をモデルにしているのですが、実は日本はTCFDに基づいて情報開示をしている企業数が世界一位なのです。ですから、TNFDに基づく情報開示でも、日本が世界を牽引するということがあり得るかもしれません。

日本でTCFDに基づいて情報開示をしている企業数が多いという背景には、プライム市場へ上場したり、日本銀行の「気候変動対応オペレーション」で資金供給を受けたりするときなどに、TCFDに基づく情報開示が必要だという仕組みができているからです。TNFDに関してもそのような仕組みができると良いと思います。

 

2024年は両者にとって節目の年。互いに新たなステージへ

花岡:シーフードレガシーでは、今年2024年にTSSS10周年を迎えます。10年前はサスナビリティという言葉自体も水産業界に浸透していませんでしたし、TSSSに登壇してくださる企業もほとんどなく、当時はイオン様1社だけでした。あとは海外の方に来ていただいて「世界はこういう風に進んでいる」というのをご紹介することから始まりました。

それから10年、日本にもサスナビリティの考え方が浸透してきて、それにまつわるイニシアティブもどんどん生まれてきました。2024年は、これまでの歩みがどのような影響を与えることができたかを可視化して、SDGsの達成期限である2030年に向けたロードマップをつくっていきたいと思っています。私たちシーフードレガシーにとって、今年は節目の年になります。

 

 

秀島:今年2024年は、農林中央金庫にとっても節目の年なのですよ。というのも、農林中央金庫は2023年に100周年を迎え、2024年から次の100年が始まります。

農林中央金庫はこれまで、一次産業の組合から資金を調達し、大手企業や有価証券に投資を行ってきました。両者は全く別の世界でしたが、2023年に最終提言を公開したTNFDが、その両者をつないでいくのではないかと思っています。

というのも、投資先の企業の事業内容によっては、出資元である一次産業の足元を崩すことになるかもしれないという懸念があります。ですが、TNFDで投資先の企業が自然に悪影響を与えていないということが確認できれば、その懸念も払拭できます。TNFDというツールによって、農林中央金庫は新しい100年に向かって進むことができるのではないでしょうか。SDGsの達成にも貢献できるとよいですね。

花岡:シーフードレガシーも、TNFDの本格実装を契機に、水産サステナビリティの推進をさらに加速させ、皆様と共に新たな未来を切り開いていきたいと思っています。

 

 

秀島 弘高(ひでしま ひろたか)
1989年日本銀行入行。2021年4月農林中央金庫入庫。日銀ではバーゼル銀行監督委員会関連事務に通算15年間従事。バーゼル銀行監督委員会事務局への出向(2002~2005年)、自己資本定義部会共同議長、マクロプルーデンス部会共同議長、同委員会メンバー等を歴任。
花岡 和佳男(はなおか わかお)
1977年山梨県生まれ。幼少時よりシンガポールで育つ。フロリダ工科大学海洋環境学・海洋生物学部卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事。2007年より国際環境NGOグリーンピース・ジャパンで海洋生態系担当、キャンペーンマネージャーなどを経て独立。2015年7月株式会社シーフードレガシーを設立、代表取締役社長に就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーをつなぎ、日本の環境に適った国際基準の地域解決のデザインに取り組む。

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。