ジム・キャノン氏は、持続可能な水産資源へ向けた長期的で大規模な変化のために、サプライチェーンに注目する考え方をとって、2006に自身のNGO「サステナブル・フィッシャリーズ・パートナーシップ(Sustainable Fisheries Partnership、以下SFP)」を設立。ここでの「漁業改善パートナーシップ」モデルは、現在広く活用されている漁業改善プロジェクト(FIP)の原型となりました。漁業関係者、水産企業、研究者、NGO、行政をまたぐ幅広いコラボレーションを重視して、活動を続けてきたSFP。その中での経験、一筋縄では行かない現場での姿勢、大事にしたいこと、そして2024年10月に予定の東京サステナブルシーフード・サミットへの思いを聞きました。
ジム・キャノン
SFP創設者、最高経営責任者。前職のConservation International(コンサベーション・インターナショナル)では、2002年からマクドナルドの魚類調達のアドバイザー、2004年からウォルマートの水産物サステナビリティに関するアドバイザーを務めた。2005年から2008年まで、海洋管理協議会 (MSC) の技術諮問委員会メンバー。ケンブリッジ大学で生態学、インペリアル・カレッジ・ロンドンにて環境経済、水産経営を専攻。
――最初はどんなきっかけから、水産のサステナビリティに関心を持たれたのでしょう。
もともと私は、物理学者になりたかったんです。でも実験が嫌いで応用物理学には向かず、数学が苦手で理論物理学は無理でした。幸い進路変更に寛容な大学だったので、生態学に転向しました。
1980年代末から90年代初め、「環境問題」という概念がやっと形になり始めた頃です。エコロジーとは何なのか、私もよくわかっていませんでした。生態学の中でも個体群生態学の研究に魅せられ、熱帯雨林と生物多様性モデルを知ったことが、環境保全に入り込むきっかけになりました。
ところが現実世界では、政治家たちは生態学者や生物学者の話になど耳を貸しません。それに気づいて私は経済学の単位を取り、数学と生物学と経済学を組み合わせようと考えました。その応用分野として最も規模が大きいのが、漁業管理の世界だったのです。
こうして90年代前半から私は研究者として、またコンサルタントとして漁業管理の分野に入りました。その頃にたずさわったのが、国際連合食糧農業機関(FAO)の世界水産資源報告(Review of The State of World Fishery Resources)*です。たしか95年と97年版の編集を担当しました。その後、1997年にコンサベーション・インターナショナル(Conservation International、以下CI)**というNGOから声がかかって、そこでの仕事を始めました。
CIで私が関わったのは熱帯雨林の保全と、海洋環境保全のプロジェクトでしたが、ここでマクドナルドと出会います。2000年代初頭、マクドナルドのグローバルサプライチェーン全体において、原材料のサステナビリティを改善する話が持ち上がりました。
牛肉、ジャガイモ、油が話題に上る中で、私は魚の取り組みを提案しました。というのも以前に北大西洋のタラ資源を研究して、80年代から90年代にかけて大きな資源の崩壊があったのを知っていたからです。そのときにマクドナルドもまた、原料不足に直面していたはずでした。
幸い私たちが説明するまでもなく、マクドナルドは資源崩壊を認識していました。また彼らはサプライチェーンと長期的な関係を持ち、サプライヤーを育てる力を持っていました。そして当時の調達トップが、サプライチェーンが解決をリードすべきだと考えていたこともあり、腰をすえた取り組みが実現しました。
2002年から着手した試みは、サプライヤーを中心とする水産企業が行政に直接かけあって、漁業管理を議論するというものでした。現地の有力な水産加工企業のCEOが名を連ねた要請によって、ヨーロッパ各国の水産大臣との会合にこぎつけました。
このときCEOたちは、私が説明する水産資源や生物多様性の課題に注意深く耳を傾けた上で、大臣との会合ではそれらには一言も触れませんでした。彼らが話題にしたのは投資、収益、そして雇用でした。課題をリフレームして、行政にとっての重要課題に置き換え、大臣が耳を貸す伝え方をとったのです。これが私にとって、大きな学びになりました。
さらに国際企業としては当然のことですが、投資回収の見込みがなくては加工工場を建てられない、「ちゃんとした漁業管理システムがあって、10年、20年後まで工場が稼働できるだけの漁獲が保証されなくては、ここにプラントは建てられない」と大臣たちに伝えたのでした。
――いろいろな国、いろいろな立場のCEOが、同じ目標を共有するのは難しそうにも感じます。
私たちは世界中の小売企業やサプライヤーと仕事をします。彼らの抱える課題はそれぞれ少しずつ異なりますが、重なる点もあることを私たちは知っています。個々の関心事に対して、対応や協力のできそうな会社がどこにいるかも知っています。これらをパズルのように組み合わせ、人間関係をつなぎ合わせて、課題解決の道をひらくのが私たちの仕事です。
――たしかに、それは業界をよく知る第三者だからできることですね。
私たちは解決に向けて、2つのしくみをつくりました。ひとつが漁業改善のためのパートナーシップです。漁業が行われているその地域で、特定の魚種の、特定の漁業の改善に取り組むために関係者をつなぐものです。
パートナーシップでは問題を明らかにして、認識を共有し、取り組みの優先順位を決めます。その上で使えそうなアイデアを私たちからも共有し、当事者たちが議論し、自分たちでもアイデアを考え、着手できそうなものを選ぶ。まとまればワークプランを公表し、定期的に進捗を公開してもらいます。
しかし一方、サプライチェーンの中間にいる企業は、50ヵ所、100ヵ所以上の漁業から調達しています。そんな数の会議には参加することはできません。そこで考えたもうひとつの枠組みが、サプライチェーン・ラウンドテーブルです*。
こちらは世界中の主要な水産流通企業のコラボレーションをめざす、横つなぎの場です。ひとつのラウンドテーブルでは特定の分野にフォーカスし、各地の漁業改善をサポートするために、サプライチェーンとしてできることを議論します。
規模の大きな例としては、「魚粉・魚油・すり身の原材料としての水産物」にフォーカスするラウンドテーブルがあります。魚粉や魚油を大量に買いつける養殖サーモンの飼料メーカーから始まり、すり身を扱う日本企業や、オメガ3オイルを使う企業が加わりました。このメンバーで現在は、西アフリカや東南アジア地域に注力し、漁業改善パートナーシップを後押ししようとしています。
企業にもそれぞれの考え方があって、たとえばマクドナルドのような国際企業はブランドバリューが重要で、イメージを毀損するような問題の多い漁業と接点を持つことを避けます。一方、大手であっても、一般にはほとんど知られることのないサプライヤーは、イメージよりも資源の確保や顧客ニーズの方が大きな関心事です。また地元の加工業者なら、この漁業が自分たちのすべてで、この仕事を続けるしかない。
大事にするものは違いますが、どれもがそれぞれに正しい。でも私たちが勧めるのは、改善が続いているなら、なるべくそこからの調達をやめないことです。問題の残る漁業を遠ざけることで自分たちはクリーンになったと思っても、同じ魚が別の、うるさいことを言わない顧客へ流れるだけで、いつまで経っても改善は始まりません。残念ながら、こうした例は本当に多いのです。
――なるほど、一筋縄では行かないことがよくわかってきました。そんな中、道を切り開くために、最初にフォーカスすることは何でしょう。
現場で私たちが最初にすることは、耳を傾けることです。今どんな問題があって、何に取り組んでいるのか、注意深く現場の話を聞いて、現場の人々のプライオリティを理解することです。
現場の近くにいる、地域の専門家、NGO、研究者は、検討のテーブルに欠かせないメンバーです。しかし漁業の現場をよく理解している人たちは、逆に輸入業者や小売業者、大企業や行政のことはよく知らないことが多い。そこで私たちが、ビジネスや政治の視点に話をつなげるところをサポートできるのです。
もうひとつ私たちが気をつけているのは、自分たちの手で現場の仕事をしないことです。そこは現場の人、現場の組織、現場のNGOに任せます。彼らは私たちと違ってこの先何十年も、長期的に関わり続けられるからです。漁業組合に力をつけてもらうことも大事です。
最終目標は豊かな水産資源ですが、その大きな目標をにらみながら、手前で考えるのはそこへむけて地域の力をつけること、そして産官学の連帯を構築することです。
自然環境に関わることで「万全」はありません。解決できたと思っても、30年、40年後には元に戻ってしまうこともあります。だから現場が自力で何度でも取り組める、長期的な力を育てることが不可欠なのです。
――日本企業が関わった取り組み事例で、ご記憶のものがありますか?
前のNGOにいた2002年に、マクドナルドとの取り組みが始まったとき、日本でのフィレオフィッシュのサプライヤーだった「デルマール*」という日本企業の若い後継者がいました。彼らとの関係はその後、とぎれることなく23年間続いています。
彼らから私は、同じものを扱っていても日本には欧米とはまったく別の、独自のサプライチェーンがあることを知りました。彼らがミーティングのテーブルに連れてきてくれた数々のキープレイヤーが「日本のピース」となって、ジグソーパズルを組み上げることができたのです。
もうひとつ、東南アジアから日本へマグロを輸入しているサプライヤーとの取り組みで、ある程度の成功を収めた例があります。このときはニッスイとマルハニチロに助けられました。この2つの巨大企業からは、さまざまな領域でサポートを受けています。特に私たちの守備範囲からもれがちな東南アジアの各地域では、イカや小型外洋魚などの分野でも大きな力となっています。
私たちはできるだけ大きな規模で変化を起こしたいと考えています。すべての漁業、中でも最も規模の大きい漁業に積極的に取り組みたい。そこには時に、最も深刻な問題を抱えた分野も含まれます。
私たちは2017年に「ターゲット75」*として、主要各分野でそれぞれ漁獲の75%を、持続可能または改善中にするという目標を掲げました。たとえばイカ漁は、その時点で条件をクリアするものはゼロでした。それが現在では世界中のイカ漁の25%が漁業改善に取り組んでいます。まだ道半ばですが、これはすばらしい中間成果です。
――そうした取り組みの中で、ニッスイやマルハニチロのような守備範囲の広い企業が参画する意味が大きいのですね。
そうです。私たちは「主要な漁業すべて」に取り組みたいと考えていますが、そこではおのずと、幅広く消費される水産物が重要になります。高級品の「物語のある魚を、意識の高い豊かな人が、高級店で食べる」モデルでは、スケールすることは難しい。ニッスイやマルハニチロは扱う魚種の幅も広く、ボリュームも膨大です。そして多くの規模の大きい顧客につながっているので、彼らとのパートナーシップは私たちにとって大きな力なのです。
――そうした取り組みの中で、心がけることなどはありますか?
繰り返しになりますが、まず話をよく聞く。そして、現場が優先したい課題をつきとめ、現実的な一歩、二歩を進める。そして途中結果を共有し、自信を持ってもらうことです。
その中で私たちが心がけるのは、現場の取り組みをできるだけ「楽に」してあげることです。そのために私たちは、世界中のエキスパートをリストアップしておき「その国で、そのテーマなら、この人に相談するといい」と言えるよう備え、先行例の手法を紹介したり、時には関連企業の取り組みとつなげたりします。
どの手法も私たちのオリジナルではなく、現場の漁業者や企業、サプライヤーから学んだことです。たとえばニュージーランドで学んだことをカナダの漁業にあてはめる。そして常に耳を傾け、現場のリーダーシップ、現場のイノベーションを尊重します。漁業者、水産業者だけでなく、世界中のNGO、研究者も私たちの先生です。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。