北三陸の“うに牧場”から世界の海を豊かに。未来を見据えた水産モデルのヒント(後編)

北三陸の“うに牧場”から世界の海を豊かに。未来を見据えた水産モデルのヒント(後編)

前編で、日本の水産と「ウニ」の課題についてお話しいただいた下苧坪さん。特に磯焼けは大きな問題で、海藻が失われたために事業の柱であるうにの品質が年々低下していることを実感しているそうです。その現状を打開するため、下苧坪さんは2016年から北海道大学と共同で研究をスタートしました。(前編を読む)

後編では、北海道大学や研究者らと開発した、市場価値を100倍に高めるという画期的なウニ再生養殖の新技術や、2027年までに3拠点展開を目指すオーストラリアでの事業、日本の水産業への思いや今後の展望などについて伺います。

 

磯焼け海域に生息する低品質のウニを再生させる新事業を確立

——前編で、「ウニの課題解決のために北海道大学で研究開発を始められたというお話がありました。どのような開発をされたのでしょうか。

磯焼けで餌となる海藻が失われることでウニの身入りが悪くなり、磯焼け海域に生息するウニは厄介者、いわゆるSea urchin(海の悪ガキ)と化してしまっている状況を、なんとか打破したいと思い、北海道大学の協力のもと、ウニの餌「HAGUKUMU-TANE(はぐくむたね)」を開発、特許も取得しました。海藻に代わる餌をウニに与えることによって、可食部分(生殖巣)を短期間で肥大化させ身入りを良くして、出荷できるレベルにするというものです。ウニは磯焼けした海域に長い間放置され飢餓状態が長い間続くと、昆布などの海藻を食べても二度と身入りが改善せず、色も悪いままです。しかし「HAGUKUMU-TANE」を与えると、身入りも色、美味しさも改善。約2か月で100倍もの価値を生み出すことができるようになりました。

 

 

HAGUKUMU-TANEを使ったウニ再生養殖は、下掲の写真のようなファームで行います。これは北海道八雲町の事例なのですが、八雲町が面する噴火湾はホタテの一大生産地ながら、長年にわたる養殖で海底にフンが溜り、ホタテのへい死が起きていました。そこで、磯焼けした海底に大量にいる身入りの悪いエゾバフンウニを収穫し、HAGUKUMU-TANEによる再生養殖をスタートしました。今まで全く商品にならなかった実入りの悪いウニを育てて出荷する。その間に海藻も徐々に戻ってくる。これこそサステナブル・シーフード。地元の若い漁師がこの取り組みに賛同し、非常に高いモチベーションで取り組んでくれていますし、行政も支援し、持続的な取り組みとなっています。

 


「HAGUKUMU-TANE」を使ったウニ再生養殖のファーム(北海道二海郡八雲町)

 

この事業は2022年9月、第一線で活躍するトップリーダーが300名以上登壇する「ICC(Industry Co-Creation)サミットKYOTO 2022」の「クラフテッド・カタパルト」部門で優勝。それを機に、私は2023年2月にオーストラリアのタスマニア島に飛びました。というのも、『ブルーカーボン』という本を読んで、世界の海藻の7割がオーストラリアの海域にあり、95%がウニによって消失してしまったということを知ったためです。それが信じられず現地に行ったのですが、紛れもない事実でした。

 

日本で開発した技術をオーストラリアで展開

——それを機にオーストラリアで現地法人を設立されたのでしょうか。

はい。タスマニアでは、全世界からウニの研究者が150人ほど集まり開催されたFRDC(Fisheries Research and Development Corporation)の会議で、ウニ再生養殖と藻場再生の重要性についてプレゼンの機会をいただきました。そして、州政府などからこの事業をオーストラリアでも試してほしいとの打診を受けたのです。私たちの技術でオーストラリアのウニと海藻の問題を解決するため、ビクトリア州メルボルンに「KSF Australia Pty Ltd.(北三陸ファクトリー オストラリア)」を設立しました。また、牛の飼料に混ぜることでメタンガスを95%以上削減できるとして現地で育てられているカギケノリの未利用資源をウニの餌にし、循環型産業の創造を目指すビジネスを、今年の年末からスタートする予定です。

また、ウニは水産物の中でも葉酸が豊富なことから、味が悪く食用に適さない品種のウニからサプリメントをつくる事業も視野に入れて、国内の研究者らと技術開発を進めています。オーストラリアではメルボルンのほか、2027年までにシドニー、タスマニアでも事業の展開を予定。「UNI is Universal(ウニバーサル) Agenda」と捉えて、日本そして世界の「ウニ」の課題を解決していくのが今の私の使命です。

 


オーストラリア・タスマニアにて開催されたFRDCの会議にて

 

オーストラリアで得た力をもとに、再び日本の水産業に尽力したい

——今後の事業は完全にオーストラリアへシフトしていく予定なのでしょうか。

オーストラリアの事業は日本でその成功事例を活かすことを目的に、2030年を目途に実績を作り、一旦継いでくれる仲間にバトンタッチしたいと考えています。それからもう一度、生まれ故郷である三陸の水産業のために力を尽くしたいと思っています。オーストラリアの事業で得た新たな価値、資産は地元・三陸の水産業にシフトしていきます。日本の水産業を、なかなか変えていくことができない中でもがくのではなく、未来を見据え、まずは海外で日本の技術を最大限に拡大し、再び日本に戻ってきて地域の水産業に還元(投資)していくのが私のビジョンです。

——日本の水産業についてご意見をお聞かせください。日本の水産流通小売業者は、日本の漁業の未来のために何をすべきでしょうか。

例えば日本のローカルスーパーマーケットには、地元の魚はほとんどなく、例えばチリ産のサーモンやマルタ産のマグロなど海外産のものが多数並んでいます。地域では地元の魚を買えず、買えるとしても安い魚で、質の高い魚は海外へ流出しているのが現状です。また、日本の水産流通小売業者が日本の産地の魅力やストーリー、背景をしっかりと生活者(消費者)に伝え、そこに生活者(消費者)が価値を感じ、購入するというサイクルをつくらなければ、日本の水産の未来はないのではないかと感じています。そこで最も大切なことはトレーサビリティの制度化だと思います。

——下苧坪さんは、内閣府の規制改革推進会議の水産ワーキンググループにも参加されていますね。

はい。このワーキンググループでは、漁村地域としてのあるべき姿を提唱してきました。水産庁の方々にも、現場を見てローカルの目線で漁村の未来を考えていただきたいと思っています。ですが、国が水産を変えようにも一朝一夕にはいきません。かといってマーケット側から変えるにしても成功事例が必要で、それも日本では難しいのが実情です。

日本の水産に変化を創造していくにしても、ステークホルダーが多すぎるのが問題だと感じています。私たちがどんなに漁協とやりとりをしても、その周りには漁連や水産庁、農水省などの組織があります。その一方でオーストラリアはステークホルダーが少なく、各州政府が決定権を持っています。イノベーションが起きやすい環境を、どう整えていくのかを真剣に考える必要があります。

 

次世代の子どもたちが「水産をやりたい」と思える日本に

——世界を経由しながら日本の水産を変えようという、下苧坪さんのパッションの源を教えてください。

 


次世代の子どもたちのために、2030年から再び日本の水産業へ尽力したいという下苧坪さん

 

私は、日本の海が豊かで水産業が盛んだった過去を知っています。人生をかけてそれを取り戻したいと思っています。次の世代を担う子どもたちの時代には豊かな海があって、人材不足にも対応したDX化が進み、誇りを持って水産業に従事できる環境にしたいのです。私の世代ではもう難しいかもしれませんが、もしかしたら私の息子、もしくは孫の世代なら、地元で水産業をやってもいいと思えるような、豊かな海がつくれるかもしれません。そんな未来を実現するために、私は前進していきます。

 

下苧坪 之典(したうつぼ ゆきのり)
1980年岩手県洋野町生まれ。大学卒業後、自動車ディーラー、生命保険会社を経て帰郷。2010年に水産ローカルベンチャー「株式会社ひろの屋」を創業。その後3.11で洋野町が大きく被災。新たに「地域と水産業の未来を創る」というミッションを掲げ、2018年に戦略的子会社「株式会社北三陸ファクトリー」を設立。 また、2023年には豪州メルボルンに現地法人を設立、グローバル企業として再生養殖を国内外に横展開。朝日新聞出版誌「アエラ」日本を突破する100人(2014年)。はばたく中小企業・小規模事業者300社(2016年)。地域未来牽引企業(2018年)。東北ニュービジネス協議会東北アントレプレナー大賞(2021年)。ICCサミットFUKUOKA 2023カタパルト・グランプリ3位(2023年)。

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。