【後編】なぜマグロ漁の背景で人権侵害が起きるのか ーサプライチェーンのブラックボックス化の問題(韓国漁船の事例から)

【後編】なぜマグロ漁の背景で人権侵害が起きるのか ーサプライチェーンのブラックボックス化の問題(韓国漁船の事例から)
2023年12月に、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウとAPIL(Advocates for Public Interest Law)が調査レポート『BLACK BOX:私たちの食卓の刺身マグロはどこから来たのか?』を発表しました。

前後2回にわたって韓国の遠洋漁船から日本市場までの不透明なマグロサプライチェーンに潜む人権リスクについて、ヒューマンライツ・ナウ ビジネスと人権プロジェクト職員の川崎可奈さんに寄稿いただきます。

前編で述べた刺身マグロサプライチェーンに潜む深刻な人権侵害に対して、国や企業による規制等は働かないのでしょうか。現状として、遠洋漁船で漁穫された水産物のサプライチェーンは、複雑で追跡が困難なため、人権侵害の隠れ蓑となっています。多くの国が強制労働や人身取引を根絶するための法律を整備している一方、公海上や沿岸国内やその周辺で発生する人権侵害を適切に調査・告発しようとしている国はありません。企業もまた、自社の企業活動だけでなく、その先のサプライチェーン全体で発生する人権侵害を特定し対応する責任を負っていますが、ほとんどの国はこの責任についてガイドラインとして宣言するのみに留まっています。

 

韓国政府:計画の不履行と続く人権侵害

韓国政府は、遠洋漁業における強制労働と人身取引の問題に取り組むため、2020年に、移民労働者に、少なくとも国際運輸労連(ITF)が定めた最低賃金を支払うこと、違法な天引きなしで賃金を受け取れるようにすること、最低休憩時間を設けること、無寄港での過度の長期航海を防止すること、差別なくペットボトルの水を配給することを事業者に求める計画を発表しました。

しかし、環境NGOであるEnvironmental Justice Foundation(EJF)と公益法人Advocates for Public Interest Law(APIL)が2021年から2022年にかけて行った韓国の遠洋漁船で働く移民労働者への聞き取り調査では、政府の当該計画が十分に履行されていない実態が判明しました。調査対象となった74人のうち、30人は延縄漁に従事していた移民漁業者でしたが、例外なく30人全員が劣悪な労働条件で搾取の対象になっていると報告しています。延縄漁に従事していた移民労働者の53%が無給または減給のもと働かされ、80%が虐待を経験、そして100%がパスポートを没収されていました。また、回答者全員が、グリーバンスメカニズムについて知らず、アクセスすることもできないと証言しました。

韓国では「人身取引等防止及び被害者保護等に関する法律」が2022年制定されたものの、遠洋漁業に従事する移民労働者を人身取引の被害者として認定し、支援する体制が整っていないため、当該法律の実効性は乏しく、韓国の延縄漁船が漁獲するマグロは、人身取引や強制労働の人権リスクが依然として高い状態です。

 


『BLACK BOX:私たちの食卓の刺身マグロはどこから来たのか?』(ヒューマンライツ・ナウ、2023年)より

 

日本:企業の自主性に委ねるガイドラインーリスク特定と救済への壁

一方、日本政府は2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を発表し、企業が自主的にサプライチェーンにおける人権リスクを特定し、対策を講じることを奨励しています。

しかし、ウェブサイトでの公開情報に基づき、日本でマグロの輸入や流通を担う大手企業の人権デュー・ディリジェンス方針や実施状況を分析すると、当該ガイドラインの有効性には疑問を呈せざるを得ません。日本でのマグロ流通に関わる企業のうち、サプライチェーンを公表している企業は皆無で、漁業に特化した人権デュー・ディリジェンス方針やマグロ関連の調達ガイドラインを定めている企業はあるものの、その実施状況や結果などについては、外部から検証可能な程度までの具体的な説明が少ないまま終わっていることが多く、その透明性・実効性において課題を有しています。

また、強制労働や人身取引が発生した場合、国境を越えたサプライチェーンにおける人権問題について、現行の法的フレームワークにおいて日本企業に対する責任を問う仕組みが欠如していることから、被害者である移民漁業者が日本企業に救済を求めることは困難を極めます。このように、マグロ漁業に蔓延する強制労働や人身取引のリスクが明らかにされず、加害者の責任を問うシステムが機能していない状況が生じています。

 

それぞれの果たすべき役割

● 韓国政府(主に労働者の保護の観点から)
韓国政府は、2007年に採択された漁業労働条約(C188)を批准、国内法を整備し、乗組員の採用プロセスにおける公的機関の管理の確保、労働調査の実施および被害者支援策を確立することで、遠洋漁業における移民労働者を含む漁業者の人身取引と強制労働に積極的に対抗するべきです。また、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)などの地域漁業管理機関で議論されている労働基準を積極的に批准することが求められます。

● 日本(主にビジネスと人権の観点から)
日本政府は、2007年に採択された漁業労働条約(C188)を批准し、サプライチェーンにおけるトレーサビリティと透明性を確保し、企業に人権デュー・ディリジェンスの実施・公表を義務付ける法律や、違法漁業だけでなく、漁業者に対する人身取引や強制労働被害のリスクが高い場合にも、輸入を禁止する規制等、国内法の整備をすることが求められます。また、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)などの地域漁業管理機関で議論されている労働基準を積極的に批准することが求められます。

● 地域漁業管理機関
国際的に起きている漁業者に対する労働権と人権への侵害に対処するためには、地域漁業管理機関が労働基準に関する拘束力のある枠組みを確立し、海上での積み替えの発生を綿密に監視し開示することが求められます。サプライチェーンを複雑化させ実態把握を困難にしている海上での積み替えを規制することで、サプライチェーンの透明性を高めなければなりません。

● 輸入業者
水産業に関する人権リスクの特定、予防、軽減のための人権デュー・ディリジェンスを実施し、そのプロセス、進捗状況、課題、特定された人権リスクを公表し、説明責任を果たすことに業界横断で取り組むことが求められます。末端のサプライヤーに対する直接のインタビューを含む、独立かつ実効性のある定期的な監査を実施しモニタリングすることや、漁船上の労働者が現実的にアクセス可能な実効的なグリーバンスメカニズムを構築すること等、水産業界における特有の国際基準や人権リスクを踏まえた実効的な対応が不可欠です。

国境を越えたサプライチェーン上の人権侵害に対処するために、さまざまなステークホルダーの協力が強く求められています。私たちひとりひとりが消費者としても、問題を認識し、声をあげて、行動することが遠洋漁業における人権侵害を防止し、被害救済につながる一歩となります。

 

 

調査レポート『BLACK BOX:私たちの食卓の刺身マグロはどこから来たのか?』ダウンロードはこちら(日本語/英語/韓国語


執筆:ヒューマンライツ・ナウ ビジネスと人権プロジェクト職員 川崎可奈