ASC CEOが語る、日本の役割と未来の養殖ビジョン(後編)

ASC CEOが語る、日本の役割と未来の養殖ビジョン(後編)

「東京サステナブルシーフード・サミット2023」(TSSS2023)に参加するため、水産養殖管理協議会(ASCCEOとして5年ぶりに来日したクリス・ニネスさん。宮城県の養殖場を視察するなど日本の養殖の現状と課題を実感しつつ、アジアを牽引するリーダーとして、日本の活躍に期待を寄せています。

後編では、サステナブル・シーフードを取り巻く現在の環境と、ASCの今後の展望についてお話しいただきます。グリーンファンドや気候変動など気になる話題や、現在ASCで行なっている新たな取り組みなどについても伺いました。

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発展著しい北米市場にも、日本の認証水産物

——ASCでは、EUやアジア、北米などで消費者にASC認証を訴求するためのキャンペーンを展開しているとのことですが、その概要をお聞かせください。

ASCでは、小売業者や飲食店、認証を取得した生産者と協力してキャンペーンを行っています。特に北米では、人気の高級レストランでキャンペーンを行うという手法を採用し、それが効果的だという結果が出ています。高級レストランがASCのキャンペーンに参加し成功すると、それに次ぐカジュアルなレストランが真似をして認証水産物を使用するようになり、さらに小売店がそれを真似して認証水産物を取り扱うようになるという流れが生まれています。

北米は外食の回数が多く週に何度もレストランに行きますし、小売店は日本のように細分化しておらず大きなチェーンがほとんどを占めていますから、この手法が合っているのかもしれません。

また、北米は国土が広くて人口も多く、EUの小さな国と比べると北米の1つの州のほうが大きいほどです。そのため、北米では東部・西部・中部に分けて、エリアごとにキャンペーンを行なっています。代理店や大手メディアにも協力してもらい、各エリア毎にキャンペーンをしながら国全体として大きな活動となるような戦略をとっています。北米ではキャンペーンを始めてまだ2年ほどですが、すでに驚くほどの結果が出ています。

その北米市場に、日本の認証水産物もつなげていきたいですね。日本にもハイエンドな認証水産物がたくさんありますから、それらを北米のキャンペーンで紹介できないか、今後ASCで検討していきたいと思っています。

 

投融資や気候変動。社会の動きに合わせた認証水産物の今後

——今年、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言が正式に公開され、今後発展が予測される養殖には金融業界からの期待も高まっています。ASCとして今後、そういった投融資の動きを活用する戦略はありますか?

グリーンファイナンスは非常に重要なメカニズムであると認識してます。投融資の力を借りるこが、環境・社会面での養殖場の向上を加速させる仕組みの一部になることを期待しています。

ASCとしては、MSCと足並みを揃え、金融機関との協力を積極的に推し進めようとしています。ASCでは認証を行う過程で、養殖の現場でさまざまなデータをとっています。そのデータを金融機関と共有して、グリーンファンドをサポートできないかと模索しているところです。

——気候変動の影響で、日本ではカタクチイワシなど養殖の餌になる魚種の漁獲量が減り、価格が高騰しています。この状況は今後のASC認証取得に影響しそうでしょうか?

海の中では、海底の冷たい水が栄養分を含んで上がってきて、それをプランクトンが食べて、そのプランクトンをカタクチイワシのような回遊魚が食べるという生態系の流れがあります。この流れは太陽の光や気温など多くの要素の中で、常に変化しながらバランスをとってきました。したがって、気候変動によって資源が減ったというより、元々あった海のサイクルが気候変動で少し変わっただけだと考えています。

ですが、養殖の需要は増えている一方で、餌となる魚種の漁獲量は増えているわけではなく、飼料の価格が高騰していることは事実です。そのため、短期的にはASC認証取得に影響するかもしれません。ですが、中長期的には影響はないと考えています。というのも、天然の飼料に代わる革新的な飼料が次々と生み出されているからです。例えば、単細胞光合成生物を培養して飼料に必要なオメガ3脂肪酸を合成する技術も生まれています。そういった革新的技術がこれからの養殖を支えてくれることになると考えています。

ただ、現在は養殖の飼料の80%が大豆など陸上で生産されるタンパク質で、これによりアマゾンの破壊など土地転換の問題が生じる可能性があります。それを考えると、いかに少ない飼料で多くの食料をつくり出すかという飼育交換率を考えるべきでしょう。養殖は飼育交換率が高く、海藻や二枚貝など、飼料を与えなくても養殖できるものもあります。また、畜産と違い水深を利用できますから、3次元の空間で効率よく生産が行えます。養殖は今後ますます需要が高まっていくでしょう。

 

今後は認証に限らず、養殖の生産性を上げるための活動に注力

——最後に、今後の取り組みや展望をお聞かせください。

現在の養殖市場のうち、20%を認証水産物が占めています。したがって、残りの80%をどうするのかというのが今後の課題です。そこでASCが取り組もうとしているのが、向上プログラム「インプルーバー・プログラム(improver program)」です。市場が必ずしも認証水産物を求めていない状況の中で、生産者の環境・社会的向上を推し進めるためのものです。ASCが投餌、投薬など技術的なサポートを行なって生産者の養殖の効率を上げ、少ない投資でより多くの収穫を得ることが目標です。このプログラムによって水産物市場の残り80%をよりサステナブルなものに導くことを目指しています。

 

次の課題に向けてASCが取り組むのは、インプルーバー(向上)・プログラム

 

そのほかにも、養殖現場から加工工程でどれくらいの温暖化ガスが発生するか明確に計測できる独自ツールを開発したり、人工衛星を使って養殖現場をリアルタイムに監視するシステムの活用を進める取り組みも行なっています。

今後は認証に限らず、養殖の生産性を高め、業界をサポートするための活動にも注力していきたいと考えています。

 

クリス・ニネス
1983年〜2002年、英国国際開発省に勤務。アフリカおよびカリブ海における海産物産業開発問題に関する助言を行う傍ら、プロの漁師として近海漁業を営む。1996年〜2002年MRAG社 テクニカルディレクター、2003年〜2006年MRAG Americas副社長。また、2006年〜2011年に海洋管理協議会(MSC)の副CEO兼事業本部長を務め、MSCの技術的・商業的活動の拡大を主導した。2011年10月より水産養殖管理協議会(ASC)CEO。

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。