
近年、水産業を含むさまざまな業種で話題となる、サプライチェーンにおける人権問題。問題を予防し、状況を改善していくためには、水産業でも人権デューディリジェンス(以下、HRDD)が不可欠と言われています。アジア地域で人権の保護に取り組む、オックスファム・イン・アジアのラパッツァ・トライラス氏に聞きました。
ラパッツァ・トライラス
オックスファム・イン・アジアで、プライベート・セクター・プログラムのマネージャーをつとめる。東南アジアのサプライチェーンにかかわる活動を主導し、また現場の市民団体やNGOと協力して、労働者の人権と海洋サステナビリティを守る活動に取り組む。
――このお仕事に就かれたきっかけは、何だったのでしょう?
社会をよりよく、公平にするための仕事をしたい、という思いは昔から抱いていました。行政や自治体の仕事に就くことも考え、インターンなどの形でいくつかの仕事を体験してみましたが、ここの仕事がいちばん自分に合っていると思えて、大学卒業後ここに入りました。……そのまま9年も続けることになるとは思っていませんでしたが。
オックスファムは国際NGOとして、一方で世界とつながり、他方では各地のコミュニティやNGOともつながっています。グローバルでかつ地に足のついた仕事ができる、今の立場がとても気に入っています。
ここに最初に入ったときは「オックスファム・タイ」でしたが、数年の間に組織の変更や再編があって、現在は「オックスファム・イン・アジア」という組織です。複数の国を横断的に見ていくと、類似点やパターンが見えてきます。ひとつの国際企業が、別の国でも同様の問題に関わっていることもあります。幅広い視点から、より迅速かつ根本的な解決法を探れる利点もあります。
――オックスファムの中で、海洋サステナビリティと人権はどんな位置づけにあるのでしょう?
オックスファムは規模の大きな国際NGOで、貧困と不公正の解決を目標としています。そのために気候変動やアフリカの人道支援といった課題にも取り組んでいて、アジア地域でも海洋以外にさまざまなテーマがあります。
私自身は最初からずっと、海洋サステナビリティと人権を担当してきました。人権とサステナビリティをいっしょに扱うところに、私たちの大きな特徴があります。それはこの2つが密接につながった、一体の問題だと考えているからです。
――そのために、どんなことをされているのですか?
私たちは必要に応じて現場にも踏み込みますが、主な役割は各地域のNGO、企業、行政の間をつないで、協力関係を築きネットワークを強化することです。そのために、たとえば渦中にいる労働者を救出する草の根市民団体、地域コミュニティ、仕組みを変える行政への働きかけに強いNGOなど、さまざまなパートナーと協働します。
その中で、私がまとめているプライベートセクターのチームでは、サプライチェーンの問題に取り組んでいます。オックスファムの海外チームと連携して、グローバルな水産物のバイヤーや、スーパーマーケットなどの流通セクターとの対話も行います。国境をまたいでサプライチェーンのプレイヤーたちと直接話ができるのは、私たちの強みです。
――具体的には、どのような活動になるのでしょう?
大きく3つの動き方に注力しています。ひとつがコネクティング。NGOを中心とした関係づくり、ネットワークづくりです。
NGOや市民団体にも、労働者の現場に強いところ、サステナビリティに強いところと、いろいろあります。現場に強い組織は、規模が小さく地域に密着していることが多い。彼らは互いに、あるいは私たちのような国際NGOと連携することで、大きな変化を起こします。効果的な連携のためには、課題の優先順位や重みづけ、問題のポイントやめざすソリューションのフォーカスについて、考え方を互いに共有しておくことも必要です。
2つ目は情報を扱う仕事です。オックスファムで特に力を入れているのが、信憑性のある確かな情報にもとづいた提言、つまりエビデンスベースト・アドボカシー*です。そのために私たちは多くのリサーチや聞き取りを行って、説得力のあるデータを提供し、提言を強化します。これは時間も労力もかかることですが、私たちが価値を発揮できる役割でもあります。
そして3つ目が、ビジネスを対象とした対話のプラットフォーム支援です。たとえば欧米にいるオックスファムの仲間が、グローバルチェーンのスーパーマーケットなど大手の小売業者と対話し、そこに私たちから、漁業現場で起きている問題の情報を提供し、解決へ向けた議論につなげることもあります。
このように労働現場の課題と国際ビジネスをつなげる対話は、直接の関係者間で行われることもありますが、幅広い対話の場としては国際フォーラムを開催しています。今月私たちが共催した、アジアIRBフォーラム(アジア・インクルーシブ&レスポンシブル・ビジネス・フォーラム)はそうした場のひとつです。企業、行政、NGOや市民団体、地域コミュニティなどが参加して、実質的かつ実現性のある解決策に向けた意義深い議論を交わしました。
――オックスファムがNGOや市民団体のハブとなって、国際企業との対話をつなぐのですね。長く手がけられている、サプライチェーンへの取り組みとしては、具体的にはどんなことを?
私がずっと取り組んできたのは、人権とサステナビリティのための方策を、サプライチェーンに組み込むことです。
目標は、人権尊重と健全なコミュニティが、ビジネスの利益と折り合うようにすることです。最も重視するのは労働者の権利、次が企業のアカウンタビリティ、つまり自社のサプライチェーンに内在するリスクを把握し管理することです。これが私たちの言う、サプライチェーンマネジメントです。
私たちの出発点はいつも、問題が起きている現場の労働者をはじめとする、当事者です。現場の聞き取りからすべてが始まります。実際には、最初は地元のNGOへ現場の声が上がってくることが多いのですが、私たちも現場へ出向いてリサーチを行います。それをレポートにまとめ、提言を作成して、解決のための対話に臨みます。
――連携して動きにつなげるのですね。
地域に密着したNGOと、オックスファムのような国際NGOとの役割がかみ合うことが大事です。地域のNGOは、実際に問題にさらされている労働者を直接助ける、重要な役割を担っています。しかしそうしたNGOのリソースは限られていて、すべての問題は扱いきれない。また視点も限られます。
一方、私たちは複数のNGOとつきあっているので、共通の問題が起きていれば、解決策を転用することもできます。また複数の問題を俯瞰して、構造的な視点からシステム全体を変える提言もできます。
――企業にこうした話題に耳を傾けてもらう、最初の一歩が難しそうです。何か方法があるのでしょうか?
そこはまさに、難しいところです。でも問題の発見がビジネスのリスク回避につながるのなら、それは企業にとっても有益なはずです。
以前、タイでIUU(違法・無報告・無規制)漁業(詳しくはこちら)由来の水産物流通が明るみに出て、一大批判を浴びたのはよい例です*。国際メディアに大きく報じられたスキャンダルによって、IUU漁業由来の水産物がサプライチェーンに入り込んでいることを知った、欧米や北アジアの消費者が、背後に苦しんでいる人のいる商品にノーを突きつけ、業界全体を巻き込む大きな変化が起きました。
この仕事を9年間続けてきて、目的に対する自分の熱意はずっと変わっていないつもりです。でもその一方で、実際に変化を起こすには正義感や熱意だけでは足りないということもわかってきました。タイの水産業界でもIUU漁業対策などの取り組みが進み、強化された規制やより充実したモニタリングシステムの導入など、一面では状況は改善しています。
しかし同時に、法の新たな抜け穴など問題の変もあり、それに対処するには新しい考え方も必要です。今までの問題を解決して一件落着とは、なかなかなりません。企業、行政、市民社会のコラボレーションによって、手をゆるめることなく取り組みを継続する必要があります。関係者の関与、適切な法規制、業界全体の責任ある行動がなくては、意味ある変化をすることはできません。
後編では、アジアの企業における人権デューディリジェンス(HRDD)にかかわる提言について、そしてアジアの企業が第一歩の踏み出すために必要なこと、関わる人々へのアドバイスや日本企業への期待を語っていただきました。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。