世界最大のツナ缶企業、漁船を保有しないのに なぜ漁船の活動に責任を持つのか?(前編)

世界最大のツナ缶企業、漁船を保有しないのに なぜ漁船の活動に責任を持つのか?(前編)

タイ・ユニオン社は世界最大手のツナ缶メーカーとして、北米、ヨーロッパ、アジア太平洋地域に製造拠点と販売網を持ち、各地域に著名ブランドを展開。またマグロのサプライチェーンにおける課題を出発点に、2016年よりSeaChange®として立ち上げたサステナビリティの取り組みで成果を上げ、World Benchmarking Allianceによる世界主要水産企業30社の評価「Seafood Stewardship Index」で2021年以降続けて1位の評価を受けています。その現場について、同社のサステナビリティ活動を率いるアダム・ブレナン氏に聞きました。

 

アダム・ブレナン
タイ・ユニオンのCSO(最高サステナビリティ責任者)。同社グループのグローバル・リーダーシップ・チームの一員として、グローバル・サステナブル戦略「SeaChange®2030」の策定と推進を主導。同社に参加以前には、Puma、Saitex、C&A他でアジア地域におけるサステナビリティ関連のマネジメント等を手がける。英ハーパーアダムス大学卒、同レディング大学で再生エネルギー・テクノロジーとサステナビリティにより修士号取得。

 

子ども時代、東南アジアで抱いた問題意識

――タイ・ユニオンに入られる前には、ファッション業界でお仕事をされていたとうかがいました。ずいぶん大胆な転身に聞こえます。

私がこの会社に入ったのは、2021年の秋です。それまでは10年以上、アパレルやシューズなどのファッション業界で仕事をしてきました。

私の生い立ちからお話ししたほうがわかりやすいかもしれません。生まれはイギリスですが10歳で国を出て、インドネシア、台湾、中国、ベトナム、シンガポール、香港と、東南アジアを転々としながら育ちました。90年代初め頃、多くの国際企業が生産拠点を途上国へ移転していった、その国々に私は住んでいて、工場の移転が引き起こす問題を、現地で目の当たりにしました。

そこから自然と、社会や環境の問題に関心が向きました。大学ではイギリスへ戻りましたが、興味の中心には常にサステナビリティがあり、大学でも修士課程でもこのテーマを専攻しました。

その後、学んだことを実務に役立てたいと考えて、私はアジアに戻りました。最初に入ったPumaでは、グローバルサプライチェーンの環境負荷の軽減を推進する仕事に就きました。その次はあるデニムメーカーで、ものづくりの現場に直接関わりました。その後に参加したヨーロッパ系のファッション企業「C&A」でも、グローバルサプライチェーンを管理する立場でした。

こうしてかなりの年月をファッション業界で過ごした頃、タイ・ユニオンに誘われたのです。

アパレルやシューズの世界では、サステナビリティへの取り組みは1990年代初頭から長い歴史があります。社会的コンプライアンスの蓄積もあり、企業間コラボレーションも盛んです。そこで10年間学んだことを水産業界に活用できるかもしれないという考えは、とても魅力的でした。「サステナビリティへの取り組みは、業種を越えて共通」とよく言われますが、実際のところ、自分のスキルを水産業界にどこまで応用できるのか、試してみたいと考えました。

 

タイ・ユニオンの前には、ファッション業界の数社でサステナビリティを担当(写真は2015年、ZDHC(Zero Discharge of Hazardous Chemicals、繊維・皮革産業で有害物質排出ゼロをめざすNPO)のイベントで登壇するブレナン氏)

 

始まりは労働者の保護と、責任ある漁業から

──なるほど、まったく異なる業界に転職されたのは、そんな経緯があったのですね。

実際には、異業種から移転できるサステナビリティのノウハウは、ごく部分的なものでした。エビの養殖を綿花農園になぞらえる人もいますが、水産業独特の課題や困難については、新たに学ぶことが山ほどありました。

水産業はいろいろな面で高いリスクを抱えています。タイ・ユニオンでは2016年から、SeaChange®と名付けたサステナビリティ戦略を展開していますが、これはもともと、当時問題になっていた2つのテーマに取り組むために立ち上げられたものでした。

 

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ひとつは労働者の保護です。2016年当時、タイ・ユニオン最大の事業のひとつ、マグロ類のサプライチェーンは課題を抱えていました。しかしタイ・ユニオンは、自社では漁船を保有も操業もしていません。このため取り組みの初期段階からサプライチェーンと対話して、当事者である彼らにインセンティブを持ってもらえる方法を探りました。

担うべき責任を再考し、サプライチェーンを含めた労働者を守るための方策を探り、タイ・ユニオンとしてのポリシー、ツール、しくみを導入し、バリューチェーン全体に適用していきました。

もうひとつの課題は、責任ある漁業でした。タイ・ユニオンが世界中の海から調達するマグロを、確実にサステナブルな方法で獲られたものにする必要がありました。そのために2016年には、2020年までに扱うマグロの75%を責任ある調達由来にする目標を立てました。「責任ある」とは、FIP(漁業改善プロジェクト)を進めているか、MSC認証済みまたは審査中の漁業ということです。実際には2020年末の時点で、目標をはるかに上回る87%が達成され、その後2025年に向けて、取り扱うマグロの100%を責任ある調達由来にすると宣言しました。

 


左はインド洋セイシェルにあるタイ・ユニオンのマグロ加工工場。右はマグロの加工ライン

 

先頭を走るのは、コストもかかるがビジネス機会も生まれる

──2年前にタイ・ユニオンに加わって、最初から現在の立場でお仕事をされてきたのですか?

そうです。サステナビリティへの取り組みにトップマネジメントからの強力な後押しがあったことは、私にとっても幸運でした。内部での意志統一ができていなければ、成功は望めないからです。

水産業は海が健全でなくては成り立ちません。ひとつの漁業が崩壊したら、回復には何十年もの時間がかかります。だから責任ある調達は、自分たちの利益を確保するためにも必須でした。

業界で率先してサステナビリティに取り組むには、さまざまな知識、手法、しくみを社内で育てる必要があり、大きなコストがかかりましたが、大きな価値を生み出す源にもなりました。現在では世界のほぼ全てのお客様が、最低でもFIP、またはMSC認証のマグロを求めています。これは私達がリーダーシップをとって新しいゴールを確立した成果です。グローバルな枠組みづくりに向けた、パートナーやステークホルダーとの協働によって、マグロにかかわる業界全体が変わってきたのです。

その過程でタイ・ユニオンの戦略が、顧客のサステナビリティ戦略の一部に組み込まれ、そこにもビジネスの機会が生まれました。タイ・ユニオンが顧客企業のサステナビリティ目標や宣言の確立をサポートし、推進する存在となることです。

 

Thai Union の取り組みは、大きなビジネス領域であるマグロからはじまった。写真は国連の制定した「世界まぐろデー」のための同社発信(2023年)

 

社員から外部関係者までインタビューして、原点を再定義

──2016年からのSeaChange®を受けて、2023年7月にはSeaChange®2030を発表されています。これはご自身が中心になって推進されたのですね。

タイ・ユニオンは過去数年間、Seafood Stewardship Indexで1位の評価を受けています(2021、22、23年)。ダウ・ジョーンズのサステナビリティ・インデックスでも、食品業界部門で1位になりました(2022年)。しかしトップリーダーの評価を得ても、そこに安住はできません。新しい発見、新しいツールが次々と登場する中、課題も取り組みも、常に更新していく必要があります。

そこでSeaChange®2030をつくるにあたって、私はマネジメントとともに「リーダーシップとは何か」を定義し、またSDGsから「サステナブル」の大まかな定義を描いて、タイ・ユニオンにとって重要になりそうな分野をすべて洗い出しました。

その上で、外部ステークホルダーを含む関係者――研究機関、NGO、投資家、関連コミュニティのステークホルダー、そして自社従業員にインタビューを行い、タイ・ユニオンのビジネスに重要な項目を見きわめ、マテリアリティを特定していきました。

私たちのマテリアリティ・マトリクス(下図)をご覧いただくと、人権、気候変動、透明性とガバナンス、責任ある調達、海洋プラスチック……多くの項目が右上に来ています。これらすべてが私たちにとって重要なマテリアリティだということです。これが私たちのホリスティックな考え方につながります。つまり、マグロのサプライチェーンだけを見ていてもだめで、他の分野にも目を向けなければならないと気づいたのです。

 

タイ・ユニオンのマテリアリティ・マトリクス。「ステークホルダーにとっての重要性」と「ビジネスの成功上の重要性」が重なる右上のエリアに、「人権と労働倫理」「気候変動と環境保全」「透明性とガバナンス」「責任ある調達」「長期コミットメント」「イノベーションと製品責任」などの項目が集中している。

 

あえて時間をかけて、現場との共創を

──タイ・ユニオン自身も大きな組織です。その中で新しい動きを推進していくのは、難しさもあったのではないでしょうか。

タイ・ユニオンの組織と業務範囲の広さを考えると、上で決めた戦略をトップダウンで強行するのは得策ではありませんでした。そこであえて現場から、ボトムアップで戦略を組み立てる道を選びました。

具体的には、サステナビリティの個別トピックごとにいくつもの集中ディスカッションを行い、そこで各部門と私たちサステナビリティのチームとが本格的な共創(コ・クリエイション)を行いました。そこからゴール、ビジョン、アクションプラン、KPIなどを決めていったのです。

時間のかかる方法でしたが、何百という人が戦略をつくりあげるプロセスの一部となったことで、全員が当事者意識を持つことができました。ひとたび戦略が出来上がれば、経営陣からの承認はスムーズでした。各部門とも自分のチームがプロセスに関わっているので、すでに合意ができているも同然だったからです。

サステナビリティが担当部門だけの責任ではなく、すべてのビジネス活動の中にある、全員にとって自分ごとであるという意識を全社に浸透させる。これが私の挑戦でした。

 

写真はインド洋の漁場から、タイ・ユニオンの加工場へ漁獲を水揚げする船

 

──そもそも、ボトムアップのアプローチを考えられたのはなぜでしょう?

コラボレーションは、私のマネジメントのスタイルでもあります。過去にいた組織でも経験したことですが、戦略を立てても、それが当事者の意識と一致しなくては意味がない。サステナブルなエビとは何かを定義しようと思うなら、エビの商品化チーム、調達チーム、さらにはエビの養殖業者にも会わなくては。現場で困っていることを直接見なくては、相手と意識を合わせられるはずがありません。

──そうした動き方は、経営陣からも期待されていたのでしょうか?

タイ・ユニオンの企業文化には合っていたと思います。私がここへ来たのは2年前ですが、この戦略を発表したのはほんの4ヵ月前(発表は2023年7月、インタビューは同年11月)。計画立案の前にまず、この会社の企業文化を理解し、ふさわしい動き方を身につけるのに時間をかける必要があったからです。

この方法があらゆる組織でうまく行くかと言えば、答はノーです。過去に私の関わったヨーロッパ系企業は、多くがトップダウンでした。でもタイ・ユニオンにはボトムアップの方が合うし、コラボレーションを受け入れる企業文化があったので、各部署のチームとそれぞれ充実した共創活動ができました。

 

後編では、社内からサプライチェーン、同業他社、NGOまで共に動く必要のあるサステナビリティの取り組みを実際に進める上で、担当責任者としての姿勢や大事にしていることをうかがいます。

 

取材・執筆:井原 恵子

総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。