水産流通を規制する日本初の法律、所管官庁の担当課長が語る新制度の舞台裏(後編)

水産流通を規制する日本初の法律、所管官庁の担当課長が語る新制度の舞台裏(後編)

2022年12月に「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(以下:水産流通適正化法)」が施行されて4カ月。前編では、法律施行までのプロセスをリードした水産庁加工流通課長の五十嵐麻衣子さんに、検討会議でのステークホルダーとの意見調整などを振り返っていただき、特定一種に関する新制度運用の状況を伺いました。

後編では、主に特定第二種に関して海外との協議や連携について語っていただくとともに、五十嵐さんご自身の来し方と今後の抱負なども伺います。

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諸外国との協議と連携

 

――特定第二種の水産物(サンマ、イカ、サバ、マイワシ)に対する運用はどんな状況でしょうか?

特定第二種は外国から輸入するときに「適法に採捕されたものです」という外国政府発行の証明書をつけてもらいます。実は、輸入ものの大半は冷凍品等の加工品なので、法律が施行された後に採捕されたものについての証明書の添付は、最近ようやく本格化し始めたところです。

 

特定第二種水産動植物等に係る制度スキーム(資料提供:水産庁)

 

きちんとした証明書を出してもらえるように、二国間で協議するわけですが、まだ協議が整ってない国とは協議を継続していますし、協議が整った国とも、制度運用上の細かい調整を引き続き行いながら発行は行われています。このようにオンゴーイングですが、全体として大きな混乱もなく、制度が導入できているかなというのが、今時点の評価です。

――適法採捕証明書に関して、二国間でどんな協議をするのですか?

一番重要なのは、その国において適法採捕を確認し、適正に証明書を出す体制や仕組みが整っているのか、そして、その国に漁業法なり水産流通適正化法に匹敵するような漁業管理関係の法体系があるかどうかなどを確認することです。

――国によって制度がいろいろ違うと思いますが、今回の日本の流通適正化法が要求する証明書の水準に合致しない国もありますか?

そういう国は当然そのままでは認めませんし、認めるにあたっては、求める証明項目を、裏づけをもってきちんと証明できる法体系や体制が確認できて初めて輸入ができるということとしています。

――二国間協議が整って証明書類を出してもらえるようになった国はどれぐらいありますか?

EUのような“地域”も含めて、(2023年)4月1日時点で35の国と地域ですね。輸入実績が大きい国から協議を進めてきたので、我が国への特定第二種の輸入実績金額の約96%はすでにカバーできており、そういう意味では輸入には支障がないと思っております。

――各国が発行する適法採捕証明書や加工申告書に記されている内容の信ぴょう性を疑問視する声もありますが、信憑性を担保するような仕組みはあるのでしょうか?

そのような声が具体的に我々に届いている事実は今時点ではありません。繰り返しになりますが、二国間の協議の段階で、その国の政府にちゃんと適法採捕を確認できる体制や仕組み、きちんとした漁業管理関係の法体系や執行体制が整っているかどうかを確認した上で、OKですと認めて初めて輸入ができるという仕組みになっています。

要するに、外国政府が発行する証明書ですので、もしも信ぴょう性が疑われる事態が起きたら、証明書を発行した政府に対して迅速に対応を取っていくということになります。

――各国の施策がばらばらだと、輸出事業者にとっては、それぞれの制度を遵守していくのはなかなか負担が大きいと思われますが、制度の統合を図るような国際的な連携は進んでいるのでしょうか?

おっしゃる通り、主要な市場国である日本、EU、アメリカが輸出入に関連する規制で足並みを揃えていくのは重要なことだと思っています。日本の特定第二種の輸入の部分の規制は、EUの漁獲証明制度をモデルにしています。なぜかと言うと、EUの制度は導入されてから今年で13年という実績があり、90カ国を超える国々で広く受け入れられており、その制度と整合性があればスムーズに貿易ができるからです。

一方で、国によって事情の異なる部分もありますので、そこはやはり日本における規制としての合理性や関係者の負担など、実情を踏まえて実行可能性を十分考慮する必要があると考えております。

 

人権問題はカバーされないのか?

――水産流通適正化法のゴールは、資源を持続可能に保全していくということで、そこをまずしっかりまずやろうというお話でしたが、たとえば、人権問題についても検討会議の中で議論はあったのでしょうか?

先行していたアメリカやEUにおける水産流通適正化法に該当する法律で言うIUU漁業には「人権」という概念がなかったので、当時の検討会議ではそういった議論は特段行われていませんでした。

――漁船における奴隷労働など、最近は人権侵害の問題に関心が高まっています。もしかすると奴隷労働によって漁獲され輸された水産物であっても、一般消費者には店頭では見分けがつきません。そこは今の水産流通適正化法ではカバーされないのでしょうか?

強制労働などの人権問題は水産物だけの話ではなく、たとえば、最近では日本メーカーが製造する衣類に関するウイグルでの強制労働など、いろいろな事例や問題があります。アメリカでは、水産物に限らず、強制労働に関係したすべての産品の輸入を関税法で禁止していますし、EUでも同様に強制労働を伴う製品の輸出入等を禁止する規制を導入しようとしています。

日本でも、日本国全体として人権侵害の問題にどこでどうやって対応していくのかという問題だと思います。最近の動きとしては、経産省に設置された検討会における議論を踏まえ、各企業がそういうものを扱わないようにする、人権尊重のためのガイドラインが策定されるなど、水産に限らず、国全体で検討が進められている状況です。

 

東京サステナブルシーフード・サミット2022に登壇した五十嵐さん

 

ポリシーメーカーを志し法律という専門性を磨く

――学生時代から国家公務員になりたいと考えておられたのですか?

私は多感な時期に3年半、アメリカのワシントンD.C.で過ごしました。すごく特殊な町で、中学校でも政権の政策やポリシーメーカーを話題にする授業があり、政権が変わると、そこに住んでいる人たちがガラッと民主党に変わったり共和党に変わったりするような土地柄でした。

なので、割と身近な感じで「ポリシーメーカーになると世の中のためになる。ポリシーメーカーになりたい」と漠然と考えていました。それもインターナショナルな貢献よりも、国内、日本に貢献したいという思いがあって、国家公務員になりたいと思ったというところです。

――その中で農林水産省というのもご自身の選択だったのですか?

そうですね。生きていく上で食べることって一番重要だと思いますし、学生時代に国際関係と環境問題に関心があったので、その2つの分野の仕事ができる役所は農水省だろうということで、はい。

――入省4年目にアメリカに留学され、さらに法律を学ばれたのはなぜですか?

大学で法学部だったというバックグラウンドもありますが、やっぱり、役所にいると法律をつくるということもありますし、業務の中で法律に照らしてという発想があり、日々、法的な思考が求められるので、自分の専門として留学先でも法律を選んだということですね。留学後、農水省に戻った後に出向したスイスのバーゼル条約事務局では、アソシエート・リーガルオフィサーという肩書で、イギリス人の弁護士の元、法律関係の業務を経験しました。

――豊富な国際経験は、今回の水産流通課適正化法の施行で、各国との協議や連携にも生かされているのでしょうね。ワーキングマザーとして農水省で勤務を続け、国内でも様々な部署に異動されました。そうしたご経験が現在のお仕事にどのように生きていますか?

上の世代で道を切り開いてきた先輩方に比べたら、私が入省した頃には育児休業制度もありましたし、子育てと仕事を両立する環境は整ってきたと思います。家族のサポートもあり今日まで仕事を続けることができました。

私は農水省で割と“川下”の行政を担当する機会が多かったですね。消費者庁食品表示企画課への出向もそうですし、食品品質課、木材利用課、和食室など、消費者に近い川下の行政です。今の加工流通課も、加工から流通、消費まで所管していますし、その中で水産流通適正化法は、水産資源の持続的な利用という大きな目標のために、その流通を対象とする法律ですから、川下行政の経験が生きているかなと思っています。

国の水産政策改革に携わって

――加工流通課では昨年「さかなの日」(※)を立ち上げられました。そちらも順調に普及しつつありますか?

水産流通適正化法を施行する2か月前の10月に始まったばかりですが、まずは良いスタートを切れたかなと思っています。官民協働の取り組みで、今、賛同メンバーは700を超えています。漁業者だけでなく、小売、外食のほか、釣り関係やマスコミなど、いろいろな方々に入っていただいており、また、さかなクンに「さかなの日」アンバサダーになっていただきました。

水産庁は、毎月3日から7日までを「さかなの日」に制定し、11月3~7日は「いいさかなの日」として
水産物の消費拡大に向けた活動の強化週間と位置付けている。(ロゴ提供:水産庁)

 

「さかなの日」はずっと末永く、定着させていきたいので、毎年何か趣向を変えた仕掛けを作って、みなさんに訴求をして、民間の企業・団体のみなさまとともに「さかなの日」の取り組みを推進していきたいと思っています。

(※)「さかなの日」:水産物の消費拡大を官民協働で推進するため、水産庁は「さかな×サステナ」をコンセプトに、毎月3日から7日までを「さかなの日」に制定した。

――ご家庭でも何かやっていらっしゃるのですか?

頑張って、子どもたちに魚を食べさせてます(笑)。

――学生時代に思い描いたポリシーメーカーになって、国の行政に携わってこられた中で、現在の水産行政でのご自身の取り組みの手応えはいかがでしょうか?

水産流通適正化法は、水産物自体の流通に本格的な規制を導入する、本当に初めての試みだったので、とても大変でしたが、それを担当できたのは光栄なことだと思っています。

制度設計も大変でしたが、すごく緊張したのは、日々お魚を国民の皆さんに供給するためにそれぞれ役割を果たしていただいている漁業者や流通業者の方々に規制をかけるということでした。その方々の正当、かつ、自負になっているビジネスを不当に阻害しないように配慮しながら、みなさんの合意を取るのはすごくチャレンジングなことで、そのバランスは難しいと感じています。

そういう意味で、無事に施行できてよかったと思っていますし、私の中で大きな仕事に携わったという達成感はあります。

――今後どんなことにチャレンジしたいですか?

農林水産省のフィールドの中でしっかりとやっていくということだと思います。今は加工流通課にいますので、一番大切なのは、しっかりと安定してお魚をみなさんのところに届けること。水産物の安定供給って、実は獲るだけじゃなくて、それを加工して流通して消費者に届けるという部分もすごく重要です。

 

水産物の安定供給のために重要な役割を果たす加工・流通部門(写真提供:水産庁)

 

私に与えられた役割は加工流通分野ですから、そこをしっかりやると。中小零細事業者の方々も多いので、しっかりとサポートしていくとともに、国内ではやはり消費が落ちているので、水産物の消費拡大にも貢献できるように考えていきたいと思っております。

 

 

 

五十嵐 麻衣子(いがらし まいこ)
1975年東京都生まれ。1997年早稲田大学法学部卒業、同年農林水産省入省。畜産局、食品流通局勤務後、2000年米国留学。2001年にハーバード大学法科大学院修士(LL.M.)を取得、ニューヨーク州弁護士登録。留学後、国連環境計画(UNEP)への出向、大臣官房国際部等を経て、2017年7月より食料産業局食文化・市場開拓課和食室長。2019年8月より消費者庁食品表示企画課長。2021年7月より現職。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。