世界30か国のサプライヤーと共に挑む、水産サステナビリティ戦略(前編)

世界30か国のサプライヤーと共に挑む、水産サステナビリティ戦略(前編)

Seafood Legacy Timesでは、北米、ヨーロッパを中心とする大手水産メディア「Seafood Source(シーフードソース)」と連携し、日本の政府、企業、漁業者の優れた取り組みを海外へ発信する「Japan: How Sustainability and Changing Markets are Impacting Seafood Production」シリーズを配信しています。

第3回は日本を代表する冷凍食品会社、および低温物流会社、株式会社ニチレイです。ニチレイグループは、食の調達、生産、物流、販売に至る広い領域で事業を展開しています。水産物をはじめ、多種多様な食材を扱うだけに、取引相手国、サプライヤーの数も多いのが特徴ですが、環境、社会的サステナビリティにどう取り組んでいこうとしているのか、今回は、株式会社ニチレイの取締役上席執行役員、田邉 弥​​氏にお話をうかがいしました。

 

こちらの記事の英文はSeafood Sourceにも掲載されています
(Seafood Sourceは欧米の読者向けに編集されているため、一部日本語版と違う部分がございます)

Nichirei Fresh President Wataru Tanabe tackles sustainability and human rights due diligencez (SeafoodSource)

プロフィール: 田邉 弥 (たなべ わたる)
1992年に株式会社ニチレイへ入社、2021年水産・畜産品を取り扱う株式会社ニチレイフレッシュの代表取締役、同年に株式会社ニチレイの取締役執行役員に就任。

 

──まず、御社のなりたちから、これまでの歩みをご紹介いただけますか。

田邉:ニチレイグループの事業は1942年、戦中の食糧難の中、国が食料を管理するため、水産会社を集めて帝国水産統制株式会社を作ったのが始まりとなります。

魚の搬入風景

 

戦後1945年に「日本冷蔵株式会社」として改組し、1945年から全国的な食料供給体制の再構築の一端を担いました。高度成長期を迎えた1960年以降は日本の食生活の欧米化が始まり、これを機に畜産業や水産加工業へも事業を展開し、多角化を推進していきました。

1980年代になると、女性の社会進出や家庭での電子レンジの普及率の上昇とあいまって、利便性に優れた冷凍食品への需要が高まります。当社は時代のニーズに合わせた商品を次々と開発しトップシェアを維持しています。

2005年には、ニチレイが持株会社となり、現在は4つの事業会社──加工食品事業のニチレイフーズ、低温物流事業のニチレイロジグループ、水産・畜産事業のニチレイフレッシュ、医療に用いる診断薬等を扱うバイオサイエンス事業のニチレイバイオサイエンスからなる持株会社制へ移行し、事業運営を迅速化しました。水産事業は、畜産事業と統合された事業体である、ニチレイフレッシュが行っています。

──水産関連事業を扱っている、ニチレイフレッシュの事業について少し詳しくうかがえますか。

ニチレイフレッシュは、グローバルな調達機能や開発機能を活かして、水産品と畜産品の素材提供を中心に事業を展開しています。ユーザーからの要望に沿って、最適な加工度で水産・畜産品を生産し販売します。

また独自の「こだわり素材」として、「鮮度」「おいしさ」 「安全」「安心」「健康」「持続可能性」の6つをコンセプトにした水産品、畜産品の開発を進めています。あわせて資源や環境に配慮した持続可能なサプライチェーンの構築と、より高い生活者価値の創出を目指しています。

──水産関連の事業は、国内外でどのように展開されているのですか?

東京都中央区築地に本社をおき、国内では、6拠点で販売を展開、自社の水産加工工場もあります。海外では、アメリカと中国(大連、山東、香港)、ベトナムの5拠点で販売を展開、自社の水産加工工場がベトナムにあります。

──サステナビリティに関しては、多くの企業が「悪い影響を与えない」というアプローチをとる中、御社は「よい影響を与える」ことを強調されています。御社のサステナビリティ基本方針「ニチレイの約束」には「新たな商品やサービスを創り出し、事業を通じてお客様および社会の課題を解決します」とありますが、なぜこうした姿勢を重視されているのでしょうか?

ニチレイグループは今年の12月で創立78周年を迎えますが、これまでも時代ごとの社会課題をチャンスとして受けとめてきました。課題に対して、新たな価値を実現する商品やサービスを社会に提供すること、今までにない食のシーンや食文化を創造し、挑戦し続けること──こうした食のフロンティア力が、私たちのDNAであり、強みだからです。

──水産資源のサステナビリティには、具体的にどのように取り組まれていますか。環境面、社会面をあわせて、ぜひお取り組みをご紹介ください。

ニチレイフレッシュがこれまで、国内でステークホルダーとともに行ってきた水産資源に関するサステナビリティ活動として、二つの事例をご紹介します 。

一つは株式会社福岡魚市場、天草漁業協同組合と協働で、2022年6月からスタートした「生命(いのち)の海プロジェクト」です。熊本県天草市で獲れる、天然シバエビの販売収益の一部を資金とする、アマモ場の再生活動です。

アマモ場は魚介類の産卵・生育の場であり、海の生態系に重要な役割を果たしています。しかし近年ではアマモの減少が続き、海の生きものの生存環境が損なわれたり、水質が悪化したりする原因となっています。ニチレイフレッシュは、これまで海外で培ったノウハウや経験を日本で活かしてこの問題に取り組み、海洋の生態系および海洋環境を保護し、持続可能な水産品調達につなげる活動として積極的に取り組んでいます。
もう一つが2013年から参加している、北海道の雄武漁協が主体となって活動する「 お魚殖やす植樹運動」です。北海道内の多くの漁協で行われている取り組みですが、ここでは幌内にあるサケ・マス孵化場の脇を流れる幌内川の周辺環境を豊かにすることで、サケ・マスの回帰率の向上や海の環境回復につなげ、他の魚種を含めて増やすことを目的として、毎年行われているものです。28回目を迎えた2023年は、ニチレイフレッシュの従業員や地域の方々を含め約100名が参加して開催されました。ミズナラの木を中心に700本を植樹し、これまでの累計植樹本数は25,200本に達しました。

「お魚殖やす植樹運動」として北海道にミズナラなど累計25,200本を植樹

 

──海外でもサステナビリティに取り組まれている活動がありますか?

海外でも、ステークホルダーとともに水産資源に関連するサステナビリティ活動に取り組んでいます。2つの事例をご紹介します。

 

ひとつがインドネシアでのマングローブ植樹プロジェクト、「生命(いのち)の森プロジェクト」。ニチレイフレッシュ、エビのサプライヤー、カリマンタン島タラカン市の3者共同で2006年に立ち上げたものです。人工的なエビの集約養殖による環境破壊や生物多様性への影響を社会課題として受けとめ、エビ養殖地域での環境負荷を低減し、安全・安心なエビの調達を持続可能にすることをめざしてきました。

具体的には、インドネシアで古くから行われてきた粗放養殖によって生産されたエビの収益金の一部をマングローブ基金として、 集約養殖の放棄池となった荒池や、地域の公園などの場所で、計画的な植樹を行っています。現在ではジャワ島、スマトラ島でも地元サプライヤーと共同で活動を拡大しています。16年間にわたる継続的な活動の結果、2022年までに植樹したマングローブは累計約38万本を超えます。タラカン市やその周辺では、植樹活動の広がりとともに、土壌や生態系の回復も見られます。

もうひとつが、生物多様性の保全と持続可能な生産の両立を実現し、中国では初となるアサリ漁業での「MSC漁業認証」を取得した事例です。

足掛け5年 中国のアサリ漁で念願のMSC認証取得 企業とNGOの協働で(前編)

足掛け5年 中国のアサリ漁で念願のMSC認証取得 企業とNGOの協働で(後編)

 

日本が輸入するアサリの約60%は、中国の黄海沿岸の湿地を主要生産地としています。ニチレイフレッシュでは、この中国産アサリを2006年から「こだわり素材」として調達してきましたが、年々減少する収穫量や、自然環境の悪化に懸念を抱いてきました。2016年、持続可能なアサリの調達をめざしたいニチレイフレッシュと、黄海沿岸域(鴨緑江河口域)の生物多様性保全を提言していたWWFの想いが重なり、アサリのサプライヤーである丹東泰宏食品有限公司とともに、漁業改善プロジェクト(FIP)をスタート。

これが実を結んで、2021年9月にMSC漁業認証を取得。渡り鳥の休息や採餌に欠かせない、黄海沿岸域の豊かな自然環境に配慮した持続可能な漁業として、鴨緑江河口域のアサリ漁業が認められました。このMSC認証取得は、中国と日本のサプライチェーン上の関係者が協働する漁業改善プロジェクトとして、中国では初めての事例となりました。

NGO、日本企業との協働で中国アサリ初のMSC認証取得。苦難を乗り越えた中国企業の素顔(後編)

 

ニチレイフレッシュは持続可能な水産品として、漁業認証のMSCや、養殖認証のASCの認証品などの取り扱い比率を、2030年度には全取扱量の50%まで上げることを目標に掲げ、取り組みを進めています。

第4回 ジャパン・サステナブルシーフード・アワード(2022年)のコラボレーション部門のチャンピオンに選出された。左から2番目が株式会社ニチレイフレッシュ 取締役常務執行役員 の吉原隆之さん、3人目が株式会社ニチレイフレッシュ 國田英紀さん

 

──水産品の生産の場に関しても、幅広く取り組まれているのですね。

水産資源に関するもうひとつのサステナビリティ活動として、社内への理解浸透にも注力しています。その一環として、持続可能な食を次世代につなげる大切さを知ってもらうため、従業員にとって身近な食の場である社員食堂で「社員食堂から始めるSDGs活動」を始めました。

第1弾としてはニチレイフレッシュがCoC認証を取得し、調達販売しているASC認証のエビを本社の社員食堂メニューに取り入れ、今年7月に1回目、9月に2回目の実施をしました。第2弾は12月にMSC認証のアサリをメニュー化する予定です。2023年度は本社(東京都)をはじめ関東圏の拠点から取り組み、2024年度以降は関東圏以外のニチレイグループ社員食堂への導入を目指しています。

 

後編では、サステナビリティに取り組む動機や新たに挑戦をしはじめた人権デューディリジェンスについておうかがいします。