複雑だが解決法はある水産サステナビリティ 魚に国境はない、国を越えて連携を【前編】

複雑だが解決法はある水産サステナビリティ 魚に国境はない、国を越えて連携を【前編】

ウォルトンファミリー財団で、水産物のサステナビリティに関わる組織や団体を支援する「オーシャンズ・イニシアチブ」をリードするテレサ・イッシュ氏。日本でもシーフードレガシーを含む複数の団体とパートナーシップを組み、東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)にも初回から登壇しています。

世界で数多くの団体を支援し、単なる助成の立場を越えて目的を共有する協働のパートナーシップを組んできた視点から、サステナビリティに向けた取り組みで心がけていること、そして日本の水産業界についての思いを聞きました。

 

テレサ・イッシュ
ウォルトンファミリー財団にて、サステナブルな漁業によって水産物と海の生態系を守る、オーシャンズ・イニシアチブのリーダーを務める。以前は環境防衛基金(Environmental Defense Fund)で企業パートナーシップ・プログラムの水産物プロジェクトマネージャーとして調達方針の策定などを手がけ、また初期のサステナブル・シーフード・ムーブメントを主導したフィッシュワイズ(FisWise)を共同設立。カリフォルニア大学サンタクルーズ校で海洋科学修士、および海洋生物学合同学士取得。ハーバード大学エクステンションスクールにて、コーポレート・ファイナンス資格取得。

 

日常食の魚が消えかけるのを見て、漁業管理の必要性を痛感

――海のサステナビリティにかかわるお仕事をされて長いと思いますが、この分野に関心を持たれたきっかけを教えていただけますか?

私は大学で海洋生物学と海洋科学を学んで、複数のNGOでの仕事をした後に、今の財団の仕事に就きました。環境保全に関わりたい思いは昔からありましたが、特に海の問題に関心を持ったのは、大学でサーフィンを始めたのがきっかけでした。

私はカリフォルニアで育ち、祖父母がサンタクルーズに住んでいました。祖父は腕のよい漁師で、釣り船を出す仕事をしていて、海は昔から身近な存在でした。そして海辺で長い時間を過ごすようになって、安心感と心地よさを与えてくれる海をなんとかして守りたいと思うようになったのです。

具体的な漁業管理に興味を持ったのは、パシフィック・ロックフィッシュ(メバル属の魚)の漁業崩壊*を目の当たりにしたのがきっかけでした。とても美しい魚で、カリフォルニアの日常の食卓に欠かせない魚です。なのに漁業崩壊が起きて、このままでは食卓から消える事態になった。

これが、魚と漁業を守るために行動が必要なのだと実感するきっかけになりました。魚を獲って生計を立てる人々を身近に見ていたことから、ただ単に「獲るのをやめる」だけでは済まないこともわかりました。個体数を回復させながら、同時に漁業に頼って生きる人々も守らなければならないと。

 

*漁業崩壊とは、ある魚種などの水産物資源が激減して、それを対象とする漁業が成り立たなくなること。大きな原因として過剰漁業の他、生態系や気候変動を含む環境の変化が組み合わさった結果、資源が枯渇し、漁船数が減ったり、十分な利益が生めなくなって、産業自体が危機的状況に陥る。

自分でも海に出て魚に接する。アラスカではオヒョウの大物を釣り上げた(2022年)

複雑だけれど、解決方法のある問題だからやりがいがある

――ずっと身近だった海のために、具体的に行動したいと考えられたのですね。

魚にかかわる仕事が奥深く興味が尽きないのは、人の営みと密接に関係しているからでもあります。魚の話は食べものの話であり、食べものは文化の一部でもあります。また漁業の問題はとても複雑です。過剰漁業や違法漁業、サプライチェーンの労働問題、漁業コミュニティの維持。これらが互いに深くからみあっています。

でもこれは、解き方のわからない問題ではありません。たしかに変化を起こすには、やるべきことが山積しています。水産資源を、ひいては漁業を守ることの重要性をわかってもらうことは簡単ではありません。でも解法はある。だからこそ、そこにやりがいを感じています。

――今、ウォルトンファミリー財団で手がけられているお仕事について、ご紹介いただけますか。

魚の健全な個体数を保つことは、生態系の保全はもちろん、海を気候変動や環境汚染から守ることであり、漁業で暮らす人々の生活を守ることでもあります。だから私たちは「コミュニティ・ビジネス・環境保全」の3つを同時に視野に入れて取り組もうとしています。

そのためにウォルトンファミリー財団ではNGOなどの組織を支援し、これらの組織が漁業コミュニティ、水産企業、漁業管理を担う行政とともに課題に取り組むことで、あらゆる関係者がともに前進できることをめざします。私の仕事はパートナーとなる組織を選び、彼らの仕事をサポートすることです。

世界3大市場のひとつ、日本は欠かせないプレイヤー

――日本にも多くのパートナーがあるのですね。日本で活動されるようになったいきさつは?

世界で流通する水産物の3分の2が、アメリカ、EU、日本の3大市場に流れています。合法・違法を全部含めてです。だからこそ、日本は欠くことのできない重要なプレイヤーなのです。世界の海を守るためにも、貴重な食料資源を保全するためにも、日本の参加がないことには目標を達成できません。

――水産物がグローバルコモディティだからこそ、各国の連携が大事なのですね。

そうです。たとえば、EU内でかつて国ごとにばらばらに規制を決めていた頃、厳しい輸入規制を導入した国で、ある地域からの輸入が急減し、同時に別の国で急増したことがありました。つまり行き先が変わるだけで、受入を拒否された商品は別の国へ流れるのです。

同じことは世界規模でも起きます。しかしアメリカ、日本、EUが一体になって違法な水産物を市場から閉め出せば、話は別です。この三大市場以外のマーケットは、規模も取引価格も格段に落ちるからです。こうなると、わざわざサステナブルでない水産物を売る意味は薄れます。

だからこそ、日本を含めた連携が必要なのです。違法漁業の問題に取り組むIUU Fishing Action Alliance(IUU-AA)のメンバー国なども加えて、市場となるすべての国や地域がともに違法漁獲物を拒否することが、解決への唯一の道です。

IUU Fishing Action Alliance(iuu-AA、IUU漁業アクションアライアンス)は、水産資源の枯渇や海洋生態系破壊の主な原因のひとつとなるIUU(違法・無報告・無規制)漁業の撲滅に向けた、政府間連携プラットフォーム。2024年2月時点で、アメリカ、EUをはじめとする11の国と地域が加盟。詳しくはこちら

重点目標としている9魚種、世界14ヵ所の漁業改善に向けて、三大市場となっているアメリカ・EU・日本での活動に力を入れている(図はウォルトンファミリー財団のサイトより。全体図はこちら

パートナー探しと関係づくりは丁寧に

――助成対象の組織を「パートナー」と呼ばれていますが、彼らとはどのように出会い、選ばれるのでしょう?

イベントへの参加や人づての情報から、候補となる組織の活動内容、影響力、規模、可能性、必要としているものを調査し、私たちが彼らの力になれるかどうかを探ります。特に新しい地域では、パートナー探しには時間をかけ、慎重を心がけます。

どの財団にもそれぞれの理念やアプローチがあると思いますが、私たちは、世界観や動き方に自分たちと共通点のあるパートナーを探します。完全な一致までは求めませんが、ツールやアプローチが私たちの視点から見て効果的と思えることが条件です。そして相手にも、知見や世界観を私たちに共有してほしいし、逆に私たちのやり方に疑問や異論があれば、それも遠慮なく教えてほしいと働きかけます。

よい関係づくりは大事です。信頼関係の土台として、お互いに何を大事にしているかを共有し、私たちが助成金によって支配や指示をしたいのではなく、ビジョンを共有し、ともに取り組んでいきたいのだと理解してもらうことです。

というのも、問題のある現場に近い人こそが、解決策に近いところにいると私たちは考えているからです。現場に踏み込んで活動する彼らの考え方、アプローチ、解決方法を、私たちも取り入れたいのです。

私たちの役割はリソースを提供して手助けすることです。リソースとは資金だけでなく、コネクションや関係でもあります。ときにはパートナーから「何をしてほしいか教えてください」と、答を求められることもあります。「私の役目は、あなたに何をすべきか指示することではありません」と辛抱強く伝えますが、簡単ではないこともあります。

アラスカの漁業者を訪ねて話を聞く、ウォルトンファミリー財団のイッシュ氏(右)と、
同財団環境プログラムディレクターのマクドナルド氏(中央)。左は漁船の船長、ミルン氏

 

複雑で巨大な課題の解決に不可欠な、協働体制の構築をサポート

──単に資金を助成するだけの関係ではないのですね。

そうです。またどの地域でも私たちは、パートナー間の連帯、協働を支援し、ネットワークの構築をめざします。同じ課題に向かいながら、少しずつ異なるツールや専門性を持つ人々が力を合わせることで、より効果的に前進できるからです。

ひとつの組織がいくら強力で優秀でも、単独でできることには限りがあります。私たちが取り組もうとしている課題は巨大で、その範囲は広汎に及ぶため、連携は不可欠です。だから私たちはパートナーに他のグループを紹介し、つなげ、連携、協働を後押しします。

これは財団独特の視点かもしれませんが、私たちは多くの組織と協働しているので、さまざまな場で行われていることを、少しずつですが数多く見ています。地域や分野を横断して、複数の活動が重複していたり、同じことに少し異なる角度から取り組んでいたり……。そこでグループ同士を互いに結びつけることで、より効率的、効果的に前進できることもあります。

「パートナー」同士のつながりが、市場と漁業現場とのつながりに

コネクションづくりのひとつで、今まさに考えていることがあります。例えばシーフードレガシーでは重要なテーマのひとつとして、輸入マグロに注目していますね。IUUや強制労働の発生リスクが高い分野のひとつです。

一方、私の同僚が担当しているTuna Consortiumでは、小規模の一本釣りから大漁船団まで、世界の幅広いマグロ漁の代表者たちを集めています。彼らの獲った最上級品、刺身クオリティのマグロは、多くが日本に入ってくる。そのサステナビリティに対して、今まで日本のサプライチェーンがほとんど関与できていませんでした。

そこで私たちとしては、日本の水産企業に働きかけられるシーフードレガシーと、現地の漁業者を束ねているTuna Consortiumをつなぎたいのです。

マグロ漁の現場に対して「日本企業がサステナビリティを求めている」という買い手の声は、大きなインセンティブになります。また日本企業の方でも、どこのマグロ漁がサステナブルなのか情報がほしいので、連携のメリットがあります。このようにパートナー同士のコネクションをつくることは、私たちにとって本当に大事なのです。

漁業の現場から、水産企業、NGO、研究者、行政までを視野に入れて取り組む必要がある。写真はバリの小型漁船(写真 Leo Pradela)

 

後編では、NGOなど複数の団体を支援する立場を持つ、財団ならではの横断的な視点、動き方、戦略、大きな変化の兆し、そして10月の東京サステナブルシーフード・サミット2024への期待、そこで発信したいメッセージなどをお聞きします。

 

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。