マグロ業界における透明性の危機-Planet Tracker「Tuna Turner」レポートより

マグロ業界における透明性の危機-Planet Tracker「Tuna Turner」レポートより

2025年6月、英国のシンクタンクNGO、Planet Trackerがマグロ製品をめぐる透明性の問題に関するレポート「Tuna Turner」を発行しました。今回はこのレポートの要点を日本向けにまとめた要旨の発行に合わせて、Planet Trackerの海洋チーム長 フランソワ・モニエ氏に解説記事を寄稿いただきました。
マグロ漁業を事業に持つ日本の水産企業の透明性向上のために、何をどう具体的に情報開示していくべきなのでしょうか。

 

Planet Trackerの最新調査は、世界のマグロ業界における透明性が十分ではなく、危機的な状況にあることを明らかにしました。これは、海洋生態系だけでなく投資家のポートフォリオにも脅威をもたらしています。

近年素晴らしい進捗も見られるものの、マグロ業界では依然として持続可能ではない操業が続いたことで、一部の資源はいまだに枯渇状態にあり、長期的に見るとマグロ資源量は減少し、マグロの種によっては依然として絶滅危惧種に分類されています。その影響はマグロ業界にとどまらず、海洋哺乳類やウミガメ、海鳥、他の魚種など多くの海洋生物が混獲(bycatch)や人工集魚装置(FADs)の増加により悪影響を受けています。

しかし、企業はこうしたリスクへの自社の関与や影響度をほとんど公表しておらず、結果として投資家や金融機関は、自らが抱えるサステナビリティ・リスクを正確に評価できません。そこでPlanet Trackerは、船ごとの推定漁獲データを活用し、企業別の漁獲量を算出することで、この情報ギャップを埋めました。

基本データの欠如

この問題はサステナビリティだけに限りません。今回の報告以前、マグロ漁業者の市場シェアや漁獲量の成長を分析しようとした投資家は、大きな困難に直面していました。Planet Trackerの推計では、世界の主要マグロ漁業会社30社は世界のマグロ漁獲量の46%を占めていますが、そのうち漁獲データを公開しているのはわずか4社のみでした(「マグロ業界の透明性を求めて」1P参照)。

この透明性の欠如により、外部から市場シェアや漁獲量の成長といった単純な指標すら計算できず、デューデリジェンスにも直接的な支障をきたします。包括的な漁獲データとサプライチェーンの透明性がなければ、投資家はマグロ依存型ポートフォリオに内在する環境的・財務的リスクを正確に評価できません。

衛星追跡の意図的な無効化

漁業慣行を精査すると、状況はさらに深刻です。主要マグロ漁業会社の漁獲の56%は、船舶所有者情報や衛星追跡データが欠落しているため、特定の企業に遡って追跡することが困難です。多くの漁船は操業中に自動船舶識別装置(AIS)を意図的に無効化しており、その結果、年間5,000件以上でモニタリングの空白が生じています。分析によれば、世界の主要マグロ漁業会社の多くは、AISをオンにして操業する時間よりも、オフにして操業する時間の方が長い可能性があります。

日本のマグロ企業にも透明性向上が必要

日本企業はマグロ業界において重要な地位を占めています。本社所在地別に見た主要30社の推定漁獲量では、日本はスペイン、韓国、中国に次ぐ4位です。マルハニチロとニッスイは、それぞれ漁獲量ベースで7位と16位にランクインし、福一、極洋もトップ30に入っています。

しかし、企業のサステナビリティに関する発信と実際の開示内容との乖離は深刻です。ほぼすべての企業が、環境責任をうたったサステナビリティ・レポートを公表している一方、実際のデータ開示は不十分です。

例として、世界のマグロ漁獲量の13%は、国際水産資源持続可能性財団(International Seafood Sustainability Foundation(ISSF))が資源状況および漁獲死亡率の両面で健全性を示す「緑」と評価をしていない8つのマグロ資源、いわゆる「リスクのある」海域及び魚種に由来しています。Planet Trackerの推計では、日本企業はその8つのうち5つの海域・魚種で漁獲量が大きいトップ5に入っていますが、影響や依存度についてはほとんど情報を開示していません。

マルハニチロ
Planet Trackerの推計によれば、マルハニチロは世界に存在する8つの「リスクのある」マグロ資源のうち4つ(大西洋、太平洋のクロマグロとミナミマグロ、および大西洋のビンナガマグロ)で、トップ5の漁獲企業に入っています。これは、同社のマグロ漁獲量の60%以上がリスク資源由来であることを意味します。それにもかかわらず、同社がオンラインで開示しているのは総マグロ漁獲量(47,000トン)のみで、種別、資源別、漁場別の内訳はありません。この点は改善が求められます。これは改善されるべきであり、特に同社は、Albacora Group、Dongwon、Bolton Group、Sajodaerimと並び、世界的に見ても絶滅のおそれのある種の主要な漁獲企業の一つである可能性が高いためです。

ニッスイと極洋
ニッスイは比較的透明性が高く、漁獲しているマグロ種のリストや、事業活動により影響を受ける絶滅危惧種のリストを公表し、絶滅危惧種・近絶滅種の混入とその対応を明記しています。これは評価できますが、IUCNが定める「危急種(Vulnerable)」も絶滅危惧種に含まれるため、このカテゴリの漁獲についても開示が望まれます。

極洋は、総マグロ漁獲量だけでなく、漁法別、漁場別の漁獲量も公開しており、開示レベルは高い方です。しかし種別の内訳は未公表です。また、30社中、追跡可能な操業の中でAISの空白割合が最も高い企業でもあります。これも改善が必要です。

 

Planet Trackerの提言

報告書「Tuna Turner」は、現状の不透明性が海洋環境にも業界にも持続可能ではないと警鐘を鳴らしています。マグロ業界の透明性向上は、環境保全のためだけでなく、経済的にも喫緊の課題です(場合によっては財務的メリットにもつながります)。

Planet Trackerは、企業に対して以下4つのデータ開示を求めています。

1.何を漁獲しているか(種)
2.どこで漁獲しているか(漁場)
3.どのように漁獲しているか(漁法)
4.どれくらい漁獲しているか(漁獲量トン数)

これに加え、AISの継続使用と船舶所有情報の透明化が、完全追跡可能なサプライチェーンの基盤となり、投資家の信頼回復にもつながります。

9月5日に、マグロの透明性に関するオンラインセミナーを開催します。国際イニシアチブ「マグロの透明性に関する誓約」を手掛ける国際NGO The Nature Conservancyとそこに参加する国際企業をお招きし、2027年までにすべての産業用マグロ漁船で100%の洋上監視の達成を目標としたサプライチェーンの連携強化をご紹介します。

結論 ― 変革への要請

マグロ業界は重要な岐路に立たされています。限られた資源であるマグロに依存しながら不透明な慣行を続ければ、企業単体を超えてシステム的リスクが広がります。投資家にとっても、ポートフォリオリスクは拡大する一方です。長期的には、検証可能な透明性の欠如は、企業・投資家双方にとって競争力の低下につながります。

マルハニチロやニッスイを含む日本企業は、実質的な透明性確保への移行を急ぐべきです。その第一歩は、漁獲データの包括的かつ完全な開示です。漁業界の未来、そして海洋の健全性は、完全な透明性と検証可能な持続可能性の担保の即時導入にかかっています。

Ocean Disclosure Projectは、この透明性基準を導入するための枠組みとツールを提供しており、業界が緊急に必要とする道筋を示しています。

 

 

フランソワ・モニエ
プラネット・トラッカー 海洋チーム長
フランソワは、金融、自然保議、持続可能な食糧生産の分野で15年の経験を持つ。プラネット・トラッカーでは金融を手段として活用し、海洋に依存する、または海洋に影響を与える企業において変革を推進する役割を担っている。海洋チームでは漁業・養殖・深海採掘に焦点を当てた研究を行なっており、投資家に対して生態系健全性の重要性を財務面から示すとともに、将来の利益を守るために企業に対してどういった変革を求める必要があるか助言を行なっている。プラネット・トラッカーへの参画前は、Exane BNP ParibasやCapital Groupで金融アナリスト、Conservation Capitalで自然保護金融のスペシャリストを務めた。

 

2025年9月5日にはマグロ・カツオの透明性に関するイベントが開催されます。ぜひご参加ください。オンラインセミナー Tuna Transparency Pledge

 

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