世界的に水産物需要が拡大する中で、養殖はすでに私たちの食を支える主要な生産手段となっています。一方で、その成長の過程で生じる環境負荷や社会的影響については、必ずしも十分に整理され、共有されてきたとは言えません。生産量の拡大とともに、養殖の「質」をどのように高めていくのかが、業界全体にとって重要な問いとなっています。
ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)の2024年次報告書は、こうした課題意識を背景に、養殖を取り巻く構造的な変化と、その中で進められてきた取り組みを要約したものです。とりわけ本年は、養殖場の外側に広がるサプライチェーン、なかでも「飼料」に焦点が当てられており、責任ある養殖水産物をどのように社会に広げていくのか、これまでの取り組みと今後の方向性が示されています。

2024年のASCの取り組みを読み解くうえで欠かせないテーマが「飼料」です。養殖における環境負荷や社会的影響の多くは、実は養殖場そのものだけでなく、飼料の生産や調達といった上流工程に由来すると指摘されています。原料となる魚粉・魚油、植物性原料の調達方法や管理のあり方によって、海洋資源への影響、森林破壊、温室効果ガス排出、人権リスクなどが大きく左右されるためです。
養殖を一つの生産工程として見るのではなく、原料生産から加工、輸送、使用に至るまでのサプライチェーン全体として捉える視点は、これまで十分に共有されてきたとは言えませんでした。2024年に飼料が大きく取り上げられたことは、養殖をより構造的に捉え直し、見えにくかった工程にも光を当てていこうとする動きが本格化したことを示しています。
ASCは2024年を「飼料の年」と位置づけ、飼料基準の本格運用を開始しました。これは、養殖場だけでなく、その外側に広がるサプライチェーンにも責任ある行動を求める、大きな転換点といえます。飼料工場が原料の調達先や管理体制を見直し、リスクを把握・軽減していくことは、養殖全体の持続性を高めるうえで重要な意味を持ちます。

ASC飼料基準の特徴は、特定の原料のみを対象とするのではなく、すべての原料についてデューデリジェンスを求めている点にあります。魚粉・魚油といった海産原料はもちろん、大豆や穀物などの植物性原料についても、森林破壊や土地転換、強制労働、児童労働といったリスクを特定し、管理・改善する仕組みが求められます。これにより、これまで断片的にしか把握されてこなかった飼料原料の背景が整理され、サプライチェーン全体の透明性向上につながっています。
さらに2024年は、飼料に伴う温室効果ガス(GHG)排出量の可視化という点でも重要な進展が見られました。ASCが開発した専用ツール「GHG Feed Calculator」は、ASC認証飼料工場が自社の排出源を把握し、改善に向けた検討を行うための基盤として活用されています。これにより、原料生産から加工、輸送に至るまでの排出量を測定・報告し、削減に向けた具体的な目標を設定することが可能になりました。
ASCの年次報告書を通して繰り返し示されているのが、「認証は目的ではなく手段である」という考え方です。ASCでは、基準を満たすことそのものよりも、その後にどのような改善が継続されているかを重視しています。
養殖を取り巻く条件は、環境規制の変化や市場動向、原料調達状況などによって常に変化しています。そのためASCでは、認証取得時の状態を固定的に維持するのではなく、データの収集、課題の特定、是正、再確認というプロセスを繰り返しながら、改善を積み重ねていく仕組みを重視しています。
2024年には、ASC認証養殖場の数が着実に増加するとともに、環境面・社会面の両方で多くの改善が報告されました。魚の健康管理や疾病対策、資源利用の効率化、生物多様性への配慮、労働安全衛生の向上、地域社会との連携など、改善の内容は多岐にわたります。こうした一つひとつの積み重ねが、養殖業全体の質を底上げしています。
人権や労働環境への配慮も、2024年次報告書の重要なテーマです。養殖業には世界中で多くの人々が関わっており、安全で公正な労働環境を確保することは欠かせません。ASCは認証を通じて、強制労働や児童労働の防止、労働者の権利尊重に向けた取り組みを進めており、2024年には多くの是正措置や改善が実施されています。
ASCの取り組みは、生産現場だけで完結するものではありません。2024年には、ASC認証水産物を取り扱うブランドや小売事業者が増え、ASCラベル付き製品は世界各地で流通しています。責任ある養殖水産物が、特定の市場や一部の消費者に限られたものではなく、より幅広い選択肢として広がりつつあることがうかがえます。
ASCラベルは、消費者が水産物を選ぶ際の一つの目印です。その信頼性を支えているのが、独立した第三者審査と透明性の高い認証制度の仕組みです。ASCの認証は、企業や小売事業者にとっても重要な役割を果たしています。どのような考え方に基づいて水産物が生産されているのかを説明する際、共通の枠組みがあることは、説明責任を果たすうえで大きな意味を持ちます。ASC認証水産物を取り扱うことは、一つの正解を示すというよりも、消費者に選択肢を提供することにつながっています。
東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)2024に登壇したASC CEOクリス・二ネス(中央)ASCの取り組みを支えているのは、基準や認証制度そのものだけではありません。2024年次報告書では、協働が変革を前進させる重要な要素として位置づけられています。養殖場や飼料工場にとどまらず、企業、研究機関、NGO、行政など、さまざまな関係者が共通の課題認識を持ち、役割を分担しながら取り組むことが、責任ある養殖水産物を広げるうえで不可欠であると示されています。
ASCは、多様なステークホルダーとの対話を通じて寄せられた意見を基に、基準の実効性や現実性を高める調整を続けています。こうした協議の積み重ねは、認証制度を一方的なルールではなく、現場で機能する仕組みとして維持するための重要な基盤となっています。
2024年は、ASC養殖場基準が最終化された節目の年でもありました。2025年の発効に向けた準備が進む中で、ASCは飼料から養殖現場、加工、流通、そして消費者の選択までをつなぐ枠組みを整えつつあります。
ASC養殖場基準は、従来の11種類の種別基準を統合し、より厳格かつ一貫性のある単一の枠組みとして再構築されました。これにより、要求事項の統一と適用の一貫性が確保され、審査および運用面での効率性が向上しています。また、認証および認定要件の簡素化を通じて、あらゆる規模の養殖場に対する保証の確実性が高まり、サプライチェーン全体における信頼性と透明性の強化につながっています。
2024年は、飼料を起点とした取り組みが具体化し、養殖をより構造的に捉える視点が共有され始めた年でした。本年次報告書では、責任ある養殖を広げるための取り組み、多くのデータや事例が紹介されています。詳しくは、ASC 2024年次報告書本文をご覧ください。
◾️2023年次報告書のまとめ記事はこちら
文/ASCジャパン マーケティング&コミュニケーションマネジャー・川田直美
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