生命にあふれる海洋環境を目指して。MSC認証を日本に広める(前編)

生命にあふれる海洋環境を目指して。MSC認証を日本に広める(前編)

「世界の海が生命にあふれ、現在そして将来の世代にわたり水産物の供給が守られること」というビジョンを掲げ、1997年にロンドンで設立された非営利団体MSC(海洋管理協議会)は、認証制度を通じて、持続可能な漁業の普及に向けた取り組みを行ってきました。現在、世界でMSC認証を取得している漁業数は441件に上り、一方、日本ではまだ12件という状況です(2021年8月末時点)。

2007年にMSC日本事務所を立ち上げて以来、MSC認証の日本での普及活動を続けてきたのが、MSCジャパン プログラム・ディレクターの石井幸造さんです。事務所設立当時、日本ではほとんど知られていなかったMSC認証の普及・啓発のために、どのように取り組んできたのか、石井さんにお話を伺いました。

 

新たな転機となったMSCとの出会い

―― 元々、海や魚に関心をお持ちだったのですか。

生まれ育ったのが神戸の西の端で、目の前に海と淡路島がありました。子どもの頃から魚を食べるのも釣るのも大好きで、水産大学校に進学し食品会社に就職しました。

会社員生活は順調でしたが、国際協力の仕事をしたいという気持ちがあって、そのためには専門性が必要でした。また、1990年代は地球温暖化などの環境問題も出てきた頃ですが、周りに話しても「はあ? そんなのないよ」という感じで相手にされず、もどかしい思いでしたね。そこで、大学院で環境政策と資源管理の勉強をしようと思い立って30歳で会社を辞め、アメリカに留学しました。

―― 大きな転機でしたね。アメリカで修士号を取得して、帰国後は念願だった国際協力の仕事に就かれました。MSCとの出会いはその頃でしょうか。

漁業関係からしばらく離れていたのですが、2003年頃から途上国で開発プロジェクトに携わる中で、地域全体の課題の一つとして漁業について考える場面も出てきました。たとえば、カンボジアのトンレサップ湖で魚が減っているといった課題です。

2005年、カンボジアの地域開発プロジェクトに携わっていた頃の石井さん。現地の子どもたちと一緒に。(写真提供:石井幸造)

 

プロジェクトで現地に行くと2~3ヶ月滞在しますが、夜はわりとヒマです。ある晩インターネットを見ていて偶然「MSC」の存在を知って、説明を読んでびっくりしました。認証して、その認証されたものにエコラベルを付けて、それを選んでもらう。まさしく、マーケットの方から変えていく方法だ、これはすごいと。何と言うか、うまく回りそうな仕組みだなと思ったんですよね。

しかも詳しく読むと、なんと「日本人スタッフ募集」と出ていたんです。これこそ自分が応募すべきポジションだ、そのためにこれに出会ったんだ、これはもう応募しないと! という感じでした。

まだ日本では漁業問題にあまり危機感がなかったけれど、特定の魚種に関してはいろいろ言われ始めていた頃です。早い時期に対応していかないと手遅れになるという思いはありました。

 

日本事務所開設当時を振り返る

―― 2007年にMSCに採用され、一人で日本事務所を立ち上げたのは大変なご苦労だったでしょうね。

前職の経験があったので、事務所立ち上げの手続き面ではあまり苦労した記憶がありませんが、MSCをどうやって知っていただき、広めていくにはどうすればいいのか悩みました。

―― どんなことから始められたのでしょうか。

まずは、業界紙で取り上げてもらえるように、MSC本部で出たプレスリリースをせっせと翻訳しては送りました。

企業に関しては、すでにCoC認証を取得していた先駆的な会社があったので、積極的に連絡して直接会いに行きました。その時ほど水産大学校を出ていて良かったと思ったことはありません。どこへ行ってもOBがいて、そういう関係をあまり仕事で使いたくはありませんでしたが、声をかけたり人を紹介してもらったり、助けられましたね。

ただ、何もかも一人でやるのは大変でした。広報の仕事もやるし、企業への営業的なこともやるし、漁業者への認証の説明もやらないといけない。それに、日本で仕事が終わる時間帯から海外のメールが入ってくる。当時は頑張ってその日のうちに返信していました。今は日本時間だけで働いていますけどね(笑)。

―― スタッフの採用を始めたのはいつ頃からですか。

事務所開設の翌年から漁業担当などを探し始めました。採用も私にとっては初めての経験で、難しかったですね。ようやくここ数年、7人体制で安定してきたところです。スタッフが増えて手狭になったので、2016年に新しい事務所に移転し、2020年には一般社団法人MSCジャパンとして法人格を取得しました。

―― 「プログラム・ディレクター」という肩書きを使い続けておられますね。

一般社団法人の組織上は代表理事ということになりますが、MSCの仕事上は最初からずっとプログラム・ディレクターです。どういう意味なのか、いまだによくわからないのですが(笑)、どうもMSCでは、一つの国での仕事をプログラムと考えているようで、私の場合はジャパン・プログラム。各国にプログラム・ディレクターがいます。

2017年バリ島にて。MSC本部およびアジア・太平洋地域のスタッフと。後列左から4番目。 ©MSCジャパン

 

MSC認証が普及しなかった年月

―― 企業にアプローチする中で、MSC認証が普及していく手応えはありましたか。

2006年からイオンが、2007年には日本生活協同組合連合会が、MSC認証のエコラベル付き商品の取り扱いを始めたのですが、そこに認証の商品を販売するためにはCoC認証が必要です。ですから、当時は小売企業からの要請でCoC認証を取得した企業がほとんどで、仕方なくという感じだったのではないかと思います。それ以上はあまり広がらず、新規の企業でお話しても「うちは必要ないです」という感じで、なかなかご理解いただけませんでした。

2010年に「イオン生物多様性方針」の策定などの取り組みもあって、徐々にMSC認証も広がっていきそうだと思っていたところへ、2011年に東日本大震災がありました。特に水産業が盛んな地域が大きな被害を受け、皆さんMSC認証どころではないという状況になりました。

MSC認証が日本ではなかなか普及しないことを本部の経験豊富なスタッフに話すと、「いやいや、コーゾー、必ず来るよ」と言うんです。ヨーロッパでも2006年に普及し始めるまでにMSC設立から10年かかったと。きっかけは必ずある。それがジャパンにももうすぐ来るよ……というようなことを言われました。

確かに、2015年に国連でSDGsが採択され、2016年のリオ五輪が終わったあたりから、日本でも急速にMSC認証が広がり始めました。ちょうど2020年東京五輪の調達方針を作る動きが始まり、また、クロマグロ(太平洋)やニホンウナギといった特定の魚種だけでなく、サンマやスルメイカなどの大衆魚介類も獲れなくなっていることがメディアで取り上げられるようになってきた頃です。日本企業や漁業関係者も、水産資源の枯渇にようやく危機意識を持ち始めたように思いました。

いろいろなきっかけがその時期に重なったように感じます。MSC日本事務所開設から10年近く経っていました。

 

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石井 幸造
1964年兵庫県生まれ。水産大学校を卒業後、食品会社等勤務を経て米国インディアナ大学にて環境政策・資源管理で公共政策学修士取得。1997年より財団法人国際開発センターにて主任研究員として開発途上国での地域振興や環境関連プロジェクトに従事。2007年5月のMSC日本事務所開設時よりプログラム・ディレクターとして日本におけるMSC認証やMSCエコラベル付き水産物の普及に努める。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年~2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。