英国ウナギ事情。日本の外からウナギの問題を見つめ直す(前編)

英国ウナギ事情。日本の外からウナギの問題を見つめ直す(前編)

ウナギの枯渇危機が叫ばれて久しく、2000年頃に日本で大量に消費されていたヨーロッパウナギは、ワシントン条約によって国際取引が規制されています。ニホンウナギについては、2013年に環境省が、2014年には国際自然保護連合(IUCN)が、相次いで絶滅危惧種に区分しました(注)。

しかし、日本では安い蒲焼きがスーパーや外食で簡単に手に入り、一方でウナギの養殖に用いるシラスウナギ(ウナギの稚魚)の漁獲や流通に関わる違法行為が蔓延している実態があります。現在の状況において、ウナギを食べていいのでしょうか。

ウナギの保全と持続的利用を目指して研究・活動に取り組み、2020年よりロンドンに滞在して研究を行っている中央大学法学部教授 海部健三先生にお話を伺いました。

 

(注)環境省のレッドリストでは「絶滅危惧IB類」、IUCNのレッドリストでは「危機」(Endangered; EN)。いずれも2番目に絶滅の危険度の高いカテゴリーに区分されている。

 

伝統のウナギ料理をめぐるイギリスの状況

――  イギリスにも伝統的なウナギ料理がいろいろあるそうですね。今でも食べられるのでしょうか。

ヨーロッパ全域で言うと、ウナギの燻製がおそらく最もポピュラーで、伝統的なレストランやデパートの食品売り場で入手することができます。

ウナギのパイやシチューやゼリー寄せはイーストロンドンの名物で、100年続くウナギのパイ屋などもありますが、ポピュラーとまで言えるかどうか……ウナギのゼリー寄せは、「イギリスの三大不味いもの」の一つとして名を馳せています(笑)。

 

イギリスの伝統料理の一つ、ウナギのゼリー寄せはイーストロンドンの名物

 

ウナギの寿司、つまり蒲焼の乗った寿司なら、ロンドンでも近所のスーパーで買えますし、日本料理店に行けば、ウナギは必ずあります。

―― ヨーロッパウナギはワシントン条約によって国際取引が規制されています。イギリス国内で手に入るウナギはイギリス産のウナギなのでしょうか。

いえ、北アイルランドのネイ湖などを除いてイギリス国内のウナギ漁はそれほど盛んではなく、オランダなどで養殖されたヨーロッパウナギが輸入されていると思われます。イギリスはEUから離脱したので、EUとの取引はワシントン条約の規制対象となります。ヨーロッパウナギの輸入は難しくなるでしょう。日本料理店で出しているものはアジアから輸入している可能性が高いのではないかと推測します。

―― 日本では消費者にとって違法でないウナギであるかを確認できるようなトレーサビリティがない状況ですが、イギリスの消費者はウナギを買う時に、違法なものかもしれないという心配はないのでしょうか。

アジアから輸入しているものである限り、話は同じなので、日本と全く同じ状態だと思います。また、イギリス国内で獲ったウナギのトレースの仕組みがあるとは聞いたことがありません。

 

ロンドンで垣間見るサステナブル意識

―― 2012年のロンドン五輪の折に持続可能な調達基準が求められるようになり、イギリス国内のサステナブル・シーフード市場が急成長しました。ロンドンでも店頭にサステナブル・シーフードが並んでいるのでしょうか。

近所のスーパーに行っても、MSC認証の商品はありますね。コロナ禍で、外食の機会はあまり多くないのですが、選べば、MSC認証の魚を置いているレストランがあります。

ロンドンのスーパーの水産加工品売り場にて。MSCエコラベルのついた商品も種類豊富。(写真提供:海部健三)

 

以前に一度、鮮魚売場の人に聞いてみたところ、「MSCの認証の商品を買う人もいるよね」という感じで、一般国民に広く普及しているほどではないと感じています。ただ、出回っているのは確かで、買おうと思えば買えます。

 

ロンドンの鮮魚売り場にて。選ぼうと思えばMSC認証の魚を選べる。(写真提供:海部健三)

 

一方、FSC(Forest Stewardship Council®; 森林管理協議会)認証は、もう取得しないとビジネスがしにくいまでに浸透しており、紙製品などはFSC認証でないもののほうが少ないのではないかという印象です。

それから、限られた交際の中ですが、宗教上の理由ではなく、地球環境のために思い立ってベジタリアンになった人たちがいて、意識の違いを感じます。また、学校教育でも違いを感じます。娘がいま現地の公立小学校に通っているのですが、環境や人権に関する教育が丁寧にされています。こうした教育の違いが、ビジネスや購買行動に影響を与えている可能性はあるかもしれません。

 

データの積み重ねに表れる科学を重要視する風土

―― 2013年から国際自然保護連合(IUCN)に関わっておられますね。どのような活動をしておられるのですか。

5年に一度、絶滅危惧種に関するIUCNのレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物のリスト)のアセスメント(評価)をするのが一番重要な仕事です。私はウナギ属魚類専門家チームに属しているので、ウナギ属魚類の種一つひとつについて、IUCNのカテゴリーと基準に従って評価を行い、絶滅危惧種、準絶滅危惧種などのカテゴリーを更新します。2013年と2018年にウナギに関するアセスメントを行いました。また、今年の6月にはワシントン条約の動物委員会がオンラインで開かれ、IUCNのメンバーとして出席しました。

―― そのような国際会議で感じるところがあればお聞かせください。

やはり、欧米と日本の間には、大きな差を感じます。

例えば、IUCNでは私は主にニホンウナギを担当していますが、他の種のウナギのアセスメントにも参加します。そうすると、欧米に生息するウナギに関しては圧倒的にデータが豊富なんですよ。データの量だけでなく、質にも違いがあります。日本のデータは漁業者の漁獲データが中心ですが、欧米では研究所などが行う科学的なサンプリングにより、データが積み重ねられています。

それに対して、日本を含むアジアに生息するニホンウナギに関しては、漁獲データに基づかない、科学的なサンプリングデータはほとんど存在しません。

おそらく、科学に対する考え方の違いがその裏にある気がします。元々、科学を重要視する風土がない限りデータも取らないわけで、データの積み重ねは結果の一つなのでしょう。

 

科学と政治の関係はどうあるべきなのか

―― 科学に対する考え方の違いは、政治との関係でどのように表れていますか。

ヨーロッパでは研究者が集まってチームをつくり、例えばウナギであればウナギの問題に関して、科学的な情報を共有し、そこでまとめた知見を政治判断をするところに上げていくという作業が、ごく当たり前に行われています。

例えば、ヨーロッパには、国際海洋探査協議会(International Council for the Exploration of the Sea; ICES) という海洋水産に関する専門家の集団があり、EUの諮問機関として機能しています。

ウナギであれば、ICESの中のウナギの専門家チームが基本的な知見の整理を行い、毎年報告書を出します。その報告書に基づいて、ウナギの専門家とは別に、ICESの中のアドバイス部門が正式なアドバイスを作成してEUに届け、そのアドバイスに基づいてEUは政治的な決定を行います。

ウナギの専門家チームの報告書も、アドバイスもインターネットで公開されるので、その間に齟齬があれば誰でも見つけることができます。もちろん、アドバイスとEUの政治的決定の間の違いもわかります。だから、科学がどう考え、それに対してどういう政治的な判断がされたのかを分けて検証することができるのです。

―― 日本ではそこを分けて検証することができないのですか。

今のコロナ禍でも大きな問題になっているように、科学と政治の判断が混在し、混乱しているのが、日本で多く行われていることではないでしょうか。

水産に関しても、検討委員会や漁場管理委員会などが開かれ、専門家も有識者として呼ばれますが、そこには漁業者も行政官も同席していて、さまざまな背景を持つ人間が混在している中でまとめた意見を結論として出す。専門家の意見とステークホルダーの意見が対立する場合もありますし、専門家の意見と最終的な決定が異なる場合もあるでしょう。それらの意見の違いを明確にした上で、政治が最終的にどのような判断を下したのかということ、つまり政治的・行政的な責任を明らかにすることを、日本では避けているように感じます。

それは政治だけの問題ではなく、専門家もそういうやり方の中でずっと過ごしていると慣れてしまい、本来、科学的知見に基づいて言うべきことはちゃんと言わなければいけないのに、明確な意見を出すのをためらうところはあるでしょうね。

後編に続く>>

 

海部 健三
1973年東京都生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、社会人生活を経て2011年に農学博士。東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教、中央大学法学部准教授を経て、2021年4月より同教授。国際自然保護連合 (IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループメンバー。2014年度・2015年度、環境省ニホンウナギ保全方策検討委託業務の研究代表者。ロンドン動物学会Honorary Conservation Fellowとして2020年8月よりロンドンにて研究活動中。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年~2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。

 

 

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