対話なくして前進はない。一方的な規制ではなく、耳を傾ける努力を

対話なくして前進はない。一方的な規制ではなく、耳を傾ける努力を

日本最大の、水産に関する総合的な研究開発機関である「水産研究・教育機構」は水産資源研究所や水産技術研究所など全国に40箇所以上の出先に加えて、開発調査センター、水産大学校を有しており、水産分野における研究開発、人材育成を進めています。

日本の水産業において重要な役割を果たす同機関で、理事長を務めているのが宮原正典さんです。1978年に水産庁に入庁して以来、海の課題に第一線で取り組んできました。

行政の立場から、漁業の現場とどのように向き合ってきたのか。海の課題を解決に導くために、今できることは何なのか。お話を伺いました。

信頼関係ができて初めて、聞く耳を持ってもらえる

──水産研究・教育機構の役割と、理事長として注力していることを教えてください。

水産研究・教育機構は、さまざまな研究機関を束ねてできた組織です。水産資源が減少している現実を踏まえ、この状況から確実に回復させることと水産業を成長産業化させることを目的に活動しています。

この組織の大きな役割の一つは、科学的な根拠をベースに、中立の立場で水産資源に関するアドバイスをすること。理事長としては、科学的な助言が信頼されると同時に世の中の状況に乖離なく付いていけるように、組織を合理的に動かすことに注力しています。


水産研究・教育機構主要な施設(水産研究・教育機構WEBサイトより)

──宮原さんの立場から見て、今の日本の漁業にはどのような課題があると思われますか?

私はこれまで40年以上、水産庁の仕事に携わってきました。その中で感じたのは、魚を獲る技術の向上には力を入れてきたのに、サステナブルに魚を獲るための「管理」は、ずっと後手後手になってきたということです。この順番を逆にしなければ、将来の資源の持続性は保てません。

管理において大切なのは、トランスペアレンシー(透明性)です。つまり、誰がいつ、どうやって魚を供給しているのかを明確にする。漁場のことは現場にしか分からない、教えないという状況下では、ズルをした人間が得をする仕組みができてしまいます。まずはこの仕組みを、直していかなければいけません。

また、どうしても制限を定める必要はあります。量に対する制限だけでなく、漁船の数、漁業者の数まで立ち入って、バランスの取れた管理をすることが大事ですね。漁船数は減らさず、獲る量だけを制限しても、現場から批判が集まるだけだし違反を生むと思います。そうならないためにも、先にきちんと枠組みをつくるべきです。沿岸の小規模漁業のように他に選択肢がないなら優先的に漁獲を許す必要があるかもしれません。きめ細かな計画が必要です。

私は現状を改善をしようと動き続けていますが、現場からの抵抗が大きいのが現実です。分かってもらえない部分と、現場側からすると「分かりたくない」部分がありますね。この状況を打破する方法は「対話」しかありません。

まずは謙虚に人の話を聞く姿勢が必要です。これは漁師だけでなく、水産庁の人間にも、我々のような研究機関にも言えること。最初から自分の立場を決めてしまい、都合のいい意見しか聞かないのでは、やっぱり駄目です。相手に言われたことを自分で咀嚼して考える。そのプロセスが欠落しているような気がしますね。

漁業者、研究者、行政、そして魚を供給されるユーザー間で、もっと率直で謙虚な対話がされていくべきではないでしょうか。昔から漁業者には、競争が付き物で他の漁船、特に漁法が違う漁船と何かを一緒にやろうということは苦手でした。また役所にとやかく言われることも嫌いです。しかし水産資源については、もう本当にみんなで真剣に考えないとまずい、という状況が訪れています。

対話するためには、管理者やステークホルダーが、改めて漁業者と信頼関係を築かなければいけません。信頼関係があって初めて、聞く耳を持ってもらえるのです。押し付けられるのではなく、なんとかしようという共通認識がまず必要と思います。日本の漁業は関係者が多く複雑なので、努力は必要でしょう。しかし対話を諦めては、先に進むことはできません。


ICCAT(大西洋マグロ類保存委員会)事務局長ドリス・メスキ氏(写真中央)らと

国際規制の下で、打撃を受けた日本の漁業

──宮原さんは水産庁に入庁した当初から、海の資源管理に関して危機感を抱いていたのでしょうか?

入庁当時は全くそんなこと考えていませんでしたね。水産学科を卒業して、なんとなく水産庁に入庁したんです。当時は英語もしゃべれなかったので、本当は国内の仕事をやりたかった。ところが、配属されたのは国際課でした。

私が入庁した1978年当時は、「各国の沿岸から200海里(約370km)の範囲では、外国の漁船は勝手に漁業をしてはいけない」という国際的ルールが設けられた直後でした。だからほぼ毎日、日本の漁業を海外の漁場から撤退させる仕事に関わっていましたね。国際規制によって日本の遠洋漁業が大打撃を受けた、200海里時代の幕開けでした。

ただ、そうした仕事に関わるうちに、規制の重要性を感じるようになりました。というのも、当時から漁船が魚を獲る技術はとても高度だったんです。たとえ魚の数が減ろうと、探し出して獲る技術を持っていました。そして獲る量を規制され、漁船は減らさなかったので違反が繰り返され、結局外国水域からほとんどの船が追い出されました。

そうやって獲るだけ獲っていれば、いずれ魚はいなくなるでしょう。日本漁船に代わって米国漁船が漁獲するようになり、米国も管理をしっかりできなかったので例えばアラスカのスケソウダラ資源は一時大きく減少してしまいました。管理できない資源は、必ず減ります。それは、人間が過去に何度も経験して分かっていること。私達は、いい加減に学ぶ必要があるのだと思います。

対話を避けては、規制などできない

──行政の立場でありながら、どのように現場と「対話」してきたのでしょう?

入庁12年目のときに、私はマグロの担当になりました。マグロの商売のことなど一切知らなかったので、築地の競り場に毎月のように通ったんです。「邪魔だ」と言われながらも通い続けていると、そのうちに「よく来てるな」と、色々教えてもらえるようになって。築地の競り人が、自分の先生になりましたね。

今、行政側が現場を知らないという問題が起きていますが、たった一回会いに行ったところで、現場の事情を教えてもらえるわけがありません。自ら接触することを心がけて、何度も足を運ばなければ、現場を知ることはできないでしょう。

私がマグロ担当になったのは、国際規制によって日本の漁業がすごく苦労していた時期でした。ここでも漁船数は変わらないのに、漁獲枠だけが下げられていたんです。漁船数が多すぎるために、中にはズルをする船も出てきました。しかし、そういう船を規制で捕まえるだけでは、問題の解決にはなりません。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるでしょう。規制を押し付けるのではなくて、実態を見て、なぜそれが起こるのかを知らなければいけないんです。例えば、漁業だけを見るのではなくて、現場の人の生活が何で成り立っていて、何に困っているのかを知る。実態を見ながら考えて動くことが大切です。

──これまでの取り組みの中で、対話によって解決へ向かった事例はありますか?

マグロを担当していたときの、外国の漁船との交渉が印象に残っていますね。国際規制の下で、日本船だけが船の数を減らしても資源の回復にはつながりません。日本の漁業者、行政からも、自国だけでなく、外国船の漁業もしっかり管理して欲しいという要望がありました。特に国際管理の枠外で非加盟国の船籍を使って管理の外で操業する漁船(便宜置籍船)は問題でした。

そこで私は、便宜置籍船を説得をすることになったのです。漁獲枠を設けずに魚を獲っている漁船の船主を探し、誰がやっているのかをとことん追及していきました。するとそのうちに、相手側が我々に対抗しようと、便宜置籍船の組合をつくったんです。

日本の関係者は盗人猛々しいとみんな怒りましたよ。でも、私はウェルカムでしたね。やっと交渉できる相手が現れたんですから。結局、着手してから5年以上の歳月をかけて対話を重ね、なんとか外国船を国際規制の枠へ抑え込むことに成功しました。

成功の背景には、実は強力な味方の存在もありました。日本のある大手商社が、共に外国船の説得にあたってくれたのです。大手商社のトップが来たことで、交渉は一気に進みました。

商社側からすれば、本来は安く大量に魚を仕入れたいはず。私達とは利害関係がしばしば対立する立場にあります。それでも味方になってくれたのは、私が本社までしつこく足を運んでキーパーソンと対話し、想いを伝えたからでしょう。ここでも、対話の力が生きました。

結局、相手と信頼関係を築いて対話しない限り、本当の規制などできません。違反する人に、法を振りかざして諭すだけでは駄目です。当時の外国船との交渉は、実際に漁船の船主と向き合い、対話したからこそ、解決に進んだ事例だと思います。

自分を嫌う人にこそ、会いに行くべき

──対話をするために、この先何が必要になってくるのでしょう?

今、グローバルフィッシングウォッチ(GFW)*など、新しい技術がどんどん出てきているので、まずは技術を使ってファクトを積み上げていくことが大事ですね。そのファクトを共有し、なぜ規制が必要なのか根拠を示す。根拠がない中で対話しようとしても、話を聞いてもらえませんから。対話することと、根拠を示すことは、両軸でやらなければいけません。

これは国内も同じで、資源評価の結果ばかりでなく漁師から聞く漁模様や海の状況、さらには水揚げ金額の変化など総合的に現状認識を共有して、何をすべきか対話を繰り返す、これ以外にないのではないでしょうか。

今後それを牽引していくのが、漁協でも水産庁でもない第三者団体かもしれませんね。国際的にも、国籍を超えてさまざまな団体ができていて、それによって潮流が生まれています。

まず走れる人間が率先して走り出せば、仲間はどんどん増えていきます。そこからバトンを引き継いでいくことで、いつか努力が実を結ぶのだと思います。真面目に走り続けていれば、思わぬところから味方が現れるものです。

そのためには、自分が嫌われるていると感じる人のところへ、敢えて行くべきですね。利害関係が対立していたり、近寄りがたい人だったり。理屈で言い負かすのではなく、想いをきちんと伝えるんです。相手は理解できないのではなく、理解したくないだけ。それなら、どう伝えれば分かってもらえるのかを問い続けます。同じ考えを持つ人ではなく、本当は聞く耳を持たない相手にこそ、話すべきなんです。そういう相手が最後に助けてくれるということは意外によくあると思います。


グローバル・フィッシング・ウォッチ(GFW: Global Fishing Watch)

──個人としては、次世代にどのようにバトンを渡していきたいですか?

今の官僚たちは、職場で色々な制約があり、つまらない部内説明や国会関係の説明で忙殺され自由に動けないことも多いのではないでしょうか。自分が得る情報やこれまでの経験は入れるようにしていますが、後輩たちが関係者との関わりをもっと意識的に増やして自ら信頼関係を築いてほしいと期待しています。

それから私自身はまだ働けるうちに、中国関係者と信頼関係を築きたいと考えています。日本は位置的にも、中国との関係なしには生きていけない国です。ですから、その水産関係を建設的なものにする取り組みは進めたいと思っています。

私個人の今後については、理事長の任期が2021年3月末までなので、退任後は要望に応じてアドバイスを送る、相談所みたいなものをやろうかと考えているところです。求められる場があれば、サカナに関する仕事は何でもやっていきたいですね。

そのほか、離島など特定の地域で、何とかしなければと思う場所もいくつかあって、そこにはずっと関わり続けたいと思っています。地域の課題は漁業だけではないので、自治体とも協力し、相談に乗りながら、何とか一つでも活性化の成功例をつくり上げたいですね。

海には依然として、解決すべき課題があります。そもそも漁業は経済活動なので、急激な管理の導入のすべてが短期間にきれいに収まることは期待し難いと思います。不十分な体制の中では裏をかく人間も絶対に出てきて、そういう人間が一番儲かることは、どの世界にも存在します。

それでも少しずつ、正しい方向へ向かう仲間を増やしていくべきです。新しい管理の中でもちゃんと話し会った結果が実現できれば、マジョリティが「それはやめた方がいい」と言う世界になっていく。それは、決して実現不可能ではありません。対話して信頼関係を築いていけば、その世界をきっと実現できるのです。

宮原正典
1978年に農林水産省 水産庁国際課に配属。1986年から4年間、在米大使館にて一等書記官を務める。2014年、農林水産省を退職し、公募により水産総合研究センターの理事長に就任。2016年より水産総合研究センターが「水産研究・教育機構」に改称される。このほか現在に至るまで、大西洋マグロ類保存委員会(ICCAT)、日ロ漁業合同委員会、日中漁業委員会、ワシントン条約締約国会議の政府代表、ICCATなどの議長を務めている。
水産研究・教育機構

*グローバルフィッシングウォッチ(GFW)とは・・・
海洋保護団体「Oceana(オセアナ)」、衛生画像分析による監視活動を行う「Sky Truth(スカイトゥルース)」、「Google(グーグル)」が共同設立した非営利団体。世界の海の漁業活動を監視し、ウェブサイト上で公開している。
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