個人から全体の動きへ。今、海のイノベーターにフォーカスするわけ。

個人から全体の動きへ。今、海のイノベーターにフォーカスするわけ。

「豊かな海を次世代へ」というコンセプトのもと、海の問題に取り組む人を紹介するSEAFOOD LEGACY TIMES(シーフードレガシータイムズ)。このメディアは「サステナブル・シーフードの未来をつくる 海のイノベーターに焦点を当てる」というコンセプトのもとスタートしました。「イノベーター」に着目した背景やメディアに込めた思いなど、ウェブサイトが公開されるタイミングで、SEAFOOD LEGACY TIMES編集長の花岡和佳男と監修を担当した長谷川琢也の二人に聞きました。

 

花岡和佳男
株式会社シーフードレガシー代表取締役社長フロリダの大学にて海洋環境学及び海洋生物学を専攻。卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事し、2007年より国際環境 NGOで海洋生態系担当シニアキャンペナーとしてジャパンサステナブルシーフードプロジェクトを立ち上げ引率。独立後、2015年7月に東京で株式会社シーフードレガシーを設立しCEOに就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーをつなぎ、日本の環境に適った国際基準な地域解決のデザインに取り組んでいる。
長谷川琢也
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン事務局長/ヤフー株式会社 SR推進統括本部 CSR推進室 東北共創 海の課題解決メディア「Gyoppy!」プロデューサー1977年3月11日生まれ。自分の誕生日に東日本大震災が起こり、思うところあって東北に関わり始める。石巻に移り住み、石巻を拠点に被災地や東京をうろうろしながら東北の人たちとビジネスを立ち上げる最中、震災復興を超え、漁業の未来をみつめる漁師たちと出会う。漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変え、担い手があとをたたないようにするために、地域や職種を超えた漁師集団フィッシャーマン・ジャパンを立ち上げる。民間企業を巻き込んで漁業のイメージを変えるプロジェクトや、国際認証取得を目指す試み、生産者と消費者を繋ぐための飲食店事業など、漁師たちと共に未来の漁業を創るべく、奮闘中。

思いある「中の人」に光をあてて、会社全体の動きにしたい

──メディアを立ち上げた背景を教えてください。

花岡:ひとつが、個人の思いから会社や組織を動かしたいと考えたからです。小売企業や行政などと仕事をする中で、思いがある方とたくさん出会いました。しかし、それが会社や組織の動きになかなかつながっていかない。そこに何があるのか考えていたとき、海外の事例を聞きました。

例えばアメリカでは、15年ほど前からサステナブル・シーフードのムーブメントが起きていますが、会社が素晴らしいポリシーを掲げることからではなく、会社の中にいる個人の強い思いから動き始めたと聞きました。個人の熱い思いを発信できる環境があれば、会社全体の動きに発展していく可能性があると知ったんです。

日本では、良くも悪くも個人よりも組織から物事が始まることが多い。良い面もありますが、サステナブル・シーフードの領域は、世の中に新しい価値観をつくる必要がある。そうであれば、そのプロセスも新しくていいと思います。

組織の中で個人が発信することが「面倒臭いことしやがって」と叩かれるのではなく、「それ面白いね」と認めれるような環境をつくることが、それぞれの組織の中で大事だと思い、長谷川さんにメディアをつくる相談をさせてもらいました。

花岡和佳男

長谷川:そうでしたね。あと、「真似したいと思ってほしい」という話もありましたよね。活躍している人を見て、他の人や会社でも真似してほしい。僕もそうですが、はじめから強い意志がなくても、結果として少し目立つ事例になると、思いもしなかったような広がりが生まれ、他の人が次にやりやすくなります。ずっと拒んでいたことでも、うまくいった事例を知ったらこっそり真似する。そんな空気が日本にはありますよね。

僕たちも海の課題に取り組んでいますが、シーフードレガシーと僕たちは、それぞれ違った領域で活動してきました。シーフードレガシーは水産に関わる「企業」にアプローチすることで社会全体を変えようとしている。一方で、フィッシャーマン・ジャパンやGyoppy!では、ひとりの漁師を支援することや、一般消費者に海のことを伝える活動をしてきました。

お互い違う文脈ですが、見てる方向は一緒でしたし、情報発信を通じて海のイノベーターに光を当てようという思いは共通しており、メディアを立ち上げることになりました。待ち合わせしていたわけではないのに、お互い自分の道を歩いてきたら、ちょうど待ち合わせ場所にたどり着いたような感覚です。やるべきことは完全に一致していると感じています。

最初のひとりのスイッチを入れる

長谷川:個人的には、「海のイノベーター」というコンセプトがすごくいいと思います。「漁師をかっこよく」と掲げているフィッシャーマン・ジャパンの手法とも似ています。

「ひとりがかっこよくなったからって社会にどんなインパクトがあるのか?」と聞かれることもあります。でも、ひとりからじわじわ動くんですよね。組織は人の集合体。動かしているのは一人ひとりの人間です。ひとりの人間の志や思いが動くと、それが身体的な活動につながり、さらには組織全体を動かす力になるんです。

僕たちは「漁師にスイッチを入れること」を起点にしています。例えば、「カッコイイですね」と言いながら写真を撮ると、最初は照れていても、出来上がりを見るとまんざらでもない表情をするんです。その瞬間に、「カッコ悪いところは周りに見せられない」と、行動が変わります。誰かに光を当てることには、そういう効果があると思います。

長谷川琢也

花岡:その効果、本当にありますよね。ひとりが変わっていくと、波及効果で周りも変わっていく。

長谷川:そういう意味でも、企業の中で頑張っている人、思いがある人に光を当てるのはすごく大事ですよね。花岡さんが言うように、日本では組織に目が行きがちで、ニュースリリースや新聞でも実際に動いている個人の顔は見えてきません。だけど、その活動の背景には必ず人がいて、人の思いがある。

花岡:会社の取り組みが発表できる背景には頑張っている人がいて、思いがあるから成り立っているわけですよね。そういうところにフォーカスを当てたいと、強く思います。

また、私たちは、TSSS(東京サステナブルシーフード・シンポジウム)の運営を通じて、多様な組織で働く方々に登壇いただいてきました。そこでも、個々のパッションの熱さを感じて心強く思いましたし、年に一度ではなく常に触れられる状態を作りたくて、メディアを立ち上げたという背景もあります。

長谷川:イオンの三宅さんの取材のように、あんなに大きい会社で役職を持つ人がどんな思いで働いているか聞けたのはすごくよかったです。それこそがこのメディアの価値だと思います。

花岡:イオンはサステナブル・シーフードの取り組みにおいて何年も前から国内最前線を走り続ける会社で、会社のポリシーの浸透度が圧倒的に高いことは以前から感じていました。その背景には、三宅さんのような思いを持つ方がいらっしゃるからだということが、今回のインタビューでも描かれていると思います。

先ほど長谷川さんが「自分が思っていないかたちでつながる」と言っていたのも、その通りだなと思います。企業の方々も「自分はイノベーターだ」「自分がやったことだ」と自分からは言いづらいと思うんです。なので、取り組みの素晴らしさに光を当てる媒体があると、動きが加速すると思いますね。長谷川さんの動きを見てて、本当にそう思います。

長谷川:それに、前例がない業界だからこその意味がありますよね。このサステナブル・シーフード業界は、国内では前例がほとんどないので、自分の頭で考えなければならない。その中で行動に移している人の話は本当に面白くて、光のあてがいがあります。

花岡:そうですね。一人ひとり話していると、すごく熱い人やクリエイティブな人がいます。そういう人たちに注目が集まり、もっと活躍できる社会にしたいですね。

長谷川:出る杭を見つけるメディアですよね。

花岡:出たことが叩かれるのではなく、出た方が得だと思えるような状態にしたいですよね。杭があまり出ていないうちは、悪目立ちして叩かれることもあるかもしれない。でも、たくさんの杭が出れば、逆に出ないことに疑問符がつく。シーフードレガシーのロゴは、まさにそんな世界を意識して作りました。それぞれの杭が、お互いに干渉し合いながら全部一緒に出てくるイメージです。

長谷川:セクターを超えた人たちが、色々なものを超えて混ざり合うというか。

花岡:人間的な面白さが重なることを基礎に、イニシアチブが生まれ育つ。そこにスポットを当てるメディアにしたいですね。

業界紙を目指すのではない

──まずは頑張っている人たちに光を当てて、その人たち自身や周りに火をつける。メディアとしては、そういった熱い人の情報をどんな人に届けたいと考えているのでしょうか。誰に見てもらえると、社会は前進するのでしょうか。

花岡:メディアとして適切かはわかりませんが、私は第一に水産に関わる企業や組織の中にいる人たちに届けたいです。同じ思いを持つ人が他の組織にもいることを知れば、自分の環境でももうひと踏ん張りできる。そして、それぞれの組織の中で活躍できる環境を整えることが、サステナブル・シーフードのムーブメントをもう一歩加速させると考えています。

長谷川:誰に届けるかは、メディアをつくる上でずっと議論してきましたね。個人的には、消費者からと企業から、両方から変化を生み出せるようなものにしたいと思っています。僕たちが「合流した」意味を実現できたらいいなと思っています。

花岡さんは企業から変化をもたらすための視点を強く持っています。例えば、企業のCSR担当者に「素敵な活動だし、今やれば社会からも評価されるんだ。自社でもやろう」と思ってもらい、会社が動くような目線の情報発信ができる。

一方で、僕たちがヤフーでGyoppy!を立ち上げたのは、日本の消費者の意識を引き上げたいと思ったからです。意地悪な言い方をすれば、日本の消費者は、海外では子どもですら知っていることすら知らなかったりする。だから、個人的には消費者にもちゃんと伝えたいと考えています。

花岡:僕も同じ気持ちです。業界紙にしたいわけではありません。一般の人に読まれて初めて、「取材されたい」と思われる媒体になるものです。企業の志ある人たちも、消費者に知ってほしいという思いは同じです。みんなの思いや活動を消費者に届けられる良いツールにしたいですね。

サステナブル・シーフードの話題は小難しくなりがちなので、テクニカルな話よりも、まずは本質的で人間味溢れる部分を伝えたいです。そして、関心を持っていただけたみなさんと一緒に、サステナブル・シーフードを推進していく。そんな出会いのあるメディアにしたいですね。

動いたら評価される。今が動くとき

長谷川:花岡さんは長年この海の課題に取り組み、頭の中でロードマップを描きながら活動してきたと思いますが、2020年をどんな時代だと捉えていますか?

花岡:シーフードレガシーを設立してからの5年間、とても楽しいんですよね。それまで長い間ずっと低空飛行だったのが、今大きく動いてるんです。ものすごく加速している。5年前、10年前には想像していなかったムーブメントに成長していると感じます。

以前は、水産系の国際会議に参加すると、日本は悪者にされがちでした。獲りすぎ、食べすぎという目で見られていました。私は当時国際NGOに勤めていて、日本の政府や企業に問題提起することが大事だと思っていましたが、正直、日本人として悔しい思いもありました。

それが今は、日本人であることを胸を張って発信できることが増えました。漁業法改正や大手の小売り企業の調達方針が変わっていることや、生産者さんの中でもサステナビリティに取り組まれてる方が増えてることから、動きが加速していることを感じますし、興奮しますね。

長谷川:そうなんですね。あまりうまくいかない時代というか、理想に現実が追いつかない時期もあったんですね。

花岡:結構長かったですね。それに対して、以前は問題提起の役割を担っていましたが、もうそういう段階じゃないのかなと。問題があることは誰しもが知っているけど、解決策がないから問題に直視できない。その事実を肌身で感じたので、自分の役割を問題提起から問題解決に変えてこの会社を立ち上げたんです。

その延長にSEAFOOD LEGACY TIMESもあります。起業から5年半が経ち、一昔前は海外からの外圧がメインだったこのムーブメントの原動力が、今は国内にしっかり根を張るようになってきました。この根をもっと広く深く張り巡らせたい。このメディアを通して、一人ひとりが想いを実現させるために動くことが評価される社会を実現したいですね。

 

ひとりにスポットライトが当たると、その人自身に火がついて、その熱が周りに伝播して大きな動きになる。まさに、社会運動のスタートがここには詰まっていると感じました。花岡さん、長谷川さんそれぞれが別々のアプローチで海の問題に取り組む中で、「個人に光を当てる」という同じ場所に行き着いたのも印象的でした。編集部として、様々な海のイノベーターにスポットライトを当てられたらと思います。(編集部:島田)