子どもたちにどんな地球を渡せるか。 世界が注目する 海洋環境問題解決を目指して

子どもたちにどんな地球を渡せるか。 世界が注目する 海洋環境問題解決を目指して

海洋環境保護を目的に、ディビッド・ロックフェラーJr. がアメリカで設立したNGOセイラーズフォーザシー。その日本支局で理事長を務めるのが、井植美奈子さんです。セイラーズフォーザシーは、「スポーツと海洋」「食と海洋」「子どもと海洋」の3つを活動の柱とし、行政への提言や一般消費者への啓蒙活動を行っています。

中でも、どの魚を選べばいいのかわかりやすく紹介したサステナブル・シーフードのリスト「ブルーシーフードガイド」の普及に力を入れています。ブルーシーフードガイドの取り組みや、井植さんが海洋環境の保護活動に関わるようになった背景について、お話を伺いました。

日本に合う評価プログラムを開発

ーブルーシーフードガイドの特徴を教えてください。

ブルーシーフードガイドは、地球にやさしいサステナブルなシーフードのリストです。ウェブサイト上から誰でも見ることができます。

サステナブル・シーフードの持続可能性を見極める方法は、大きく2つあります。1つは、ASC、MSCなどのエコラベルといわれる認証の仕組み。そしてもう1つが、サステナビリティを評価して公開する評価プログラムです。ブルーシーフードガイドは、評価プログラムにあたります。

ブルーシーフードガイドの特徴は、サステナブルな「青信号」の水産物のみを載せていることです。海外の評価プログラムの多くは、問題となっている魚介類を「赤」、持続可能性は改善されつつも一部に懸案されるべき資源量や漁獲法が残っているものを「黄」、資源量が豊富で、環境に配慮した漁獲法で獲られているものを「青(緑)」と表記していますが、ブルーシーフードガイドでは、青のみを掲載してます。

禁止するのではなく、「この資源を優先的に選んで消費しましょう」とポジティブなメッセージを伝えています。日本人の性格を考えたときに、禁止するよりも「頑張ろう」とおすすめした方が、柔らかく受け入れてもらえると思ったからです。それに、ある魚種を禁止すると、そこに関連するビジネスにもダメージを与えてしまいます。私たちは、誰も傷つけずに、仲間を増やしていくことが重要だと考えました。

ブルーシーフードガイド
(一般社団法人セイラーズフォーザシー日本支局のホームページより一部を転載)

ブルーシーフードガイドができたのは2013年。当時の日本では、海洋環境に対して今以上に関心を持つ人が少ない状態でした。しかし、アメリカやヨーロッパには既に「シーフードウォッチ(Seafood Watch)*」という代表的な評価プログラムが普及していたんです。

持ち運べるポケットガイドで、資源量や管理方法に基づいて、青、黄、赤でわかりやすく表現されていました。ロックフェラー氏に初めて見せてもらったときに、これをぜひ、日本にも広めたいと考えたのが、開発の背景でした。

しかし、シーフードウォッチの評価プログラムを、日本にそのまま持ってくることはできませんでした。日本の漁業では科学的な情報が少なすぎて、シーフードウォッチで評価すると、ほとんど全ての魚が赤色で示されてしまう結果になってしまったんです。

そこで、日本の現状に即して、できる限りの手法で評価しようと開発したのが、ブルーシーフードガイドです。最初は、水産庁が発行する資源評価表を参考にしました。「サステナブル」の表現は使わず、資源量が比較的豊かな魚を紹介する、というスタンスでしたね。

そこから評価プログラムへと発展させたのは、世界的に認められる基準でなければ意味がないと考えたからです。当時、国際会議では「日本の水産資源管理はどうなっているのか」という非難の声が非常に強かった。ところが日本国内では、それほど危機意識はありませんでした。どちらかと言うと、日本の伝統的漁業は素晴らしいという声の方が強かったんです。

その素晴らしさを無駄にしないためにも、科学的な裏付けのある、持続可能な方法を選ばなければと考えました。そこには消費者である私たちも、大きな責任を負っています。だから「持続可能性が科学的に担保された商品を、優先的に食べましょう」と言える指標が必要でした。

そこで、科学的な評価ができるように、独自のチームを作ることにしました。まずは各専門家の方たちに協力していただきステアリングコミッティーを作り、骨子を決めていきました。さらにメソドロジーの確立に高い実績のあるアメリカのNGO、オーシャン・アウトカムズ(Ocean Outcomes)*に科学的メソドロジーをまとめてもらい、現在の形ができ上がりました。

世界のトップノッチが危惧している海洋環境の問題

ー井植さんは、もともと海に対する課題感を持っていたのでしょうか。

そういうわけではありません。私は、結婚してからしばらくの間、夫の仕事の都合でニューヨークで暮らしていました。結婚した翌日にニューヨークに移住し、子育てに専念する日々でした。セイラーズフォーザシーの創業者であるロックフェラー氏ご夫妻とも、ニューヨークで出会いました。

日本に帰国してから最初は、京都を拠点に、日本の伝統文化を海外のVIPゲストに紹介する会社を立ち上げました。背景には、ニューヨーク時代の暮らしに加えて、その前にイギリスに留学していた経験があります。

イギリス留学時代、私を預かって下さっていたご夫妻がチャールズ皇太子と懇意にしていました。私もお会いさせていただき、皇太子殿下の運営するプログラムの手伝いをしたりしていました。そこでイギリスの貴族文化や伝統を大切にする暮らしを目の当たりにして、文化を伝えていくことの大事さを感じていました。ニューヨークから帰国して、自分に何ができるか引き出しを整理する中で、自然と日本の伝統文化を伝える仕事が出てきた感覚です。

 

チャールズ皇太子殿下の私邸にて。チャールズ皇太子はSDGs採択以前から持続可能な社会や、海洋環境保全にも積極的に貢献している。

ーそこからセイラーズフォーザシーの活動に関わるようになったきっかけは。

創始者であるロックフェラー氏と出会い、活動に誘われたからですね。最初のきっかけは、奥様のスーザン・ロックフェラーと共に、海洋環境の大切さを訴えるためのアクセサリーブランドをスタートしたことでした。彼女は海洋環境活動にものすごく力を入れていて、この問題は日本にこそ知ってもらわないと困るから一緒にやろうと誘われました。その後徐々に、セイラーズフォーザシーの活動の割合が大きくなっていきました。

実は、ロックフェラー夫妻だけでなく、チャールズ皇太子も海洋環境に危機感を持ち、環境改善のためのアクションを積極的に起こしている方だったんです。もちろん、どちらも海の問題以外の様々なことに取り組んでいます。ただ、どちらも共通して昔ながらの自然と調和する完全無農薬の農業や畜産を行っていました。

二人とも似たような手法で、農地を耕すのに牛を連れてきて、牛が耕した畑に鶏を放つと鶏糞で草木が育ち、さらにそれを羊が食べるといった、循環を大切にしています。農業にも畜産にも関わる文脈で、水産という切り口も、やはりつながっているんだろうなと思えました。

ロックフェラー夫妻とチャールズ皇太子、どちらも世界のトップにいるような方々が共通して海洋環境に取り組んでいることが、私の中でつながったんですね。世界中の情報が集まり、世間の半歩先を見ているような人たちが言うんだから間違いないだろう、と。

彼らが私に与えてくれたのは、本当にプライスレスな学びでした。ですから、そこを羅針盤として大切にしたいという想いがあります。

彼らの活動には温かさを感じるんです。日本ではあまり使われない言葉ですが「LOVE」なんでしょうね。色んな意味での愛を感じる。そこに導かれて、多少大変なことはあっても、前進できています。

ロックフェラー氏らと

また、海洋環境の問題に取り組むことは、私にとって子育ての延長でもあります。子どもたちに良い環境を与えるために、家の中を綺麗に掃除したり、美味しいご飯を食べさせたりしますよね。食品も、安心・安全なものを選ぼうとか。そういうことをしていく中で、「子どもたちが大きくなったとき、どんな地球に住んでいるんだろう」「どんな地球を渡したらいいんだろう」と考えたんです。そのゴールが、セイラーズフォーザシーの活動だった。それだけなんです。

「持続可能」という言葉が広まる日本。前向きな出来事が重なる今がチャンス

ーセイラーズフォーザシー日本支局の発足から10年目を迎えますが、この10年の変化をどう感じますか?

日本の変化はすごく感じますね。2015年に国連でSDGsが採択されてから、活動の在り方が変わってきています。まず「持続可能」という言葉が広まったこと。持続可能の概念を国民が共有できるようになったのは、とても大きな進歩だと思っています。

また、この流れに伴って70年ぶりに漁業法の改正があり、「管理漁業」という概念も導入されました。そしてこれから、違法な漁業を撲滅しようという動きが出てきて、それと共に漁業認証を取る活動も広がっていくでしょう。ちょうど良いタイミングで、前向きな出来事が重なっていると感じますね。

ブルーシーフードガイドには、MSC・ASC認証の付いた商品は必ず掲載されます。漁業認証と評価プログラムが協働することで、より効果が高まるのを実感していますね。認証を取る漁業者が増えているので、私たちはその活動を応援したり、一緒にプロジェクトチームをつくったりしているんです。とても良い方向に向かっていると思います。

ー国際的なイベントでも、ブルーシーフードガイドが活用されていますね。

消費者の意識を変えるためにも、国のイベントは有効なんです。2019年に福岡で開かれたG20財務相会議では、シェフ自らブルーシーフードガイドを使いたいと言っていただき、調達方針の検証をしました。また、第7回アフリカ開発会議(TICAD7)でも、ブルーシーフードガイドを活用いただきました。

2021年に三重県で開催される「第9回太平洋・島サミット」では、県知事主催の晩餐会で、ブルーシーフードガイドが調達基準として用いられます。(注:コロナのためオンライン会議に変更)

そしてこの先、大きなイベントとして、東京オリンピック・パラリンピックが開かれる予定です。その調達基準の問題に関しては、私は今博士後期の学生でもあるので、しっかり検証論文を書きたいと思っています。また大阪万博こそは、何とかサステナブルな調達方針で進められるよう、今からお願いしているところですね。

次世代の、さらに先の世代へ

ー「海洋環境」と聞くと大きな問題に感じますが、消費者ができることは何でしょう?

ブルーシーフードガイドに載っている魚を優先的に食べてください。それに尽きますね。そういうシンプルさが大事だと思っています。

私たちは、ブルーシーフードパートナーとして、ブルーシーフードガイドの魚を優先的に調達する飲食店を紹介しています。そのお店に行ってもらって、気に入ったら優先的に通っていただきたい。そこから始めていただけると嬉しいですね。そのためのガイドなので。

ブルーシーフードパートナーには、何の禁止事項も罰則もありません。「これは使わないで」とは一切言わない。ただ、迷ったらブルーシーフードガイドから選んでください、とお願いしているんです。中には、ブルーシーフードフェアをやってくださるお店もありますよ。

そういう取り組みが、口コミで広がっていくこと、それを消費者がしっかり受け止めることが、何より大切だと考えています。商品が2つ並んでいたら、ブルーシーフードのものを選ぼうという、知識と心を育てていただきたいです。

ー活動は子育ての延長と仰っていましたが、次世代にどんな環境を残したいですか?

私たちの次の世代が、そのまた次の世代へ、誇りを持って受け渡せる環境ですね。今までは、私たちの世代が、私たちの責任において、持続可能な社会をつくるんだと思っていました。でも最近、そのさらに先を考えるようになったんです。

そのために、先を見据える「人材」を残したいと考えています。今、大学生の質がすごく上がっているんですね。私は現在4つ目の大学に通っていますし、弊社には優秀なインターンも来てくれていますが、自分の時代には考えられないくらい、みんなよく勉強していて、社会問題も前向きに捉えている。その子たちがもっと羽ばたけるような土壌を用意するのが、私達の仕事ではないでしょうか。

同時に、教育格差があるのも感じています。トップの子がすごい勢いで走っていく一方で、教育を受けることすらできない子もいるんです。サステナブル・シーフードや海洋環境についても、まずは格差なくみんなが学べることが大事ですね。そしてトップランナーの子たちには、学んだものを次の社会に還元できるよう、さらに成長して欲しい。私も彼らとともに成長していけたらいいなと思っています。

 

*シーフードウォッチとは…アメリカ、モントレーベイ水族館による、水産物の持続的消費を促進するためのプログラム。https://seafoodlegacy.com/289/

*オーシャン・アウトカムズとは…持続可能な水産業を創り出すことを目的とした、アメリカ発のNGO団体。

一般社団法人セイラーズフォーザシー日本支局 https://sailorsforthesea.jp/

ブルーシーフードガイド https://sailorsforthesea.jp/blueseafood

 

井植 美奈子
ディビッド・ロックフェラーJr.が米国で設立した海洋環境保護NGOのアフィリエイトとして2009年に一般社団法人セイラーズフォーザシー日本支局を設立。水産資源の持続可能な消費をめざす「ブルーシーフードガイド」、マリンスポーツの環境基準「クリーンレガッタ」等のプログラムの開発、運営による啓蒙活動で持続可能な社会の実現を目指す。NGO経営と並行して京都大学大学院博士後期課程在籍中。専攻は地球環境学・環境マネジメント。京都大学大学院非常勤講師。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。