その魚はどこから来たのか? 水産業に潜む現代奴隷を救う命懸けの旅路(後編)

その魚はどこから来たのか? 水産業に潜む現代奴隷を救う命懸けの旅路(後編)

タイを拠点とする労働保護ネットワーク(以下、LPN)は、2004年の創設以来、水産加工工場や漁船での奴隷労働の被害者約5,000人の救出や労働者の権利向上のために取り組んできました。その活動に密着取材したドキュメンタリー映画「Ghost Fleet」(邦題「ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇」; 以下、「ゴースト・フリート」)が2022年5月28日から日本で上映されます。

インドネシアの現場に何度も足を運び、漁船員の救出と支援のために奔走してきたLPNの創設者でマネージャーのパティマ・タンプチャヤクルさんに、LPNの活動にかける思いと映画による発信について伺いました。

(前編を読む)

 

まさか自分が映画に出るとは思わなかった

―― ドキュメンタリー映画を制作することになった経緯を教えてください。

ベンジナ島、アンボン島などの島々で漁船員がどんな目に遭っているのか、真実を明らかにするために、私たちは国内外のメディアと緊密に連絡を取りながら、救出活動に取り組んできました。

2009年に、当時BBCラジオで働いていた女性ジャーナリストと出会い、インタビューを受けました。その後、彼女はシャノン・サービスという自分の会社を立ち上げ、2016年の私たちのインドネシア行きに同行してくれました。彼女はアメリカの映画制作プロダクションともつながりがあり、2016年から3年がかりで撮影したものが「ゴースト・フリート」です。

タイの漁船での現代奴隷の実態調査と救出活動に挑むLPNの活動に密着取材したドキュメンタリー映画「ゴースト・フリート」が2018年に完成した。©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

 

私たちの活動に密着取材したドキュメンタリー映画ですが、まさか、自分も映画に出てくるとは思ってもいませんでした。

―― そうなんですか!? いやいや、むしろ主演ですよね。主役になるとわかってどう感じましたか。

ちょっと困惑しました。本当なの?って。だって、映画の中の私はスーパーウーマンみたいなんです。実際はごく普通の人間なのに。

―― 命懸けの救出活動をよくこれだけリアルに撮影できましたね。何人ぐらいのチームでインドネシアに行かれたのですか。

カメラマンや撮影クルーを含めて15人ぐらいのチームでした。

―― 映画の中でとくに危険だと感じたシーンはどこですか。

夜、ボートを漕いで岸に上がる場面です。とても暗くて、20分ぐらいでこの場を離れないとまずいことになると思いました。私にはチームの安全を守る責任がありますから。

 

欧米での反響、日本に期待すること

―― 「ゴースト・フリート」は2018年に完成して国際映画祭などで賞を獲得し、2019年には米国内でも上映されました。欧米での反響はいかがでしたか。

「現代奴隷」の実態を何も知らなかった彼らはショックを受けていました。映画のおかげで、欧米の水産業界の企業にもこの問題にもっと気付いてもらえたのは良かったと思います。と同時に、消費者にも密接に働きかけることが重要だと考えています。なぜなら、消費者は流通業者にプレッシャーをかけることができるからです。

―― 日本は世界最大級の水産物輸入国です。現在の状況を改善していくために、日本政府と水産業界にどのようなことを期待しますか。

この奴隷労働の問題への関心をもっと高めてほしいですね。流通業者の方々にはサプライチェーンのどこかに搾取的な状況がないかと常に目を光らせて、労働者の労働環境や生活環境の改善に努めていただきたいと思います。

 

漁船の現代奴隷は何年も陸に上がれないまま劣悪な労働環境で長時間労働を強いられる。(映画「ゴースト・フリート」より)©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

 

―― 日本での上映に向けて、ひと言メッセージをお願いします。

読者のみなさんも「ゴースト・フリート」の上映会に来て下さると有り難く思います。そして、映画の中でご覧になった状況を、ぜひ友達や同僚や家族など周りの方々にも伝えていただきたいのです。魚は新鮮でありさえすれば良いわけではありません。環境にやさしいこと、そして、奴隷労働で獲られたものではないこと。持続可能な社会のために、「この魚はどこから来たのか?」と問い続けてほしいと思います。

 

あなたが食べている魚は現代奴隷が獲ったものかもしれない。(映画「ゴースト・フリート」より)©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

 

愛する家族と過ごす大切な時間

―― 確かに、映画の中のパティマさんはスーパーウーマンに見えますね。日常のプライベートな時間はどんなふうに過ごしていますか。

先ほども言いましたように、私はごく普通の人間です。救出されてから一時的にシェルターに身を寄せている人たちも合わせて、私たちは一つの大きな家族のようなものなので、スタッフと一緒にやることがたくさんありますが、なんとか自分の時間を確保するようにしています。そうですね。料理が大好きです。ガーデニングも楽しんでいます。

朝、夫が私のために淹れてくれるコーヒーを飲みながら二人で語り合うひととき。そして、息子のプイメイを車で学校に送って行く30分ほどのドライブの間のおしゃべり。家族とのそんな時間を大切にしています。

 

2022年4月、タイの旧正月ソンクラーン祭を祝い、家族と過ごす幸せな時間(写真提供:パティマ・タンプチャヤクル)

 

―― 映画に登場したあどけないプイメイ君が印象に残っています。撮影当時はまだ幼いお子さんでしたね。映画が完成してアメリカで公開された2019年からも3年ほど経ちますが、今は何歳になられましたか。

プイメイは10歳になりました。

―― 救出活動のことをプイメイ君にはどのように説明しているのですか。

「タイの人たちも移民労働者の人たちも、漁船で大変な目に遭っているから助けに行くのよ」と話しています。プイメイは状況をよく理解していて、周りの人たちへの思いやりの気持ちを持っています。被害者の漁船員たちとの面会など、危なくない状況であれば、プイメイも一緒に連れていくんですよ。

 

私がやらなければならない――I must do!

―― そんなご家族を置いて、インドネシアの離島に救出活動に向かう時、つらくなりませんか。

プイメイは、「なぜ、お母さんが行かなきゃいけないの?」と尋ねます。「ほかの人に行ってもらえばいいのに」と。でも、私はほかの人を危険にさらしたくないのです。とてもリスクの高い仕事ですから。

 

インドネシアの離島を訪ね、現地に取り残された漁船員の話に耳を傾けるパティマさん。(映画「ゴースト・フリート」より)©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

 

私にもしものことがあったら……夫と息子は自分たちでやっていけるだろうと思います。そのことは心配していません。

―― 命懸けの救出活動を続けるモチベーションは何でしょうか。

「私がやらなければならない」という正義感でしょうか。不正なこと、不当なことを見ると、何か行動せずにはいられません。たとえ人々が「よくあることだよ。世の中そんなもんさ」と言おうとも、私は、他者を助けるために何かやらなければならないと思うのです。

―― これまでの活動で難しい場面も多々あったと思いますが、諦めそうになったことはありますか。

一度もありません。いつも自分に言い聞かせています。もしも自分の身に何か起きたとしても、もうすでに5,000人の命を救ったのだから、それでいいじゃないかと。そう思うと勇気が出るのです。

 

インドネシアのベンジナ島に取り残されていたタイの漁船員(右端)がパティマさん(前列左)らLPNの活動により救出され、祖国に帰還するのを地元の人々が港で見送る。(写真提供:LPN)

 

―― ご自身の最終目標を教えてください。

3つあります。1つは、移民労働者とタイの子どもたちのエンパワーメント。2つ目は、移民労働者とタイの人々が互いに助け合うためのネットワーク。そして3つ目は、今でも奴隷労働が続くIUU漁業について、流通業者や消費者の関心を高めることですね。

人は誰しも、自分がやっていることを信じて行動し続ければ、目標を達成することができると私は信じています。IUU漁業と人身売買は誰にとっても大きな問題です。私たちはそれを深刻に受け止める必要があります。人権を守り、環境を守り、シーフードを持続可能なものにするために、互いに助け合わなければと思います。

 


ドキュメンタリー映画「Ghost Fleet」(邦題「ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇」)。2022年5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

 

パティマ・タンプチャヤクル(Patima Tungpuchayakul)
1996年にタイのマハサラカム大学卒業後、バンコク北部の地元の工場所有者による移民労働者、特に女性と子どもへの虐待に気づき、人権問題に関心をもつ。2004年にソンポン・スラカエウ(Sompong Srakaew)氏と共同で労働権利推進ネットワーク基金(現・労働保護ネットワーク;LPN)を設立。タイ人の支援と保護、慢性的な人権侵害に対する認知度向上、移民労働者の生活改善や雇用に関する法改正のための運動に20年以上従事。現在もタイ周辺地域の海や陸で起きている奴隷労働の問題解決に取り組んでいる。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。

 

 

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