投資家が注視する水産物サステナビリティ。 指標と対話の場をつくり、水産企業と金融をつなぐ。(Part 2)

投資家が注視する水産物サステナビリティ。 指標と対話の場をつくり、水産企業と金融をつなぐ。(Part 2)

ブルームバーグ在籍中からサステナビリティへの関心を抱き、変化を起こせるコラボレーションを求めてFAIRRへ移ったブッシェーさん。Part1ではその経緯と、水産企業と投資家とのコミュニケーション課題、日本の水産企業と接して気づいたことを語っていただきました。Part2では2026年に公開予定の投資家向け「Coller FAIRR水産物インデックス(以下、インデックス)」について、仕組みや手順、投資家と企業の双方にとっての意味を具体的にうかがいます。

 

6月11日にブッシェー氏が登壇するイベントが開催されます。ぜひご参加ください
FAIRR担当者来日! 日本の水産企業はどう評価されるのか? ーSeafood Indexが示す投資家対話の最前線

企業の意見も聞いてつくる、投資家向けのインデックス

――2026年5月に公開を予定されている新しい取り組み、「Coller FAIRR水産物インデックス」について教えてください。

世界の食肉、卵、乳製品の生産者、主要60社を対象に、FAIRRが長く続けてきた枠組みとして「Coller FAIRRタンパク質生産インデックス」があります。ここに2019年から水産養殖を加え、餌やその原料調達、餌の原料となる天然魚のトレーサビリティについて理解を進め、インデックスの内容も変えてきました。

しかし、たとえば豚肉の生産と漁船の操業とでは、共通で使える指標が少なすぎます。そこで水産物を単独のインデックスとして独立させることで、より的確に評価でき、またこれまでカバーできていなかった天然漁業まで含められると考えたのです。

――このインデックスによって提供される情報は、特にどんな点で金融機関の求めに応えるものになるのでしょう?

投資家にとって情報は常に多いほどよいのですが、企業ポリシー、サプライヤーの行動指針、モニタリングシステムなど、さまざまな形で表現された複雑な定性情報は、そのままでは彼らの判断材料として使えません。そこで私たちがその情報が持つ意味を、明解な指標による数値データと、それを集計したランキングというシンプルな形に置き換えて、投資家たちのオペレーションに組み込めるようにします。

*Coller FAIRRタンパク質生産インデックス(Coller FAIRR Protein Producer Index)は、食肉や乳製品など、食品のうち特にタンパク質の生産者を対象とした詳細な評価指標。温室効果ガス排出量、森林破壊、食品の安全性など、環境、社会、ガバナンスに関連するリスクと機会のスコアによって、対象企業をランキングする(詳しくはこちら

――インデックスはどんな手順で作成、公開されるのでしょう?

まずメソドロジーを作ります。そしてアセスメントでは企業の情報を分析し、計算してランキングを出します。それをいったん企業に共有してフィードバックを受け、必要に応じて修正します。2026年春には投資家、企業、メディアへ向けて公表の予定です。

――評価される側が事前にランキングを見られるのですね。企業からの異議申し立ても想定されていますか?

見落としや誤解がないか、公開前に企業に確認を依頼します。あらかじめ数値化されていない、企業ポリシーや行動指針など定性情報を私たちが解釈する中で、たとえば業界トップの実績を100%としたとき、その企業の達成度を50%と評価しても、企業側は「自分たちは70%できている」と言うことがあります。私たちの間違いや、情報の見落としもありえるので、企業側の申し立てがあれば話し合います。こちらではアナリストによる評価の所見を記録しているので、それを企業にも、後には投資家にも公開します。

目的は、成績の悪い企業を糾弾することではありません。だから私たちの評価に不満が出たり、議論して修正することになってもよいのです。

左図は「FAIRR水産物インデックス」の策定プロセス。①専門家と企業の意見を受けてメソドロジーをつくり(右上)、②アセスメント結果を評価対象の企業に共有、フィードバックを受け(右下)、③結果と先進例を公表し(左下)、④個別の企業と改善について議論する(左上)。右図は大まかなタイムテーブル。いずれもFAIRR公式サイト(英語)より左図は「FAIRR水産物インデックス」の策定プロセス。①専門家と企業の意見を受けてメソドロジーをつくり(右上)、②アセスメント結果を評価対象の企業に共有、フィードバックを受け(右下)、③結果と先進例を公表し(左下)、④個別の企業と改善について議論する(左上)。右図は大まかなタイムテーブル。いずれもFAIRR公式サイト(英語)より

FAIRRの評価を、企業も上手に活用してほしい

――評価に使うのは、公開情報ですか? 追加の聞き取りなどもあるのでしょうか。

一般公開の情報のみです。企業から追加で個別の情報を提供されて、それが会員だけの便益になっては困るからです。企業が見て欲しい情報をウェブサイトなどで追加公開してくれれば、それも使います。

――ちなみに、日本語の情報も使っていただけるのでしょうか?

言語は、根本的な問題ではないと考えています。日本語のわかるスタッフもいます。ただ、たしかに日本語は私たちにとって扱いづらい言語ではあるので、だからこそ結果は企業自身にきちんと確認してもらいます。

――企業にとって、納得いく評価を得られるように情報を公開することは、簡単ではないと思います。そもそもこうした評価に慣れていない企業は、どのように受け止めればよいのでしょうか?

企業に対して、強調しておきたいことがあります。決してFAIRRだけのための努力は求めていません、ということです。

私たちの指標のほとんどはCDP*1、TCFD*2TNFDなど、既存の国際的フレームワークにも含まれています。企業はFAIRRのインデックスに沿って取り組むことで、こうした国際フレームワークに沿った情報開示ができます。つまりFAIRRのインデックスに対応することは、企業にとって余分な仕事を増やしているわけではなく、むしろ情報公開を効率的・効果的にすすめる上で役立ててもらえると考えています。

もうひとつ、FAIRRの紹介する優れた先行事例も、役立ててもらえると思います。私たちは、決して遠い未来ではなく、地に足の付いた話をしたいのです。

*1 CDP(Carbon Disclosure Project)は、ロンドンに本拠を置くNPOが運営する、企業や自治体などが環境への影響を管理するための開示システム

*2 TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)は、金融安定理事会(FSB)によって設置された、気候変動が企業に与えるリスクと機会に関する財務情報を開示するよう推奨する、国際的な枠組み

投資会社とアセットオーナーが水産業を理解することで生まれる効果

――投資家は、どうやってインデックスを活用するのですか?

ひとつは、ポートフォリオ構築の判断材料です。投資会社は顧客のための投資ポートフォリオを構築する際、いくつものデータセットを組み合わせて使います。FAIRRの情報もそのひとつです。

お話ししたように、投資家にとって定性的な情報は読みづらい。だから私たちが、定性的な情報を解読して、定量的なスコアに置き換えます。情報を定量的なシステムに入れることで、彼らの仕事に組み込むことができます。

最近では、貸し付けでも同じようなことが行われています。つまり企業が資金を借りたいときに、融資の判断のためにこうしたデータセットを参照するのです。

さらにもうひとつ新しい動きとして、投資家たちのクライアント、つまり年金基金や投資ファンドなどのアセットオーナーが、投資会社に任せきりではなく、自ら投資先の企業に対して意思表示をしたい、そのために企業活動を長期シェアホルダーの視点から評価してほしい。さらにはアセットオーナーの考えるサステナブルなビジネスの未来像を、企業に伝えてほしいという要望も高まっています。

――FAIRRの情報が、投資会社を越えてそこまで届くのですね。

資金の最終オーナーである個々人までは無理としても、たとえば国民年金などの大きなアセットオーナーまでは届きます。ですから私たちは、アセットマネージャーつまり投資家と、その先にいるアセットオーナーとの、両方に伝えることを想定しています。

日本の水産企業のトレーサビリティについてのセミナーで登壇したブッシェーさん(2025年3月) 日本の水産企業のトレーサビリティについてのセミナーで登壇したブッシェーさん(2025年3月)

インデックスがもたらすインパクト

――このインデックスがもたらすインパクトは何でしょうか?

インデックス自体は、抽象的な概念を具体的な変化に向けた動きに置き換えたもの、つまり優れた下位指標だと思っています。温室効果ガス削減なり、森林破壊対策なり、人権保護なり、そうした大きな概念を事業活動に落とし込む、具体的な指標です。

そして、この指標を使って評価するだけでなく、先進的な企業の実績や事例について、取り組みの進展を含めて追跡し、具体的に紹介します。新たに取り組む企業にとっても、これをフレームワークの手がかりとして使ってもらえたらと思います。このような形で、投資家だけでなく企業にも価値を提供したいと考えています。

――ちなみに水産の分野は、FAIRRが長く取り組んでこられた他の食品と比べて違いはありますか?

水産では業界横断で合意した共通のトレーサビリティ基準があって、同じ情報を漁船、加工企業、小売で共有できるという点は、一歩先を行っています。同様のシステムを、たとえば牛肉についてつくれないかと模索しているところです。

農畜産業との共通点としては、従事する人が非常に多いこと。生産の現場では、経済的にぎりぎりの状態で、サステナブルな手法を取り入れようにも難しい場合もあります。その人たちをサポートする必要がある。そのダイナミクスは、農業も漁業もよく似ています。

水産物のトレーサビリティによって得られる、多岐にわたるビジネス上のメリットを説明する図表。FAIRRは投資家のネットワークだが、企業と投資家の双方に対してトレーサビリティの重要性を訴える(図はFAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメント フェーズ1報告書より。和訳は独自)水産物のトレーサビリティによって得られる、多岐にわたるビジネス上のメリットを説明する図表。FAIRRは投資家のネットワークだが、企業と投資家の双方に対してトレーサビリティの重要性を訴える(図はFAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメント フェーズ1報告書より。和訳は独自)

大きな変化に向けた、知識の共有と「ランドスケープ」視点

――ありがとうございます。水産物をサステナブルにすることは、複雑で大きなテーマです。こうした大きな課題に取り組む上でのアドバイスはありますか?

私たちも模索の連続ですが──私に言えることは、広く知識を共有する教育活動の重要性です。金融業界では、温室効果ガスへの対策ですらどうやって仕事に組み込んだらよいかわからないという人たちに、毎日のように出会います。ましてや人権問題や水産物のサステナビリティともなれば、なおのことです。

多くの人々が、まだ入口で立ち止まっています。理解して受け入れたとしても、それを仕事に組み込むにはまた別の課題があります。だからこそ、伝えること、教育することをやめてはいけないのです。

――この記事も、少しはその役に立てば嬉しいです。もうひとつ、シーフードレガシーでは「サステナブルシーフードを2030年までに主流化する」と宣言しています。主流化には何が必要だと思われますか?

難しい質問ですが、私にとってはパートナーシップが不可欠です。すべての関係者による立場を越えたパートナーシップを、私たちはその場の風景全体を見渡す「ランドスケープ・アプローチ」と呼んでいます。

もともと陸上のタンパク源で考えてきたことですが、畜産も水産も、非常に細かく細分化された、複雑な産業です。その中で、単一のプレイヤーだけでは何もできません。行政、金融、企業、組織、漁業者、さまざまな立場から集まって課題に取り組むことで、大きな力を発揮できると信じています。だからこそ、私たちもパートナーシップをサポートし、それが関係する全員に役立ててもらえるように力を尽くしていくつもりです。

 

マックス・ブッシェー(Max Boucher)
投資家ネットワークFAIRRにて2021年より自然・海洋プログラム統括責任者を務める。FAIRR参画以前はブルームバーグで8年間勤務、株式調査アナリストを務め、後にESGやサステナブルファイナンスへの関心を育てる。カナダの名門ビジネススクールHECモントリオール校卒、CFE資格保持。
FAIRR公式URL:https://www.fairr.org/

 

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

 

 

 

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