海洋は地球最大の生命維持システムであり、気候を調節し、世界的な輸送や貿易を支え、何十億人もの人々に食料と生計の手段を提供しています。しかし、産業活動が急速に拡大するにつれ、海洋および沿岸の生態系はますます大きな圧力にさらされています。影響を軽減している企業もあるものの、多くの企業は海洋の健全性への依存度やそれに対する責任を認識しておらず、急速な工業化と遅々として進まない保護活動との間に不均衡が生じています。
持続可能な海洋の未来を確保するには、海運、水産、エネルギー、港湾といった海洋関連セクターと、汚染や資源利用を通じて海洋環境に影響を与える陸上産業との間で、協調した行動が求められます。長期的な経済的成功は、健全で回復力のある海洋にかかっているのです。
ワールド・ベンチマーキング・アライアンス(WBA)が2022年と2023年に実施した「ネイチャーベンチマーク」の分析結果から、重要な傾向が明らかになりました。それは、企業が陸域や淡水生態系に比べて、海洋生物多様性に対する取り組みを著しく怠っているという事実です。言い換えれば、海洋分野が取り残されていたのです。
この格差を埋めるため、WBAは「海洋ベンチマーク」を策定しました。これは、企業の説明責任を強化し、海洋に関する責任あるビジネス行動の在り方をより明確に定義するためのツールです。
「海洋ベンチマーク」の目的は以下の通りです。
・企業が海洋への影響や依存度をより効果的に測定・開示するよう促すこと。
・企業が海洋生態系への悪影響をどのように軽減しているかを評価することで、自然にとってプラスとなる未来に向けた進展を加速させること。
・海洋への配慮をグローバルなビジネス規範や政策課題に組み込み、サステナビリティに関する議論において海洋が見落とされないようにすること。
本ベンチマークでは、海洋で直接事業を展開している企業、あるいはその活動を通じて海洋生態系に重大な影響を及ぼしている企業を対象に、業界を問わず125社を評価しています。これらの企業は、WBAが作成した「SDG2000リスト」(世界で最も影響力のある2,000社)の中から、環境、社会、経済のいずれかに大きな影響を与える企業を重点的に選定したものです。
業界の選定にあたっては、海洋経済の総収益の約60%を生み出している最大規模の海洋関連企業に加え、海洋環境に負荷を与えている主要な陸上セクターを特定した調査結果を参考にしました。
評価対象となった産業は以下の通りです。
海洋関連セクター:海運(21社)、水産物(21社)、海洋機器(10社)、港湾運営(10社)、洋上風力発電(7社)、造船・船舶修理(6社)、クルーズ船会社(5社)
海洋環境に重大な影響を与える陸上セクター:農産物(5社)、アパレル・履物(5社)、化学(5社)、建設資材(5社)、コンテナ・包装(5社)、食品生産(5社)、食品小売(5社)、個人・家庭用品(5社)、医薬品・バイオテクノロジー (5)
この中には、ニッスイ、Umios、OUGホールディングス、極洋の4社の日本の水産関連企業が含まれています。
WBAのウェブサイトで公開されている詳細な評価方法には、4つの主要分野に分類された47の指標が含まれています。
1.ガバナンス:企業が意思決定、戦略、監督体制に海洋保護をどのように組み込んでいるか。
2.生態系と生物多様性:被害の防止、生息地の回復、責任ある資源管理、および海洋生物の保護のために講じられている措置。
3.社会的責任:海洋関連事業の影響を受ける労働者、漁業者、沿岸地域社会への配慮。
4.中核的社会的指標:人権、労働条件、倫理的行動などの課題における企業のパフォーマンス。
この枠組みは、シーフード・スチュワードシップ・インデックス(Seafood Stewardship Index)を含むWBAの長年にわたるベンチマーク評価の経験に基づき、科学者、市民社会、先住民族および海洋コミュニティ、業界代表者からのフィードバックを取り入れています。
「オーシャン・ベンチマーク」の最初の結果からは、明確なメッセージが浮かび上がっています。それは、ほとんどの企業が海洋生態系を保護する上で、まだ改善の余地があるということです。評価対象となった125社全体の平均スコアは、100点満点中わずか20.3点にとどまっています。
海洋関連セクター全体における上位企業は以下の通りです。
1.Mowi
2.Ørsted
3.Vattenfall
4.Nueva Pescanova
5.A.P. Moller – Maersk
水産食品企業における上位企業は以下の通りです。
1.Mowi
2.Nueva Pescanova
3.ニッスイ
4.FCF
5.タイ・ユニオン
地域によってパフォーマンスにはばらつきが見られます。
・欧州が平均23/100点でトップ
・東アジア・太平洋地域が18/100点で続く
・北米は11/100点と最下位
全企業を通じて、スコアは「ガバナンス」が最も高く、「社会的責任」がそれに続き、「生態系・生物多様性」が最も低かった。これは、海洋生態系への影響への対応が依然として課題であることを浮き彫りにしています。
総合評価
日本の水産関連企業のスコアは、アジア以外の企業と同程度であり、他のアジアの水産関連企業よりはわずかに低い結果となりました(図1)。
図1. 日本の水産関連企業、アジアの水産関連企業、およびその他の地域の水産関連企業の平均総合スコア。日本の水産関連企業の中では、ニッスイが最も高い評価を得ています。同社は125社中11位で、スコアは100点満点中37点でした。ニッスイはガバナンスと中核的な社会指標において特に高い評価を得ていますが、他の日本の水産企業と同様、生物多様性と社会的責任の分野ではスコアが低くなっています。この全体的な傾向は、日本の水産企業全体に共通しています(図2)。

ガバナンスの分野において、日本企業は他のアジアおよびアジア以外の水産企業と同等か、それ以上のスコアを記録しています(図3)。特に、「サステナビリティ目標と計画」という指標でのパフォーマンスが際立っています。この指標は、企業が事業活動およびサプライチェーン全体において測定可能なサステナビリティ目標を設定しているかどうかを評価するものです。これは、日本企業が正式なコミットメントや長期計画の策定に長けていることを示唆しています。
図3. 日本の水産企業、その他のアジアの水産企業、およびその他の地域の水産企業のガバナンス指標における平均パフォーマンス(1点満点)。この分野におけるパフォーマンスにはばらつきが見られます(図4aおよび4b)。
図4a. 日本の水産企業、その他のアジアの水産企業、およびその他の地域の水産企業における生態系指標の平均評価(1点満点)。
図4b. 日本の水産企業、その他のアジアの水産企業、およびその他の地域の水産企業における生態系指標の平均評価。・放置漁具の管理
・海洋資源の持続可能な利用
・違法・無報告・無規制(IUU)漁業
・トレーサビリティシステム
この分野で特に際立っているのは、ニッスイとUmiosです。
ニッスイ:資源の持続可能な利用に強みがあります。
Umios:IUU漁業対策と海洋生息地の保護に強み。
・海洋・沿岸生息地の保護
自社の直接的な事業活動が海洋および沿岸の脆弱な生息環境に与える影響を回避または軽減するよう努めています。
・温室効果ガス排出量
自社のスコープ1,2そして3の温室効果ガス排出量が、1.5度未満の気温上昇に収まるよう削減しています。
社会的責任の分野において、日本の水産企業は概して、他のアジア企業や世界の他の地域の企業よりも低い評価となっています(図5)。
唯一の例外は「労働者の人権尊重への取り組み」という指標であり、この分野ではいくつかの日本企業が比較的良好な実績を上げています。
・ニッスイは、人権への取り組み、労働者の権利、および苦情処理メカニズムにおいて高い評価を得ています。
・Umiosも、中核となる人権への取り組みにおいて良好な成績を収めています。
しかし、地域社会の権利、サプライチェーン全体における公正な労働条件、社会的デューデリジェンスといった、より広範な社会的責任の問題については、依然として改善の余地があります。
図5. 日本の水産企業、その他のアジアの水産企業、および世界のその他の水産企業における、選定された社会的責任指標の平均スコア(1点満点)。WBAの2026年海洋ベンチーマークによって、日本の企業、特にニッスイはガバナンスとサステナビリティ目標の設定には比較的長けているものの、海洋保護に対する取り組みは全般的に未だ限定的であることが分かりました。
全体的にベンチマークのスコアは低いのですが、日本企業は、トレーサビリティーやIUU漁業についてはいい評価である一方、特に海洋および沿岸生息地の保護、温室効果ガス削減、社会的責任全般で遅れをとっています。
調査によって、日本の水産セクターはしっかりとした基礎があるものの、今、生物多様性、気候変動、そして人権におけるコミットメントを着実に行動にしていくことが長期的な競争力と海洋の健全性のために欠かせないということが明確になりました。
執筆:ヘレン・パッカー
ワールド・ベンチマーキング・アライアンス、企業エンゲージメントマネージャー
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