IUU漁業撲滅を目指して、漁獲証明制度の改善に取り組むEUのNGOの連携(Part 2)

IUU漁業撲滅を目指して、漁獲証明制度の改善に取り組むEUのNGOの連携(Part 2)

EU IUU 連合
コーディネーター トーマス・ウォルシュ

EU IUU連合(EU IUU Fishing Coalition;以下、連合)のコーディネーターを務めるトーマス・ウォルシュさん。Part 1では、連合設立の経緯から、データ要件の拡充やデジタル化といったEU漁獲証明制度の改善の最前線、そして、各国の輸入管理制度の調和についての考え方を伺いました。

Part 2では、イングランド北部の海から離れた町で育ちながら、BBCの『ブルー・プラネット』に魅せられて海洋の世界へと進んだウォルシュさんの原点を振り返りつつ、IUU(違法・無報告・無規制、Illegal, Unreported and Unregulated)漁業撲滅に向けた取り組みを続けるモチベーションを語っていただき、日本の水産業界への要望も伺います。

サステナブルシーフードを主流化するには

――10回目を迎えた2024年の東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS2024)では、「2030年までにサステナブルシーフードを主流に」という目標を掲げました。この目標を達成するために何が必要だと思いますか?

素晴らしい目標であり、強く支持します。目標達成には、政策面での世界的な連携と、競争条件の平等化が必要だと思います。漁業者や企業が錯綜したパッチワーク状の輸入要件に翻弄されることがないよう、可能な限り各国制度間の調和を進めることが重要です。そして、強力な規制と並んで、サプライチェーンの透明性と説明責任が不可欠です。

Coalition for Fisheries Transparency「漁業透明性のためのグローバル憲章」のように、ほぼコストをかけずに実践できる透明性向上の枠組みがすでに存在しています。透明性の高いデータがあれば意思決定プロセスが公正になり、すべてのステークホルダーが議論に参加できるようになります。透明性が高まれば、データの共有が格段に容易になり、漁業全体が海洋生態系や資源量に与えている影響を把握・整理する助けになるとともに、IUU漁業の根絶にもつながります。

2025年10月に大阪で開催されたTSSS2025のIUU漁業対策をテーマにしたパネルセッションの登壇者たちと。 2025年10月に大阪で開催されたTSSS2025のIUU漁業対策をテーマにしたパネルセッションの登壇者たちと。

――サステナブルシーフードの主流化には、IUU漁業、人権問題、生物多様性の問題など、非常に多くの課題への取り組みが必要です。このように複雑な問題に向き合うには、どのようなアプローチやマインドセットが最も有効だと思いますか?

IUU漁業、人権侵害、生物多様性喪失などの問題は互いに深く結びついており、個別の解決策では十分に機能しません。問題があまりにも大きいうえに、その規模をきちんと把握するためのデータや透明性がまだ大きく欠けているという現実があります。私に希望を与えてくれるのは、国際的な協力です。連合の活動がEUに与えてきた大きなインパクト、そして根拠に基づく推奨案を政府に提示することが、いかに変化を促す力となるか、実感してきました。

IUU漁業はまさに国境を超えたグローバルな問題です。たとえば、EUの企業が世界の裏側で操業する漁船を所有しているケースがあります。つまり、EUにいる人たちが、遠く離れた場所での破壊的な活動に加担していることもあるわけです。一国の政府が単独で立ち向かうのは不可能です。だからこそ、グローバルなネットワークを持ち、できる限り協力し合い、グローバルな漁業の透明性を高めることが大切だと思います。

IUUフォーラムジャパン米国IUU漁業・労働権利連合(US IUU Fishing & Labor Rights Coalition)など、世界各地のステークホルダーとの対話が、現実的な提言を行う力になっています。しかし、NGO同士の協力だけでは十分ではありません。一体となったこれらの危機を解決するには、主要な市場国が多国間アプローチで推進することが不可欠であり、国際的な協力が必要です。

2026年2月、IUU漁業対策に取り組むEU、米国、日本の関係者がロンドンに集まった年次会合。前列左から2番目がトーマス・ウォルシュさん(写真提供:トーマス・ウォルシュ)2026年2月、IUU漁業対策に取り組むEU、米国、日本の関係者がロンドンに集まった年次会合。前列左から2番目がトーマス・ウォルシュさん(写真提供:トーマス・ウォルシュ)

『ブルー・プラネット』にインスパイアされた少年時代

――そもそも海洋分野に興味を持つようになったのはいつ頃からですか?

私が生まれ育ったのはイングランド北部の町シェフィールドです。海からかなり離れているのですが、私はずっと海が大好きで、子どもの頃に初めて手にした本の一つが「A to Z 海の生き物図鑑」でした。その図鑑でさまざまな生き物のことを知りました。様々な海洋哺乳類に噛みついてビスケットのような形の傷を残すクッキーカッターシャーク* という奇妙なサメのことを憶えています。ハンマーヘッドシャーク(シュモクザメ)やシャチへの強い関心をかき立てたのも、この図鑑でした。

*ダルマザメ。 英名で「クッキーカッターシャーク(Cookie-cutter shark)」と呼ばれる通り、クッキーをくり抜くときの型のような口をしており、自分よりはるかに大きい動物の体表に噛み付き、体を回転させることで、生きたまま体表の一部の肉塊を丸く食いちぎって食べるという特異な生態を持つ。
イングランド北部の町、シェフィールドの風景(写真提供:トーマス・ウォルシュ) イングランド北部の町、シェフィールドの風景(写真提供:トーマス・ウォルシュ)

それから、テレビでBBC制作の海洋ドキュメンタリー番組『ブルー・プラネット』シリーズを見ていた影響も大きいです。博物学者のデイビッド・アッテンボローがナレーターで、私は番組に夢中になりました。幼い頃、海外に行ったこともなければ、海に出たこともなく、あんなものは見たことがなかったのです。それが海や海の生き物のことをもっと知りたいという気持ちの出発点でした。

少年時代のトーマス・ウォルシュさんを魅了した美しい海と魚 ©Jurgen Freund-WWF少年時代のトーマス・ウォルシュさんを魅了した美しい海と魚 ©Jurgen Freund-WWF

ドキュメンタリーの細かいところまでは憶えていませんが、海洋プラスチックや気候変動、持続可能でない漁業など、人間が海に与える影響についてはほとんど語られず、ひたすら海の美しさへの愛でした。その後、高校や大学で、海と海洋生物が直面している脅威について学んでいく中で、これを自分のキャリアにしようと思うようになりました。

――地元のシェフィールド大学で生物学を学ばれました。海洋生物学専攻ですか?

生物学全般です。早い段階で専門を絞りたくなかったのです。最初から海洋生物学を専攻しなかったことを後悔したこともありますが、学士課程では幅広く学ぶことを意識していました。それでも、海への興味を軸に学びを結び付け、卒業論文は大学内の海洋学者のもとで、サンゴの白化現象について書きました。その後、エジンバラ大学で専門を深めていきました。

海洋問題の探究に取り組んだ学生時代のトーマス・ウォルシュさん (写真提供:トーマス・ウォルシュ)海洋問題の探究に取り組んだ学生時代のトーマス・ウォルシュさん
(写真提供:トーマス・ウォルシュ)

IUU漁業の撲滅に取り組むモチベーション

――修士課程では海洋政策と海洋システムを専攻されました。特にIUU漁業の問題に焦点を当てるようになったきっかけがあったのですか?

修士課程を通じて気づいたのは、環境問題の根っこにあるのは知識や科学の欠如ではなく、人間、とりわけ政治の失敗が多いということです。IUU漁業が特に際立って見えたのは、持続可能性、食料安全保障、人権問題など、複数の側面を同時に損なうからです。

Environmental Justice Foundation (EJF)のドキュメンタリーやレポートを通じて、これほど深刻な問題が、水産業に透明性がないがゆえに、自分も含めて一般の人々にはほとんど見えていないという現実に強い衝撃を受けました。それが、この分野で貢献しようという動機につながっていきました。EJFではインターンシップも経験しました。

広大な海を行く漁船 © Environmental Justice Foundation 広大な海を行く漁船 © Environmental Justice Foundation

――修士課程修了後、NGOの研究職を目指すことをすでに決めていたのですか?日本ではNGOからキャリアをスタートすることはあまり一般的ではありませんが、イギリスではよくあることなのでしょうか?

私がNGOで働くことを志したのは、NGOが調査・研究、アドボカシー(政策提言)、そして現実世界へのインパクトの交差点に位置しているからです。NGOは多くの場合、迅速に動き、国境を越えて連携し、そうでなければ見過ごされてしまうような不都合な真実を政策の場に持ち込むことができます。調査の厳密さ、問題解決への切迫感、目的意識を兼ね備えたNGOのあり方に、私は強く共鳴したのです。

人気のあるキャリアパスだと思います。ただ、大学からNGOに直接就職するのはかなり難しいでしょう。環境問題に取り組みたいという意欲的な人が非常に多いため、NGOでのポジションを確保するのは、政府機関やそのほかの就職先を目指すのと同じくらい競争率が高いかもしれません。

――IUU漁業との闘いを続けるモチベーションは何でしょうか?

何か意義のあることをしているという実感です。政策の改善につながること、海を守ること、船上で過酷な状況に置かれた人たちを助けることに、ほんのわずかでも貢献できていると感じられることが、意義のある役割を果たしているという確かな手応えになっています。

連合では研究員から政策アナリスト、そして今はコーディネーターと様々な役割を経験してきました。NGOで海洋保全分野の仕事を続け、今もそうですが、刺激的な同僚たちと共に働き続けたいと強く思います。自分のキャリアがこれからどう展開していくのかわかりませんが、それを楽しみながら、自分が最も貢献でき、価値を加えられる場所を見つけて歩んでいきたいと思っています。

――EU圏内をよく出張されるのでしょうか?

はい。今はロンドンが拠点で、ブリュッセルには定期的に行っています。連合の同僚の多くがブリュッセルに住んでいますし、欧州委員会のオフィスもそこにありますので、必要に応じてできるだけ足を運んでいます。

――TSSS2025の折に来日されました。連合を代表して世界各国に旅する機会も多いのですか?

昨年は私のキャリアの中で最も多く旅をした年でした。韓国を初めて訪ね、釜山で「第10回Our Ocean Conference」に参加したことやソウル滞在は素晴らしい経験でした。また、再び日本に来ることができて、TSSS2025のために大阪を訪ねたことは、私の昨年のハイライトでした。

 

2025年10月に大阪で開催されたTSSS2025のIUU漁業対策をテーマにしたパネルセッションに登壇したトーマス・ウォルシュさん(壇上、左から2番目)2025年10月に大阪で開催されたTSSS2025のIUU漁業対策をテーマにしたパネルセッションに登壇したトーマス・ウォルシュさん(壇上、左から2番目)

日本も対象魚種の拡大、デジタルシステムの導入を

――日本の水産業界への要望はありますか?

まず、日本政府が漁獲証明制度を構築したことを高く評価したいと思います。これほど大きな市場国が、世界の先行事例に倣い、政府、業界、そして消費者にとって機能するシステムを整備したことは、非常に重要な一歩だったと思います。また、日本政府がオープンなステークホルダープロセスを進めてきたことも評価したいと思います。

2025年にはNGOや業界を交えて、魚種の拡大など、次のステップについて協議する場が設けられたと聞いています。今後もそうした取り組みを継続することを勧めたいと思います。日本の水産物取引の独自性と複雑な事情はよく承知していますが、より良い輸入管理制度を推進する立場として、日本にもデジタルシステムへの移行と対象魚種の拡大をお勧めします。

――民間の事業者に向けてもメッセージをお願いします。

日本の業界の方々にも、可能であればデジタルシステムCATCH への参加をお勧めします。システムがすでに完全オンライン化したからといって、今すぐに対応しなければならないということではありません。時間をかけて進めても良いプロセスです。ただ、参加する企業が増えれば増えるほど、紙ベースの漁獲証明書にかかるEU側の事務負担が軽減されます。

それはEUの当局や産業界だけでなく、日本政府と産業界にとっても事務負担の軽減にもつながるはずです。そして、エンドツーエンドのデジタル化によって、不正のない確実なシステムになっていくのだと思います。

美しい海を守るために ©OCEANA: Juan Cuetos 美しい海を守るために ©OCEANA: Juan Cuetos

 

トーマス・ウォルシュ (Thomas Walsh)
EU IUU連合のコーディネーターを務め、IUU漁業撲滅に向けて、ステークホルダー間の連携の促進、革新的な戦略の支援を通じて、EU IUU連合の各プロジェクトの効果的な運営と実施を主導。2021年に研究員としてEU IUU連合に参加。2023年3月から政策アナリストとして、IUU漁業問題、漁業の透明性、水産物のトレーサビリティに関する多様なテーマのレポートや政策提言を執筆し、連合のエビデンスに基づくアドボカシー活動を支援。2024年6月から現職。英国のシェフィールド大学で生物学の学士号、エジンバラ大学で海洋システムと海洋政策の修士号を取得。

 

 

取材・執筆:井内千穂

主に科学技術と文化に関する記事を日本語と英語で執筆。中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2024年、法政大学大学院公共政策研究科サステイナビリティ学修士課程修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。

 

サステナブル・シーフード用語集 JAPAN SUSTAINABLE SEAFOOD AWARD 歴代チャンピオン紹介

KEY WORD

サステナブル・シーフード用語集

水産分野の専門用語や重要概念を解説。社内説明やプレゼンにも便利です。