水産・養殖業振興協議会 (COMEPESCA)
理事長 シトラリ・ゴメス・レぺ
メキシコは多様な水産物の生産国でありながら、その生産量の80%を輸出し、逆に国内消費の80%を輸入に頼るという構造的なねじれを抱えています。メキシコ産シーフードの国際的な評判は高い一方で、国内では知られていない魚も多く、サステナブルシーフードの主流化には独自の課題があります。
この状況に、業界の内側から取り組んできたのが、メキシコの非営利業界団体である水産・養殖業振興協議会 COMEPESCA(Consejo Mexicano de Promoción de los Productos Pesqueros y Acuícolas, A.C.;以下、コメペスカ)です。理事長を務めるシトラリ・ゴメスさんに、メキシコ発のサステナブルシーフード運動についてお話を伺いました。
シトラリ・ゴメス・レペ(Citlali Gómez Lepe)
2003年に設立されたメキシコの非営利業界団体であるコメペスカの理事長として、メキシコ発のサステナブルシーフード運動「Pesca Con Futuro(未来を見据えた漁業)」を主導。生物学者であり、養殖および農村開発の専門家。メキシコ国立自治大学(UNAM)で生物学を学ぶ。1992年に家族と共に多種養殖施設「Neminatura」を設立し、メキシコ中央部でニジマスの養殖や責任ある農業・養殖の小規模プロジェクトに30年以上にわたり従事。コメペスカの理事を経て2017年より理事長。ラテンアメリカのサステナブル漁業同盟「Alpescas」共同創設者。2025年よりグローバル・シーフード・アライアンス(GSA)理事も務める。
――ご両親とも、生物学者だったと伺いました。
はい、そうです。母はメキシコ初の植物生理学者でした。私はメキシコシティで生まれましたが、両親の留学や研究の関係で、幼少期は世界中を旅して周り、アメリカや日本の大学のキャンパスで育ちました。普通の学校には通わず、ホームスクーリングでした。幼なじみの友達がいなくて寂しいと感じたこともありましたが、それが私の現実でしたから、楽しんでいましたよ。メキシコに戻ったのは、ティーンエイジャーになり始めた頃です。中学と高校はメキシコの学校に通いました。
――そして、ご自身も生物学の道へ?
はい。メキシコ国立自治大学(Universidad Nacional Autónoma de México、UNAM)に進学して生物学を専攻しました。両親から受け継いだものとして、ごく自然に。生まれた時からずっと、生物学の世界で生きてきましたからね。高校の最終学年で「さて、何を勉強しようか」と悩んで決めた、というようなものではありません。
私が大学生になった頃、実家がニジマスの養殖を始めることになりました。母はメキシコシティから車で2時間ほどの山間に住もうと決め、誰かに「ニジマスの養殖がいいんじゃないか」と勧められたようです。海抜2,000メートルの所で、湧き水や滝がたくさんあって水に恵まれていたからです。そんなわけで母と祖父はニジマスの養殖を始めました。この地域で最初のニジマス養殖場でした。GRANJA-NEMI-5.jpg)
私は大学で生物学を勉強しながら、毎週のように母から「ニジマスを売ってきてね」と言われて、生計のためにニジマスを売り始めました。なにしろ家族経営のビジネスですから。何もわかっていませんでしたが、それがきっかけでシェフたちやいろいろな人と知り合いました。
自宅でインタビューに答えるシトラリ・ゴメスさん――卒業後、研究の道には進まなかったのですか?
そのまま家業に入りました。自分で選んだというよりも、母が病気になり、祖父が亡くなり、考える時間さえなかったんです。とにかく働いて、家族を助けるしかなかった。他に選択肢がなかったんです。生物学者と結婚して、今では夫が養殖場の経営を担当しています。
でも、自分の仕事が好きですし、山の中での暮らしも気に入っています。地域のコミュニティと協力しながら活動しています。生物学者ですから、ワークショップを開いて人々にニジマスの生産を勧め、今ではこの地域に100軒以上のニジマス養殖家がいます。
養殖場で育つニジマスの幼魚(写真提供:シトラリ・ゴメス)――市場側から業界を変えていこうと考えたきっかけは何だったのでしょう?
メキシコではニジマスという魚が存在することすら誰も知らなかったからです。ニジマスを売らなければならなかったので、市場そのものを変えていく必要があったのです。
そして、創設から3〜4年ほど経っていたコメペスカに入りました。ある年の理事選挙で理事に選ばれ、会長になる前の6年間、理事を務めました。
――そもそもコメペスカはどのような経緯で設立されたのですか?
2003年の設立当初は、政府の支援で水産物の消費を促進する非営利団体でした。持続可能性とか、国産の水産物の消費を高めようといった話はなかったのです。
2000年頃のデータでは、メキシコ人の水産物消費量は、一人当たり年間わずか6kg程度でした。世界食糧機関(FAO)が推奨する水産物の消費量を大きく下回っていたため、国の政策として消費が促進され、現在は一人当たり年間16kgまで増えました。
メキシコの魚市場で売られているパンガシウスの切り身 © Ignacio Urquizaただ、重要なのは、メキシコ産の水産物を食べることなんです。メキシコでは水産物生産量の80%を他国に輸出しており、逆に水産物消費の80%を輸入しています。たとえば、中国産やベトナム産のティラピアやパンガシウスを多く食べています。私たちが目指しているのは、もっと自国の水産物を食べることです。たとえば、サーモンの代わりに国産のニジマスを食べてもらえるよう取り組んでいます。メキシコではサーモンは生産していないのですが、消費は多く、チリなどから輸入されています。
――2017年にコメペスカの理事長に就任されてからの取り組みを教えてください。
理事長就任後に連邦政権が変わり、政府はコメペスカを支援しなくなりました。7、8年前のことです。理事長としてコメペスカをもっと意義のあるものへと方向転換する必要があり、持続可能性の推進を始めたのです。定款を変更し、メキシコ産、そして時にはラテンアメリカ産も含めて、サステナブル(持続可能)でトレーサブル(追跡可能)、かつ合法的なシーフードだけを推進することにしました。
――コメペスカの方針を変えるのは大変だったのではありませんか?
私自身は元々、自然保護論者ですので、以前の理事会には常に反対の立場でした。理事たちは単純にもっと売ろうとしている水産物のブローカーばかりでしたから。彼らは私を嫌っていました。
今の理事会は生産者と流通業者で構成されています。私たちは何かと闘っているわけではありません。ポジティブなことをしながら、どうすれば物事がより良くなるかを話し合おうとしているんです。輸入品の悪口は言いません。私たちの戦略は、メキシコで起きている良いことを語り、そして地元の漁業者や地域の小規模養殖から買う社会的な意義について語ることです。
――反対していた会員をどのように説得したのですか?
もっと多くの人々を対話に巻き込んだのです。私がコメペスカに入った頃は会員が8社でしたが、今では約50社になりました。MSC認証やASC認証、BAP認証を取得しているような先進的な考えを持つ人たちも会員に加わりました。
そこで私たちが試みたのは、すでにサステナビリティ認証の取得に取り組んでいる人たちを対話に呼び込むことでした。そうすれば、反対していた会員たちも、「では、やりましょう」と言うしかなくなる。正直に言いますと、コメペスカの創設者のうち、元会長2名が辞めていきました。それでも、確実に賛同者が増えていきました。
――メキシコのサステナブルシーフードを推進する「Pesca Con Futuro(未来を見据えた漁業)」について教えてください。
生産者、シェフ、バイヤーが、サステナブルシーフードへの取り組みを考える運動です。最初は小さなキャンペーンとして始めたのですが、それがムーブメントになっていきました。
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数年前は、誰もこれが実現するとは思っていませんでした。生産者たちは、「わかった。でも勝手にやってくれ。金は出さない」と言いました。今でもコストを払っていませんが、少なくともプロセスには関わるようになっています。コメペスカに今でも一メンバーとして参加している元会長は、元々は持続可能性を信じていませんでしたが、今では認証を取得しています。
小さなキャンペーンとして始まった「Pesca Con Futuro(未来を見据えた漁業)」――メキシコの多くの人々に受け入れられた背景には何があるのでしょうか?
市場がその道筋を決めているんです。私たちがやっていることをあまり信じていない業者もたくさんいますが、小売店がサステナブルシーフードを求めているので、彼らも対話に加わってきています。それは私たちには数年前から見えていたことでした。
大手の小売店や、ヒルトン、ハイアット、イベロスターなどのホテルは、みんなサステナブルシーフードを求めています。100%達成できているわけではありませんが、彼らはベストを尽くしています。今では、「やらなければいけない」と言っているのはコメペスカではなく、市場の方なんです。「持続可能な水産物でなければ、うちとは取引できない」と。
だから人々は認証の取得や流通履歴の管理(Chain of Custody; CoC)に取り組むようになっているんです。
シェフたちも巻き込んでいる「Pesca Con Futuro(未来を見据えた漁業)」キャンペーン――シェフたちも巻き込んでいるそうですね。
シェフが購入する水産物の量は多くはありませんが、彼らはロックスターのような存在で、トレンドを決めるんです。以前は誰もメキシコ産水産物のことなど語りませんでしたが、今ではシェフたちが「ええっ、サーモンを輸入しているんですか?!」と言って、国産の水産物をあれこれ薦めてくれます。彼らをリーダーに立てて、私たちはただ、コメペスカが作成したサステナブルシーフードのマップと情報を提供するだけです。
コメペスカが「Pesca Con Futuro」キャンペーンの一環として公開している、メキシコ全土のサステナブル漁業・養殖プロジェクト(および取得プロセス中のプロジェクト)の所在地を示したインタラクティブマップ(資料提供:COMEPESCA)小売店のバイヤーも巻き込んでいます。メキシコにある小売店のうち、コストコとウォルマートで市場シェアの60〜70%以上を占めており、彼らはアメリカ本部の指示で動いているのです。コストコはすでにメキシコ国内からの国産品の仕入れを増やしています。ウォルマートは、認証済みのものを買うインセンティブはありますが、国産品を買うことについての方針はまだありません。
――会員数が今では約50社とのことでした。会員が企業であるのがユニークですね。NGOとして、市民ではなく、なぜ、企業で構成されているのですか?
コメペスカに加入できるのは企業だけです。私たちはいわゆる「業界ベース」の組織なんです。でも、小規模な事業者でも構いません。会員は50社ですが、そのうちの1社は、全国の小規模漁業者の協同組合500団体を擁し、それを1社とカウントしています。
メキシコの漁業で大きな部分を占める小規模漁業 © Ignacio Urquiza――小規模漁業が大きな部分を占めているという点では、メキシコの漁業構造は日本とよく似ていますね。
持続可能性に関する対話に小規模漁業者を巻き込むのは大事なことです。小規模漁業者なしには正当な運動とは言えないと思います。
――なぜ、業界主導のNGOがうまく機能しているのでしょうか。
私たちは魚の売り方を知っていますし、お金の管理の仕方も知っています。意思決定は、何世代にもわたって続けてきたことの知識に基づいているんです。マグロ業者やイワシ業者などは、3代も4代も続いていたりします。
時々、他のNGOで魚を一匹も売ったことがない人たちが市場について語るのを聞くと、何を言っているのか本当にわかっているのだろうかと思います。確かに彼らはとても良い意図を持っていますが、市場についてわかっておらず、私たちが「こうなりますよ」と予想したことが実際に起きてから、ようやく理解するわけです。まずは魚を売ってみなさい、ということですね。魚でもトマトでも何でも、市場と関わる仕事をするなら、人生で何かを売った経験があるということが大切だと思います。
メキシコの市場で魚を量る鮮魚店の店員 © Ignacio Urquiza逆に私たちは、他のNGOから多くのことを学んできました。プロジェクトへの資金調達の仕方や物の見方など、私たちが気づかないものがありました。コメペスカも大変なんです。いつもぶつかり合ってますから。みんな市場では競争関係にあるわけです。でも、少なくともコメペスカでは、「私たちは同じ船に乗っているのだ」と、繰り返し言っています。船に乗ったら、目的地に着くためにやるべきことをやらなければいけません。船が沈んでしまわないように。
「私たちは同じ船に乗っているのだ」© Ignacio UrquizaPart 2では、メキシコ古来の魚食文化の復活に向けて日本から学びたいこと、国内消費を阻む価格の壁、IUU漁業に対抗するトレーサビリティの取り組み、そしてサステナブルシーフード主流化への戦略を伺います。
取材・執筆:井内千穂
主に科学技術と文化に関する記事を日本語と英語で執筆。中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2024年、法政大学大学院公共政策研究科サステイナビリティ学修士課程修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。
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