EU IUU 連合
コーディネーター トーマス・ウォルシュ
IUU(違法・無報告・無規制、Illegal, Unreported and Unregulated)漁業は、海洋資源を枯渇させ、資源管理に悪影響を与え、脆弱なコミュニティの生計を脅かします。また、漁船労働者の人権や労働権の侵害の温床にもなっています。この問題に早くから取り組んできた欧州連合(EU)では、2008年にEU IUU規則を採択し、世界に先駆けて「EU漁獲証明制度」を打ち立てました。
そして、2024年1月に改正された「EU漁業管理規則」が、今年2026年1月から適用され、EU漁獲証明書で求めるデータの拡充、また、EUに輸入されるすべての水産物の漁獲証明書を管理するためのデジタルシステム「CATCH」の運用が始まりました。実効性あるIUU漁業対策に向けて連携するNGOの取り組みと最近のEUの状況について、EU IUU連合(EU IUU Fishing Coalition;以下、連合)のコーディネーターを務め、サステナブルシーフード・サミット2025 in 大阪に登壇したトーマス・ウォルシュさんにお話を伺いました。
トーマス・ウォルシュ (Thomas Walsh)
EU IUU連合のコーディネーターを務め、IUU漁業撲滅に向けて、ステークホルダー間の連携の促進、革新的な戦略の支援を通じて、EU IUU連合の各プロジェクトの効果的な運営と実施を主導。2021年に研究員としてEU IUU連合に参加。2023年3月から政策アナリストとして、IUU漁業問題、漁業の透明性、水産物のトレーサビリティに関する多様なテーマのレポートや政策提言を執筆し、連合のエビデンスに基づくアドボカシー活動を支援。2024年6月から現職。英国のシェフィールド大学で生物学の学士号、エジンバラ大学で海洋システムと海洋政策の修士号を取得。
――どのような経緯で、複数のNGOが連携してEU IUU連合(以下、連合)を立ち上げたのでしょうか。設立の背景を教えていただけますか。
連合の設立は2014年のことです。Environmental Justice Foundation(EJF)、Oceana、The Nature Conservancy(TNC)、The Pew Charitable Trusts(ピュー財団)およびWWF EU (世界自然保護基金)という5つのNGOで構成される組織です。
2008年に採択されたEU IUU規則は、IUU漁業問題への取り組みを目的として、世界をリードする法律であり、海洋に広く蔓延するこの災禍に対処するための強力な法的枠組みとツールです。しかし、EU加盟国がどのように適切に法令を実施するかどうかは、その国次第です。実効性を確保するためには、法律の適切な運用の監視や検証、専門的な技術的意見の提供、政治的な推進力の維持が必要であることは明らかでした。
そのためにはNGO側の連携が不可欠だと考えた5つのNGOが、一致団結して声を上げることで影響力を高め、EU機関——欧州委員会と欧州議会——に対しても、EUの各加盟国にも、一貫したメッセージを届けられると考えたのだと思います。
欧州連合(EU)は、英国の離脱以後は27の加盟国から成る。――EUの公的な機関とはどのような関係にあるのでしょうか。
EU機関、とくに欧州委員会とは、非常に建設的でありながら、独立性を保った関係にあります。定期的な面会を心がけ、状況に応じて連携しています。
連合は、IUU漁業対策におけるEUの世界的なリーダーシップを評価しています。これほど重要な水産物市場であるEUだからこそ、その影響力を通じてグローバルな基準を設定できると私たちは考えています。EUが設定する基準が十分に高く、かつ適切に執行されるよう確保すること、EU内に残る透明性の欠如を指摘することが、連合の存在意義です。
――漁獲証明書で求める重要データ要素(Key Data Element; KDE)について教えてください。
EUの漁獲証明制度は2008年に導入され、2010年に発効しました。元々の漁獲証明書は、欧州市場に輸入される水産物が国内および国際的な漁業法規ならびに資源管理措置に準拠して漁獲されたことを証明するために、EUが策定したものです。その漁獲証明書にはすでに、連合が推奨しているKDEのうち13項目が含まれていました。
2020年、連合は独立したNGOの立場から、実効性の高い漁獲証明制度の最低限の基盤として重要と考える17項目のKDEのリストを作成しました。そして、EUの漁獲証明書が私たちの推奨案に沿ったものになるよう、KDEの改善を欧州委員会に勧告したのです。
――連合は、どのようにして17のKDEを策定したのですか?
既存の文献や外部からの提言をもとに策定しました。国連食糧農業機関(FAO)も漁獲証明制度に関する独自の任意ガイドラインを発表しており、そこでもKDEが推奨されています。
連合が推奨するKDEは、既存の知識に加え、NGOとして、水産物の真のトレーサビリティを確保するために不可欠と考えるデータは何かという観点から策定されました。誰が、何を、いつ、どこで、どのように、という情報です。

――EU IUU連合が推奨する17のKDEのうち、EU漁獲証明書では13のKDEの収集が求められていたということですが、EU漁業管理規則の改正に伴い、2026年1月から求められるデータが拡充され、17の KDEすべての収集が義務化されました。これは、連合の勧告によるものなのですか?
そうです。EU漁業管理規則の改正は、EU漁業管理同盟* の一員でもある連合の多くのNGOメンバーにとって、さらなる改善を提言できる機会となりました。ただ、最終的にどのように変えるかを決定したのは欧州委員会とEU機関です。EU漁業管理規則改正の合意には実に5年もかかりました。
――EU漁獲証明制度のデジタルシステム「CATCH」についてはいかがでしょうか?これまでは紙ベースの漁獲証明書が使われていましたが、今年からEU加盟国にはデジタルシステムの使用が義務化されたのですね。
EUはこれまで15年間も紙ベースの漁獲証明制度を運用してきました。連合は、かなり前からデジタル化を勧告しており、EU漁業管理規則の改正は、それを法的要件にする機会となりました。
時間のかかるプロセスであることは最初から想定されていたので、義務化の前に、システム自体は一部稼働していました。数年間の任意利用期間が設けられ、EU加盟国にもEU域外の国々にも、またEUの輸入業者にも、システムに慣れる機会が与えられていたのです。EU加盟国とEUの輸入業者の法的義務となったのはつい最近のことです。
――デジタルシステムの義務化は2026年1月10日に施行されたばかりですが、移行はスムーズに進んでいますか?
デジタル化は、EUのIUU漁業対策における大きな前進だと考えています。IUU漁業による水産物がEU市場に流入するのを防ぐ能力が大幅に強化されます。それはEU加盟国間で輸入規制の実施を統一するための重要なツールにもなるでしょう。施行から日が浅く、詳しい実施状況についての情報はまだ持ち合わせていません。
欧州委員会は、EU加盟国向けにトレーニングやセミナーを開催し、EU域外の国々にも、可能なことがあれば何でも、直接システムを活用してみるよう促しています。
――アジア諸国や日本の漁業者にとっても、既存の紙ベースの手続きからITシステムへの移行が大きな課題になるのですね。
CATCHの利用が義務付けられているのはEU加盟国とEUの輸入業者だけで、EU域外の輸出国にとっては任意のままです。EU域外の国や業者は引き続き、紙の漁獲証明書を提出できますが、その場合、紙の情報をシステムにアップロードするのはEUの輸入業者の責任となります。
――それはEUの輸入業者にとってかなりの作業量ですね!
だからこそ欧州委員会は、EUの輸入業者がサプライチェーンに働きかけ、今からシステムへの参加を促すよう求めているのです。また、EU域外の国々に対しても、CATCHを直接活用するよう促すとともに、各国のシステムとの相互運用性の確立を働きかけています。
――2025年のサステナブルシーフード・サミット in 大阪(TSSS2025)では、各国の輸入管理制度間の調和(ハーモナイゼーション)の重要性が議論の中心になりました。各国の状況の違いと制度間の調和はどのようにバランスを取ればいいと思いますか?
調和といっても、必ずしも「どの国も同じやり方に合わせる」ということではありません。国によって人材や予算や技術インフラなどの能力に差があり、行政の仕組みや国内事情が異なることは十分承知しています。ただ、KDEについては共通基準を設けることが不可欠です。対象魚種やデータ要件が少ない市場国が違法な水産物の流入先として狙われることを防ぐためです。
欧州連合(EU)、米国、日本、韓国の漁獲証明制度の比較紙ベースの漁獲証明制度は、これまでEU加盟国や輸入業者にとって大きな事務的負担でした。日本はEUに倣った紙ベースのシステムを導入したので、全魚種をカバーしようとすると、事務的負担が大きいという事情は理解できます。ですから、一部の国にとっては段階的なアプローチのほうが望ましいことは認めますが、一方で、漁獲証明書の提出義務を逃れるために魚種を偽ってラベル表示するリスクも念頭に置く必要があります。最終的には、すべての市場国がすべての魚種をカバーするよう対象範囲を拡大し、違法な水産物が市場に入り込む余地をすべて塞ぐべきだと思います。
様々な鮮魚が並ぶ店頭。IUU漁業で獲られた水産物の流入を防ぐ必要がある。――TSSS2025では、「コストの負担を考慮しながら、システムの効率的かつ効果的な運用を確保することが課題だ」という意見もありました。どう思われますか?
コストの課題は重要な論点です。ただ、今やEU、米国、日本、韓国がいずれも漁獲証明制度を整備していることは、それだけ輸入管理制度が重要だという認識が世界的に広まっているということでもあります。デジタルシステムの導入には短期的にはコストがかかりますが、デジタル化による長期的な運用コストの低減やデータ分析能力の向上は、輸入国だけでなく輸出国にとっても大きなメリットだと思います。
――輸出国の多くはアジアの途上国です。KDEの収集やデジタルシステムへの移行など、連合の勧告に一方的に従うのではなく、既存の輸入管理制度をさらに改善するために、途上国や輸出国の多くのステークホルダーを巻き込む国際会議や枠組みなど、連合としてお考えはありますか?
「調和」は共同でつくり上げてこそ成功します。EUはリーダーシップを果たしてきましたが、輸出国、産業界、市民社会が関与する包括的なプロセスが不可欠です。ですから、欧州委員会はは輸出国向けにセミナーや研修ワークショップを実施してきました。漁船の固有識別子(IMO番号)、漁獲区域、水揚げ港、漁具の種類または漁獲方法といった、新たに求められるKDEの周知や、各国の既存ITシステムとCATCHの相互運用性を確立することの利点についての理解促進を支援しています。
なお、EU域外の国や企業にはCATCHの使用が義務付けられておらず、引き続き紙の漁獲証明書を利用できます。EUとしては輸出国の負担を増やす意図はなく、CATCHの導入に向けたタイムラインは各国が自ら決定できます。
2015年10月に大阪で開催されたTSSS2025のIUU漁業対策をテーマにしたパネルセッションに登壇したトーマス・ウォルシュさん。
Part2では、海から遠く離れた英国北部の町で生まれ育ちながら、海に興味を持つようになった少年時代を振り返りつつ、IUU漁業の撲滅に向けて取り組み続けるモチベーションを語っていただき、日本の水産業界への要望も伺います。
取材・執筆:井内千穂
主に科学技術と文化に関する記事を日本語と英語で執筆。中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2024年、法政大学大学院公共政策研究科サステイナビリティ学修士課程修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。
KEY WORD
水産分野の専門用語や重要概念を解説。社内説明やプレゼンにも便利です。