国際的観点から読み解く、日本の水産再生への道(Part 2)

国際的観点から読み解く、日本の水産再生への道(Part 2)

学習院大学
法学部 政治学科 政治学研究科 政治学専攻 教授
阪口 功

日本の水産業が抱える課題は、単なる現場の問題ではなく、制度や意思決定の構造そのものに根差していると指摘する、学習院大学教授 阪口功先生。前編では、漁業者主体の利害調整を重視してきた歴史のなかで、科学的な資源評価やモニタリングの取組が遅れ、結果としてデータ不足が資源管理、養殖管理の足かせとなっている現状についてお話しいただきました。

Part2では、国内外の水産管理の好事例や、グローバル・ガバナンスの観点からそれぞれの立場で果たすべき役割について伺い、従来の枠組みにとらわれない科学的根拠に基づいた管理体制の構築や、立場を超えた協働のためのヒントを探ります。

小さな現場が変えた未来。資源管理に成功した地域の共通点

——前編では日本の資源管理の厳しい現状についてお話しいただきました。国内で資源管理に成功している事例を教えてください。

例えば、千葉県沿岸小型漁船漁業協同組合(千葉県勝浦市)のキンメダイ漁業者は、県が行なっていないサイズ規制を組合が自主的に実施し、漁具や餌も資源に悪影響を及ぼさないよう制限。操業時間も2010年に1日5時間、2013年には4時間まで短縮しました。その結果、長期的には漁獲量が増加しています。獲り過ぎないで資源を回復させるという、当たり前でありながらもなかなかできないことを実践して、成果を出しているのです。

千葉県沿岸小型漁船漁業協同組合が作成した、キンメダイ資源管理に関する資料より

宮城県漁協志津川支所戸倉出張所の牡蠣養殖業者も、ASC認証を取得する過程で養殖密度を半分以下に減らしたことで、それまで収穫に3年かかっていた牡蠣が1年で出荷できるようになりました。養殖密度を下げたことでコストも労働力も抑えることができ、出荷スピードもアップしたという、非常に良い結果を生み出しています。

日本の漁業制度と組織の構造問題

——日本の資源管理の難しさはどこにあるのでしょうか。

先ほどお話しした千葉県のキンメダイ漁は小規模な漁業者ばかりですが、スルメイカやサバを漁獲する大規模な漁船に対して近隣の地域漁協が団結して共闘した経験が基盤にあります。キンメダイが広く移動しない魚種であることも見逃せません。魚類ではかなり例外的な成功事例と言えます。

日本の沿岸漁業の中核的な問題は、漁業協同組合のガバナンスにもあると私は考えます。一般企業はコンプライアンス(法令遵守)やCSR(企業の社会的責任)の取り組みをすることが当たり前になっています。いわゆるコーポレート・ガバナンスですが、漁協の世界はガバナンスの取組が遅れているように思います。

現場では水産協同組合法の規定を尊重しないような事も起きています。これは資源管理以前の問題です。それに加えて、日本の漁業が抱える課題を指摘する科学者が少なく、漁業者が学ぶ機会も失われています。組合長や組合員がよく学ぶ組合は短期的な利害に左右されず長期的な視点で漁業改善に取り組み、成果をあげています。

海外の取り組みに学ぶ、科学に基づいた漁業管理

——日本の資源管理のヒントになりうる海外の優良事例はありますか?

韓国では、過去の養殖漁場のモニタリングデータの分析を踏まえて、2025年から「漁場管理法」を施行し、環境モニタリングの結果によって免許を制限する規制を始めています。さらに、漁獲漁業についてはほとんどの魚種をTAC管理に移行させると発表しました。資源量に対して漁船が多すぎる場合は、政府予算で過剰となった船の減船も進めています。また、養殖が盛んな済州島には3つほど水産試験場があるのですが、日本の都道府県の水産試験場と比べて設備がかなり充実していて、さまざまな魚種の種苗の生産研究を行っています。

済州島に3つある水産試験場のひとつ。日本に比べかなり充実した施設で、さまざまな魚種の種苗の生産研究を行っている。

他の国では、以前から厳しい管理が導入されています。ノルウェーはサケジラミの発生量、チリはサケのへい死率で養殖生産許可数量をコントロールしています。天然のサケについても、カナダ、アラスカ、ロシアなどでは、日本のようにふ化放流※1に全面的に依存するようなことはせず、自然産卵の重要性※2も認識しています。つまり、これらの国は科学に基づいて、管理を行なっているのです。

※1 サケのふ化放流・・・川に遡上してきた親ザケから卵と精子を採り、人工的に受精させて育てた稚魚を河川に放流する事業
※2 サケの自然産卵の重要性・・・ふ化放流に頼り自然産卵をさせないことで、温暖化などの環境変化に対するサケの遺伝的適応度が低下し、長期的には回帰率が減少すると阪口さんは指摘する
カナダの人工河川床。サケが産卵しやすいように砂利を敷き詰め、浅くしている。カナダ・Department of Fisheries and Oceanの担当者は「変化する環境への遺伝的適応度が高いのは野生の自然産卵魚>人工河川床での産卵魚>孵化放流魚であるため、人間の手が入っていない野生の自然産卵を守ることが重要である」と語ったそう。 カナダの人工河川床。サケが産卵しやすいように砂利を敷き詰め、浅くしている。カナダ・Department of Fisheries and Oceanの担当者は「変化する環境への遺伝的適応度が高いのは野生の自然産卵魚>人工河川床での産卵魚>孵化放流魚であるため、人間の手が入っていない野生の自然産卵を守ることが重要である」と語ったそう。

その一方で日本は、研究部門の予算も、人も、設備も足りず、科学的な調査・分析が大幅に遅れています。まず「何が問題なのか」を知るための調査・分析をして発信する研究者がいなければ、何も始めることができません。

また、前編でお話ししたように海区漁業調整委員会や水産政策審議会の資源管理分科会などの諮問機関に漁業者代表が多すぎることも日本の漁業を科学から遠ざけている原因だと言わざるを得ないでしょう。資源管理や養殖管理についての諮問機関は、学識経験者や専門家を中心に構成し、現場に科学的な意見を出せる体制をつくるべきです。

ーなるほど。日本と海洋環境も似ている東アジアの良い取り組みは、積極的に取り入れていく姿勢が重要になりますね。

サステナブルシーフード実現の鍵。企業主導で始まる構造転換

——前編のお話によると、阪口先生が専門とされているグローバル・ガバナンスでは、国家や国際機関だけではなく、NGOや企業、消費者も問題解決のアクターだということでした。それぞれ、どのような役割を果たすべきでしょうか。

NGOは大手・中小企業や消費者をつなげながら問題に取り組む必要がありますし、国家(政府)はNGOがその力を十分に持てるように税制改革を行うのが理想です。政府はさらに、研究部門にしっかり予算と人と設備を配置すべきです。

大手水産会社・流通事業者などの企業は「何年までに」と期限を定めて「持続可能性の証明がないものは調達しない」と国内の水産に対しても厳しい姿勢を示すべきです。そして消費者は、「安いか」「美味しいか」だけでなく、小さい魚が安く売られたり、本来高いはずのものが安く売られたりすることに疑問を抱き、自分の消費行動が環境や資源に悪影響を与えている可能性があることを考えなければなりません。

——最後に、日本の水産を今後も発展させるためのヒントをいただけますでしょうか。

周りを見渡せば、大部分の先進国は持続的な資源管理を実現していて、日本だけが取り残されているような状態です。国家や国際機関、NGO、企業、消費者も問題解決に加わるグローバル・ガバナンスの考え方を持ちつつ、各セクターが革命的な取り組みを行って国際社会にキャッチアップする必要があると考えます。ただし、革命と言っても難しいことではありません。

例えば、ブリ養殖でASC認証を取得したグローバル・オーシャン・ワークスグループの増永勇治代表は、「この先は持続可能な飼料も自社で生産し、一貫してサステナブルな養殖を実現したい」という思いを、現場の生産者を含む全社員と早くから共有しています。これは企業の取り組みとしてひとつの革命だと言えるでしょう。トップがしっかりと課題認識をして、それに対する解決法と具体的なステップをはっきりと提示して組織全体で取り組んでいく。そういった取組を、企業、行政、漁協・漁業団体がそれぞれ実施していけば、日本の漁業は大きく変わっていくのではないでしょうか。

 

阪口 功(さかぐち いさお)
1994年、筑波大学卒業。地球環境ガバナンスや国際関係論を専門とし、2004年、東京大学大学院 博士号取得。日本学術振興会特別研究員、イェール大学国際地域研究センター客員研究員などを経て、2005年より学習院大学法学部教授。2017年にPew海洋フェローを受賞。グローバル・ガバナンス論を主軸に地球環境レジームや水産資源管理などを研究。

 

取材・執筆:河﨑志乃

デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。ライフスタイル、飲食、医療などあらゆる分野で執筆を行う。

 

 

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