海洋汚染の問題は、気候変動や生物多様性と並び、三大環境問題とも言われる深刻な問題です。海洋汚染の問題の中でも特に水産にかかわる企業にとって、海に流出する「海洋プラスチック」問題は事業のあり方を見直す必要がある重要な課題です。
この問題に対し、消費者の関心も高く、また、国際的にも規制を強化しようという動きがあります。しかし、リスクの裏には新たなビジネス機会が存在します。この課題に戦略的に取り組むことは、企業価値を向上させながら新たなビジネスチャンスを創出し、プラスチック問題の解決に寄与することができます。
本記事では、水産事業を発端とする海洋プラスチック問題が海の環境に与える影響を多角的に分析し、そのリスクと機会を解説します。
海洋プラスチック問題の全体像を把握し、水産業界特有の課題を理解することは、効果的な戦略を立てる上での第一歩です。
世界中で問題の深刻さを示すデータが報告されており、特に漁具に由来するプラスチックごみは、水産業界が真正面から向き合うべき喫緊の課題となっています。
海に流れ込んだプラスチックが、海洋生態系や環境に深刻な影響を与えている問題は「海洋プラスチック問題」と呼ばれ、地球規模の環境問題となっています。原因は生活由来のプラスチック廃棄物だけではなく、漁業で使われるプラスチック製の網や養殖用資材なども含まれており(図1)、幅広い分野に関係する問題として対策が求められています。
ただ、世界の海洋プラスチックごみの約8割は陸域由来とされています*1。特に多くを占めるのが食品の保存や流通に欠かせない存在となっているプラスチック容器です。国や地域によっては使用後のペットボトルやレジ袋などの使い捨て容器の一部が適切に処理されず、散乱ごみとなり、 河川を通じて海に流出しているのです。容器包装プラスチックは世界のプラスチック生産量の約36%を占め*2、世界で発生するプラスチックごみの約半分を占めると試算されています(図2)。
図1:日本での漂着ごみ(プラスチック類のみ)の種類別割合(重量ベース)

図2:「第3節 海洋プラスチックごみ汚染・生物多様性の損失」(環境省ウェブサイト)

世界の海には、すでに膨大な量のプラスチックごみが存在し、今もなお増え続けています。
環境省の調べでは、世界全体では毎年約1100万トン*2のプラスチックごみが海洋に流出しているとの報告があります。プラスチックごみの多くを排出している国は主にアジア諸国で、全体の約8割を占めています*3。さらに、2050年の海洋プラスチック量は、海洋中の魚の総重量を超えるとまで予測され*2、 このペースが続けば2050年までに海洋中のプラスチックの重量が魚の総重量を超えるという衝撃的な予測も発表されています*4。
海洋生物への深刻な被害に特に大きな影響を及ぼしているのが、放棄・逸失・投棄された漁具、いわゆる「ゴーストギア(廃棄・遺失漁具)」です。
世界の海洋ごみ全体のうち、少なくともその1割は漁業に由来するとされ、年間では50万〜100万トンの漁具が海に流出していると推定されています。*4,5 日本の海岸ではゴーストギアが、漂着プラスチックごみの中で大きな割合(約5~6割)を占めるという指摘もあります。*6上記の表の内訳1位にもある魚網やロープなどは、誰にも管理されなくなった後に海中を漂い、海洋生物にからまったり、生息域に影響を与える「ゴーストフィッシング」の問題があります。「ゴーストフィッシング」は刺し網や釣り糸、ロープ漁具にヒレや尾に絡まったりすることで、生物を死傷させてしまいます。特にウミガメやクジラ、イルカなどの哺乳類は海底に引っかかった網で海面に上がれず呼吸ができなくなり、そのまま溺死するケースも多くあります。
また、海流によって海底を引きずられる放置漁具は、魚の産卵場や稚魚の隠れ家となるサンゴ礁や藻場を物理的に破壊します。これにより、魚類が健全に繁殖・成長する場所が失われ、結果として長期的な水産資源の減少を招くという生態系への深刻な二次被害(アプローチ)も判明しています。このような理由により、結果海洋生物資源を減少させてしまうこともあります。 人が管理しにくい海洋で起きているため、被害が気づかれにくく、長期化してしまうことも問題です。
こうした問題を背景に、1995年に国連の食糧農業機関(FAO)総会で採択された「責任ある漁業のための行動規範」*7 にはゴーストフィッシングの抑止を目的とする要求事項が盛り込まれ、世界的な課題として認識されました。
ごみの巨大な集積地である「太平洋ごみベルト」は世界の海洋プラスチックごみの約1割が集まっており、浮遊するプラスチックごみの約45,000〜129,000トンのうち、約46%が漁網や釣り糸、ロープなど漁具に関連するものとの報告もあります*8。日本の海岸に漂着するプラスチックごみに限定した場合も、環境省によるとその約5割が漁業由来*9というデータもあり、海洋の恵みによって成り立つ水産業界とって極めて大きな課題です。
漁具に限らず海に流れ出たプラスチックは、ウミガメなどがエサと間違えて食べてしまったり、体に絡まったりして命を脅かします。さらに漂っている間に波にもまれ、紫外線などで細かく砕けるとマイクロプラスチックと呼ばれる直径5ミリメートル以下の微細な粒子となります*10。魚類はこれを海水中や餌生物から摂取し、プラスチック製品に含まれる添加剤を筋肉や肝臓などの体組織に蓄積することで、魚類の生育に悪影響を与えてしまうのです*11。また、蓄積した添加剤は食物連鎖を通じて人間を含む高次消費者の体内に濃縮され、さまざまな健康被害を引き起こす可能性が指摘されています*11。 また、化学繊維を含む衣類を洗濯する際に生じるマイクロファイバーは、下水処理施設を通過し、最終的に河川を通じて海洋に流出しています。
海洋プラスチック汚染への危機感を背景に、世界各国で法規制を強化する動きが加速しています。世界的には特に、プラスチックの生産から廃棄に至るライフサイクル全体を規制対象とする条約の策定が、プラスチック汚染に関する政府間交渉委員会(INC)で進められています。議論の対象は、プラスチックの生産規制から廃棄物の管理までなど多岐にわたります。
2025年8月に開催された第6回政府間交渉会合(INC6)では合意には至らなかったものの*12、この条約が成立すれば、将来的には漁具の素材や設計、トレーサビリティ、廃棄方法などに関して、国際的な共通ルールが設けられる可能性があり、重要な経営課題であることに変わりはありません。こうした規制強化に迅速に対応できない企業は、特定の市場へのアクセスを失ったり、事業活動に予期せぬ制約を受けたりするなど、直接的な不利益を被る可能性があるため、最新の動向を常に把握し、備えておくことが不可欠です。
経営リスクとして認識される海洋プラスチック問題ですが、視点を変えれば、それは新たな事業機会の源泉ともなり得ます。
この課題に戦略的かつ積極的に取り組むことで、企業価値を高め、競争優位性を確立し、未来の成長エンジンとなる新規ビジネスを創出することも可能です。

海洋プラスチック問題への真摯な取り組みは、企業のサステナビリティ経営を象徴するアクションとして、社会から高く評価されます。
ESG評価機関や投資家は、こうした取り組みを将来のリスク耐性と成長機会の指標としてみているため、企業の評価向上に直結します。
結果として、資金調達が有利になったり、優秀な人材が集まりやすくなったりといったメリットが期待できます。また、環境配慮型製品を求める消費者への強力なアピールとなり、ブランドイメージの向上と顧客ロイヤルティの獲得に繋がります。
プラスチックへの依存から脱却する社会の流れは、新たなビジネスチャンスを生み出します。例えば、海洋環境下で分解される生分解性素材を用いた漁網やロープを開発・販売するビジネスは、水産事業者が持つ現場の知見を最大限に活かせる領域です。 また、使用済みの漁具を単なる廃棄物ではなく「資源」として捉え、回収から再生、そして新たな製品へとアップサイクルするサーキュラー型のビジネスモデルを構築することも考えられます。
こうした代替素材やリサイクル技術に関するイノベーションに他社に先駆けて取り組むことは、社会課題の解決に貢献するだけでなく、企業の競争優位性を確立し、新たな事業領域を切り拓く強力なエンジンとなり得ます。
また取り組みはもちろん企業にとどまりません。中西部太平洋マグロ類委員会では、海洋生物に絡まない漁具や、生分解性の漁具装置を使う研究プロジェクトも行なわれています。このように、全世界的に共通する問題だからこそ、地域全体での研究・取り組みが重要になります。
海洋プラスチック問題、特にゴーストギア問題への対策は、水産資源の保全にも貢献します。漁業者や地域社会と連携し、漁具の適切な管理・回収システムを構築することは、ゴーストフィッシングによる水産資源の逸失を防ぎます。
これは、企業の社会的責任を果たすと同時に、自社が扱う水産資源の持続可能性を高めることに繋がります。長期的視点に立てば、原材料の安定供給を確保し、サプライチェーンを強化するという、事業継続における本質的なメリットをもたらすのです。
こちらは、後述する“国際認証の戦略的活用法”もご参考ください。
国内外では、すでにいくつかの企業が海洋プラスチック問題に対して具体的なアクションを開始し、ビジネス上の成果に繋げています。
水産企業ができる対策の一つとして、使用済みとなった漁具の再資源化が挙げられます。株式会社REMAREは、これまでリサイクルが困難とされてきた複合プラスチックを独自の技術で新しい素材へと生まれ変わらせる事業を展開しています。
同社のプロジェクト「GYOG」では、廃棄された漁網などを回収し、店舗で利用される什器や備品としてアップサイクルしており、水産関連企業が協力できる先進的な事例と言えるでしょう。
この取り組みは、海洋プラスチックごみの削減に直接貢献するだけでなく、廃棄物を価値ある製品に変えることで、企業の環境意識を内外に示すことにも繋がります。
また、同社はアーバンリサーチの展開する「JAPAN MADE PROJECT TOHOKU」とフィッシャーマン・ジャパンと共同開発し、漁業の現場で発生する廃漁網や海洋プラスチックを資源として活用したキーチャームなどのコレクションも販売しています。最近では行政と連携した新たな共創プロジェクトも行うなど、注目が高まっています。

宮城県気仙沼市を拠点とするamu株式会社は、海洋プラスチック問題の大きな一端を担う廃棄漁具を「資源」へと転換する革新的な循環モデルを構築しています。同社は、ゴーストギアとして生態系に深刻な悪影響を及ぼす使用済み漁網を地元の漁師から直接回収・買取りし、独自のプロセスで高品質なプラスチック原料やナイロン糸へと再資源化しています。
自社ブランド「amulapo(アムラポ)」では、このリサイクル素材を活用して耐久性に優れたアパレルやインテリア製品を展開しており、単なる廃棄物に新たな物語と実用的な価値を付与しています。特筆すべきは、漁網の出所を明確にするトレーサビリティの確保と、漁業者に廃棄コスト削減や新たな収益機会を提供する地域密着型のスキームです。
こうした活動は、地域経済の活性化と環境保護を両立させるサーキュラーエコノミーの先進事例として高く評価されています。現在は行政や異業種との連携による共創プロジェクトも加速させており、気仙沼という漁業の街から海洋課題を解決するソリューション企業として、その動向に大きな期待が寄せられています。

【参考】https://www.amu.co.jp/about
海洋プラスチック問題への対応を、場当たり的な社会貢献活動で終わらせず、事業成長に繋げるためには、戦略的な視点が不可欠です。
特に、国際的に信頼された認証制度を有効活用することは、自社の取り組みの客観的な証明となり、国内外のステークホルダーからの信頼を獲得する上で極めて有効な手段となります。
日本の水産企業でも、持続可能な漁業に関する国際的な認証であるMSC(海洋管理協議会)認証やASC(水産養殖管理協議会)認証を取得した水産物の調達を推進する企業が増えてきました。
MSC認証やASC認証は、水産資源の管理だけでなく、ゴーストギアや海洋プラスチック問題への具体的な対策をサプライチェーン上で実践するための、信頼性の高い枠組みを提供します。
例えば、MSC認証の規格では、漁具の紛失防止により生態系への影響を最小限に抑えるための管理措置が明確に求められており、漁具ゴーストギアの発生を予防します。生態系への影響を最小限に抑えることが求められており、その中には漁具の適切な管理や紛失防止策も含まれます。*13 したがって水産企業がMSC認証品を調達するということは、ゴーストギア対策を実践している、あるいはそのリスク管理を行っている漁業からの魚介類を取り扱っていることを意味します。
同様に、ASC認証では、環境汚染のリスク評価を実施し、養殖場とその周辺への影響を最小限に抑えるための対策を講じることが義務付けられます。これには、浮きなど養殖に使用する資材の適切な管理や、マイクロプラスチックの海洋流出を防ぐための措置も含まれており、多角的にプラスチック汚染防止策が審査されます。*14
この認証を製品や企業ウェブサイトで戦略的に活用することで、環境意識の高い消費者や取引先に対し、自社の姿勢を明確に伝え、企業価値の向上に繋げることができます*15。
ASCとMSCはGlobal Ghost Gear Initiative (GGGI)にも加盟し、海洋プラスチックごみの一因とされる「ゴーストギア(廃棄・遺失漁具)」の削減を目指す活動にパートナー企業と取り組んでいます。
海洋プラスチック問題はどの業界にも共通する課題ですが、とりわけ水産事業においては、ビジネスの基盤である健全な海洋環境を保全するという点で、サプライチェーン、規制対応と密接に関わる重要な経営課題です。
また、消費者からの注目も高いため、海洋プラスチックの削減に向けて戦略的に取り組むことで企業価値の向上や新たな事業の創出、企業価値の向上につなげることが可能です。
こうした変化の中で求められているのは、短期的に取り組み可能な対応だけではなく、中長期的視野を持った主体的な行動です。サプライチェーン全体でこの問題にも踏み込んだ調達を意識することで、社会的な信頼性と企業の果たす責任の価値を高めます。海とともに成り立つ水産業だからこそ、率先して行動を起こすことが求められています。
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